トレイア・アンダーグラウンド?(4)
「……僕が盾になります! ――さあ、早く逃げて!!」
私よりもいくつか下の、少年と思わしき背丈に声音。くしゃっとした、ふわりと膨らんだ耳にかかる髪。大きな木の枝をそのまま武器にしたような杖を手に、頭からは2つの大きな獣の耳が飛び出ていて、柔らかそうな長い尻尾がクロークの裾から覗いている。
ネームプレートに表示されているその名前は『ユウ』――キャラクターのレベルは10だ。……当たり前だけれど、レベル10でレベル16を相手にするのはあまりにもレベルの差がありすぎて、一言で言えば無理がある。
「おいっ……一体、どういうつもりだ! コイツはPKだぞ!」グラハムさんが声を上げる。
「……この人が、PK?」男の子が、言葉の意味を反芻するように呟く。
「そうだ! ……なんでもかんでも見た目で判断すんな。そいつのフードを引っ剥がして自分で確認してみろ」
――そんなこと、あるわけ無いじゃないですか。そう、ぼそりと呟きながら……くるりと私を振り返った男の子を前に、思わず視線を伏せる私。
躊躇いがちにしながらも、一歩、二歩と私へ歩み寄ってくる男の子。
「……待って。こっちに来たら駄目……!」
はっと我に返った私が声を上げた、その時。
カティアさんが掲げていた杖がぼんやりと光を放った、かと思うと――へたりこんでいた私の足元に、大きな魔法陣が浮かび上がった。
「〈エラプティング・アース〉」
――同時。咄嗟に横へ飛んだ私を掠めるようにして、どどど――っ! と激しい音を上げ、巨大な岩の塊が突き上げるようにし飛び出してきた。
あ、危なかった……。枷が外れてなかったら、絶対に死んでたよ……!
「……惜しかったわね」ちっ、と舌を打ったカティアさんが、忌々しそうに呟く。
「……騙し討ち、ですか」前へと向き直った男の子が呟く。
「……おい、カティ! 話をしている最中だろうが」グラハムさんが嗜めるように後ろを振り返ると、両手を広げ肩をすくめるカティアさん。
「繰り返すが、その後ろの女は赤ネームのPKだ。……そして、俺達はそのPKを討伐したいだけだ。嘘だと思うなら、後ろのそいつに聞いてみるんだな」
「……この人は僕の友達です。確認するまでもない」ふん、と鼻を鳴らし、男の子が声を上げる。「僕はこの人の名前も、この人がPKではないことも良く知っています」
「……だーーから……、そのお友達のネームプレートが、真っ赤だったんだよ!」いらいらとした様子でグラハムさんが唸る。
「もう、騙されませんよ」前を向いたままに、男の子がはっきりと言い放つ。
「……だっ――……、アホか、コイツは?!」
「アホはあなた方のほうです。一人の女性を徒党を組んで追いかけ回して……恥ずかしくないんですか?」
「…………おい、どうすんだよ?!」
「コイツごとやっちゃえば良いんじゃない?」後ろを振り返ったグラハムさんへ、カティアさんが言う。
「おいおい。ノーマルプレイヤーを攻撃する気かよ……」
「カルマが下がるのは飽くまで倒れた瞬間。なら、倒さないように戦えばいい」
その意見を飲み込むように、グラハムさんが前へと向き直ると……ぼそり、と――遠慮がちにシュウさんが呟く。「…………あのー。もうスルーでいいじゃないんスかね。ヴォスカーさんも待たせてますし」
「却下」闘志に燃えている、といった様子のカティアさんが即答する。
「えーっ」
「PK討伐も立派なギルドの仕事よ」
「……そこの……獣人の君。このまま邪魔立てをするようなら、容赦なく君から排除させてもらうわよ」そう言って再び杖を構えると……なんらかの魔法の詠唱を始める。
渋々、と言った様子ながら、同じく弓を構え直すシュウさん。
そんな三人を前に、男の子は私を庇うようにし、私の前へと立ちはだかって言う。「……さあ、逃げて! 僕が倒されたって、経験値が少し減るだけです! …………さあ、早く!!」
ゆっくりと立ち上がると……それから一度深呼吸をして、状況を確認し直す。
相変わらず、私のHPはかなり危ない状態。……けれど、男の子のかけてくれた持続型の回復魔法のおかげで、じわじわと――それこそ、てんとう虫が歩くような速度で、だけれど――少しづつ回復を続けている。
いわゆる、ヒールオーバータイムと呼ばれるタイプの魔法で、効果時間は……多分、数分に渡って持続する、はず。
それと、魔法の付属効果なのか、若干だけれどスタミナの回復も早まっているみたい。
……大丈夫。まだ、戦える。
よし、と心の中で気合を入れ直して、それから男の子の横を通り過ぎるようにし、その前へと歩み出ると……、武器を構えて言う。「君こそ、逃げたほうがいいよ。……私は、一人でも大丈夫だから」
「……えっ……??」驚いた様子で、男の子が呟いた。
