トレイア・アンダーグラウンド?(14)
(あらすじ)元来た下水道へと通ずる通路へと向かって逃走を開始するカナト達。
地下道を駆け出していく私達。
けれど、何よりも心配なのはスタミナの残量だ。
この長い地下道の、反対側にある下水道へと通ずる出口まで、私達のスタミナが持つかどうか。
走っていればスタミナは減ってしまうし、スタミナが減ればステータスにペナルティが、0にまで落ちた時にはブレイクという行動不能状態に陥ってしまう。
……という私の心配をよそに、どんどんと距離を離され、そのまま小さくなっていく敵の姿。
大きな落石の直撃を受けスタン状態に陥った〈シャドウ・エクスペリメント〉は、あれからずっと同じポーズのまま、一歩も動いていない。
……一時的なスタンにしては、随分と長いような。
もしかして、電池切れ、とか?
なんて、私が考えていると……、
「……はあっ、はあっ…………、なあ。あいつ……もう、動かねぇんじゃねえのか?」
ラドガーさんが走る速度を緩めたかと思うと、そのまま立ち止まってしまった。
「……もう、ラドガーさん。…………、えー、そうかな……」
止まったら駄目ですよ、と言おうとしたけれど。思わず私も足を止めて一息をつく。…………確かに、疲れちゃった。
そんな私達につられる形でユウくんも立ち止まる。
「カナトさん。カナトさんへの継続回復が切れています。今のうちに掛け直しておきますか?」
「……うーん……」
もう一度振り向いて、背後を確認し直す。
黒い巨体――〈シャドウ・エクスペリメント〉の様子に変化はなく、同じ場所で完全に動きを止めたまま。
その姿勢も同じで、深いお辞儀をしているみたいに――あるいはなんだか溶けてしまったみたいに、腰のあたりからだらーんと頭が垂れている、そんな不気味なポーズから変わっていない。
その体がぽつんと小さく見えるほどには距離を取っているから、回復をお願いしても良いのだけど――。
私がどうしたものか? と頭を巡らせていると、視界の端でふと、その黒い身体がうねうねと蠢いた……気がした。
……むっ?
顔を上げてその姿を睨んでみるけど、やっぱり、動いている様子はない。
……気の所為、かな。
未だに、頭はだらりと垂れ下がったままだし。
…………けれど、なんだか、もごもごとしている、というか、ぴくぴくと小刻みに震えているような。
……え。
なんだか、気持ち悪。
「…………ねえ……。なんだか……」
「――あいつ、動いてませんか?」
私とユウくんの声が重なって、思わず顔を見合わせる私達。
「んー……? ……そうかぁ……?」
片膝を立てて、だらしのない姿勢で床に座り込んでいるラドガーさんが目を細め、遠くの黒い巨体をじいっと睨む。
……うーん。
あんまり遠くのものが、止まっているかこっちに向かって動いているのか、って、目の構造上、わかりにくいんだよね。
けれど、頭はぶらさがったままだし……、動いているようには見えないんだけど。
私がじいっとその姿を睨んでいると、なんだか、ごごごご、という不穏な音と振動が響いてきて……遅れて、その遠くの黒い巨体が、頭をだらりとぶらさげた姿勢のままに、こちらに向かってものすごい勢いで加速してきていることに気付いた。
「………………こっち来てない?!」
「…………う、動いてますっ!!」
「どっわあああああ!!!」
一斉に立ち上がると、走り出す私達。
頭を垂らした姿勢のままに、こちらへ向かって這ってきている〈シャドウ・エクスペリメント〉。その首は明らかにこちらを向いていない。――そのはずなのに、その体はまるでプラットフォームを発った新幹線みたいに、みるみるうちに加速してゆく。
ひいい……っ!!
ずごごごご…………!! と轟音を響かせ、地面を震わせながらに、あっという間にその巨体が迫ってくる。
その腕を使った攻撃に対応するために、私が背後へと注意を払っていると……突然に、にゅるん……と、垂れ下がったままの頭がへびのそれみたいに立ち上がり口を小さく開いた、かと思うと、さっきも見た謎のビームのようなものを溜め始めた。
……また?!
口の隙間から怪しい光が漏れ、煙が吹き出す。
ぎぎぎぎ…………っ!
口内で反響するように漏れ出す不気味な音が、じわじわと甲高くなっていく。
――不味い。止めなきゃ……!
