レイジー・サマー・シューティングスター(3)
ばっしーん!!!!
「きゅううっ!!」
〈モヘア・バニー〉という名前の、可愛らしい毛玉のようなモンスターが私の斧に薙ぎ払われて中空へと弾き飛ばされると、ぱあっと光の粒へと変わる。
…………うう。なんだかすごく罪悪感が。
突然に草陰から現れて襲いかかってきたから、咄嗟に武器を振るったら……なんと一撃で倒してしまった。
周囲で狩りをしているプレイヤー達がじいっと私を責めるような目で見ている気がして、思わずきょろきょろと辺りを見回す私。
けれど、そのうちの誰しもが私とは目を合わせようとせずにさっと視線を逸らすのだった。
……違うよ。襲いかかってきたから、仕方なくなんだよ……。
ここは〈レッタ平原〉。
トレイアの、東の城門から出た先に広がる小麦やオリーブなどの畑を街道沿いに抜けた先にあるエリアで、なだらかな丘陵とぽつぽつと岩の突き出た枯れ草色の野原が果てしなく続いていて、その上を雲の影がすうっと滑っていく。
私が以前(と言っても数週間前だけれど)、ゲームを始めてすぐに始めてのパーティを組んだ思い出の場所でもある。
街から近い場所には(さっきのモヘア・バニーのような)低レベルの初心者向けモンスターが。街から遠ざかるに連れ、敵のレベルは少しずつ上っていく。
なら、狼はどうかな?
小高い丘の上――岩陰で寝転がっていた狼へと近づいていく私。
名前は〈グレイ・ウルフ〉。レベルは3で、ゲームを始めた時にはかなりの強敵だった狼なのだけど。
近づいてくる私に気付いた狼はすっと立ち上がると、ぐるるる!! ……と唸って。私を睨みながらゆっくりと距離を取って離れてゆき……そして、じりじりと後退をした後に一目散に逃げて行ってしまった。
……あらら。
もうちょっと敵のレベルが高くないとダメそうだね。
もう少し街から離れた場所に移動してみることにした私は、なだらかな丘に沿ってうねるように続く古びた街道を下っていく。
すると――街道から少し外れた、岩がむき出しになっている場所に大きなトカゲを発見。
名前は〈レッサー・ロックハイド・リザード〉、レベルは7。
名前の通りごつごつとした岩のような鱗で覆われたその体。身体は大きく、首の長く尻尾の生えたヤギほどはある。不機嫌そうな瞳でぼうっと何かを眺めているけれど、その姿はどことなく可愛らしい。
……現実でこんなモンスターと出会ってしまったら、すぐに逃げ出すかその場で失神してしまう自信があるけど。
ゆっくりと様子を見ながら近づいていくと、私に気付いた大トカゲはくるりと私を振り返って、ぐるるる……と、威嚇をするように喉を鳴らした。
ごめんね。……けれど、少しは手応えのある相手で、スキルを試してみたいしね。
心の中で呟いてから斧を抜き放つと、その場でスキル――〈ブラッド・フューリー〉を発動させる。
すると、私の右腕。捲り上げられたスクールシャツの袖からちらりと覗く、北方の部族を思わせるような私のアバターの、タトゥー?……あるいはボディペイントかなにか?が、スキルの発動に合わせてかっと赤く光を放ち始めた。
……おおー。謎の視覚効果まで付いてる。これは楽しいかも。
『ブラッド』なんていうおどろおどろしい名前らしい、いかにも怪しげな赤い光と共に、ちりちりと燃えるようにして、オーラのような黒い煙にも似たエフェクトが私の右腕から立ち上り始める。
心なしか、私を睨む大トカゲもたじたじと怯んでいるように見える。
ふふふ……。私に出会ったのが、お前の運の尽きだ。
……なんてね。
斧を構える私。すると、大トカゲはだっと地面を蹴り、獲物へと飛びかかる蛇のようにその口を開くと、私めがけて突進してきた。
斧を軽くひと振るいし噛み付き攻撃を払うと――横面を叩かれた大トカゲの突進が止まる。
とりあえず、一撃。
ダメージは明らかに減衰してしまっていて、大トカゲのレベルは私よりも大分下であるにも関わらず、普段の半分以下のダメージになってしまっている。
けれど、攻撃が当たると同時――私の右腕を覆う黒いオーラのようなものが、ぼっ……! と音を上げ、発火をするように一段と勢いを増したのがわかった。
大トカゲは怯みもせずにじりじりと距離を測ると……再び攻撃の構えを取る。
……続けて、もう一撃――!
