キャラクターを作ろう(6)
私の声が、いつもの私の声に聞こえる――。
……ちょっと待って。
…………なんで?
だって……私は、男性でキャラクターを作成したはずなのに。
そう、確か――無精髭で、金髪で、筋肉質の……こう、のしーん!……とした感じの大きな男性だったはずだ。
……うん、それは、間違いない。
そのはずなのに……なんというか、今ここにいる私はどこからどう見ても、いつもの私なのだ。
視線を落とせば……男性のそれにはとても見えないようなか細い手首と、そこから伸びる指に、すっと細くなった爪の先……。
袖を二つ折り上げている、薄いサックスブルーのシャツを腰のあたりでスカートにインしていて……首にはネクタイ、スカートは高校生のそれとしか思えないようなチェック柄。
そこからは下は……私にとっては見慣れた、私の膝と、私の脚と、それから紺のソックスに黒のローファーという……あからさまな出で立ちである。
どうやら頭の後ろで括っているらしい……肩に届かないくらいのその髪の長さといい――何もかもが、現実の私に似すぎている程には似すぎている。
そして、そのあまりの違和感の無さに……疑問にすら感じないままに、ずっとゲームをプレイし続けてしまっていた。
けれど、細かい部分が何点か違っていて――
……わかりやすいのが、スカートの柄。私の通っている学校のスカートのデザインとは、チェック模様の色や幅が明らかに違う。
それと――私は、普段は白の短めのソックスにスニーカーで通学していて、ローファーは殆どと言っていいほど履かないし……なんだか、どうにもおかしいことばかりだ。
……だめだ。考えれば考えるほど、頭がこんがらがってくる……。
これ、ゲームだよね……?
けれど、間違いなく一つだけ言えるのは……私は男性でキャラクターを作成したということ。
私はあの後、性別を切り替えたりして色んな種族を試した後――〈ノルン〉の『男性』を確実に選択しなおし――例ののしーんとした感じの……ハンマーと盾を構えた男性を確認してから、外見設定を終えている。
そうなると、一つ考えられるのは……他のプレイヤーからはきちんとあの姿に見えているのでは? ――ということである。
だって、女子高生が中世ファンタジーのゲーム世界の中にそのままの姿で居ること自体、おかしいし。
と、なると……――こうして話している声も、他のプレイヤーからはきちんと男性の声に変換されて聞こえている、……と考えるのが自然かな。
「…………あのー。もしもーし」
完全に、かちーん……と固まってしまった私を前に――目の前の銀髪さんが、くい、と首を傾げる。
おっと……。
思わず、完全に挙動不審な人になってしまった。
焦って咳払いをひとつ挟むと――それから平静を装って、口を開く。
「……いや、悪い。――少し、考え事をしていてな」
できる限りで、男性らしく自然な感じに振る舞い直し……声を低く落として、言葉を続ける。
「すまないが、街の外へと出るにはどちらへ向かえば良いのか、わかるかい?――……なにぶん俺は、この街のことがさっぱりと分からなくてな」
「……はは。そりゃ、今はみんな始めたばかりで右往左往っすよ――お兄さん♪」
少し、きょとんとした表情を浮かべた後に――……なんだか、雑誌のモデルさんのような笑みを浮かべる銀髪さん。
ちなみに……私は――、その……。
――……他の人には一切話したことのない、私だけの秘密なのだけど。
……実は、ロールプレイが大好きで……ゲーム中はキャラクターになりきって話すのが常である。
『RPG』――すなわち、ロールプレイングゲーム。……その頭のRPの部分でもある、『ロールプレイ』というのは、
英語のRole(役割という意味)と、Play(遊ぶ、だったり、演じるという意味)を合わせたそのままの意味で、役割になりきって遊んだり、他の誰かを演じたりする――といった意味を持つ。
