レイジー・サマー・シューティングスター(9)
「……なるほどなるほど♪ ――いや、別に武器はなくてもいいですよ? 杖がなくたって魔法は使えるじゃないですか。ですよね?」
「使えます。けど……魔法の最大ダメージや回復量、コストパフォーマンスは大きく下がりますし――……それに、これですよ」
言うとユウくんは、肩からかけた革のバッグからにょきっと細長い棒を取り出した。
〈木のおたま〉
攻撃力:1 攻撃速度:早い
推奨レベル:1 耐久:7/20
『メープル材で作られた簡素なおたま。スープやその具材を簡単に掬う事ができる。』
……え? これ、武器なの?
思わずくすりと笑ってしまうのと同時――、
「……――ぷっ、…………あっははははははっっ!!」
ツボに入ってしまったらしいニアが、おたまって――おたまって――と繰り返しながら大笑いを始める。――するとユウくんは顔を紅潮させ、むっとした様子を滲ませ言った。
「………………ジニアさんも、カナトさんと同じくらいの凄腕プレイヤーなんでしょうか?」
……え? 唐突に、何の話?
「……ん。ええと、どっすかね? カナカナとは――まあ、プレイヤースキルで言うなら同じくらいじゃないです?」
笑いを押し止めて、両の頬を抑えながらにニアが答える。
私からすれば、ニアのほうが全然上手い印象だけど。私はブランクも長いし――幸い、以前のプレイのイメージは脳裏に残っているから、なんとなく動き方はわかる、ってくらい。
「だったら…………尚更、僕なんかを誘ったって……。――なんの意味もないですよ」
「「え?」」
二人で首を傾げる。
…………ええと。なんだか、ふてくされてる?
「僕、初心者ですけど。――初心者なりに、上手くなりたいですから。他の人のプレイなどを見て色々勉強したり、研究したりしてます。――攻略組と言われるような有名クランの方々、元ランカーなんて言われるベテランの方々のストリーミングや、それからプレイングの切り抜き動画などがネットで見られるので、空いた時間にそれを見たりしています」
「……はあ」
なんのこっちゃ? といった様子で相打ちを打つニア。
「数日前、カナトさんに僕のクエストを助けてもらって――カナトさんのプレイングを見て。度肝を抜かれた、というか――明らかに尋常じゃないプレイヤーの方だ、とすぐにわかりました」
……そうなの?
なんだか、話の流れがよくわからないけど。
「カナトさんがいなければ、あんなボス――僕が何人メンバーを募って何度リトライしても倒せなかったと思います。後から思い返してみたって、どうしてカナトさんが僕みたいな下手くそとパーティを組んでくれたんだろう、って……意味がわかりませんでした」
「そんな事ないよ。ユウくんも、すごく上手かったし」
ユウくんはふるふると首を振ると、言葉を続ける。
「上手い人のパーティに入れてもらってダンジョンに挑んだこともありますし、全滅だって何度かしてます。足手まといって思われたくなくて、装備も、魔法も、毎日のように頑張ってお金稼ぎをして揃えました。――小学校の頃からEスポーツの観戦が好きで、旧作の初代イルファリア・クロニクルのPvP戦なんかも毎日のように見てました。有名なストリーマー――例えばウィスタリアさんとか。ご存知ですか?」
……うーん?
