トレイア・アンダーグラウンド?(9)
(あらすじ)ヴァルター君を探して、謎の大男の背中を追いかけていくカナトとユウくん。
ぎいっ、と金具を軋ませて大男が扉を開けると、その内側から灯りが大きく漏れて、それから足音とともに、その背中が部屋の内側へと消えていく。
「……カナトさん」
ユウくんが不安げな瞳で私を見る。
「うん。急ごう」
私も頷くと、それから二人足音を立てないようにして、その明かりがついた廃墟――部屋のような場所へ近づいていく。
「……お酒がどうの、と言っていたところを見ると、密輸や密造の組織でしょうか?」ユウくんが考え込むようにして言う。
「そこに、レオを探しに来たヴァルター君が、偶然巻き込まれちゃった……のかな?」
うーん……。
なんだか、違和感を感じるというか……なにかもっと、大きな悪意を感じる気がする、ような。
古びた木の扉は半開きになった状態で、部屋の中からはうっすらと話し声が聞こえてくる。
……あの大男の他にも、誰かがいるみたい。
この中にヴァルター君が居る可能性も考えると、正面から飛び込んでいくのも危険に思えるし……。
とはいえ、ゲーム世界の時間は……既に真夜中の2時と40分を過ぎたところ。あんまりぼやぼやとしていると、ヴァルター君の命が危ない……かも。
私と同じことを考えているのか、壁に背を預けているユウくんが、焦りを滲ませた表情で地面を睨んでいる。
……となれば、ここは跳躍のスキル〈リープ〉の出番、かな。
というのも、その扉からみてちょうど斜め上――二階部分の、窓枠があったらしき箇所の壁が大きく崩れていて……上手くやれば、そこから部屋の中へと入れそうだ。
手のひらを使って、ちょいちょい……とユウくんを手招きをする。
不思議そうに首を傾げているユウくん。唇に指を当てて、(静かに)とジェスチャーをした後で、少し強引にユウくんの体を抱きかかえると……
いわゆる、お姫様抱っこをした状態で一歩、二歩と助走をつけてから、とん、と地面を蹴って〈リープ〉を発動――大きく開いた壁の穴を目掛けて跳ぶ。
二人と一匹(ユウくんが抱いているレオである)の体がふわりと弧を描いて、すぽん、と窓枠の中へと収まる。
それから、部屋の中へと足音を殺して着地――……したかったのだけど。ざっ……と、砂利を踏んだ時のような音が響いてしまって、さあっと背筋が冷える。
……しばらく息を殺して、誰も近づいてくる気配が無いことを確認すると、静かにユウくんを下ろしてから、真っ暗な空間にぽかんと開いた、蜘蛛の巣だらけの廃墟と化した部屋をぐるりと眺める。
部屋には別の部屋へと通じているらしき戸口が開いていて、そこからはオレンジ色の明かりが漏れてきている。その手前には、元々そこへ嵌っていたらしき古びた木製の扉が倒れている。
床は古びた木材で出来ていて、気をつけて歩かないと踏み抜いてしまいそうなほどに腐りかかっている。
ユウくんと顔を見合わせてから、物音を立てないように出来る限り気をつけながら、その隣の部屋へと通じている戸口へと近づいていく。
「……ディーター達はもう行ったのか?」
隣の部屋から、先程の大男の、低く、良く響く声が漏れてくる。
「へい。運び出した樽を置きに行くとのことでした」
別の男性の声が響く。
壁に背を付けた状態で、ちらりと部屋の中を眺めると……
隣には、吹き抜け状になった玄関ホールのような大きな部屋が続いていて、中はランタンやらランプやらの灯りで明るく照らされている。
戸口を跨いだ先は木製のロフト状になっていて、一階部分へは階段で繋がっている……みたい。
木は腐りかかっていて、その上を歩けるかどうかすらも怪しい状態だ。
大きな部屋の壁に沿うようにして、いくつかの小型の樽――ちょうど大きめのバケツくらいのサイズ――が隣り合うように並べられていて、それぞれには赤いバツ印が一つ一つに付けられている。
「それじゃあ、残りもさっさとやっちまうとするか」
大男の姿がちらりと見えて、その樽の一つを手のひらで叩くと言った。
「これでやっと、この気味の悪い穴ぐらともおさらばですね」
「ラドガーさん。このガキはどうするんで?」
それぞれ、別の男性の声が響いた。
ラドガーと呼ばれた大男は何も答えないままに黙り込んで……それからぼそりと言った。
「始末をしろ、と言われたが……」
むう! と呻くような声が漏れた。
よく見ると……部屋の隅、椅子に縛られるようにして、ちょうど小学生くらいの男の子が拘束されている。
