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トレイア・アンダーグラウンド?(7)

あらすじ:迷子探しのクエストの最中、猫の足取りを追うカナトとユウ。

 

 レオの足跡が、消えている。


「……それって、どういう事?」



「レオは、しばらくはこの場所をうろうろと歩き回って……それから何度か飛び上がって、この上へと戻ろうとしたみたいです」

 きょろきょろと周囲を見回した後で、ユウくんが言う。


「この奥には向かわずに、降りてきた場所へと戻ろうとしているの?」


「はい。けれど、壁面に付いたいくつかの足跡から考えると、単純にこの壁は高すぎて、登れなかった」

 鉄製のはしごが添えつけられている、煉瓦(れんが)の壁面を指差す。


「ここにうっかりと落ちてしまった……というより、ネズミか何かを追いかけていて、降りてしまったのかな。……その後で怖くなって、慌てて来た道を戻ろうとした?」



「おそらくは……。この付近に、ジャンプを試みたような形跡――大量の足跡が残っていて、どれがどれかというのは難しいですが……間違いなく、この通路の奥へとは向かっていません。けれど、だとすると、この場にレオが居なく(・・・・・・・・・・)てはおかしい(・・・・・・)筈なのですが……」


 けれど、レオは居ない。……まるで、蒸発してしまったみたいに。


「実は、上へと飛び乗れた、ということは……?」


 ユウくんは左右に首をふると、

「その場合、この通路へと折れた際に、向かう足跡(・・・・・)と一緒に戻る足跡(・・・・)も見えているはずです。僕が見たのは、向かう足跡のみ(・・・・・・・)でした」



 一応、辺りを見渡してみたけれど……ネズミが入っていけそうな小さな穴はあっても、猫が入っていけそうな場所は見受けられない。


 それから、うーん、としばらく二人考え込んで…………二人同時に声を上げた。



「「ヴァルター君!」」



「ここで立ち往生していたレオを、ヴァルター君は無事見つけて、ここまで降り、抱きかかえた」


「うん」

 こくり、と相槌を打つ。


「逃げようとした足跡もないことから、そう考えるのが一番自然ですね」


 猫が、こんな場所で見知らぬ誰かに素直に抱き抱えられるようなイメージは……あんまり、浮かばない。その猫を素直に抱き抱えられるとしたら、飼い主であるヴァルター君だと考えるのが妥当かな?



「……だとすると、ヴァルター君はレオを片手に抱えてこのはしごを登り、元の道へ戻った、のかな?」


「はい。その筈、なんですが……」



 ……なのに、家には戻らなかった。



「……迷ったとか?」


「それも十分、考えられますが。……けれど……これはなんとなく(・・・・・)ですが、ヴァルター君は普段からここ(・・)を遊び場にしていたように思えるんです」

 腑に落ちない、といった様子で呟くユウくん。



 ……確かに。


 何かあったら怖いから、一応道順を暗記しているのだけど……ここまでの道のりはそれなりに単純で、


 T字路を右折、十字路を直進。大部屋に辿り着いて、そこからは右壁沿いに歩いてきて、3つ目の側道へと折れた先――その場所がここである。


 ここからその逆を辿れば、私でも間違わずに帰れる……はず。


 ……うーん……。



 お互いに考え込んで、黙り込む。


 ざざざ……と、虚しく水の音が響いている。



「…………もしかしたら僕らとは入れ違いで、もう家へと帰ったのかも知れない。夜も遅いですし、お開きにしましょうか」

 残念そうに微笑んで、ユウくんが言う。



 それは……やんわりと表現を変えた、諦めましょうか、と言う提案だった。


 事実、現実の時間を示す時計は、夜の2時を過ぎてしまっている。


 けれど、ゲーム時間の進みは現実の時間よりも早いので、また明日私達がログインする頃にはこの世界(イルファリア)では何日もの日数が経過してしまう……。



「……最後に、さっきの大部屋の周りだけでも、ぐるりと回ってみない?」


 私が言うと、ユウくんはにこりと笑って、それから「はいっ!」と元気な返事をした。


  ✤


 ――私達は、はしご(・・・)を使ってホール状の大部屋へと戻ると、そのまま右手を壁につけた状態でぐるりとその大部屋を回ってみた。


 けれど、見つけたものなんて、ゴミ捨て場(・・・・・)のような……樽やら桶やら燭台やらが雑に放り捨てられている箇所くらいで、肝心のヴァルター君やレオの行方に関する情報は一切見当たらず。



