レイジー・サマー・シューティングスター(4)
…………ええと、気を取り直して。
さっきの実験でわかったのは、攻撃を3回当てたくらいなら普通に3回叩いたほうがダメージの総量は上じゃない?――ということ。
特に最初の一撃は、武器が壊れたのでは?――と言うほどには低いダメージだった。
三度目のトドメになった一撃は、いつもよりは少しダメージが上がっている感じはしたけれど……なにせ、大トカゲと私とのレベル差があるし、武器タイプや敵の特性でもダメージは変わってくる筈。
結論としてはスキルの有用度は未だ不明。もうちょっと試してみない限りはなんとも言えない感じ。
……とはいえ、一つ言えるのは、この特殊な視覚効果はすごく好きかも、ということかな?
――と、そんなわけで。特に他にやることもない私はお散歩とスキルの実験を兼ねてもう少しフィールドを歩き回ってみることにしたのだった。
ひたすらに続くレッタ平原の景色にちょっと飽きてきた私は、大きな街道から目に入った脇道に逸れて、それからしばらく緩やかに曲がりくねった道を辿ると、目の前に山々と木立が見えてきた。
“山”と言っても、雰囲気的には丘、あるいは小山と言ったほうがぴったり来るような、こぢんまりとしたもの。その一帯を覆うように、背の低い木々が茂っている、といった感じ。
森の向こう側にはちらりと古城らしき建物……遺跡?も見えていて、なんだか興味をそそられる。
小道はその木立の中へと吸い込まれるように続いていて、その手前には山小屋のような建物がぽつんと見えている。
その木立の入り口に建つ山小屋を目指し、緩やかな登り坂になった小道を辿っていくと〈北レッタ樹林〉というエリアに入った。
山小屋には木製のテラスがあって、そこでは二組の冒険者らしい集団がランチを取りながら盛り上がっていた。
ぱっと見ただけだとプレイヤーかNPCかの判断が付かないのだけど、会話の中から学校でも耳にしたことがあるドラマのタイトルがちらりと聞こえてきたので、やっぱりプレイヤーの集団みたい。
折角だから――とちらりと山小屋の中も覗いてみると、少し薄暗いその中からは古びた木材の独特な匂いが漂う。
中には食事なども出来る大きなテーブルが並んでいて、二階へ登る階段が続いている。本格的な宿屋のようになっているみたいで、10人近いプレイヤーがあちらこちらのテーブルに座り込んで、冒険の作戦を立てたり、メンバー募集をしたり――と賑わっている。
トレイアまで帰ってしまうと往復に時間がかかってしまうので、この山小屋を拠点にして冒険をしている、のかな。
集まっているプレイヤーのレベルは5から15くらい。中にはレベル18の人も居る。……となると、森の中にはそれなりの手応えの敵がいるのだと考えても良さそうだね。
レベルが低い人達は、ここに来るまでに見た――例えば、さっきの大トカゲ〈レッサー・ロックハイド・リザード〉などを狩ったりしつつ、この山小屋に休みに来てるのかも。
山小屋を出た私は木立の中へと続く道を辿っていく。
木々はどれも背が低くて、木立の中は明るい。緩やかな登り坂になった山道はかなり古びてぼろぼろの状態。地面は岩っぽくて、どことなくゴツゴツとしている。そんな木立の中をしばらく歩いていくと――ちらりと見えた怪しげな人影を前に、さっと木の陰に身を隠し、影の正体を伺う。
見えたのは人……ではなく、二足歩行のトカゲ――リザードマンだ。
名前は〈リザードマン・フォレジャー〉、レベルは13。
リザードマンを見るのは、このゲームでは初めてだ。
私よりも背の低いくらい砂色の鱗の体に簡素なぼろ布を纏っており、背中には雑に編まれたカゴを背負っていて、何やら地面を見渡しながら草やキノコなどをカゴの中に放り込んでいる。
身体はこぢんまりとしていて、目はぱちくりとしていて可愛らしいけれど、ついうっかり近寄ったが最後――攻撃をされてしまう、はず。
レベル13くらいだと(現在、レベル14の)私のレベル上げにもちょうど良いくらいの相手だけど、場合によっては苦戦をするかもしれないので周囲の状況にも注意をはらいながら慎重に戦う必要がある。
攻撃を仕掛けるため、木陰に隠れて様子を伺っていると――突然、ぽんっ――とメッセージの通知音が鳴り響き、びくりと身体を震わせる。
……――びっ、びっくりしたーー。
『良かった。しばらくログインされてなかったので、もしかしたら、何かあったのかなって』
視界の端に受け取ったメッセージが表示されている。送り元はユウくん。さっきまではオフラインだったはずだけど、いつの間にやらオンラインになっている。