「……助けてくれて、ありがとう」
――斧を下に構えて、腰を落とし。……それから、思い切りに地面を蹴って、放たれた銃弾のようにしてグラハムさんの懐へと飛び込むと、斧を斜めに振り上げる。
がきん! とけたたましい音を上げて、盾ごと弾き飛ばされるようにしよろめいたグラハムさんのその胴へと目掛けて〈キック〉を叩き込む。
「ぐ――……っ!!」
どっ!! と鈍い音を上げ、その身体が弾き飛ばされるも……同時に、その背後。シュウさんの構えていた弓から、私へと目掛けて矢が放たれた。
甲高い音を唸らせ、私の肩を射抜こうとしたその矢を――斜めに身を捩るようにして強引に避けると。
目の前、ふらつきながらも踏みとどまったグラハムさんへと目掛け、もう一度前方へと飛ぶ。
斧を振り上げ、さも攻撃を仕掛けるようなフェイントを仕掛けた私に対し――盾を構え、再び防御の姿勢を取ったグラハムさんのその数歩手前で、覚えたばかりの新スキル、〈リープ〉を発動した。
どん、と地面を蹴り、上空へと斜めに飛び上がると……そのまま傍らの壁を蹴って、彼らの頭上へと舞い上がる。
路地の上。ぽかん、とした表情を浮かべ、私を見上げているその三人を目掛けて――
「……〈スワイプ〉――!!」身体を捻り、戦技を発動させる。
ぶんっ――! 私の斧が唸りを上げ空を切ると同時。路地を引き裂くような風の爪が発生し、爆発音にも似た激しい音が上がる。突風に薙ぎ払われたかのように三人の身体が路地へと投げ出され、わあっ! と一斉に悲鳴が上がる。
ちなみに。〈薙ぎ払い〉と〈跳躍〉は、この間のアワアワクラブを狩っている時に習得したばかりの戦技だ。
〈スワイプ〉は――、一撃の威力は〈スマッシュ〉にも、そしてそれよりもダメージの低い〈クリーヴ〉にすらも及ばないけれど、私の背後を除いた弧形の広範囲に判定が発生する範囲攻撃で、複数体の敵を相手にする際にとっても便利、……みたい。
みたい、と言ったのは、実は、使うのはこれが始めてだったから、だったりする。
効果は……想像以上、かな。殆ど逃げ場のない狭い路地だったから、というのもあるだろうけれど、前衛であるグラハムさんのHPを2割ほど――シュウさんとカティアさんのHPを3割以上、大きく削っている。
〈リープ〉は――実は、単に高く飛び上がる事が出来る、と言う、ただそれだけのスキルなのだけど……回避に移動に攻撃に――と様々な応用が出来て、思ったよりも使い勝手が良くて気に入っている。
(スキルを使わずに)その場で飛び上がった時と比べ、二倍に近い高さにまで飛び跳ねることが出来るので、人や障害物を飛び越えたり、結構な高さの木や岩場へと飛び乗ったり――と、移動手段に使うことも出来る。
高く舞い上がった状態からもう一度壁を蹴って、三人と男の子のその間へと着地をすると……立ち上がった三人を前に、ゆっくりと後退していく。
「す、すごい……!」
背後から、ぼそりと男の子の声が漏れた。
……と、その時。
グラハムさんのその後ろ。カティアさんが私へと目掛けて差し出したその手に、しゅるしゅる、と魔法の光が躍った。
「グラハム! 伏せなさい!」
私達へと差し出されたその手に浮かぶ魔法陣。……嫌な予感がして、咄嗟に後ろへと飛ぶと……路地の中ほどに立っていた男の子を、壁に押し付けるようにし覆って庇い、その魔法から逃れようとした、のだけど――
「――〈ヘイル・オブ・ストーン〉!」
かっ、と魔法陣が輝いて、カティアさんの翳したその手から、幾多もの石の礫が発射される。
ばちばちばち……! と、雹が降り注いだかのような激しい音が辺りへと響いて、いくつかの石の塊が私の背中を打った。
すぐさま、何者かが駆け寄ってくる気配に気付いて……男の子を後方へと突き飛ばし、振り返ると同時、私へと振るわれたグラハムさんの剣を弾く。
「シュウ! カティ! ……早く仕留めろ!!」
ぼっ……! グラハムさんを掠めるようにし矢が放たれる。咄嗟に身を捻った私の髪を貫くようにして、まるで閃光のような速度で、唸りを上げた矢が私の眼前を横切った。
それを見たシュウさんが、ヒュウ、と小さく口笛を吹くと、今のを避けるか――、どこか楽しげに呟く。
「〈詠唱加速〉――……」
間髪入れずにカティアさんが杖を掲げると、魔法発動の構えを見せた。足元へと浮かびかけた魔法陣を見て、咄嗟に横へ飛ぶと……
「〈エラプティング・アース〉!」
どどどっ――! 激しい音と共に、既に何度か見た巨大な石の柱が、私を掠めるようにし足元から飛び出した。
飛び上がった私はそのまま壁を蹴ると、グラハムさんへと目掛けて飛び込んで……叩きつけるようにし、斧を振り下ろす。
