レイジー・サマー・シューティングスター(8)
「……心当たりはありますか?」
ユウくんが私の反応を伺うように聞いてくる。
――あるには、ある、ような。
ふと以前、私を夜道で襲撃してきたクラン〈ウィンドクレスト・レギオン〉の人達の会話が頭をよぎる。
――その時に耳に挟んだ内容をかいつまんで再構築すると、なにやら『私をPKだと断定できてしまうような映像』がSNSで公開されてしまっている……、らしい。
――私のことを嫌っている誰かが、そんな映像を作って投稿した、のかな。
だとしたら、その誰かが、私とユウくんが夜道を二人で歩いているところ見た……?
私の友達に、手当り次第に嫌がらせのメッセージを送っている、としたら……?
…………違う。
そうだとしたら、尚更に私のことを『カナト様』だなんて呼んだりする理由の説明がつかない。
当然、私はアイドルでもなければ人気者でもない。人助けと言えるほどの人助けをした記憶もないから(鳩なら助けたけれど)、特別に誰かに好かれる理由もない。
……そして何よりも重要なのは、そういった諸々の何もかもを、ユウくんに話すことは出来ない――ということ。
ユウくんは、私とニアが通称『赤ネーム』と呼ばれる忌み嫌われるプレイヤーであることを一切知らないからだ。
――その『赤ネーム』とはそもそも何か?――というと。
このゲームにはカルマという数値(ステータスの一種)が存在していて、全てのプレイヤーはカルマを[1000]持った状態で始まり、そして何らかのネガティブな行い――例えば、他のプレイヤーを攻撃する・他のプレイヤーから盗みを働く・他のプレイヤーを倒す――などの、プレイヤーコミュニティにおいて良からぬ行為を行うことによって少しずつ下がっていく。
そしてカルマが[0]を下回ったその時――プレイヤーは【クリミナル】と呼ばれる状態になってしまう。
クリミナルと化したプレイヤーはそのキャラクターの頭上に表示されている名札が自動的に赤く表示されてしまうので、そのためクリミナルと化したプレイヤーは通称で『赤ネーム』と呼ばれている。
すなわち、赤ネーム=迷惑プレイヤーであって、そして良からぬ行いを複数回に渡って繰り返した人物なのである。
そのため当然ながら赤ネームはプレイヤー間でも特別に嫌悪されており、赤くなったネームプレートをうっかり見られてしまえばその場で攻撃を受けてしまうこともある。
それでは、私とニアはなぜ赤ネームになってしまったのか? ――というと、とある諍いに巻き込まれてしまい、ふと気付いたらそうなっていたのであって、無防備なプレイヤーを一方的に襲った――だとかでは決してない。
戦いは私達に不利だったし、攻撃的だったのは相手の方だ。ニアは私を守ろうとしてくれただけで、私もそんなニアを守りたかったのだけど――もちろん、何を言ったところでそれは私達の言い分でしか無いのだろう。
ユウくんは赤ネームやPKと呼ばれるようなプレイヤーを忌み嫌っているような様子があったし、事実私も前作の『イルファリア・クロニクル』においてそういったプレイヤーに対しての良い思い出は無い。
嘘をつくのは心苦しいし、きっと、きちんと事の顛末を話せばユウくんはわかってくれる――と思うのだけど…………今はまだそのタイミングではない、と思う。
「…………――ごめん。心当たりはない、です」
下を向いたままに呟く。
「同じく。……ファンがついちゃったんじゃないっすか?」
血の気が引いている私とは違い、ニアはなんだかケロリとした様子で笑っている。
「…………ごめんなさい。怖がらせてしまって」
ユウくんは申し訳無さそうに呟くと、パネルを閉じて言葉を続けた。
「言わないほうがいいかな、とも思ったんです。でも、この間は変な奴らに追いかけられていたみたいですし。……その、カナトさんが何か――例えば、ストーカー被害のようなものを受けているなら、って……心配になったんです」
ユウくんはそれから私の手を取ると、力強い口調で続ける。
「けれど――もし、なにかあった時は話してください。……僕、中学生ですけど。きっと、頼りないですけど……でも、男ですし。相談に乗ります。力にもなれますから」
「――……う、うん。ありがとう」
突然に顔を近づけてきたユウくんに少しびっくりしながらも、おずおずと答える私。するとユウくんは、
「特に、なにもないなら良いんです。僕は、相手をブロックをすればいいだけですので――実際に、数人をブロックをしたらもう嫌がらせは無くなりましたから」
そう言ってにこりと笑った。
「……良かった。――ねえ、ちなみにニアには、気持ち悪いメッセージ、行ってないよね?」
「いえ? 特にはー」
特に興味も湧いていないといった様子で、さらりと呟くニア。
……なら、良かった。
それにしても……誰なんだろう。こんないたずらをしてるのは――
「――それでは。僕はこれで失礼します」
――……えっ?! いきなり?
唐突に――そして突然に小さく礼をすると、私が口を開くよりも早くぱっと踵を返しこの場から立ち去ろうとするユウくん。
「…………いやいやっ。ちょっと待ったーっ!!」
――の、ローブの裾をニアががっと掴んだ。
「折角なんですから。お姉さん達と良いことをして遊びましょうよ♪」
その言い方はどうなの。
「もし良かったら、一緒に経験値稼ぎに行かない?」
私達がそう言うと、ユウくんは少し気まずそうに俯いて、ぼそりと言った。
「…………えっと、ごめんなさい。使ってた武器が壊れちゃってて――前に使ってた杖もとっくにお店に売ってしまった後だったので、最近はずっと一人でお金と経験値稼ぎをしていたんです」
――あ、そっか。何かが足りない、と思ったら、杖だ。
前は背中に背負っていたぐねぐねとうねった木の杖を、今日は装備してないんだ。
「……ええっ。そのー、ヒーラー・サポート職でずっとソロしてたんですかー? ……暗くないです?」
ニアが言うと(多分、悪気はない)、ユウくんはむっとした様子で答える。
「――だって……しょうがないじゃないですか。どこも、僕が武器を持っていないことを知るとパーティに入れてくれないんです。武器もない奴は出ていけ、って――パーティから叩き出されたこともありました。……それも、狩り場まで移動した後で、ですよ」
「えーっ。パーティメンバーの装備なんていちいち気にします? エンドコンテンツの攻略とかならともかく」
エンドコンテンツ、あるいはエンドゲームコンテンツは――確か、ゲーム中でも最難度の敵やダンジョンを指す用語、だったはず。
「普通に多いですよ。メンバー募集要項に『前作経験者のみ』――とか。もっとストレートに『初期装備・初心者お断り』とか。そういうのをよく見てから声をかけないと、後から嘘つきだ、とか言われたり。……入ってみても、難しい用語ばかりで何を話しているかもよくわからないパーティとか……回復が遅いってパーティからキックされたり」
「はあー。」
「――それで、それからは事前に武器がない事を伝えるようにしたんです。そうしたら、パーティ自体に入れてもらえなくなっちゃって。リーダーさんからはお情けで入れては貰えても、他のメンバーからはお荷物扱いされたり……それで、なんだか嫌になっちゃったんです」
「…………あららー。そうなんですね? ――それはなんだか……ごめんなさいっす。そういった事情はよく分からくて」
ニアが言うと、ユウくんはふるふると首を振って微笑んだ。
「いえ――それに、もう大丈夫です。レベルもだいぶ上がりましたし、安い杖が買えるくらいの金額はもう貯まっていますので」