再び突進からの噛みつき攻撃に合わせて斧を振るうと、どっ! という鈍い音とともに一撃目よりも確かな手応えが伝わって、私の右腕を纏ったオーラが更に一段と大きくなる。
この感じは、火に少しずつ燃料を注ぎ足すに連れて勢いが激しくなっていく様にも似ている、かも。
……今度は、よろめくように後退をする大トカゲ。けれど、そのHPはまだまだたっぷりと残っている。
追い打ちをかけるようにしてすかさず距離を詰めると、今度はやや大振りの一撃を叩き込む。
これで、三撃目。
どしんっ、と言う激しい音を上げ、その大きな身体が弾き飛ばされて地面を転げると――ぱっと光を放ち消え去って、経験値と素材アイテム取得の通知が表示される。
…………あらら。レベル7でもこんなものか。
思ったよりもあっけなくて、立ちほうける私。
〈ブラッド・フューリー〉の効果時間はまだまだ半分近く残っていて、私の右手はまだまだ物足りぬ……とばかりにぐつぐつと黒いオーラを放ち続けている。
――――…………あっ。
なんだか、すごく良いかも……これっ!
……封印された邪竜の魂が……とか、なんだかそんな感じ、しない?
斧を背中に収めると、怪しげなエフェクトを纏った右手をまじまじと眺める私。
私、こういうのも好きなんだ。
……ちょっと、試しにやってみて良い?
5・4・3……とカウントダウンされていくスキルの残り効果時間のタイマーに合わせて右手を差し出すと――、
「…………鎮まりなさい。黒き竜よ――――」
私が呟くと同時。ぼっ――! と音を上げて、もうもうと立ち上っていた黒いオーラがぴったりのタイミングで掻き消える。
……えへへ。上手く行った。
きらーん。――なんちゃって。
思わず、くすりと笑いを漏らすのと同時。
私の背後、やや斜め後ろの辺りから、わあっ!! という歓声が上がった。
「……カッコいいーーっっ!!!」
「あのトカゲ、すごく強いのに……!」
……え?!
だ、誰か居たの……? 見られてた……っ?!
――かあっ……、と発火をしたように頬が熱くなる。
声のする方をちらりと見ると……、道端にぽつんとある一本の木――その木陰で、二人の女の子が座り込んで体力を回復させている。
二人の年齢は小学校の高学年くらいで、キャラクターのレベルは6。一人は白いローブと杖を、一人は革鎧に剣を片手に冒険者風の格好をしているところを見ると、二人はNPCではなくプレイヤーなのだろう。
「でもさ、ちょっと怖いね……っ」
「怖いけど、カッコいいっ!!」
手で口を覆いながら、私に筒抜けの大きな声で内緒話をする二人のその瞳がキラキラと輝いている。
……うう、恥ずかしい。
と、いうか……そんな所で休んでたんならひと声かけてよ……!!
わかりやすく、音を出すとかさ。
誰も見てないって思うじゃん……。
心の中では八つ当たりをしつつ二人に小さく手を振ると、墨色のクロークをばさりと翻し早足で歩み去っていく。
……はぁ。
こんな名前じゃなければ、こんな見た目じゃなければ、思いのままにロールプレイが出来たのにな。
…………もーっ…………
恥ずかしいっ……。