私の攻撃は、咄嗟に掲げられた左腕の盾によって阻まれてしまった、のだけれど……。そのまま着地と同時に、よろめいていたグラハムさんのその胴体へと目掛けて、斜めに斧を振り上げ連撃を繰り出す。
「ぐ……、っ――!!」
どっ――!! と鈍い手応えが響いて、私の斧が開いていた腹部へと直撃。グラハムさんがふらふらと後退り、そのHPバーがぐっと半分以下にまで落ち込む。
それを見てから、背後へと跳んで男の子の傍へと戻ると……、再び斧を構え、三人と睨み合って対峙をする。
「……後一撃なのに……っ!」カティアさんが私を睨んで、悔しげに呟く。
カティアさんの言う通り。私の残りHPは、先程の石の礫の魔法を受けて、20%以下――一撃で倒されてしまう圏内にまで落ち込んでいる。
……私の背丈ほどもある私の両手斧は、路地が狭いせいで扱いづらく――対して、グラハムさんの使っている、厚く短めの片手剣と小型の盾の組み合わせは取り回しが良さそうで、戦いづらい。
それに……私は、男の子を守りながら戦う必要がある。
男の子のレベルは10。それも魔法職だから、場合によっては重い攻撃や魔法の一撃で倒されてしまう危険がある。せっかく助けてくれた以上は、見捨てるようなことはしたくないし……さっきの魔法〈ヘイル・オブ・ストーン〉は、明らかに男の子をも含めて巻き添えにする意図が見えた。
その上に、結構なレベルの開きと人数差がある。
未だに戦況はかなりの不利、なのだけど……。
「……〈ギフト・オブ・ザ・ワイルド〉!」
私の背後、なんらかの魔法を詠唱していた男の子から声が響いた。
同時に、私の身体が脈打つような淡いグリーンの光を放って、そして……身体の奥底から力が溢れるかのような、不思議な感覚に満たされる。
――体力が漲って、身体が、斧が、ふわりと軽くなったかのような感覚。それと同時に、路地の奥の薄暗い部分までが、突然に、すっと見通せるようになった。
「……今のスペルは何?」カティアさんがぼそりと呟く。
「ドルイド系のバフなら大方、近接系のステータス強化だろうよ」忌々しげに返事をするグラハムさん。
……言う通り、男の子の使ってくれた魔法〈ギフト・オブ・ザ・ワイルド〉は、筋力や生命力、敏捷などのステータスを軒並みに強化するような支援魔法みたい。……それと、夜目の効果もあるのか、すごく視界が良くなった。
力が湧いてくる。……これなら、まだまだ戦える、かも。
相手の出方を伺いながら、その場で〈チャージストライク〉を発動させる。
グラハムさんも、シュウさんも、カティアさんも……その場に硬直し、動かないまま、私のチャージストライクが準備を完了。
最初にかけてもらった持続型の回復魔法が未だに効果を保っていて、HPとスタミナがゆっくりと回復を続けている。このまま〈クリーヴ〉や〈スマッシュ〉などの攻撃スキルを放っても、まだまだ余裕がありそう。
……よし。
背後の二人を守るようにし立ちはだかっているグラハムさんを睨むと、ゆっくりと距離を詰めていく。
彼のHPは残り5割を切っている。当たり方や使用するスキルにもよるけれど、場合によっては一撃で倒せる圏内だ。
……そのことに勘付いているのか、盾を構えながらもじりじり、と路地を後退していくグラハムさん。その喉が動いたかと思うと、ごくり、と息を飲む音が微かに響いた。
「……シュウ君。同時に攻撃を仕掛けるわよ」
そんなカティアさんの呟きをかき消すようにして……
「いいや……撤退だ!!」
グラハムさんが叫んだ。
「ちょっと……冗談でしょ?! 後、たった一撃なんだけど?!」
「状況をよく見ろ! あのドルイドが押し入ってきてからは俺達の方が分が悪い!」
「レベル10と13のお子様相手に、尻尾を巻いて逃げろっていうの?!」
「レベルや見た目で相手を侮るな。……コイツは、思った以上の手練だ。チートでもなんでもない……あの動画に嘘はなかったってことだ」
「打ち合えば勝てるわよ!」
納得がいかない、と言った様子でカティアさんが声を張り上げるも……
「カティ。戦うか否かの判断はタンクの俺がする。俺が撤退だ、と言ったら撤退だ」落ち着いた声でグラハムさんが言うと、ぎろり、とカティアさんを睨みつける。
「…………了解」
吐き出しかけた言葉を飲み込んだ様子でカティアさんが呟く。
「カナト、だったかしら。……次に会ったら、絶対に仕留めさせてもらう」そう言って、きっと私を睨みつけてから、靴を鳴らし踵を返すと……ローブを翻し、路地の奥へと走り去っていく。
その後をシュウさんが追うと……盾を構えた姿勢のまま、後退っていったグラハムさんが路地の奥の暗がりへと走り去って行った。
か、勝った……!
へなへな、と――緊張の糸が切れるように、その場にへたり込む。
……こ、今度こそ、死ぬかと思ったーー……!




