トレイア・アンダーグラウンド?(16の2)
妙にきらびやかな、金色の装飾で縁取られたメッセージのパネル。そのメッセージに曰く――、
『おめでとうございます! あなたは、EXスキル〈ブラッド・フューリー〉を習得しました!』
…………いや。……ねえ、今、忙しいんだけど?!
EXスキルとは――確か、世界でもたった一人のプレイヤーのみが扱うことが出来る、唯一無二のユニークスキルを指す名称――だったはず。
メッセージは下へと続いており、スキルの説明文と一緒にスタミナのコストやクールタイムなど、各種情報が記載されている。
『〈ブラッド・フューリー〉は、トレイアの冒険者〈カナト〉が、強敵との戦いの最中に編み出した特殊スキル。』
……おおー。ゲームの説明文の中に、私の名前が載ってる。…………ふむふむ。
『このアビリティを使用すると攻撃力への大きなペナルティを受ける代わりに、以降、攻撃が成功する度にダメージボーナスを得る。このアビリティは一定時間を経過するか、あなたが大きなダメージを受けることで解除される。』
………………ん?
攻撃力への大きなペナルティ、って……。
……ちょっと待って。こんなスキルは別に要らないよっ!
下へと向かって長々と続いている各種情報を読みもしないままにメッセージを閉じると、斧を構え直し、〈チャージ・ストライク〉を発動させる。
そんな私の目の前で、一度は地面へと倒れ伏していたその頭が、重いダンベルを持ち上げるみたいにしてのそのそと再び上空へ持ち上がっていく。
あああっ……ちょっと待って、待って待って……!
私がぼやぼやとしていた(というか、妙なメッセージに邪魔されていた)せいで、再び元の高さにまで頭を持ち上げられたら、今度こそ攻撃手段を失ってしまう。
またもや機会を逃したとあれば、ラドガーさんに怒られても文句は言えない。
…………ああ、もう。変なメッセージのせいで時間を無駄にしたよっ。
10%、20%、30%とのその数字を増していく〈チャージ・ストライク〉のキャストバー。
このままチャージが完了して攻撃可能になるまでの時間を体感と経験則で割り出すと、タイミングを測って……チャージの完了を待たずに駆け出していく。
――……お願い、間に合って!!
「カナトさん……っ!!」
まるで祈りを込めたかのような、ユウくんの決死の声が響く。
「嬢ちゃん――頼むっ!! 今度こそ決めてくれ!!!」
わかってます……!
ごごご……、と震えながらも持ち上がっていくその頭部を目で追いながら、その袂へと目掛けて疾走していく私。
その時、私へと向けて振り下ろされた巨大な腕の攻撃を避けて――それからその手首の辺りを蹴って踏み台にすると、〈リープ〉を発動――思い切りに中空へと跳び上がる。
宙を舞う私の体が〈シャドウ・エクスペリメント〉の頭部へと席巻すると、思い切りに斧を振りかぶる。
同時に、私の斧が戦技発動の光を放ち煌めいて――そして、もはや目の前へと迫ったその頭部――額のあたりを目掛け、斧を……振るう!
――――〈スマッシュ〉!!
スマッシュの発動とともに爆発的に加速した私の斧が、風を切り唸りながらその額へと振り下ろされ――……そして、直撃した。
――どっかーーーーん!!!!
雷が落ちたような轟音が地下道に響き渡り、その頭部がぐらりと揺らぐ。
私の一撃を受けたその前頭部には巨大な亀裂が走り、そこから得体の知れない液体を迸らせながら、再び力を失って倒れ伏していく〈シャドウ・エクスペリメント〉。
「ぐ…………………………おおおおぉお………………」
ずどぉぉん……、と大きな音を上げて、その長く伸びた首が地面へと倒れ、地面を揺らがし砂煙を巻き上げる。
軋むような音を上げながら、その巨大な体の至る所へとひび割れるような亀裂が走り、そこから黒いドロドロとした液体と、紫色の煙を吹き出しながら――……それでも再び起き上がろうともがく〈シャドウ・エクスペリメント〉。
崩れ行くその全身をぶるぶると震わせながら、それでも尚、憎々しげに私を睨みつける。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおっ……………………――――ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――………………っっ…………」
悍ましい声を上げながら、一本だけ残った腕を振り上げ私へと這い寄ろうとする。――それでも、その身体の崩壊は止まらない。
ぼこ、ぼこ、と、泡立つように、その体の部分部分が黒い砂のようなものへと変わって、その巨体が揺らぐ。
「ぐ…………ご…………ぐおおおおおっっ………………、ぐおおぉ……………………」
首を、肩を、大量の砂へと変え、もはや原型も留めないほどの何かに成り果てながら、最後にその腕がどさりと音を上げて地面へと転げた、その時。