私は知らない人だけれど――その名前が出た時に、ニアが小さく舌を打った――気がした。
「……とにかく。そんな理由で、上手い人と上手い人のプレイングは多少は知っています。けれど――……カナトさんの上手さは――それから、あんなに滅茶苦茶な3人パーティであんなにとてつもないボスが倒せたこと自体、はっきり言って何もかもが異様でした。――カナトさんを見ていて、僕とは住んでる場所が違うんだってすぐに分かりました」
ええと。
なんだか若干の勘違いをされている気がするけど――まあ、それはともかく。
私も小学生だった時からVRゲームには触れていたから、当時の初代『イルファリア・クロニクル』の広告を見て一気に心が沸き立って、この世界にすっかりと心が奪われてしまったのは今でもよく覚えている。
……懐かしいね。
「まあまあ……上手い下手なんてどうでもいいですからー。武器もおたまで構いませんので。――ちょいっと遊びません? こっちとしては回復があるってだけでめちゃくちゃに有り難いんですけど♪」
俯いていたユウくんの手を取ると、朗らかな声でニアが言う。
「…………本当に良いんですか? 僕、初心者ですし……ゲームも下手だと思いますけど」
「もち♪ っすー。ねえ?」
私を窺うニアに、うん、と返事を返す。
「ユウくんは全然、下手じゃないよ。……それに、私達はローグとブリガンドだから」
「――そうそう。それに、こんなに素敵なお姉さん二人に誘われたデートを断ったら、それこそ失礼ってもんですよ」
「…………じゃ、じゃあ――そのう。ちょっとだけ、お邪魔します…………」
ユウくんはそう言って大仰に頭を下げると、ぱあっと笑みを浮かべる。
「よーし、けってーっ!! それじゃ行きましょっ♪」
おーっ、と(一人で)腕を上げるニアと、その元気さからは置いてきぼり状態の私とユウくん。
「……どこに?」
一応聞いてみる。
「そうそう。それなんですけど――〈ビアジ荒野〉というエリアに〈枯れた渓谷〉っていうダンジョンが発見されたそうなんです。雑魚敵からでもいい感じの武器や鎧セットがドロップするとか♪」
「……あ。その話、僕も聞きました。ムーンリットフラワーさんが情報を公開してくださったんですよね」
〈ムーンリットフラワー〉は、多分、クランの名前かな。
中央広場で、そこへと所属しているプレイヤーを何度か目にしたことがある。
「というよりー。〈ムーンリットフラワー〉が長い間情報ごと独占していたものを、攻略完了に付き、ということで所在ごと攻略情報を公開したんですけど。それまでは、ダンジョンの入り口を塞いでたらしいですよ――そいつら。24時間体勢で入れ代わり立ち代わりに」
「「……うわー……」」
私とユウくんの返事が重なる。
「さも先行して手に入れた情報をシェアしてやる、みたいな感じでしたけど。実際のところはプレイヤー間の不満がかなり募ってて、クランにも運営にも結構なクレームが入ってた、なんて話です」
なんだか、いろいろと大変そうな話だね。
「……と、まあ、そんなわけで♪」
ばさりと地図を広げるニアと、それを覗き込む私とユウくん。
「えーっと。トレイア西北の門からでて――郊外エリアを抜けて、〈ビアジ荒野〉。そこからずっと西――〈枯れた渓谷〉はこの座標にあるらしいんですよね」
言いながらニアは、地図上のピンのマークを指でなぞる。
うんうん、と頷いているユウくん。
……私は地図がよくわからないので眺めているだけなのだけど、一応、私も一緒になってうんうん、と頷いておく。
「案外、遠くはないんですね。こんな場所にあって、大勢のプレイヤーには見つからなかったんですか?」
「えっとですねー。地図上で見ると川っぽく見えるこの……このライン。実際はかなり深い渓谷になっていて、上を渡ったり、降りて行ったりは出来ないんですよ」
「……あ、なるほど」
「〈枯れた渓谷〉への入り口は、渓谷からはだいぶ北に離れたここ。――ここから洞窟へと入り、ひたすらに南へと戻って――」
つつつ、とニアの指先が地図をなぞる。
「いくつかの分岐を正しく辿ると、ここ――〈枯れた渓谷〉内部の中腹へと出ることが出来るのだとか」
「それは、見つけ難いですね」
「そうそう。そして、中にはハーピーなんかが徘徊していて、そいつらが良い感じの武器防具、素材を落とすそうですよ♪ ……で、北側――洞窟の入口へと回り込むには――一度、ここの橋を渡る必要がありそうですね」
言いながら、地図の上の橋を指先でつつく。
「了解です」
「うん」
とりあえずでユウくんと一緒に頷く私。
…………まあ、ニアの後についていけばいいよね?
秋の景色が書きたいです……が、設定上そういうわけにもいかず。




