レイジー・サマー・シューティングスター(6)
ユウくんへと了解の返事を返すと、それから私は広場の端にある告知板へと向かった。
『告知板』はそのまま木の板に告知などの紙が貼り付けられているいわゆる掲示板なのだけど、実際にはプレイヤー同士の様々な交流ができる機能――例えばマーケットやメッセージボードなど、がまとめられている。
『マーケット』は各種オークションのサービスにも似ているかも。
名称からアイテムを探せたり、性能から欲しいものを探し出せたり、と便利で、しかも匿名なので利用も安心。このトレイアを首都とした〈アヴァリア王国〉の国内からであれば誰でも出品・購入ができる。
――ただし、売買には手数料が取られてしまうのだけど。
ちなみにこのマーケットの機能を利用しなければ手数料はかからないので、『メッセージボード』を利用して取引を持ちかけたり、街の広場などで声を上げて取引相手を探すプレイヤーも多数居る。
ちなみのちなみに、『マーケット』以外にも各地にある商人ギルドを別途利用することで遠方にいるプレイヤー同士の取引も可能なのだとか。
ただし、これには高額の手数料が取られるようになっているみたい。それと、品物が届くのにも何日もかかってしまうんだって。
不特定多数と交流ができる『メッセージボード』では雑談やメンバー募集、攻略情報の交換が行われていたり、『タスク』という機能からは他のプレイヤーに仕事を依頼したり、引き受けることができる。
これらを眺めているだけでも日が暮れてしまいそうなほどの情報量があって、マーケットには毎日数え切れないほどのアイテムが出品されるので、ただ眺めているだけでもとっても楽しい。
そしてメッセージボードには毎日毎分毎秒、目まぐるしい勢いで新しい情報が流れてくる。
――そんなわけで、人の多い場所を避けて告知板の前へと立つと、情報を取得しています――との待機バーが表示され、完了を待つ。
人が多い場所を避けたのは、背の高い人(例えば男性のキャラクターなど)に視界を遮られると、情報の取得が止まってしまうから。
基本的にほとんどの人が私よりも背が高いので(そして、他人と告知板との間に押し入ってくるプレイヤーは多かれ少なかれ居るので)、出来る限り開いている場所を見つけてから情報の取得を始めるようにしている。
告知板は市庁舎の中だったり、多数ある他の広場、冒険者ギルドの中などにも配置されているので、あんまり人が多いときはそっちへ回り道することもある。
と、ここまではちょっと面倒なのだけれど、一度告知板の情報を取得し終えると情報を取得したタイミングの各種サービスの内容がどんな場所からでも見れるようになっている。
板に貼り付けられているビラの束を貰ってくるようなイメージ、かな?
……と、そこでバーが100%を示し、取得が完了。
相当な数のプレイヤーでごった返している告知板から離れ、人の少ない場所を探し歩いていると、なんだかそわそわとするような……背後へと突き刺さるような嫌な気配と、それから、誰かが駆け寄ってくるような足音が響いてきた。
広場の中央付近――周囲には沢山の人が行き交っているから、さほどに気にもしていなかったのだけど……明らかに、何者かが全力疾走の勢いでこちらへ駆け寄ってくる。
どことなく身に覚えのある嫌な気配に、咄嗟に脇腹をガードし、そして背後を振り返ろうとすると同時――その何者かは何らかの高速移動スキルを発動させたようだった。
ばしゅんっ!! ――と音を上げ、背後にいた筈のその人物が突如私の目の前に現れ――同時、強い風が巻き起こり、私の衣服がばたばたと音を上げてはためき巻き上がる。
……ちょ――……?!