ばむっ! と、巨大なビニール袋が破裂する時のような音を上げて、かろうじて残っていたその全身の名残が破裂するように、一斉に弾けた。
一面へ、粉と煙を一際に大きく巻き上げて……、そしてとうとう、〈シャドウ・エクスペリメント〉は息絶え――ただの巨大な黒い砂の山へと変わったのだった。
✤
ざん……ざん……。
ちゃぽん……ざざざ――……。
止め処なく繰り返す波の音。
遥か遠くまで続いている海と、それから、未だ薄暗いトレイアの町並み。
明け方の、藍色に薄い紫を混ぜたような不思議な色の空には黒い羊のような雲の群れがぽつぽつと浮かんでいる。
一面には数え切れないほどの星の粒がうっすらと輝いていて、昇りかけている太陽が東の空をまばゆい金色に染めている。
小舟を叩く波の音と一緒に、上下に揺すられる私の身体。服の隙間に涼やかな風が吹き抜けて、汗を冷やす。
私はそんな船の縁へと腕と頭を乗せて――半分眠りこけながらも、ぼうっと朝焼けの海を眺めていた。
――長い戦いの果てに〈シャドウ・エクスペリメント〉を討伐した私達は、ラドガーさんたちのねぐらの近くにあった船着き場につけてあった小舟を使って地下道を脱出した。
ヴァルター君のその後や、街へと運び出された謎の可燃物を満載した樽がどうなったのかは、依然として不明なまま。
ユウくんによれば、クエスト・ジャーナルを開いてみても、私達が〈シャドウ・エクスペリメント〉を討伐したことが書き加えられた以外の変化はなにもなく、未だにクエスト〈迷子探し〉は未解決のまま、らしい。
これからどうしようか、と話し合った私達は、ひとまず、ラドガーさんにトレイアの港にまで送ってもらってから考える事にした、のだけれど……。
この様子では、私達の意識がそこまで持つかどうかも怪しい感じ。
――ちなみに、シャドウが落とした戦利品は、というと……〈実験体の核〉という謎のアイテムをたった一つ、のみ。
密かに心沸き立つような戦利品へと思いを馳せていた私達は、すっかりと落胆してしまった。
自動でロットがされた結果、〈実験体の核〉は私の所持品リストへと入った。
アイテムのフレーバーテキストに曰く、それは、
『シャドウ・センチネルの失敗作へと使用された魔導核。その内部には怪しげな赤い光が仄かに灯り、脈打つように明滅している』…………らしいのだけど。
結局、用途も何もかもの一切が不明なのだった。
「街の方はどうなってんだ……ここからじゃあ、よく見えねえが……。――おい、お前らっ!! 寝てる場合か!!!」
ラドガーさんの大声にびくりと驚いて重いまぶたを持ち上げる。
…………うるさいな…………。
「そうは……言いますけどね。日本は、今は真夜中なんです……」
私と同じ小舟の縁に突っ伏した姿勢で、ふんわりとした大きな尻尾を揺らしながら、ユウくんが眠そげに呟く。
その眠そうな声に、私のまぶたもつられて重くなっていく。
「ニホン……? ニホンってなんだ……、何を言ってやがる。おいっ、ユウ! 嬢ちゃんもだ――起きろ!!!」
わあわあと騒ぎ立てるラドガーさんへ、私も口を開く。
「ラドガーさん……クエストどころじゃないんです。……私達は寝過ごしたら、明日は遅刻です……」
「はい。カナトさんの言うとおりです……」
「遅刻……って、だから、なにを言ってやがる……」
呆れた様子で頭を抱えるラドガーさん。
「ラドガーさん。……もし、私達が寝てしまったその時は……」
「……だから、寝るなつってんだろがっ?!!」
「その時は、どうか私達の体を…………どこか…………安全なところまで…………すう」
……寝入りかけている私達の傍らで、ラドガーさんが何やら喚いている。
その声すらも子守唄のように心地よくなってきて……私はそのまま、すーっと眠りの世界へと落ちてゆくのだった。
お疲れ様です。ここまで読んでくださってありがとうございました。これにて、長々と続いた(?)この章も一段落となります。
なんと60話を越えるまで連載を続ける事が出来ました。これもひとえに読んでくださった方々のおかげです。本当にありがとうございます!
さて、一つだけご連絡があります。
本作品の以降の連載についてですが、一度他のテーマの作品を書いてみたいと思っていたことや、また連載を始める前からストックしていたお話を書ききってしまったのもあり、ここで一旦筆を置いて、連載から離れここからの展開を練ってみたいと考えています。
更新の方はしばらくお休みとなりますが、面白いと思っていただけましたら、リアクションやSNSなどでご紹介などしていただければ嬉しい限りです。
しばらくのお休みの後、これからもこちらの方で活動を続けていければと考えておりますので、よろしければこれからもよろしくお願い致します。




