トレイア・アンダーグラウンド?(11)
(あらすじ)巨大なシャドウに追い詰められてしまうカナト達。
振るわれた腕をなんとか避け続けながら、崩落した通路の手前で後ろを振り返る。
ヴァルター君の安全やユウくんの立ち位置も考えると、前衛である私は、これ以上は後ろに下がれない。
……私の目の前、ごうごうと火柱を上げて燃え続けるその黒い巨体。その悍ましい姿は、なんだか、異世界の悪魔じみた敵と相対しているみたいだ。
『……ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ……!!!』
とうとう追い詰めたぞ、とばかりに咆哮を上げるシャドウ。
……ざっと靴底を滑らせながらも立ち止まると、その巨体の行き先へと立ち塞がるように斧を構える。
見れば、目の前の巨体――シャドウ・エクスペリメントの、その残りHPが結構に……残り70%くらいにまで、減っている。
けれど、これは私やユウくんの攻撃によってではなく、今なおごうごうとその半身が燃え続けているから――つまり、炎による継続ダメージが原因、だと思う。
続けざまに、後ろから追いついてきたレッサー二体が私を通り過ぎていく。
その行き先には、通路の隅、ヴァルター君の傍らに座り込んで脚に手を添え、回復魔法を唱え始めているユウくんの姿――……けれど私には、この目の前の巨大なシャドウ一体、それ以上の敵を抑える事はできそうにない。
「ラドガーさんっ! 小さい方の相手をお願いします!!」
「もとよりそのつもりだぜ……っと!」
言いながら、その傍らをすり抜けようとしたレッサーへと、片手に持った斧を叩きつける。
……あの二体は、ラドガーさんに抑えてもらうしかなさそうだ。幸い、ラドガーさんのレベルは私よりも上。二体でも、全く問題はない、と思う。
「ぐおおおおお…………っ」
目の前の巨体が私を見下ろしながらに、忌々しげにうめき声をあげると、ずるずるとその真っ黒な腕を振り上げ……私を目掛けて激しく打ち下ろす。
どっ――! と激しい音を上げて床が砕ける。……その直前で、巨体の懐を目掛け前に跳ぶ。
そのまま隙を突いて、思い切り、お腹の辺りを目掛けて一撃を叩き込んだ……のだけれど。
ぼすっ……!
サンドバッグを叩くような冴えない音と共に、弾き返されてしまう私の通常攻撃。……手応えも感じられず、敵のHPもさして減っているようには見えない。
うーん……。
さっきの狭い部屋よりはずっと戦いやすいけれど……この様子じゃ、やっぱり、勝機が見えない。
続けて、その足元の私を見下ろしたままに、振り上げられた腕の真下――……脇の下辺りを目指して走る。
私を見失ってあらぬ位置へ振り下ろされた拳が地面を打つと、そのまま斜め後ろ――背中の辺りへと斧を叩きつける。
ぼすっ……! という、冴えない手応え。
やっぱり、殆どダメージが入っていない。当たり方は良かったはずなのに……。
これなら……ひとまず、小さい方を先に片付けたほうが良いかも。
そのまま、巨体の背後へとぐるりと回り込んで、〈チャージストライク〉を発動させる。
巨体の周囲を駆け回りながらもチャージストライクのキャストバーが100%を示すと、くるりと踵を返し、二体の〈レッサー・シャドウミニオン〉を相手に戦っているラドガーさん……そのうちの一体の背中を見据え、駆けていく。
そのHPは残り80%程もある……けれど、多分やれるはず。
タイミングを見計らって、思い切り〈跳躍〉……中空を舞いながら斧を振りかぶると、私のことが目にも入っていないその背中を目掛け、〈スマッシュ〉を発動――斧を叩きつける。
どしゃっ……!! という小気味の良い音とともに、両断されるレッサーの体。
私の叩き出せる最大の一撃を不意打ちで受けたレッサーは、そのまま砂になるようにして掻き消えていく。
「すげえ……っ!!」
ラドガーさんが斧を振るいながら、盾を使いレッサーの横面を叩くと、感嘆の声を上げる。
「本当に、とんでもない怪力だな……流石だぜっ!!!」
……褒めてるのかな、それ。
再び、ラドガーさん達から大型のシャドウの巨体を引き離すようにして、逆さまに方向転換をすると、振り下ろされた巨大な腕を避ける。
一撃で倒せたのは、飽くまで背後から、スキルを複数重ねた全力の攻撃を放てたからこそ。スタミナもごっそりと減ってしまったし、そうそう連発出来る攻撃ではない。
……単なる雑魚敵とはいえ、3体の敵を2体に減らせたのは嬉しい。味方の負担を減らせたのは大きい……と今は考えよう。
そんな風に、私が少し気を緩ませていたその時。
……突然に、巨大なシャドウの、私からは死角になっていた反対側の腕が、私の目の前へと迫った。
しまった――……! そう思った時には、既に遅く。
咄嗟に、出来る限りで無理矢理に体を動かし、その攻撃を避けようとしたものの……
ざっ……!! という嫌な音を上げて、黒く巨大な爪が私の左半身を薙いだ。
がくん、と視界が揺れ――中空へと弾き飛ばされて、そのまま地面へと叩きつけられ、転がる私の身体。
「カナトさん…………っ!!!」
「嬢ちゃん!?」
視界の端の私のHPバーが、残り40%程にまでぐぐぐっと落ち込むのと同時……黒い腕が再びに振り上げられるのが視界の端に映る。
……やば……っ?!
