トレイア・アンダーグラウンド?(8)
二人で来た道を戻ると、プールのある大部屋を反対に回っていく。
その部屋の隅に当たる場所。荷物ともゴミの山とも取れるような、椅子やら桶やら木箱やらが木材やらが、どっさりと放られている前で立ち止まると……。
「……確かに。身を隠すとしたら、ここが一番手っ取り早そうですね」
その中でも、中に人の隠れられそうなもの――樽やら、木箱やらを一つ一つ開けて、中を覗き込んでいく。すると……
そのうちの木箱の一つを開けた時。空になった木箱の中から、小さな黒猫がぱちくりと目を上げて私を見上げ、にゃう―― と、弱りきった声を上げた。
鳥やネズミなどの環境的な動物と同じで、ネームプレートは浮かんでこないけれど……HPが減っている。
「間違いない。レオです。……僕にはこの子の体が薄っすらと光って見えます」
ユウくんが回復魔法を使うと、黒猫の体を淡い光が包む。
随分と元気がないみたいで、私達を見ても逃げ出す気配もなく、ただただ縮こまってしまっている。
……良かった。レオは見つかった。
けれど、肝心のヴァルター君は……?
箱の中を調べてみると……膝を抱えれば、大人がちょうど一人入れるほどの大きさの木箱に、火の消えたランタンと、抜き身の短剣が転がっている。
その短剣を拾い上げ、眺めてみる。
名前は……〈古い短剣〉。
刃は所々欠けていて、ニアが持っていた初期装備の短剣に似ている。
性能欄には〈未鑑定〉と表示されていて、詳しいことはわからないけれど……攻撃力は3と表示されている。
……3だと、ニアの初期装備の短剣くらいかな?
同じく箱の中を調べていたユウくんが、何かを拾い上げたかと思うと……ぼそりと呟く。
「鍵です」
その手には、黒ずんだ鍵があって……その名前は、〈錆びた鍵〉。
内容はやっぱり未鑑定、だね。
「ヴァルター君は家の鍵を持って出た、と聞きましたので……ほぼ、間違い無さそうですね」
うーん……。
「……なんで、居ないんだろう?」
私が言うと、ユウくんも小さく唸って、その場で考え込む。
レオを抱きかかえたヴァルター君は、さっきのシャドウを見て、ここに隠れた。
でも、ここに居ない……その上、短剣も、家の鍵をも放って消え去った……?
……さっきの黒いのに襲われた?
だったら、レオだけが無事に箱の中に収まっているのはおかしいし……箱が壊されていない事自体もおかしい。けれど、自分の意志で出ていったのなら、ランタンや短剣を手放すとは思えない。
それも、わざわざ鞘から抜き放った上で、短剣だけここに置いていくのも変だし。
……と、いうことは……。
「…………何者かに見つかってしまい、強引に連れ去られた」
ぼそりとユウくんが呟く。
「さっきのシャドウでは無さそうだね」
「はい。あのシャドウにそんな知性があるようには思えませんし、他に、何者かが居ると考えるのが自然です」
地下道の入口がわざわざ閉め直されていたことも、関係があるのかも。
「それに……カナトさん。なんだか、妙ですよ」
辺りを調べていたユウくんが、地面をじいっと眺めて言う。
「見てください。この辺り……やたらと何かを擦った跡がある」
ゴミの山の手前、コケで黒ずんだ石の面には、何かを擦って動かしたような跡がいくつか残っていて、よくよく見れば大人の靴の足跡もちらほらと見える。
ゴミの山をわざわざ動かす理由って……?