……部屋に、気味の悪い沈黙が流れる。
その沈黙を断ち切るように、大男が声を上げた。
「――よし。お前らは樽を運び出せ。俺は後始末をしてから行く」
「へい」
「……うっす」
二人の男性が、その怪しい樽をそれぞれ2つずつ左右の肩に担ぐと、のしのしと足音を上げて部屋を出ていった。
部屋に残されたのは……その、ラドガーと呼ばれた大男と、ヴァルター君らしき少年の二人だ。
『ラドガー』は、肩幅の広くどっしりとした、まさしく戦士、といった雰囲気の体格。顔はいかつく、眼帯代わりなのか、頭にぐるりとバンダナのような布を巻いて片目を隠している。
ネームプレートにはそのままラドガーと名前が表示されていて、そのレベルは16。どことなく賊の頭目らしい、手強そうな雰囲気が漂っている。
いわゆる『ネームド』と言われるような特殊な敵は、同じレベルの他のNPCより明らかに強い場合があったりする。
その上にレベル差もあって、二人で相手をするには少し危険に思えるけれど……このままだと、男の子の命が危ない。
――行くなら、今しか無さそうだ。
ちらりと、ユウくんに目で合図を送って……それから、ばっと地面を蹴って隣の部屋へと躍り出ると、腐りかけた木の手摺りをばきん! と蹴飛ばして壊すと、そのまま階下へと飛び降りる。
ばらばらと木片を散らかしながら、『ラドガー』とヴァルター君らしき少年の間のあたりへと着地。すかさずに斧を取り出し構えると……
「――どっわ?!?!!!」
なんだかおかしな声と共に、大男の体躯が派手な音を立ててすてーんと後ろへ転げる。
「だ……っ、……誰だ、お前は!!」
だいぶ驚かせてしまったのか、目をぱちくりと見開いて、胸に手を当てている。
「……あ、突然すみません。夜分遅くに失礼します……この子を助けに来たものです」
…………って、なんか丁寧な口調になっちゃった。
「これはこれはご丁寧に――……ってそうじゃねえ。はいそうですか、と通るかと思ったかよ、お嬢さん」
のそのそ、と起き上がると、斧と盾を取り出し、私へと向けて構える。
……やっぱ、そうだよね。
出来れば、このままやり過ごしたかったんだけど。
「ええと……あなた方の密造だか密輸だかに興味はありません。お互い会わなかったことして……このまま、男の子だけを返してくれませんか?」
大男は、余り興味もなさそうに耳を掻いた後で私を睨みつける。
「……そうは行くかよ。まるっと姿も見られて、話も聞かれたとあっちゃあ……無事に帰れるとは思うなよ?」
うーん……。
やるしか無い、かな。
私も斧を構え直すと、その場で、次の攻撃を大きく強化させるスキル――〈チャージストライク〉を発動させる。
斧を振りかぶった私に対して、ラドガーさんは一歩も動かないまま――まるで、避ける気すらもないかのように――木で出来た盾を構えると、ふん、と鼻で笑って、嘲るように言った。
「どうした。早くかかってこい――……そんな枝みたいな腕でどれほど戦えるのか、見せてもらおうじゃないか」
〈チャージストライク〉が準備を追えると、ぐっと全身に力が溢れてくる。
それから腰を落としてラドガーさんを睨むと……〈スマッシュ〉を発動させる。
大きく振りかぶると共に私の斧がスキル攻撃の光を放ち……地面を思い切り蹴ると、構えられた盾を目掛け、斧を振るう――。
「…………って……おい――……ちょ、待っ……?!!」
構えた盾で私の攻撃を受ける……と思いきや、途端に盾を引いて後ろへと下がるラドガーさん。
目測の外れた私の攻撃が、ラドガーさんの立っていた場所の空をぶおんと薙いで、そのまま石で出来た部屋の床へと直撃。
ずどん――っ!!! と激しい音をあげ、石製の床にクレーター状の穴が開く。
「…………なっ、なっ…………」
腰を抜かせたように倒れ込んだラドガーさんが目をぱちくりと見開いて、床に開いた穴と、私の顔とを交互に眺める。
「――〈エンタングル〉!」
と、その時。二階からユウくんの声が響いて……
突然にしゅるしゅる、と、床から淡く光る魔法の蔦が現れて、倒れたままのラドガーさんの身体に絡みつき、ぎゅうぎゅうと締め上げていく。
「――い、痛てててっ!!! なんだあ、こりゃあ?!」
蔦はみるみるうちにラドガーさんの身体をぐるぐるに巻き上げて、完全にその自由を奪ってしまった。
元より倒れていたせいで抵抗もできないまま、完全に床の上でみのむしのようにされてしまって――……これでは戦うどころか、起き上がることすらも難しそうだ。
……って、あれ。
捕縛、完了?