半ば無理やりに受け身を取って床の上を転がると、靴底で地面を蹴って、とにかく黒い巨体から距離を取る。……と、そこへ、既のところで私を叩き潰そうとした拳が振るわれ、床が砕け石材の破片が弾け跳ぶ。
危な――……っ!
死ぬかと思った…………!!
なんとなくで、連続攻撃は無いと思いこんでたっ……。
それにしても……直撃ではなかったにも関わらず……一撃で、体力の6割が持っていかれるなんて。
うっかりしていると、最悪、即死……ちょっとでも集中力を切らしたら、一巻の終わりだ。
――このパーティにおいて、私が倒された先に待っているのは…………他ならぬ『全滅』だ。
もちろん、防御力や体力だけを見れば私よりも戦士であるラドガーさんの方が上だとは思うけれど……それを回復できるほどの魔法を、ユウくんは持ち合わせていない。
私やユウくんはそれでも――……仮に死んだとしても、(経験値のペナルティがあるとは言え)トレイアの街中で生き返ることが出来るけれど……ラドガーさん、そしてヴァルター君はゲーム内のNPCであるから……死は、プレイヤーである私達とは違って、永続的なもののはずだ。
ぼんやりとしている場合じゃない。目の前の敵に集中しないと……!!
……酷く集中しているせいか、痛みは感じない。……けれど、左半身の感覚が麻痺をしたみたいに鈍く、希薄になっている。
一瞬、湧きかけた一撃死――『全滅』のイメージを振り払い、怖れに飲まれそうになるその心を黙らせ……、斧の柄をぎゅっと握り直すと、目の前のその巨体の前へと立ち塞がり、その姿をきっと睨みつける。
……すると、私の身体がぽうっと発光――鈍く、淡いグリーンの光を放った。
これは、〈リヴィタライズ〉――ユウくんの継続回復の魔法だ。
予め私へと魔法を詠唱していない限り、これだけのぴったりなタイミングで回復魔法をかけられるわけがない。――……つまり、〈ファストキャスト〉という一度だけ魔法の発動を早めるスキルを使わせてしまったのだろう。
……それは、逆に言えば、しばらくの間〈ファストキャスト〉は使用できない、という意味でもある。
「やっぱり、無理です……!! 勝てないですよ……っ!!!」
後方で、ユウくんが声を上げる。
「こいつは無視して、この場はなんとか逃げれませんか?! ……それに……あのフードの男の話しぶりからすると、街へと火を放つつもりなのかも知れない!! ……ラドガーさん! あなた方の運び出した樽は一体、何個が、何処へ行ったんですかっ!」
続けざまにユウくんが叫ぶと、残ったレッサーを相手にしながらにラドガーさんが声を上げる。
「……全部で30かそこいらだ…………っ!! 配置の指示があったのは〈カルドヴァ地区〉の南端の一帯だ! 一つ一つの位置が指定されてあってかなり広範囲に、…………樽の配置は、ほぼ全てが既に終わっちまってる筈だっ!!」
〈カルドヴァ地区〉というエリアの広範囲に――ということはつまり、あのフードの男の狙いは、街の一角、丸ごと、ということ?