その擦り跡がある場所には、乱雑に置かれている樽や木箱。それらと壁に挟まれるような形で、木の柵、あるいはパレットのようなものが立て掛けられていて、壁面が綺麗に隠されている。
ゴミの木材はどれも黒ずんで汚れているのに、その木の柵は妙に綺麗で……なんだか、わざとらしいように見える。
……気になって、ゴミを退かし、それから立て掛けられていた木の柵を退かしてみると……――やっぱり、思った通り。
木の柵の裏側から、細い通路が現れた。
「……行ってみましょうか」
「……だね」
こくりと頷いて、ランタンを掲げ、通路へと足を踏み入れる。
……この先に、ヴァルター君が居るのかも知れない。
✤
ランタンを掲げ、隠されていた通路を進んでいくと……突然に、ぽっかりと開いた、広い空間に出た。
思わず二人して足を止めると、ぐるりと辺りを見渡す。
今まで歩いてきた下水道とは明らかに様式が違っていて、もっとずっと古い時代に作られた通路みたい。
柱も屋根も所々が崩れていて……なんだか、突然に遺跡の中へと迷い込んでしまったみたいな雰囲気だ。
通路はかなりの広さで、2階建ての建物がすっぽりと収まってしまいそうなほどの高さの天井は、アーチ状の構造で支えられている。幅もかなりのもので、そんなただっ広い真っ暗な空間が、奥へ奥へと続いている。
「一体、何なんでしょうか。この空間は」
レオを抱えたユウくんが言う。
「さっきまでの下水道とは、年代や様式が違うみたい」
「……もっとずっと古くに作られた場所、といった感じですね」
レンガで作られた空間をずっと歩いてきたので、地中に突然広がった砂色の遺跡のような空間に、なんだか目が驚いてしまう。
そんな通路を進んでいくと、二体のシャドウが現れた。
私達はそれらを討伐し、さらに奥へと向かうと、通路の左側に大きな――小型の帆船くらいなら乗り入れられそうな――水路が現れた。
水路には古びた桟橋があり、そこには2隻の小舟が付けてあった。私達はその船着き場のような場所まで行くと、付けてあった小舟を眺めた。
小舟は明らかに後から乗り入れたもので、桟橋の黒ずんで腐りかかった木材とは全く違う色をしている。中には火の灯されたままのランタンが置かれていて……それこそ何分か前に、誰かが使ったばかりのように見えた。
船着き場の前には、通路か、部屋への入り口らしき木の扉がいくつか並んでいる。
壁は崩れかかっていくつかの穴が空いていて、そこからは部屋状になった真っ暗な空間が薄っすらと見えている。
……そして、その扉のうちの一つから、煌々とオレンジ色の明かりが漏れ出ている。
中に、誰かがいるみたいだ。
と、その時……何処からともなく話し声が響いてきて……思わず二人、手にしていたランタンの明かりを消して、近くにあった物陰へと身を潜める。
ぎい、と扉が開く音が聞こえて、中から大きく部屋の明かりが漏れ出たかと思うと、そこから二人の男が現れた。
「――とにかく……予定通り、3時までには全ての酒を運び出しますんで」
そう言ったのは、前を歩く図体の大きな男だ。隻眼であるのか、バンダナのような布で片目を隠している。
皮の鎧に、背中には木の盾と斧を背負っていて……いかにも賊、といった風貌だ。
「三時までには運び出す、ではない。設置を終えておけ、と言った筈だが」
後ろから出てきたフードを被った男が、語気を荒げて言った。
線の細い怪しげな男で、フードの付いたクロークを頭からすっぽりとかぶっていて、顔も格好もうかがい知ることは出来ないけれど……裾からはローブが覗いていて、どことなく魔術師のように見える。
「すいやせん。……いかんせん、樽の数が多いんで……」
「いちいち事が遅いぞ。何をだらだらとやっているんだ」
「殆どは運び出し終えてやす。残りもすぐに終わらせますんで……」
二人の男は、その部屋らしき場所から水路の方へと歩きながら、話を続ける。
「それと、子供は始末しておけ」
フードの男が言った。
「…………は、しかし……」
「何もかも見られ、聞かれている以上は致し方なかろう」
「……ですが……酒ごときで、いちいち子供の口を塞ぐので?」
図体の大きな男が言うと、フードの男はそれには答えず、ふう、と大きく息を吐いた。
「……樽のほとんどは運び出し終え、設置を終えたんだったな?」
「へい。残りも運び出して、ここは引き払いやす。……シャドウ共はこのまま放っておいてもいいんで?」
「構わん。時間が来れば勝手に崩れる――ゴーレムのようなものだからな」
二人はそんな事を話しながら船着き場の方へと歩いていくと……小舟の手前、フードの男がポーションの瓶、のようなものを取り出して言った。
「もののついでだ。これを渡しておこう」
「は、はあ。……しかし、もう必要ないですが……」
大男は差し出されたポーションの瓶を受け取りながらも、浮かない声で言う。
一体何のポーションなのだろう?
その中身はタールのように真っ黒だった。
「持っておいて損はない。困った時にでも使えば良かろう」
「はあ……どうも」
「浮かない顔だな」
「あいつら、どうも薄気味悪くて……」
「あんなのでも、お前らよりはよっぽど使えるがな」
フードの男が吐き捨てるように言うと、小舟へと飛び乗って、オールを手に取った。大男は桟橋の上で、黙ったままにそれを見つめている。
「ではな。ぬかるなよ」
「あ、ああ。……金の受け渡しは、いつになるんで?」
「金は飽くまで事が終わってからだ。最初からそう伝えたはずだが」
「具体的な日にちだけでも……」
「今は黙って仕事を終えろ。後日連絡をする」
「……は……」
それから、フードの男が船を漕ぎ始めると……ぎい、ぎい、と音を上げて、小舟は暗がりの上を滑って消えていった。
フードの男の姿が消えると、大男は大きなため息を吐いて、それから踵を返すと、元いた部屋らしき場所へと戻っていった。
ユウくんと二人、顔を見合わせた後で、私達もその背中を追いかけていく。




