トレイア・アンダーグラウンド?(12)
(あらすじ)大きな腕を振り回し、攻撃を続ける巨大なシャドウ。
巨大な爪が私の頭上を掠め、拳が目の前の床を砕く。
腕を振り回し攻撃を続ける黒い巨体――その周囲を駆け回りながら、腕の関節の曲がらない方向や相手の視界の死角を利用して、一撃一撃が私にとっては致命傷になりうる強烈な攻撃を丁寧に避けていく。
それから、安全マージンの範囲内で一撃、二撃とこちらの攻撃を当てていく……そんな、針の穴を通すような戦闘がしばらく続く。
あれから――……ヴァルター君がこの場を去ってから、大体、4-5発の通常攻撃を加えた、と思う。
そして今、黒い巨体〈シャドウ・エクスペリメント〉の残りHPは現在[56%]。
大体、私の攻撃1回につき、そのHPを1%削れているかいないか……それくらいには、ダメージが通っていない。
その上、大方のダメージ源であったシャドウの身体を焦がしていた火は、もう、殆ど消えかけている。
――もちろん、私はスタミナの温存をしつつ、なので攻撃スキルなどは使っていないのだけど……それにしても、異様な程に攻撃が通っていない。
このゲームでは、レベル差が開くほどにダメージを与え難くなる。……例えば、レベル差が10程にまで開くと、目に見えて攻撃が避けられる上に、ダメージを防がれやすい――というのは前作の〈イルファリア・クロニクル〉でもあったのだけれど。
私からたった+3レベルでここまでダメージが通らないのは……やっぱり、なにかが変だ。
エレメンタルやアンデッドなどの中でも一部の上位モンスターは、普通の(魔法の付与されていない)武器ではダメージが通りにくい事があって、それが原因……、なのかな。
ぐるぐると頭を巡らせながらも、私を目掛けて振り上げられた腕を既のところで避けると、どっ……!! と傍らの床が砕ける。
それから、その攻撃の後の隙を突く形で、背中に回り込んで一撃を加える。
……既に、何度も繰り返したパターン。
……ふうっ……!
斧を振り抜いてから額の汗を拭うと、地面を蹴って黒い巨体から距離を取り直す。
…………スタミナが減ってきて、身体を動かしているのが少しだけ辛い。
これだけダメージが与えられないのなら……いっそのこと攻撃なんてしないほうが、より長く生き残れそう。
そんな風に考えて……思わず、ぶんぶんと頭を振る。
弱気になってどうするの、私……!
無駄に戦闘を長引かせたってなんの意味もない。勝ち方を探らなくちゃ……っ
…………でも、それでも。
ダメージが殆ど与えられない現状で、何発叩いたって勝ち目はない。……無理なものは無理だ。
狙うは勝利のみ。……それが出来ないなら、誰かが生き残る事が出来る選択肢を取るべきだ。
……判断を、間違えた、のかな。
…………ヴァルター君と一緒に、反対側の出口へと逃げていくべきだった、のかも。
不安になっても駄目だ……っ
けれど、どうしたらいいのかも解らない……!
――ちらりと振り返り、背後の二人の様子を窺う。
ラドガーさんは斧と盾を巧みに使って、残った〈レッサー・シャドウミニオン〉と戦っている。
レッサーの残りHPは僅か……もう少しで倒せそう。……けれど、ラドガーさんのスタミナも心許なくなっているのかその表情には疲労の色が浮かんでいる。
ラドガーさんの後ろに陣取るユウくんは、杖を手に、何かしらの魔法を唱えている。
――戦い続けるか、あるいは逃げるのかは、現状のメインタンクである私が判断をしないといけない。
……二人は私の判断を信じて、この場に残って戦ってくれている。
……今更逃げたところで、全滅という最悪の結果になってしまう可能性は大。
……それとも、二人を逃して、私がここに残って戦い続ければ……二人は生き残る、かも知れない。
…………どうしよう。
………………どうすればいい……?
――私の視界の端。ラドガーさんがレッサーの頭部を目掛けて斧を振るうと、どかっ……! と派手な音が響いて、レッサーのそのHPが殆ど瀕死の状態にまで落ち込む。
…………図体が巨大だというだけで、同じシャドウなのに。……どうしてここまでダメージの通りが悪いんだろう……?
……炎がごうごうと燃え盛って黒い巨体を包んでいた時は、目に見えてそのHPが減っていたのに。
――……もしかして、弱点がある…………?
……とは言っても。背中側には今までも何度か回り込んでみたけれど、特に目を引くような何かはなかったし……、首や頭には、単純に攻撃が届かないし……。
いや……、届く……かも。
――目の前の黒い巨体。ダンプトラック程もあるその体躯の上には、レッサーと同じ位の小さな頭がちょこんと乗っかっている。
……普通に、前衛にとっては高すぎて届かない。
…………だからこそ今まで、ただの一度も、頭は攻撃しなかった。
……その頭を見上げ、距離を測る。
――……届く。〈リープ〉を使えば。
一応私の残りHPは、ユウくんの掛けてくれた継続回復の魔法のおかげで60%を上回るほどにまで回復をしている。
……とはいえ、動くことのできない中空で、それこそハエたたきのように迎撃されてしまえば……その時は、一巻の終わりだ。
……ラドガーさんに、ちょっとだけ、タンクを入れ替わってもらう?
ラドガーさんを振り返ると……ちょうど、レッサーを倒し終わったところだ。
……ああ、もうっ!
悩んでいてもしょうがない!!
…………とにかく、やってみるしかない!