私は、前作『イルファリア・クロニクル』をプレイしている時も、ずっとロールプレイを続けてきたので……年齢も性別も、最後まで誰にも打ち明けられなかった――という、……ちょっと悲しい過去を持つ。
まあ、当時は……――人と話すのがすごーく苦手だった、というのも、あるのだけど。
……とにかく、好きなのだからしょうがないのだ。
自分で自分に定めたゲーム禁止の制約を破ってまで『イルファリア・リバース』を始めようと思ったのも、実は、それが大きな理由の一つだったりする。
――どうせ、ネットの向こうからは、私のことは見えないんだしね。
「で、街の外って……具体的には何処に行きたいんっすかー?」
……うんうん。
――……ふふふ。
やっぱり……私の姿は、他の人からはあの『のしーんとした感じの男性』に見えているみたいだね。
その証拠に――こんな不良風の銀髪さんでも、こんな私なんかに……年上相手風の敬語を使って話をしている。
…………ふふふふ……。
私、現実でこんな人を見かけたら……絶対に、面と向かって話せない自信があるよ。
「――……つーのも、街にはいくつかの出入り口――つまり城門があって、そこからそれぞれ違うエリアと繋がってるんすけどー……って、……あのー。聞いてます?」
「んん……、ふむ」
ちょっと考えて、言葉を続ける。
「――いや、特に目当ては無いんだ。とりあえず、街の外だったらどこでも良い。モンスターとも戦ってみたいしな……」
「なるほどっすね。なら、案内してあげてもいいっすよー。……つか、試しに僕とパーティでも組んでみます?」
パーティ……!
良いね……! やろう、やろう。
銀髪さんは……ちょっと格好つけっぽいけど。朗らかだし、見た目ほどに悪い人ではなさそう。
「面白そうだ。それじゃあしばらくの間、よろしく頼む」
「了解ー。僕はアドリック……クラスは〈ローグ〉っす」
「俺はラグヴァルド。クラスは〈ブリガンド〉……駆け出しの傭兵だ」
――そうして、私達はがっしりと握手を交わした。
銀髪さんことアドリックさんのクラスである〈ローグ〉は、……日本語にするのは少し難しいのだけど、『ごろつき』だったり、信頼できない怪しげなヤツ――と言ったような意味を持つ。
RPGだと、『盗賊』と訳されていることが多いかもだね。
このイルファリアでも、やっぱり短剣を携えた身軽な近接攻撃職――と言ったニュアンスで、ゲーム中盤からは〈アサシン〉や〈デュエリスト〉と言った上級職へと転職が出来るようになるはずだ。
私達が手短な自己紹介を終えると――それから、私の目の前に……
『アドリック(ID: fleurfleur0819)から、パーティ参加の誘いが届きました。』
――とのメッセージが現れて、その中の〈承諾〉のボタンを押すと……私の視界の端へと、アドリック――と、パーティメンバーの名前とHPのバーが表示されたパネルが現れる。
「……よし。それじゃあ、ここからの案内を任せても構わないか?」
「うーっす。……じゃ、行きますかー♪」
言って……何やら、手元の――特に何もない空間をポンと叩くような仕草をすると――階段から立ち上がり、ズボンの埃を払った後で、んー……と、大きく伸びをして……それから、ぼそりと呟く。
「あ」
――……突然、何かを思い出したみたいに固まるアドリックさん。
「……どうした?」
「――この上。もう見てきたっすかー?」
そう言うと――……親指で、路地の登り坂になっている方を指し示す。
……え?
上って、あの陰気な井戸のある空間のこと……?
「――……いや、何処を歩いているのか、よく分からなくてだな……」
「なら、狩りの前にちょいと寄っていきましょ。……良いもの、見れますよ♪」言って、ぱちん、と片目をつぶって見せると……そのまま、階段を登って行ってしまう。
…………ええ?!
また、あそこに戻るの……。
――……と、思いはしたのだけど。スタスタと歩いて行ってしまうアドリックさんに置いていかれても困るので――仕方なく、その後を追いかけていく。