 ……一応、探索できる所はまだまだ残っている。


 大部屋からは何本かの通路が伸びていて、それらは全て未探索のまま。


 もし、ヴァルター君がレオを抱えたまま、家へと帰る途中に迷ってしまったとしたら、この通路の何処かのへと迷い込んでしまった可能性が高いのだけど……。


 とはいえ、その横道の一本一本全てを探索していると、それこそ現実(リアル)が朝になってしまう。



 ヴァルター君を助けたいのは山々だけれど、飽くまでこのイルファリアはゲームの世界。


 私にもユウくんにも現実の生活があるし、あんまりお母さんに心配をかけるようなことはしたくない。


 ……そろそろ、時間切れ、かな。



 二人の間でも諦めのムードが漂い始めていた、その時のこと。


 いくつもある側道の、その前を通り過ぎようとしていた私の視界の端で、何か(・・)が、もぞもぞと動いた…………、ような気がした。



 足を止めて、私の後ろを歩いていたユウくんを制すと……薄暗く伸びている水路状の通路――その奥深くへと、じっと目を凝らす。



「……カナトさん?」


 不思議そうに呟いたユウくんを振り返ると、人差し指を唇に当て、声を落として言う。


「何か居る」



 ……見間違えではない。


 通路の奥で、何か(・・)が動いている。


 私やユウくんよりも少し小さいくらいの真っ黒い物体(・・・・・・)が、ずるずる、と……這うようにし、わたしたちの居る大部屋の方へとにじり寄ってくる。


 例えるのならば、まるで麻袋のような……ずんぐり(・・・・)としたそのシルエットは、明らかに人のものではない。


「……こっちに来る」



 私の隣、同じようにして通路を覗き込んだユウくんが、しばらく目を凝らした後……さっと私の後ろへと隠れてから、慌てた様子で囁いた。


「…………なんですか、あれ(・・)っ?!」


「わからない。けれど、……このままだと、接敵する。……ユウくん、MPは大丈夫?」


「はいっ……!」返事とともに、ごくりと喉が鳴った。「僕は、後方からカナトさんのサポートに徹します」


「……うん。お願い」



 ユウくんと二人、壁の背にして身を隠し、それ(・・)が寄ってくるのを待ち構える。


 やがてその姿がはっきりと見えてきた、かと思うと……その頭上にぱっ(・・)とネームプレートが浮かんだ。



 ――名前は〈レッサー・シャドウミニオン〉、レベルは15。


 なんとも不気味な……ただただひたすらに真っ黒なもやもや(・・・・)としたその見た目は、黒煙が歩いている(・・・・・・・・)としか表現できないような、まさしく謎の生き物だ。


 けれど……


 レベル15の敵が一体であれば、(私一人だったら少し怖いけれど)二人なら問題なく勝てる相手のはず。



 私……というより、私のキャラクター〈カナト〉は、(自分で言うのも何だけれど)本物のタンク職には及ばずとも、そこそこに戦える前衛だと思う。


 武器や防具は心許ないけれど、ニアに買ってもらった髪飾り――〈亡きエレオノーレのミスリルバレッタ〉が、大きく私のステータスを後押ししてくれているおかげで他のプレイヤーと戦っても押し負けているといった感じはしないし……、


 前作の〈イルファリア・クロニクル〉にたっぷりとプレイ時間を費やしたおかげ(?)で、この〈イルファリア・リバース〉でもそれなりに動き方が解っている。


 その私にユウくんの回復魔法と強化魔法が乗るのだから、そうそう、容易く負けはしない。


 …………はず。



「このまま、出会い頭に先制攻撃をするよ。……ユウくんは少し下がっていて」

 声を落として呟くと……斧を構え、〈チャージストライク〉の準備を開始。


 こくりと頷いたユウくんが、足音を立てずに数歩、私の後ろへと下がって、杖を構える。



 次第に、ざりざり――……という、それ(・・)が這う音が大きくなっていく。


 身を隠しながらタイミングを測って……それから、一際にその音(・・・)が近寄ってきたその瞬間。ざっと地面を蹴り、通路へと躍り出て姿を見せると――


 そのまま斧を振りかぶり、その胴体の真ん中(・・・・・・・・)――人間であれば腹部に当たるその位置を目掛け、思い切りに斧を振り抜いた。



 どっ……――!!



 ――私の放った〈チャージストライク〉の乗った一撃が、その黒い身体の狙い定めた通りの場所(・・・・・・・・・・)を打ち抜いたその瞬間。


 まるで、水で固められた砂の塊(・・・・・・・・・・)を叩いたみたいな……嫌な音と手応えが響いて……



『ぎゃおおおおおおう――――………!!!!』


 ダメージを負ったそれ(・・)が、ぞっと身の毛のよだつような悲鳴を上げた。



 ……()と言うよりは、金属の擦れる音にも似た、異質な音だ。


 それから遅れて、その物体のHPの表示がぐぐっと削れる。



 ……そのおぞましい声に気圧されながらも、一歩、二歩と下がって、ユウくんの数歩前へと陣取ると、再び斧を構える。


 見た目は不気味極まりないけれど……攻撃をしてHPが減る(・・・・・)ということは、それはおばけ(・・・)でも、未知な、不思議ななにかでもなんでもなく……単なるゲーム内のNPC(・・・・・・・・)であり、倒せば経験値(EXP)になるモンスターだ。


 ――そう自分に言い聞かせ、地面を蹴って前へ跳ぶ。


  ✤


 それからしばらくの戦闘の後。


 私達の攻撃の受けてじわじわと減っていったシャドウのHPが、私の振るった一撃で0へと落ち込む。すると……



 ぼっ! と……その体が、まるで袋から取り出した砂のように、たちまちに瓦解した。


 煙のようなものが立ち上らせながら、ざーっ、と黒い砂の山を作り、その体が解けて(・・・)いく。しばらくの間それがもうもう(・・・・)と煙を上げたかと思うと、その体積の殆どが蒸発するようにし掻き消えた。



「ふうっ……」


 ぶん、と斧を振るってシャドウ(・・・・)かす(・・)――砂鉄のような黒い粉を振り払うと、背中へと収める。


「こんなのが出るなんて……」

 ユウくんがその残骸――今では小さな砂の山のようになった残り滓(・・・)をまじまじと眺めて、ぼそりと呟く。



 うーん……。


 それにしても……こんなモンスターが出るのなら。



 ――もし私なら、どうしただろう?



 そう思って、ハッとなった。


「ユウくん。さっき、部屋の隅にあった……ゴミ捨て場のような場所を調べてみよう」


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