レイジー・サマー・シューティングスター(7)
「もう、わかったから。とにかく今は別の友達と待ち合わせしてるの。場合によってはその子も誘えるかもしれないし、大人しくしててね。……もし変なふうに脅かしたりしたら、ニアとも遊ばないかも」
「……へーっ。…………友達。……あたし以外の? ……ふうん……」
意味ありげに呟いた後で、やるなと言われるとやりたくなるのが心情なんですよね、と小さく付け加える。
もしやったら今度こそマンボウにするから。
「で、どこで待ち合わせしてるんです? これだけ人が多いと、なかなか見つからないと思いますけど」
――と、ニアが呟いたその時。
「……あの。――カナトさんっ!!」
背後から男の子の声が響いて、二人でびくりと体を震わせる。
振り返ると、そこには見覚えのある人物が立っていた。
――フードからちょこんと突き出した二つの大きな獣耳。背中からは大きな狐の尻尾が覗いている。背は私よりもちょっと低く、ニアとは同じくらい。服装はいわゆるカーキやベージュと呼ばれるようなアースカラーを基調とした色味でまとめられていて、民族的な雰囲気のある模様の刺繍がされた、フリンジの付いたローブを羽織っている。
それから、革製の肩がけのバッグに、足元にはしっかりとした革のサンダル――という出で立ち。
この子が前回の冒険で私と一緒にパーティを組んでとっても強いボスを一緒に倒した男の子であり、そしてさっきまで私とメッセージのやり取りをしていた張本人でもある、ユウくんだ。
どことなく初期装備らしさの漂う私やニアと違って、ユウくんの衣装・装備は本格的で頼もしい。
……けれど、あれ? なんだか、前に会った時と印象が違う、ような?
そう感じる大きな要因の一つに、今日のユウくんは何故か私達と同じようにフードを目深に被っていて、目元や表情を伺えない。フードには大きな耳がすっぽりと収まるスペースが左右に飛び出していて、すごく可愛らしいのだけど。
そんなわけで、ちょっとだけ女の子のようにも見えてしまうその中性的な顔は半分くらい隠れてしまっている状態。そして頭上にも〈ユウ〉というキャラクターネームは表示されていない。
――でも、それだけじゃなくて。なんだか、他にも何かが足らないような。
「ほほーう。……はあー……これはこれは。なんとも可愛い感じのショ……じゃなかった。少年ですね♪」
じろじろと覗き込むようにユウくんを眺めるニア。ユウくんは少し頬を赤くして、助けを求めるような表情を浮かべて私を見る。
「ごめん……ちょっと見つかっちゃって。この子は、友達のジニア」
「はじめまして。よろしくお願いします、ジニアさん」
言うと、小さく頭を下げる。
「よろっすー♪ 気軽にニアちゃん、――かあるいはニアお姉さんと呼んでくださいね。……――ふおっ。ヴァルプスじゃないですかー♪ クラスはドルイド? ――良いチョイスっすね」
ユウくんの背中に揺れる大きな尻尾に気付いたニアが、どことなく触りたそうな顔を浮かべてその尻尾を眺めている。
「……あ、はいっ。……ええと、クラスはまだ〈シアー〉ですけれど。ゆくゆくはドルイドになろうって思ってます」
〈シアー〉の上位職である〈ドルイド〉は『森の司祭』といったような魔法職で、大自然の中での原始的な暮らしを好み、森や自然の神々を崇拝し、植物や動物等の自然に関係するようなスキルや魔法を使うことが出来る。
攻撃魔法も回復魔法も武器を用いた近接戦闘も出来るので、育て方次第でとっても多様なプレイが可能になるんだって 。
そして〈ヴァルプス〉は、前作のイルファリア・クロニクルにも居た狐の半人半獣の種族のことだったはず。
「そうそう。それで、クエストはどうなったの?」
「あ、はいっ。……ええと、クエストは……成功、ではあったんです。けれど、…………」
しゃがみ込んだニアに尻尾をモフられながらもおずおずと答えるユウくん。……なんだか、今日は元気がないような。
気のせいかな?
「――……けれど?」
私が続きを促すと、
「あ、ええと。……まだまだ続きがある、という感じでして。報酬という報酬は貰えませんでした。手伝ってもらったカナトさんに、なにかお裾分けができれば嬉しかったんですけど……」
と言葉を続けた。
「気にしなくてもいいのに」
冒険は楽しかったし、レベルも一つ上がったしね。
私が言うと、――ユウくんは何故か、そこでじっと黙り込んでしまった。
……あれ?それだけ?
どことなく、言いたかったことを飲み込むような様子が感じられたような。……もしかしたら、ニアが居ると話しにくい内容だったのかな?
「……あ、それと。――……これ、なんですけど。……見えますか?」
ユウくんはそれから何かを思い出したように言うと、ぱっぱっと手元のパネルを操作し、そのパネルの一つを押しやるように私の目の前へと持ってくる。
ホログラム映像のように中空に浮かぶそのパネルの中身はぼやけていて何かを読み取ることは出来ない。――というのも、確かセキュリティやプライバシーの理由から、他人の操作パネルの中身は覗き見れないようになっていたはず。
「――自分の操作パネルは、初期設定では他人からは見えないっすよ♪」
私がそれを口にするよりも早く、いつの間にやら私の隣でパネルを覗き込んでいるニアが言う。
「……あ、そっか。そうですよね」
「メニューの設定から【パーティメンバーへとユーザーインターフェースの情報を公開する】のところにチェックを入れてみて欲しいっすー」
――こういうところをさっと答えられるニアは、(ここだけ見れば)本当に格好いいんだけど。
はい、と小さく返事をし、なにやらぱたぱたと手元のパネルを操作するユウくん。すると、ぱっ――と、差し出したパネルの中身が鮮明に見えるようになった。
…………その、中には。
『下手くそ初心者はカナト様に近寄るな。下手くそ初心者はカナト様に近寄るな。下手くそ初心者はカナト様に近寄るな。下手くそ初心者はカナト様に近寄るな。下手くそ初心者はカナト様に近寄るな。下手くそ初心者はカナト様に近寄るな。下手くそ初心者はカナト様に近寄るな。…………』
――…………なに、これ…………。
メッセージ画面らしきそこには、気味の悪い、同じ文章がずらり。
――背筋にぞっと嫌な寒気が走って、思わずスカートの裾を握りしめる。
メッセージの送り主は見たことも聞いたこともない見知らぬプレイヤー。その受け取り主はユウくんである。
プレイヤー名の隣には『ブロック済み』という表示があるから、ユウくんは既にこのプレイヤーを文字通りブロックしている状態なのだろう。
「見れましたか? ――こんなメッセージが送られてきてて……。それも、一通じゃないんです」
言うと、画面を切り替えて別のメッセージを表示させていく。
その中には、カナト様は俺の嫁、とか、イルクロから出ていけ、とか――……それぞれが別の送り主からの気味の悪いメッセージが大量に表示されている。
ショックのあまり、ぐらりと視界が揺れるような錯覚に襲われる私。
ニアはふーむ、と唸って、顎をさすって考え込んでいる。




