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レイジー・サマー・シューティングスター(1)

 

 ぼんやりと滲んだ視界。


 砂色の石で組まれた歩道に、木製のベンチ。

 それに座り込む私の、チェック柄のスカートの上には水滴の粒がぽつぽつと散らばって、きらきらと光っている。



「もう、ニアとは絶交する。…………キャラクターも、消す。このゲームも、もうやめる……っ」


 震える涙声で呟いたのは、他ならぬ私。



「……ちょ、えっ……。な、ななな、なんでっ?!」


 私の隣に座って、わたわたと慌てているのは私の友達――のはずだったとある(・・・)女の子。



「…………わからないなら、もういい」


「って、悪い冗談ですよねっ。やだなーっ、カナカナってばー、もうっ♪」


 人差し指を立て、ピンク色のグラデーションが入ったセミロングの銀髪を揺らして微笑むその子を冷たく睨み返すと――、



 ゲームの操作メニューを表示させて、〈ログアウト〉のボタンを押そうとする。……と、隣に座るその子が咄嗟に私の手首を掴んで、強引にメニューから引き離す。


「ちょおっっ!! ちょっと待ったーーーーーーっ!!!! ………………本当に、本当に、本当に、ごめんなさいっすーーっ! ……どうか、どうか機嫌を直してください……っ!!!」




 ……眩しい太陽に、青い空。


 それぞれが冒険者風の格好をした、賑やかな通りを行き交う無数の人々は皆楽しげで。


 周囲には中世ヨーロッパを思わせる重厚な雰囲気の建物が並んでいて、まるでお祭りのような空気が辺りを満たしている。


 ……けれどそんな中、私達の座るベンチの周囲だけはまるでバリアが張り巡らされたかのようにぽつんと孤立。まるで冬山の頂のような凍える吹雪が吹き荒れているのだった。



 通行人の何人かが私達の険悪な雰囲気に気付くと、なんだか居た堪れないような、痛々しい腫れ物を眺めるかのような目線で私達を一瞥し、そして通り過ぎていく。



「……離してよ。もう、ニアのこと嫌い。……もう信じられない」


「え、ええと、ええとええと…………。マジでッ、本当にッ……考えなしでごめんなさい……っっ。どうか、どうか、見捨てないで欲しいですーー……っ!!」



 ……一度は、背中を預け合って共闘した筈の私達。


 そんな私達の仲がこんなふうになってしまった理由は――。



 時は、ちょっと前に遡るのだった。



 ✤



 いつものリビング。


 テーブルの上には、『今日も遅くなるかも。ごめん』と書かれたメモ。



 その隣へラップのかけられたお吸い物と煮物を並べてから、メモの下へと『冷蔵庫にサラダがあるよ』と書き足すと、エプロンを外して一息をつく。



 ――AI技術やロボット工学がぐっと発展した今日この頃。


 タブレットからぽちっと注文をしてしまえば、出来立てほやほやのお食事がたった数分で空輸ドローンや無人ロボットが玄関まで配達してくれるようになってからというもの、自炊をする人がますます減ったのだとか。



 そんな世の中では珍しく我が家が自炊を続けている理由は、『やっぱり、ご飯は自分達で作らないと』なんて言う、私のお母さんのこだわりからだったりする。


 忙しい時にはちょっと面倒だと感じることもあるけれど、なんとなく手作りの優しい味わいを感じることもあったり、なんとなく料理をしていると心が落ち着いたり……良いこともある、かな?



 後ろで結っていた髪を解くと、顎の下辺りで切り揃えられた私の黒い髪が頬に触れる。


 シャワーを浴びて、それから居間の空調と明かりを消すと、どこまでも吸い込まれてしまいそうなこの街の夜景をちらりと眺めて――心がちくりとざわめくような寂しさを感じて、そそくさと自分の部屋へ舞い戻った私はそれからいつもの癖で勉強机へ向かおうとして、ふと思い出した。



 ……そういえば。期末テストも今日で終わり。しばらくは別段と勉強に追われる必要も無いのだった。


 家事は全て終わっていて、やるべきことといえばあとは寝ることくらい。


 そして、あと数日間登校すれば、私にとっては高校生になって始めての夏休みが待っている。


 と、いっても、特にめぼしい予定もないのだけどね。



 つまり……今の私は、とても、かなり、すっきりとさっぱりと、自由の身。


 だったら久々に、ゲームで遊んでもいいかな?



 握りかけたペンをペン立てに戻し立ち上がると、クローゼットのスライドドアを開く。


 春夏の軽やかな素材を用いた洋服が並ぶその下――物入れの上へ置かれているのは、白を基調とした、ゴーグルにもヘルメットにも似た近未来を彷彿とさせる機械。


 私はそれを手に自分のベッドへと寝転がると、それ(・・)を頭からすっぽりと被って起動させる。



 ぶーん、という唸るような音と共に私の意識はゆっくりと途切れ、VR世界の中へとダイブ――『VEIL』というゲーム機のロゴが表示され、メニューの中からお目当てのゲーム『イルファリア・クロニクルⅡ』を選択。