目深に被っていたはずのフードがふわりと浮かんで、捲れ上がりそうになったそれを咄嗟に掴んで抑えつける。
――以前、同じように中央広場で私のフードが外れてしまったことがあって、その時は赤くなったネームプレートを見られてしまい、結果として多数の他のプレイヤーや衛兵に取り囲まれ、攻撃され追いかけ回されて、酷い目にあったのだった。
幸い、今回はフードを抑えつけることに成功。……したのだけど、それ以外のひらひらとした部分に関しては悉く失敗した。
ゴールテープを切った短距離走の選手のようにびゅんと私を通り越したその人物は、セミロングの銀髪を揺らしながら軽やかに着地をすると何度か跳ねて勢いを殺し、それからにこやかに私を振り返る。
頭からすっぽりとフードを被ったその人物――その隙間からつんと尖ったエルフの耳が覗く。
耳元から胸元へと垂らされた髪は毛先に向かうに連れてピンク色のグラデーションになっている。
いわゆる“クラッシュド”と言われるようなダメージ感のある黒いTシャツにショートパンツの姿。だらりと垂れたTシャツの裾からは革のベルトと二本の短剣の鞘がちらり――その下にはすらりとした足が伸びていて、足元には変な顔をしたキャラクターもののスリッパ。その上には墨色のクロークを羽織っている。
「…………カ・ナ・カ・ナーーーーっ!!♡」
両手を広げ、そのまま抱きついてこようとしたその銀髪の顔を、両の手のひらで挟むようにして押し留める。
「へぶうっ……――――いふぁああいっ!! ふぁなふぁなッ……いふぁいっふーー!!!」
「……ねえ。なんで。今。余計なこと、したの?」
「ゔぇひゅになんふぉいええない……っっはんなろ、あふぉいがからっふう!! …………わきふぁらはやええっえ、いうんえいっへふぁひゃないれふかあっっ!!!!」
……何を言ってるかわかんない。
この銀髪……もとい『ニア』こと〈ジニア・ソーンブレード〉は、(幸か不幸か)私がこのゲームを始めて初めてパーティを組んだ相手で、当時ゲームの勝手が分からずに右往左往としていた私にゲームの操作方法を教えてくれた女の子。
職業はローグ。武器は二本の短剣の両手持ちで、素早い移動力からの目にも止まらぬ連撃とトリッキーな攻撃スキルを得意とする。種族は〈グレイエルフ〉と呼ばれるエルフ系の亜種。
私達は二人共DPS(敵へダメージを与えることを得意とする職業のこと)で、回復も出来なければタンク(敵の攻撃を引き受けることやその職業)も出来ないから、はっきり言って職業的な相性は悪いのだけど、なんだかんだで事あるごとに一緒に遊んでいる。
ちなみに、ジニアという名の由来は花の名前から、らしい。
出会った時はもっと物静かですごーくゲームの上手い、格好の良い女の子なのだと思ってたのだけど。
もっと言うのなら、このゲームの前作――初代『イルファリア・クロニクル』では〈アドリック・ソーンブレード〉というキャラクターを操っていて、常時ランキング上位に名を連ねるような有名プレイヤーの一人であり、私もライバル視をしていた相手でもあった、筈なんだけど…………。
……私、騙されたのかも。
ちなみにこの子もとある諸事情により、フードを外せばネームプレートは私と同じく真っ赤である。
――めっちゃ怒ってる。
くすくす、という笑い声と一緒に、背後からそんな声が聞こえてくる。
――ミシミシ言ってない?
――あれ、衛兵が反応するんじゃね?
周囲を見渡してみると、ずらりと並んだ人達の視線が私達へと集中していて――誰もが、ニアの顔を挟んでいる私と、それから顔ごと持ち上げられて足をばたばたと動かしているニアを見て、くすくすと笑っている。
……――かっと頬が熱くなってニアをその場に下ろすとその手を取って、広場の端の方へと引っ張っていく。
✤
「…………何するんですかあっ!! もーっ……死ぬかと思いましたよっ?!」
空いた手で頬を擦りながら、もしマンボウみたいな顔になっちゃったらどうしてくれるんですか、とぼやくニア。
「だって……。余計なこと、するんだもん」
「――ぷ。あははははっ♪ いやー、驚かせようとしただけなんですけど。まさかあれほど派手に捲れ上がるとは♪ ――……一体、誰が予想出来ただろうか?」
――いらっ……。
おどけて、ナレーション風に声音を変えるニアを無言のままに睨む。
「もー。良いじゃないですかあれくらい。ファンサファンサー」
「良くない。意味がわかんない」
「良いんですよっ。――大体ですね。これは前々から思ってたんですけど、カナカナはスカートが長すぎますよ。暑苦しいっ」
えー……。
「夏なんですからっ! JのKなんですからっ!! その上リアルでならともかく、これはゲームなんですよっ?! もっと上に上に、攻めて攻めていかないとー。動き回ったときにちらちらと見えてしまいそうな、危なげな感じが良いんじゃないですか♪」
矢継ぎ早にまくし立てるニア。
……面倒くさい。あとうるさい。
「良くない。そういうの、いいから」
言うとニアは、はあーっ……と、わざとらしいため息を吐いて、呆れたような顔で私を見る。
「カナカナって……保守派? マジメか? 委員長か何か?」
「違うけど……。良いでしょ別に、長くたって」
なんで怒られてるんだろう、私。
「…………。ま、いいやー。そのうち装備を整える機会もあるでしょうし。女の子用の装備なんて否が応でも肌色多めでしょうしー。…………で?」
言いながら、がっ、と腕を絡ませてくる。
「…………で、って?」
「何日もあたしのことほったらかして、何やってたんです? …………まさか、勉強――カッコわらいカッコ閉じる――とか言いませんよね?」
そのまさかだよ。勉強だよ、期末テストの。
ニアって、なんだか毎日のように遊んでるように見えるけど……色々と大丈夫なのかな。
「結局会えたんだから別に良いでしょ。それで、今日はどうする? ……どこかに遊びに行く?」
「…………あっ、そのセリフ。なんだか友達ぽくて良き♪っすー」
「友達でしょ」
「――実は実はー、前から行きたいところがあったんですよっ! 最近見つかったばかりのダンジョンなんですけど――、………………んっ。今、なんて?」
ポーズを挟んだ後で、なんて? ねえ、なんて? と繰り返しながら、なんだか気味の悪いにまーっとした笑みを浮かべている。
……言わなきゃ良かった。




