トレイア・アンダーグラウンド?(15)
(あらすじ)瀕死にも関わらず、スタミナ回復の魔法をお願いしたカナトだけど……。
ユウくんが魔法を唱えだそうと杖を構えると――ラドガーさんが抗議の声を上げた。
「お、おい……っ 待て待てっ!!」
「血迷ったのか、嬢ちゃん?! 何よりも、まずは傷の回復だろうが!」
ユウくんへと振り返ると、矢継ぎ早に叫ぶ。
「なあ、ユウ! ユウもそう思うだろう?!! とにかく、俺に回復魔法を掛けてくれ!!」
「ええと……」呟いて、その表情に戸惑いを浮かべながらちらりと私を見るユウくん。
ゲームのシステム的に体力がいくつあろうが、スタミナ切れを起こせばそれは死ぬことと同じだ。スタミナがなければ攻撃をすることも出来ないから、私達の勝率が数%でもあるとするならそれはユウくんの魔法によるスタミナ回復以外にない。
……のだけれど、どうやったらそれをラドガーさんに説明できるだろう?
「ええと……ラドガーさんの言う事は、最もですが……」
……言いながらに、もごもごと口ごもる私。
眼前には、ずるずると、勿体ぶるように這いながら迫る敵の姿。
頭を巡らせて結局、私が思いついたのは――。
「早くしろ、ユウ! このままじゃあ、死んじまうっ!!」
ラドガーさんへと足早に歩み寄り、その傍らで斧を振り翳すと――ラドガーさんの首筋へとその穂先をゆっくりと添え当て、それから出来る限りに声音を低く落として言う。
「今は黙って私の言うことを聞かないと、酷いですよ」
「――……な……っ、……」
ぱちくりとその目を見開いたラドガーさんが息を飲む。
「もし駄目だったときは諦めて、私達と一緒にここで死んでください」
昔プレイしていたキャラクター、ラグヴァルドの姿を思い浮かべながら、冷たく言い放つ私。
「――ば、馬鹿野郎……っ! 死ぬなら、一人で死にやがれ……!!」
つつつ――と、手にした斧の先端でラドガーさんの首筋を撫でる。
「――――……わっ、わかった!! それで構わん……っ、嬢ちゃんに従う――っ!!!!」
それを聞いた私が斧を持ち上げると、ラドガーさんはその幅広い肩を弾ませながらに、安堵の息を吐く。
「くそ……っ!!」
手にしていた盾で地面を叩くと――せめて故郷で死にたかった、とぼそり呟くラドガーさん。
ちらりとユウくんの様子を伺うと、スタミナ回復の魔法を唱えてくれている……みたい。
そのまま〈シャドウ・エクスペリメント〉へと向き直ると、斧を構え直す。
ほら、私、ブリガンドだし。ロールプレイ、ロールプレイ。
……よしっ。
――さて、まずは……あの伸びた首をどうやって叩くか、だね。
普通に考えたら、あの高さまでに跳ぶのは無理。
ただでさえ〈リープ〉なりを使わなければ届かない高さにあった〈シャドウ・エクスペリメント〉の頭は、今ではそのさらに二倍近い場所にまで伸びてしまっている。
それこそ、地下道の屋根に擦ってしまいそうな程だ。
うーん、と頭を巡らせる私。
そんな私を見下ろしたままに、その片手をずるりと持ち上げる〈シャドウ・エクスペリメント〉。
……遥か高くにあるその口元があたかも、とうとう追い詰めたぞ――とでも言いたげににいとつり上がった気がした。
それから、低い風を切る音と共にその巨大な腕が振り下ろされ――激しい衝撃波と破裂音を上げ、床の石材を砕く。
私を目掛け、右、左、右――と、続けざまに振るわれる拳。
左に、右に、そして前方へ、と臨機応変にそれを避け続けながらも、10%、9%、8%――と、範囲攻撃の余波をじわじわと受け続けた私のHPが減っていく。
私のスタミナも、既に限界の状態。スタミナを示すバーはたった数%しか残っておらず、その残り僅かなHPバーと一緒になってちかちかと激しく明滅している。
もはや、いつ致命打を食らってもおかしくない状態。
そんなすれすれの攻防の最中。私の頭上へと振り上げられたその拳を見上げていてふと気付いたのだけれど……、元々鋭い爪のようになっていた筈のその腕の先端が、いつの間にやら引き裂かれた雑巾のようにぼろぼろになってしまっている。
私は特に何もしていないから、自分で床を叩きすぎて部位ダメージを負ったのかもしれない。
……一時期の、ものすごい自己再生能力はどうなったのだろう?
単に失ったのか、あるいはその分の与力を回してでも、攻撃を優先しているのかな。
ぼうっとそんな事を考えながらに、振り上げられたその腕を眺めている時。
ふと、足元がふらついて――ぐらりと、そのまま倒れそうになった身体をなんとか支え直すと、頭を上げたその瞬間。
頭上から、黒い塊が私を目掛けとてつもない勢いで落下してくるのに気付き――咄嗟に背後へと跳んだ。
左腕でもなければ、右腕でもない……完全な不意打ちで私へと迫る、敵の頭。
私の眼前、その巨大な亀裂のような口ががばりと開いて――それから私を掠めるようにして閉じられると、そのまま、頭ごと地面へと激突した。
同時、クロークの一部を噛み千切られたのか、布の破けるような音が響く。
……危な……!