一体、どんな製法で作られたのかは知らないけれど……あのお酒は、単なるよく燃える油ではない。
液体には粘性があって、爆発的に発火をし、長く燃え続ける。
……その証拠に、それをいくらか被った目の前の黒い巨体は、(幾分かその勢いも弱まったとは言え)未だにごうごうと音を上げて燃え続けている。
「〈カルドヴァ地区〉は……ちょうど、僕たちが歩いてきた辺りのエリアですっ! いわゆるスラムと言われるような……古びた建物が、ぎっしりと密集しているような場所で……この真夜中に、30箇所にも及ぶ広範囲から一斉に火の手が上がったら……!!」
――……街の一角が、火の海になる。
……その上、今日は日中から日差しが強く、夜になっても乾いた風がびゅうびゅうと吹いていた。
「ヴァルター君のお家がある一帯でもあります……!! なんとか、火の手が上がる前に阻止できないでしょうか?!」
ユウくんの後ろで地面に座り込んでいるヴァルター君が、酷く青ざめた表情を浮かべている。
――……けれど、同時に……今からラドガーさんにヴァルター君を背負わせ、反対側へと逃走し、この巨体の追撃を振り切るのは……はっきり言って、無理がある。
全員が少なからずスタミナを消費・消耗しているはずだし、私のHPがごっそりと減ってしまった以上、もう一度なにかしらのミスをして攻撃を受ければ、私は一撃で倒されてしまう。
「……さっきの蔦の魔法で、逃げれないかな?!」
「〈エンタングル〉は、ただの雑魚敵にすら効かないこともあるくらいの初級魔法です! とてもではないですが、こんな巨体では……!」
同時、再びに振り下ろされた巨大な腕を避ける。
…………駄目だ。やっぱり、避けているのが精一杯。
本当なら、会話を無視してでも避けることに集中したいくらいなのに……っ
「俺が行くっ……!!」
……その時、震える足で立ち上がり声を上げたのは……ヴァルター君だ。
「けれど……足は大丈夫ですか?」
「……大丈夫。道もわかるっ!」
そう叫ぶヴァルター君は……けれど、未だにHPの半分近くを消耗している状態だ。
「よしっ……坊主、これを持っていけ!」
ラドガーさんが、ヴァルター君の足元へと何かを放り投げた。
「これは?!」
ユウくんがそれを拾い上げ、広げて眺める。
「カルドヴァ地区の地図だ。俺達は、その赤い印の位置に樽を設置した……! それを衛兵に見せるんだ!!」
レッサーの攻撃を盾で受けながら、ラドガーさんが叫ぶ。
「叫んで、一帯の奴らを叩き起こせ! 俺の仲間に会ったら事情を説明すれば、ボウズの助けに回るはずだ! 頼む……っ!!」
「わかった……任せろ!」
ユウくんから地図とランタンを受け取り、それからレオを抱えると……だっと駆け出していくヴァルター君。
「姉ちゃん、兄ちゃんも……それからついでにおっさんも……、死なないでくれよ!!」
「……舐めるな、ボウズ! 他にも、何体かのシャドウが歩き回っている筈だ……気をつけろっ!!」
一応、殆どの〈レッサー・シャドウミニオン〉は私達が片付けた、と思うけれど……それでも隅々まで見て回ったわけではないから、下水道には未だに何体かが残っているだろう。
……あまりにも危険。
…………だけれど、それでも。
街の命運は、ヴァルター君に任せるしかなさそうだ。
「ヴァルター君……気をつけてっ……死なないでください!!」
「ごめんね……! 街の方はお願いします……!!」
――……暗がりへと消えていったヴァルター君の背中を見送ると、再び、目の前の黒い巨体と向かい合う。
『…………ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおん…………っっ!!!』
ちっぽけな私を見下ろして、一際に大きな咆哮を上げるシャドウ。
そのHPは幸い、燃え続けているその継続ダメージのおかげで残り[60%]近くにまで減っている。
……折角だから、全員で、生きて帰りたい。
あとは、こいつさえなんとか出来れば……!
お疲れ様です、いつもありがとうございます。この章ももうあと少し……だと思います!