 ――すると、ばっ、と場面は移り変わり、私の身体は宇宙へと放り出され、まるで朽ちた人工衛星みたいに眼下の巨大な青い星へと向かって自由落下を開始する。


 宇宙の星々と、迫りくる雲の海や壮大な山々を背景にロード時間を示すバー(・・・・・・・・・・)が表示されて、ぱらぱらと文字が流れていく。



 おかえりなさい、『柊ノ木(くのき) 奏人(かなと)』様。


 イルファリアへようこそ。


 ……現在、12066人がログイン待機中……


 更新データのダウンロードを始めます。…………40%、50%…………完了しました。


 データの整合性を確認――クリア。


 ユーザー情報と接続者の一致を確認――キャラクター『カナト』としてログインします。



 ✤



 …………と、そこで視界が暗転。



 ざざん、ざざん……と波の音が響き始めて、恐る恐る目を開けると――


 ぶわっ…………と、一面の青い海が私の視界に広がった。



 賑やかな海鳥達の鳴き声が響いて、それからギラギラとした突き刺すような夏の日差しが飛び込んでくる。


 びゅうびゅうと吹き付ける海風に、はためく髪を押さえる。



 ……どうやら私は港の桟橋のような場所にぽつんと佇んでいるらしく、繋がれたいくつかの小舟が波に揺れてぎしぎしと音を上げている。


 深いエメラルドグリーン色の水面の下には、魚の影が動き回っているのが見えている。



「……く、あーっ……。ふう――」


 その場で大きく伸びをする。



 なんだか吸い込まれてしまいそうな、異国の港の景色。


 石で作られた古びた倉庫らしき建物が立ち並んでいて、その向こう側には大型の帆船が繋留されている。


 果てなく続く青い海。アイスクリームのような夏の雲が浮かぶ空。むっと香る潮の匂い――。



 ぼうっと景色を眺めていると、くらりと目が眩むような感覚に襲われる。



 ――私のことを誰も知らない、誰とも言葉の通じない世界にふらりと迷い込んでしまったような。


 ぞくぞくとするような、冒険の高揚にも一人ぼっちの寂しさにも似た、不思議な気持ちが湧き上がってくる。



 フルダイブ型仮想現実(VR)世界の、ぞっと怖くなってしまう程の没入感。


 現実(リアル)のことをすべて忘れてずっぷり(・・・・)と嵌まり込んでしまいそうなこの感覚は、プレイ時間に制限などを設けて距離感をうまくコントロールしないと危ないかも――と、ログインをするたびに思うほどのリアルさだ。


 フルダイブ型のVRゲーム自体は以前から存在したのだけど、これほどのリアリティのある五感(・・)の全てを家庭用ゲーム機で表現できるようになったのは、この『第3世代型』と呼ばれる新しい規格を使ったゲーム機が初めて、なんだって。



 …………さて?


 とりあえず、ログインをしてみたものの……今日は何をしよう?

 そう思って、ゲームのメニューを出してみて、ふと、ちょっとした違和感がよぎる。



 ……あれれ。……私、前回はどうしてたっけ。



 もう一度、くるりと周囲を眺め直す。


 見た感じだと、ここはトレイアの街の港エリアにある桟橋の上、だと思う。



 ちなみに、『トレイア』は私がゲームを始めてからずっと拠点にしている街の名前。発売当初からちょこちょことログインを続け、私のキャラクター〈カナト〉のレベルは14へと達していた。


 これは、攻略組と呼ばれているようなトップランナーの集団よりも、一回り――大体、10レベル程は低い、……のかな。



 私は前回、ラドガーさんという戦士と、ユウくんというドルイドのプレイヤーとパーティを組んでいて、ひょんなことから街中で襲われていた私を助けてくれたユウくんのクエストを手伝う事になった。


 それから紆余曲折を経て、私達はとてもとても強いボス、〈シャドウ・エクスペリメント〉を倒すことに成功。……したのだけど、その後、ラドガーさんの漕いでいた小舟の上で波に揺られていて、そのまま意識が途絶えて寝落ち(・・・)てしまったのだった。


 プレイヤーが寝入ってしまい抜け殻と化した私のキャラクターは、多分、舟を漕いでくれていたラドガーさんによって最寄りの港に降ろされた……のだと思う。



 ――そんな前回のプレイから、現実の時間でまるっと5日間が経過していた。


 都合があったとはいえ、朝まで夜通しゲームで遊んでしまった私は翌日の授業の最中に全く集中できず、うとうとと寝入ってしまって。その時の自省も含めて、私はクローゼットの中にゲーム機ごとを封印して、ゲームのプレイを控えていたのだった。



 ……と、そんなわけで。これは私にとって5日ぶりのゲーム世界(イルファリア)になる。


 操作メニューからフレンドリストを開くと、私の総勢9名のささやかなフレンドリストの内、3名がオンラインの状態。


 中でも何度か遊んだことのある相手では、〈ユリ〉さんがオンラインになっている。


 現在は〈ビアジ荒野〉という場所でパーティを組んで遊んでいるみたい。



 ……どうしよう?


 パーティに混ぜてもらえるか、声をかけてみようかな?



 そう思ったところで、メニュー内の〈メッセージ〉のアイコンに通知の光が点滅していることに気がついた。


 メッセージを開いて、その内容へ目を通してみると……。



『カナトさんって、アイドルの方なんですか?』


『変なことを聞いて、ごめんなさい。』



 ……ええ??……


唐突ですがお久しぶりです、いすと申します。

しばらくお休みを頂いていたこの作品ですが、ゆるゆるペースで更新を再開したいと思います。


待っていてくださっていた方がもしいらっしゃれば、それから今この作品を読んでくださっている方々に、心からの感謝を。まだまだ書くことには不慣れですが、この章の終わりくらいまでは毎週更新で頑張りたいです。それでは、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
再開お待ちしてました! いきなりの険悪ムード…!? 二人の仲がどうなってしまうのかこの章も期待させてください!! 応援してます〜
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