キャラクターを作ろう(5)
魔法道具のお店を出て、ふう、と一息。
よーし。それじゃあ、そろそろ街の外にでも出てみよう……!
……と、思ったものの……。
…………あれー……。
……どうしよう。地図の出し方が、分からない。
一応、私の視界には――いかにもゲーム的な、プレイヤーの頭上へと浮かぶネームプレートだったりが見えていて――例えば、さっきの魔法道具のお店でも……木の杖をじっと見つめたときなどは、そのアイテム名とステータス類が表示されたパネルのようなものが、ぱっと表示されたりしたのだけど……。
私が知っている『イルファリア・クロニクル』では、例えば、装備を変更するための画面だったり、所持品のリストを表示したり、そしてこの街の地図を表示したりと……そういった事が、出来るはずなのだけど……。
「えっと、……地図を出して?」
……と、思わず口に出してみたけれど、無反応である。
当たり前だけど……。
……しまった。
なんだか、キャラクターを作成する際に……チュートリアルがなんとか……というオプションがあった気がするんだけど。
前作の『イルファリア・クロニクル』を相当にやり込んでいた自信があった私は……そんなの分かるに決まってる!――なんて思い込んでいて……
それを表示させないように設定してしまった記憶がある。
……同じ理由で、プレイ方法などのことは全然予習してなかった。
ううー……。失敗した。
大丈夫だと思ってたんだけどな……。
駄目だったね。……もう、全然別のゲームだよ……。
……と、そんな時。私の視界の端に、ちょうど良いタイミングで……杖をついた、品の良いおばあちゃんが歩いてくるのが見えた。
道を聞いてみようと、そのおばあちゃんへと歩み寄っていくと……、私の姿を認めたおばあちゃんの表情が、なんだか……眉根を寄せるような、不快な時にするようなそれへと変わって行って。
――そして、ぎろり……! と私を睨むと。
「……寄ってくるんじゃないよ! このよそ者め!」吐き捨てるように言って――……唖然とし立ち尽くす私をよそに、歩き去って行ってしまった。
――がーん……。
あまりにも、酷くない……?
……もしかして、私……嫌われてる?
……うう。
元々、機械音痴、方向音痴なのもあって……どうしたら良いのやら。
前作の時も、所属していたギルドの人にさんざん助けてもらって……ちょっとずつ操作を覚えていったのに……。
なんだか、少し心細くなってきてしまって……小さくため息をつく。
外国に一人、って……こんな感じなのかも。
――それで。仕方なく、そのまま同じ方向へと大通りを下っていくと……ふと、傍らに――路地と、そして〈旧市街〉〈ディジェテの門〉と書かれた看板を発見した。
お……?
『門』、だって。
でも、ディジェテ、って何だろう……。この街の名前、とか?
……いや、というより――街から外へ出る門はいくつかあって、それぞれに名前がついていると考えるのが自然かな。
――まあまあ。……折角だし、お散歩を兼ねて行ってみようかな。
†
そうして、私が路地へと入って……それからしばらく歩いていくと、道は緩やかな登り坂になった。
広くはないけれど、狭くはない――くらいの路地に、ちらほらと見えていた筈の人影が……なんだか、いつの間にやらはたりと見えなくなって。
道は、どんどんと細くなっていき……ふと気付いた時には、古い民家がぎゅっと詰まった、薄暗い路地へと迷い込んでしまった。
……あれぇ……。
私、道を間違ったかな……。
城門だとか、っていう雰囲気じゃなくなっちゃったけど……。
顔を上げれば、うねるような狭い路地と――そしてずらりと、上り階段が続いている。
路地の狭さはといえば――両手を伸ばしたら左右の壁へと触れてしまいそうなほど。そしてその左右には2階から3階建ての民家が並んでいて……なんだか、押し潰されてしまいそうな圧迫感がある。
年季の入った雰囲気の石畳は、ごつごつとしていて歩きづらく……階段は長年の使用ですり減って、中央部分がへこんでしまっている。
ここを行くと、近道なのかなー。
……そうだといいけど……。
†
不安になりながらも階段を登り続けていると、アーチ状のトンネルが見えてきた。
……トンネル、というよりは――正確には、他の人のお家を突き抜けるかのようにして狭い路地が続いている、といった感じ。
中には、玄関だか、裏口だか……小さな木のドアが嵌められた出入り口がいくつかあって……なんだか、石造りのアパートの通路に迷い込んでしまったみたい。
早足でそこをくぐり抜けると……今度は、広場――と呼ぶには狭すぎる、民家に挟まれたちょっとしたスペース……のような場所に出た。
大体、学校の階段の踊り場くらいの大きさのその空間は……建物と壁にぐるりと周囲を囲まれているせいで薄暗く――なんだか、他の人のお家の中庭へと迷い込んでしまったかのようにも感じられる。
壁に沿うように置かれた古びた木のテーブルと、その左右には椅子がニ脚。壁沿いには素焼きのプランターがぽつぽつと置かれていて……中央には、年代物の石造りの井戸がぽつん、とある。
井戸は相当に昔のものらしくぼろぼろで、所々が崩れかけていて……その上には、同じくぼろぼろになった木製のカバーが井戸の穴を覆っている。そして、開いているその隙間からは、ぽとり、ぽとり……と、水滴が垂れる音が響いてきている。