噛みつき攻撃……そんな事までしてくるなんて。
後ろへと思いきりに跳んだ私の身体は、上手く着地をすることが出来ずにごろごろと地面を転げ――掌から斧が滑り落ち、金属音が鳴り響く。
「ぐおおおおぉぉお……っ!!」
悲鳴を上げながら、床へとめり込んだその顔を持ち上げるシャドウ・エクスペリメント。
そのまま跳ね起きようと力を入れる私。……けれど、身体が鉛のように重く、動かすことが出来ない。
首や指先はかろうじて動く――けれど、それ以外の身体の自由が全く効かなかった。
もしかして、ブレイクした……?
……そんな私へと、這い寄ってくる真っ黒なシャドウの巨体。
ラドガーさんがその背中を斧を振り上げ何度も叩いているのが、滲んだ視界にぼんやりと映る。
「おいっ……、嬢ちゃん!! しっかりしろっ!!!」
シャドウがその拳に力を込め、倒れ伏した私へと腕を振り上げたその時――。
『……〈インビゴレイト〉!』
――背後からユウくんの声が響いた。
意識を失ってしまいそうになる私の体を淡いグリーンの光が包んで――同時、激しい勢いで明滅していたスタミナバーがぐっと伸び――途端に身体がふわりと軽く、滲んでいた視界がクリアになる。
……はっ。
もしかして、死にかけてた?!
ずどん――!! と地面を撃つ巨大な拳。
その拳を、身を捻って間一髪で避けると、その勢いを使って跳ね起き、地面を蹴って横に跳ぶと転がっていた両手斧を拾い直す。
ありがとう、ユウくん!
一秒遅れていたら、死んでたよ……!
私へととどめを刺し損ねた〈シャドウ・エクスペリメント〉。すかさずにその首が、大口を開け私へと目掛けて迫る。
斧を構え、ステップを踏みながらタイミングを合わせると――その場でくるりと斧を振り回し、猛烈な勢いで私へと迫るその頭の眉間の部分を目掛け――思い切りに振り抜く!
どっ――!!
激しい音を上げ、私の身体と入れ替わるようにして振るわれた斧が狙い通りにその眉間へと直撃。
木が軋むような音が私の斧から掌へと伝わって――それから遅れて、〈シャドウ・エクスペリメント〉の悲鳴が響く。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ――………………!!!!!」
久々に、綺麗に決まったこちらの一撃。敵の残りHPを示すバーがぐぐぐ――とその数値を減少させる。
〈シャドウ・エクスペリメント〉は打たれた眉間の辺りへと干からびた川底のような亀裂を走らせたまま、その首を再び高い場所へ持ち上げる。
そして、眼下の私を憎々しげに睨みつけると、既にぼろぼろになっているその拳を続けざまに振り上げる――。
とん、とん、と辺りを小さく跳ね回る私へと狙いをつけ、それからその拳を叩きつけてくる、そのタイミングを狙って――、
懐へと潜り込むように前へと跳ぶと、その腕の細くなった部分――人間で言えば肘の少し手前の辺りへと目掛けて、斧を振り抜く。
どしゃっ……!!
――枝が軋むような音と共に、その黒い腕が胴体より切り離される。
ぼたぼたぼたっ……――と、切断されたその箇所から黒いタールのような液体がほとばしる。
付近の外皮には大きなひびが入り腕の付け根の部分にまで広がって、ぼろぼろとその腕が崩れていく。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお――…………っっ!!!」
地面を揺るがすような激しい悲鳴が響き渡る。
その腕が生え直すような兆候は一切見られない。
……やっぱりね。もう、再生できないんだ。
限界なのは、私達だけじゃないみたいだね。
ここまで来た以上は、絶対に倒すよ。
特に、君に恨みはないけれど――。
〈シャドウ・エクスペリメント〉は怒りに任せるように残ったもう一つの腕を振り上げると、私へと目掛けて狙いをつけ――そして、横薙ぎに振るおうとしたその時。
私がその腕の一箇所へと狙いをつけ、斧を構え睨みつけると――シャドウはびくりと怯えるようにして、突然にその攻撃を取り止めた。
なにか熱いものにでも触れたみたいにしてその手を咄嗟に引くと――再び口を開いて、蛇のように伸びたその頭を使い私へと目掛けて噛みつき攻撃を繰り出そうとした。
それならそれで、その頭を叩くよ――!
くるり、と身を翻し、入れ違いのタイミングでその頭部へと斧の一撃を見舞う。
「ぐうううおおおおおおおおお――――…………!!!」
けたたましい叫び声とともに弾かれた縄のようにその首をしならせて、まるで気絶をしたみたいに力を失うと、私からは反対側――背後の側へと向かって、まるで折れた木のようにその首がゆっくりと倒れていく。
……私が、その千載一遇のチャンスを逃す理由はない。
斧を構え直し、その身体に飛び乗ろうと〈リープ〉を発動させようとした、その寸前――、
……なんだか、妙に頭が涼しく、視界が良い事に気付いて。
違和感を感じ、被っているはずのフードを掴もうとした私の手が、くしゃりと、自分の髪に触れた。
あ、――あれっ?!
くしゃくしゃ――と、手探りをする私の手が、ただただ私の髪を掴む。
……いつの間にやら、私の頭(というか、ネームプレート)を隠していた私のフードが外れている。
…………げっ…………!!
肩へと乗っていたフードの縁部分を咄嗟に掴み直すと、すぐさまにそれを被り直して……それから、ちらりとユウくんの姿を伺う。
……その視線の先は〈シャドウ・エクスペリメント〉へと向けられていて、私のことは見ていなかったみたい。
思わず、ふーっ、とため息を吐いて胸を撫で下ろしたその時――、ラドガーさんと、ユウくんの大声が響いた。
「おい、嬢ちゃん――ぼうっとしてんじゃねえっ!!」
「カナトさん!! ビーム攻撃が来ますっ!!!」
…………え?