……なんだか、この人……見た目の割には間抜けかも……。
ユウくんはそれから、ロフト状になった廊下部分から飛び降りると、少しバランスを崩しながらも着地。
男の子の縛られている椅子の後ろへと回り込むと、何処からか短剣を取り出し、縄を切りはじめる。
……私のやることは……とくにない、かも。
ラドガーさんへと視線を戻すと…………じいっと彼を睨んで、それから、どすん――! と顔の近くに斧の柄を叩きつけてみる。
「…………ひ、ひ……ひいい!!」
と、なんだからしくない悲鳴を上げるラドガーさん。
…………ちょっと楽しいかも。
思わず、にやりと笑みが漏れる私。
「ま、待ってくれ!! そいつは返す! ……この場は見逃してくれ!」
「さっきまでは殺す、だなんて言っていた癖に……自分は、見逃してほしいんですか?」
背後から、ユウくんの声が響く。
「ば、馬鹿野郎! 子供を殺すわけがねえだろう、たかだか酒の密輸くらいで! …………そりゃあ、姿は見られちまったが……脅して、口止めだけしてから離してやるつもりだった! 本当だ!」
……うーん?
ユウくんと二人、顔を見合わせる。
男の子の雰囲気からしても、飲まず食わずだった、と言う感じではないし……一応、信じても良さそうに思えるけれど。
「…………ありがとう。姉ちゃん、兄ちゃん」
自由を取り戻した男の子が、手首を擦りながらに言う。
「君は、ヴァルター君ですか?」
ユウくんが聞くと、男の子がこくりと頷く。
「……良かった。君のお母さんに、君を探してくれって頼まれてたんです」
「…………怒ってた?」
男の子がおずおず、と聞くと、ユウくんがふるふると首を振る。
「よしっ! これで一件落着だ! …………な?!」
みのむしと化したラドガーさんが声を上げる。
「俺……というより、俺達に樽の運搬を命じてきたのはシックルという男だ。ついさっきまでここに居た……俺達はこの酒の密輸の件とは、そもそも一切の関係もねえっ!」
……と、ラドガーさんが聞いても居ないことを(勝手に)喋りだした、かと思ったら――突然、ばきん!! と、ガラスの割れるような音が響いた。
見れば、テーブルの上においてあったポーションの瓶がひとりでに割れて……なんだか、ドロドロとした真っ黒な液体がテーブルに溢れ、広がっている。
これは……さっき、フードの男が渡していったポーションだ。
「……げえっ……?!」
それを見たラドガーさんが、なんだかしまったとでも言いたげな声を上げる。
大きく広がった液体はテーブルの端から床へと零れ、ぼとり、ぼとりと音を立てて広がって、大きな染みを作っていく。
その水面が、なんだか波打つように――振動をするようにもにょもにょと蠢き始めて――地中から何かが現れるみたいに膨らんで、そして大きく育っていく。
……それこそ、天井に届きそうなほどの大きさにまで。
なんだか、今回は状況の説明が難しかったです。
読みづらくなっていなければ良いですが……