それで……私はやっと、自分が迷ったことに気付いてしまった。
……うう……。
どうしよう。結構歩いたし……疲れちゃった。
でも、こんなところで休憩をするのもなんだか不気味だし。……仕方ない。
少し無理をしてでも……もうちょっと、進んでみよう。
この広場から、道は3つに別れているみたい。
その内の一本は……今、私が登ってきた道で――……もう一本は、うねるような緩い下り坂になった路地。
最後の一本は、登り坂になっている狭い路地、なのだけど……、広場から、その路地へと入ったすぐの場所に鉄格子の扉があって……勝手に入って良いものかどうか、わからない。
扉自体に鍵はついていなく、半開きになっていて……開けようと思えば開けられる、のだけど。扉越しに見えているその道は酷く狭くて、人がすれ違うのもやっと、と言った雰囲気で……。
なんだか、その道を眺めているだけでもなんだか不気味で……私は結局、下り坂を行くことにした。
†
それから……降りて、登って、また降りて。
長い間歩いたのだけど――なんだか、通り過ぎる景色が変わっていない気がして……。
その時……なんだか、隣の建物の壁で何かが動いた気がして――……思わず、立ち止まって、耳を澄ませる。
見れば、傍らの民家の壁にはガーゴイルの像が彫り込まれていて……犬のようにもこうもりのようにも見える薄気味の悪い顔が、張り付いたみたいに壁からはみ出している。
頭の左右には捻じくれた角が生えていて――壁との隙間からは草が生えて、浅黒い雨だれの跡が地面へと向かって走っている。
――その壁に映っていた影が、あからさまに動いて。
ひ……っ!
思わず、小さく悲鳴を上げ――咄嗟に振り向くと……
反対側の民家の屋根の縁。金色の目を光らせた黒猫が……しっぽをゆらゆらと揺らして私を眺めていた。
……はぁー、と大きなため息をつく。
「もう、驚かさないでよ…………」
呟いて……ふと思い出してしまった。
私は、さっきもこのガーゴイルの像の前を通り過ぎている……気がする。この不気味な顔を見て、怖くなって……その前を早足で通り過ぎた覚えがある。
でも、どうしよう……。今から、来た道を戻る?
……もう、30分以上も歩いてきたのに……?
…………って。私が最初に来た道って、そもそも、どっちなの…………?
……いっそのこと、一旦ログアウト、したいかも……。
私が、とぼとぼと階段を降りながら悩んでいると……、その時。
「……おーい」
――突然に、背後から響いたその声に……びくり!と身体が跳ね――小さく、悲鳴が漏れる。
恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返ると――……、そこに居たのは、一人の男性だった。
†
男性は……路地の隅、階段に座り込んで――自分の膝の上に肘を置いた格好で顎を擦りながら、然程に興味もないと言った風にして私を眺めている。
服装は……麻のチュニックの上に、墨色の――古びたフード付きのクローク(ケープやマントのような、肩にかけて体を覆う布のこと)。
クロークは、だらりと階段に広がっており……フードを目深に被っているせいで、その顔立ちはよく見えない。
男性は、私を――なんだか、値踏みするみたいに――上から下まで、じろーりと眺めた後で……、なんだか、くすりと口の端を吊り上げて笑った。
……え、何……、その笑い。
というか……そんなところに静かに座ってたら、誰でもびっくりするってば。
「……や、失礼ー。君が、以前の知り合いと同じ名前だったんで」
男性はそう言って……フードを外しその顔を晒すと、にこりと笑みを浮かべる。
髪型は――すこし無造作にくしゃっとした……耳にかかるくらいの長さの銀髪。顔立ちは端正で、眼光の鋭いやや垂れ下がった目。
エルフのそれらしい、左右へと尖った耳には……少しがらの悪そうな雰囲気のいくつかのピアスが光っている。
歳は……17か、18くらい、かな?
チュニックの上には革のベルトを巻いていて、羽織った外套の隙間からは短剣らしき武器の柄がちらりと覗いている。
新規プレイヤー、と言った装いだけれど……なんだかその振る舞いや纏った空気からは、どことなくベテランのプレイヤーらしき余裕が漂っている。
格好の良いキャラクターだけれど……なんだか、悪人風というか、不良っぽいと言うか……。……雰囲気が、ちょっと怖い。
その頭上のネームプレートには、『アドリック』――と、彼の名前が表示されている。
――ふと、その名前に酷く聞き覚えがある気がして……昔の記憶を思い返してみる。けれど……それは、良く遊んでいた友達の名前ではないし、昔のギルドの仲間の名前でもない。
……誰だっけ? ……それとも単に、私の気のせいかな?
「でー、君。――なんだか、さっきから同じところを回っているみたいっすけど。もしかして、迷ってます?」
う……。やっぱり、同じところを回っていたんだね。
「……あ、ええと――、……」
――それなら、この銀髪さんに道を聞いてみよう……そう思って、いざ声を出そうとした時。
あれ……――?
私が発しかけたその声に強い違和感を感じて……、思わず硬直する。
――その響きが、いつもの私の声にしか聞こえなかったからだ。