「ラドガーさん、お願いがありますっ……! ちょっとだけ、私と盾役を替わってもらえませんか?!」
「…………、おい……俺を見捨てて逃げるんじゃないだろうな?!」
嫌そうな表情で声を上げるラドガーさん。
「逃げませんよっ!!」
「…………。……良いだろう。やってやらあ……っ!」
こちらへと駆けてきたラドガーさんが〈挑発〉のスタンスを取る。すると――……
私を見下ろしていた黒い巨体が、傍らのラドガーさんを憎々しげにぎろりと睨んで、その攻撃の標的を変える。
……その時。ほぼ同じタイミングで淡い光がきらきらと舞って、私に集まってくるような視覚効果が発生――私のスタミナが、ぐっと回復を果たした。
同じエフェクトがラドガーさんとユウくんの周りにも発生していたから、きっと、パーティ全体のスタミナを回復させるドルイドの魔法なのだろう。
……やった……っ!
何もかもが辛かったこのタイミングで、スタミナの余裕ができたのは、すごーく嬉しい……!
これで、仮に逃げたとしても、全員生存の確率が一気に跳ね上がった!
…………こんな魔法もあるんだね。これなら、安心してスキルも使えるし、逃げ切る事もできそう。
後方から、ユウくんの声が上がる。
「……カナトさん! 残りMPが50%を切りましたっ!!」
「ありがとうっ! 今からもう一度だけ攻撃を仕掛けます……! これで駄目なら撤退しよう……っ!!」
「了解ですっ!!」
「おいっ……、なんでもいいから、早くしてくれっ!!!」
巨大な腕の攻撃を盾で受けながら、ラドガーさんが叫ぶ。
大きく迂回して背中側へ回り込むと、……それから、その頭部を見据え、地面を蹴って駆け出していく。
それから、距離を測って……壁を駆け上がる時のようなイメージで、タイミングを合わせ、思い切りに〈リープ〉を発動。
ラドガーさんとユウくんを見下ろせるほどにまで飛び上がった私の身体は、それでも頭部にまでは届かない。
……けれど、ここまでは狙い通り。
思い切りに助走をつけた勢いを利用して、黒い巨体の背中を蹴ってさらに高く跳び上がる。
シャドウの後頭部のほぼ真上。そのままシャドウを飛び越えれそうな高さにまで跳ね上がった私は、それから緩やかに落下を始めると同時。思い切りに斧を振りかぶり――……巨大な体躯の上に小さく乗ったその頭部を目掛け、斧を振り下ろす――!
どっ――…………!!!
一際に激しい、鈍い音が響くと同時。
『――……ぐおおおおおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん………………!!!!』
今まで聞いたこともないような、けたたましい悲鳴が上がった――かと思うと、黒い巨体、〈シャドウ・エクスペリメント〉のその残りHPが、目に見えて――[56%]から[44%]にまで、ぐぐぐっ……! と落ち込んだ。
……やった……っ!!
こいつの弱点は頭――……それ以外の部分を攻撃しても意味がないんだ……!
「…………やりやがった……!! すげえぜ、嬢ちゃんっ!!!」
「――カナトさん、流石ですっ!!」
二人の歓声が響く。
ふふーん……!
……と、思わず調子に乗りたくなるのも束の間。
黒い巨体が、後頭部を叩かれ、うなだれた姿勢のままに――突然、ごごごご……と震えだした。
その震えに合わせて、まるで怒りのオーラのようなエフェクトが発生――。
……同時に、元々巨大だったその身体が、更にもう一段階膨らむようにして膨張を始める。
…………これは…………なんだか、やばいかも。
嫌な予感に、思わず距離を取ると……。
――同時。黒い巨体が、空を(というよりも、地下空間の天井だけれど)仰ぎ見るようにして顔を上げ、その口を大きく開いて――。
『…………ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…………っっっっ!!!!!!』
…………突然、地中を揺るがすような激しい咆哮をあげた。
辺りが揺れる程の恐ろしい声量に、思わず耳を塞ぐ。
……同時に私達3人のHPが減って、身体の自由が奪われる。
……これは、ただの声じゃない。
ダメージを伴うスキル攻撃だ……!
……シャドウはそれから、その足元で膝をついているラドガーさんへと、ゆっくりと視線を戻すと――……
突然、腕を振り回すような……今までに見たこともない攻撃を繰り出した。
その強烈な腕の旋風のような攻撃が、ラドガーさんに直撃。
地面を薙ぎ払うように突風が吹き荒んで、直撃は免れた私とユウくんも巻き込んで、散り散りになって吹き飛ばされる私達。
私の掌から抜け落ちてしまった私の斧が、金属音を上げて私の背後の床の上を滑っていく。
……攻撃パターンが変化した……?!
……って、それどころじゃない……!
黒い巨体が、殆ど瀕死の状態のラドガーさんから視線を逸した、かと思うと……背後を振り返るように私を睨んで、その数倍に膨れ上がった巨大な腕を私へと向けて振り上げる。
――……や、やば…………っ!!
ぶおん……っ!!
重く鈍い音を上げ、私へと飛来する巨大な爪――……。
半ば気絶の状態にあった身体を無理矢理に動かし、その一撃必殺の攻撃をかろうじて避ける。
そのまま後ろへと飛んで、床の上に転がっていた私の斧を拾い直すと――……その柄をぎゅうと握りしめ、再びにその巨体と向かい合う。
いつもありがとうございます。次回更新は6月27日頃となります、どうぞよろしくお願いいたします。