走りながらも手斧を取り出し後ろを振り返ると、その頭を狙い撃つためにタイミングを見計らう。
――……見計らう。
………………見計らいたい、のだけれど。
……ううーっ……。
頭がぶるんぶるんと左右に揺れて、上手く狙いが定められない……!
あのポーズを長く取っていたからか、〈シャドウ・エクスペリメント〉の首の部分が伸びっぱなしになってしまっていて。しかも、伸びたその頭が下の胴体部分が這う動きに合わせて左右にぐらぐらと揺れ動いている。
…………狙いづらっ?!
しかも不気味っっ!!!
そうこうしているうちに、口の中から漏れ出る怪しい色の光がみるみるうちに大きくなっていく。
…………ええい。とにかく狙ってみるしかないっ!
その頭が大きく片側に倒れるタイミングを狙って、身を捻りながら跳ぶと――その頭が反対側へと揺れ戻すであろう軌道を加味して、手にした手斧を振りかぶり……頭部が揺れ戻すその先を狙って放る。
ぶんっ、と風を切り私の手を離れた手斧が、くるくると回転をしながら弧を描いて飛んでいき――……そして見事、その頭部に直撃――!
小気味の良い音を上げ、その頭部がぐらりと傾く。
ほぼ同時――ぐわっ、と開かれた口から小型のビーム――一撃目よりは大分細身になった威力の弱いもの――が発射され、そしてあらぬ方向へと飛んでいって、私達のやや前方の地下道の壁部分に命中した。
ずどん!! と大きな音を上げて爆炎が上がり、壁の一部分を大きく削り取られる。
威力としては、さっき大型ビームの半分にも劣るくらい。……けれどそれでも、あの爆発に巻き込まれただけで一撃死の可能性が大だ。
……不味い、かも。
遠隔攻撃を防ぎながら逃げ続ける想定はしてなかったよ。
〈シャドウ・エクスペリメント〉はそれから最後尾の私に追いついてくると、ぶるんぶるん――と、伸びたその頭を揺らしながらに拳を振り上げ、攻撃を繰り返す。
その腕が地面へと命中すると同時に、激しい音と振動、衝撃波が発生し、地面を大きく抉り取り――あたかも鉄球を叩きつけたみたいな大穴が開く。
一撃、二撃、そして三撃。
ずどんっ!! ずどんっ!!! と激しい轟音を上げ、床の石材が砕かれて飛び散る。
私の身体は疲労とスタミナ不足に、限界が近い状態。……それでも、ブレイクを避けるためにスタミナを温存、必要最小限の動きでそれを躱し続ける。
拳の攻撃は、威力は凄まじいけれど大振りで、比較的避けやすい。
……けれど、その攻撃に付与されている範囲攻撃の衝撃波のようなものを受け続け、少しずつ、私のHPが削られていく。
[28%]……、[23%]……、[17%]……。
まるで、死へのカウントダウンのように、私のHPバーが赤く明滅し続けている。
「ぐおおおおおお………………!!!!!」
なかなかに私達との距離が縮まらず、致命打を与えられない。……それが悔しいのか、恨めしげにうめき声を上げる〈シャドウ・エクスペリメント〉。
私を狙い、振り下ろされる拳、薙ぎ払われる爪――何度かその攻撃を避け続けると、再び、その口から怪しい煙を放ち始め、次弾のビーム攻撃のチャージを始める。
――また、来た……!
ぎーん……! という、もはや聞き慣れた、煩わしい音が響く。
このビーム攻撃。準備をしている間だけは若干に移動速度が遅くなる。
私はすぐさまにそれを中断させず、敢えて溜めるだけ溜めさせて、それから、丁度よいタイミングで手斧を…………放る!
私の手を離れ飛んでいった手斧は、その頭のこめかみの付近へと命中。微かに首の角度が変わり、同時にビーム攻撃が放たれる。
今度は、元々の狙いから僅かに外れた前方にある床へ直撃。元々その場所に倒れていた大きな柱の残骸ごと吹き飛ばし、床へとクレーター状の大穴を開ける。
おかげで障害物を迂回する必要がなくなった私達は、そのクレーターの真上――破壊された柱の隙間を走り抜けていく。
…………大丈夫、逃げれる!