『ちょっと心配だったんです。それで、ええと、カナトさんに、前回のクエストの件でお話したいことがあります。』
『それとも、もう、お気付きでしょうか? ……ええと、もしよければ』
『今からトレイアの中央広場でお会いできませんか?』
『あ……、ごめんなさい。もしかして、お忙しかったですか?』
私が(敵を目の前にしつつもわたわたと)メッセージに返信しようとしていると、それよりも早くメッセージが送られてくる。一度打ちかけていた内容を消して、メッセージを打ち直そうとしていると。
「――きゃああああああああっ!!!!」
――突然、木立をつんざくような悲鳴が響いた。
「助けて……誰かーー!!」
「助けてっ!!! 誰か……黒いお姉さん!!」
二人の、小さな女の子の声。……この声は、どことなく聞き覚えがある。
咄嗟にメッセージのパネルを閉じると、来た道を引き返し木立の中を駆けていく。
しばらく山道を戻ると、木々の隙間にちらりと二人の姿が見えた。
白いローブの女の子と、その子を庇うようにその前へ立ちはだかる、片手剣を手にした女の子。
二人を前に武器を振り回しているのは〈リザードマン・ハンター〉、レベルは16。
剣士らしき女の子のHPは既に半分以下に減ってしまっていて、じりじりと後退をしながらも、剣を持つ手が震えてしまっている。
ハンターの見た目は、さっきのフォレジャーとほぼ同じ――けれど、カゴは背負っておらず、短めの槍を手にしている。
私よりはレベルが2つ上だけれど、大丈夫。倒せない敵ではない、はず。
――とはいえ、不味い。……距離的に間に合わないかも……!
山道を駆け下りながら、投擲用の手斧を取り出そうとした私の手がすかすかと何もない場所を掠めて、はっとなった。
って。手斧が無い!?
……それもそのはず。私は街で消耗品を補充すること自体をすっかり忘れてふらふらっと城門を出てきてしまったので……そもそも何も買い足していないのだった。
あぁぁ……私のばかーー!
ばきんっ、と音を上げて、女の子の手にしていた剣が弾き飛ばされる。転げた女の子をめがけて、すかさずに追撃の構えを取るリザードマン――。
……いけない。どう見ても、相手の攻撃が女の子に届く方が早い。
なら、いちかばちかで――!
咄嗟に、目の前のリザードマンをめがけスキル〈リープ〉を発動させ、思い切りに地面を蹴る。
跳躍は、本来は高所へと移動をするためにあるスキル、なのだけど――それを真横に向かって使うとどうなるのか?(それも、緩やかな下り坂で)というと、基本的には文字通り身がすり減りかねないような危険行為である。
槍を振り上げたリザードマンへとめがけ、木立の間を貫くようにして砲弾のように加速した私の身体が迫る。
空を切り、そのままタックルをするみたいに肩からリザードマンへとぶつかる私。どっ――! 激しい衝撃が響いて、中空へと投げ出され――地面へと叩きつけられるその前に受け身を取って立ち上がる。
女の子二人は――……無事だった。
突然、妙な登場の仕方で現れた私を、ぱちくりと目を見開いて驚いた様子で見つめている。
リザードマン・ハンターは弾き飛ばされたボーリングのピンのように一回転をして山道を転がり落ちて、そのまま木の幹にどっしんとぶつかった後、おかしな姿勢のまま動かない。舌を出したまま頭の上で星がくるくると回っているので、多分スタンをしているみたい。
「……よかった、間に合った」
ほう、と胸をなでおろす私を、なんだかヒーローの登場を見るようなキラキラとした目で見つめてくる二人。…………いや、そこまでのことじゃないけどね、ゲームなんだし。
ちなみに、剣士風の女の子はシイナちゃん。白いローブにロッドを手にしたヒーラー風の女の子はチサちゃん、という名前みたい。
「お姉さん……っ!」
「お姉さん――後ろ……!!」
戸惑った顔で山道の上の方を指さしているチサちゃん。
すぐさまに武器を抜き、そして来た道を振り返ると――なんとなく予想はしていたけれど、さっきの〈リザードマン・フォレジャー〉が武器を片手に山道を駆け下りてきていた。
二人の悲鳴に反応したのか、あるいは走り去る私の姿を見られてしまったのかな。
…………よし。折角だから、このまま、スキルを試してみようっ。
斧をだらりとぶら下げたままに、大きく息を吐いてからスキル〈ブラッド・フューリー〉を発動させると……――ぼっ、と、私の右腕に仄かな赤い光が煌めいた。