辺りに薄暗い煙と嫌な臭いが充満し始めて、それからすぐに、元々、ラドガーさん達がねぐらにしていた部屋が見えてきた。
未だに、崩れた壁の隙間からは僅かに火が出ていて、黒い煙をもうもうと上げている。
ここが概ね、地下道の中間地点……の筈。
私達はその前を素通りし、〈シャドウ・エクスペリメント〉による一方的な攻撃を避け続けながら、その反対側にある出口へと走っていく。
✤
「もう少しです!!!」
ユウくんが声を上げるとやがて、私達が歩いてきた場所――下水道へと通じる、小さな通路が見えてきた。
その時、背後の巨体が、再びビームの構えを見せ始めた。
半開きになった口から例の濁った音を上げて、怪しい光と煙が漏れ始める。
……今度も、止めて見せる。
手斧を掴もうとした私の手が、すかっ、と虚しく空を切る。
……あれっ?
背中側の腰のベルトに掛かっている筈の手斧を探して、その付近を手探る私。……けれど……。
すかっ。
……すかっ。
…………すかっ。
私の手は何度も空を切って、やがて、私のベルトには何も掛かっていないことに遅れて気付く。
……あれ、無い。
無い、無い、無い。
あれ……、あれー……っ?!
さーっと、背筋に悪寒が走る。
所持品画面を開いて確認している余裕はないけれど、考えられるのは、弾切れのみ。
……やばい……。
終わった、かも。
ぎぎぎぎ…………っっ!!!
背後から響くビームの音がどんどんとその音量と甲高さを増していき――……、くわっ、と開かれた口から、私達を目掛けビームが放たれた。
……思わず、目を伏せる私。
けれど……放たれたビームは、纏まって走る私達を掠めるように……頭上を飛び越えてあらぬ方向へと飛んでいく。
……やった! 外した……っ!!
……かと思いきや。私達の頭上を突き抜けていったビームは、まるで狙いすましたかのように私達の目指していた通路を射抜き――、
ずどん――!!
この地下道から下水道へと通じるその通路の中で爆炎が煌めき、激しい火柱が吹き出してきた。
通路の傍らにまで走り寄っていたラドガーさんの体がその爆発の衝撃波で吹き飛ばされ、床に激しく叩きつけられると小さくバウンドをし、ごろごろと転がる。
「ラドガーさんっっ!!」
私達の声が重なる。
――それと同時。目の前に開いていた私達にとって唯一の退路が、ごしゃっ、と音を立てて崩落した。
ユウくんが緩やかに足を止めて、もともと通路があった場所――今や、ただの瓦礫の壁と化したその前で、私と、それから地面の上へと倒れ伏しているラドガーさんをゆっくりと振り返る。
息荒く肩を大きく上下させて、杖を構えて立ち尽くしたまま、何をどうしたら良いのかわからないといった様子で、ラドガーさんと私とを交互に目配せをするユウくん。
その表情は青ざめていて、目には涙が滲んでいる。
背後の〈シャドウ・エクスペリメント〉は、とうとう追い詰めたぞ――とばかりに速度を緩めると、くねくねと長く伸びた首を揺らしながら、私達の動向を――どこか愉しげに見つめている。
……やっぱり、やるしか無いか。
歩みを止めくるりと振り返ると両手斧を抜き放ち、もう一度、黒い巨体と対峙をする。
ユウくんはそれから、迷う素振りを見せながらも継続回復の魔法らしき詠唱を始めた。
ラドガーさんの残りHPは[15%]。先程ユウくんから掛けてもらっていた継続回復は既に効果を終えて消えてしまっている。
――けれど、それがなければラドガーさんは今頃死んでしまっていた、と思う。
最後尾を走っていた私のHPは[13%]。同じく継続回復は効果を終えてしまっている。
ユウくんのHPは50%ほど。その残りMPは僅かで、次に使う魔法がユウくんの使える最後の魔法になるだろう。
逆に、一時期は二割近くにまで減っていた〈シャドウ・エクスペリメント〉の残りHPは、今では[43%]にまで自然回復されてしまっている。
ひたすらに地下道を走り抜けて、唯一良かったことがあったとしたら――私達に掛かっていた強力な攻撃力ダウンのデバフがいつの間にやら消えていた、と言うこと。
普通に考えたのなら、ひっくり返しようのない局面。
……けれど、もし、勝ちの芽が唯一、たった一つだけあるとするなら、それは――。
「ユウくん……ごめんっ! HPの回復じゃなく、スタミナの回復をお願いします……!」




