レベル上げをしよう(14)
カナトへと視点は戻って……。
「〈ラピッド・スラスト〉――ッ!!」
私と向き合っていたクロードさんが、ぐっとその槍の穂先を落とした、かと思うと――目にも止まらぬ速度で繰り出される連撃。
胴を目掛けて繰り出されて最初の二撃を、反射神経だけを使ってなんとか躱したものの……
どっ――! と、その三撃目で肩を突かれてしまう。
槍に突き弾かれるようにして後退すると一歩、二歩、と距離を取り、そして槍を構えたクロードさんと向き直る。
今の、たった一撃で――私達のHPは殆ど同じ位――残り7割程にまで削られてしまった。
その僅かな体力のアドバンテージを作るのに苦労したのに。
この人、強い――。
背が高く、なんらかの(例えば陸上系などの)スポーツ選手を思わせるような理想的な体格。脚はすらりと長く、その肩はがっしりと広い。ぼっさりとした赤い髪を頭の後ろで縛り、表情には余裕が浮かんでいる。
私は、一応、“高くもなく低くもなく”の、クラスでは平均的な背丈、なのだけど――このクロードさんと並んでみると、なんだか、私が子供に見えてしまうような身長差だ。
ゲーム的に、体格の差がキャラクターの強さを左右するとは思えないから……単純にレベル差や、武器の性能差が大きいのだろうけれど。私自身、『イルファリア・リバース』のPvP自体にそれほど慣れていないのもあって――実のところ、あんまり勝てる気がしない。
そんなクロードさんを精一杯に睨むと。彼はにやりと笑みを浮かべて、逃さぬとばかりに攻撃が畳み掛けられる。
ぼっ、ぼっ、ぼっ――! と、空気を震わせ、私を狙って繰り出される槍の突き攻撃を、その穂先を掠めるようにしてなんとか躱していく。
それでも、攻撃を避けているだけで私のスタミナはじわじわと減っていく。そして、スタミナが落ち続ければ動きが鈍くなり、最終的にはブレイクし――動けなくなってしまう。
……不味いかも。もっと、小さな動きで避けていかないと……このままだと、負けちゃう。
と、言っても。避けてるだけじゃ、時間稼ぎにしかならない、のだけど――反撃をしたくとも、槍の間合いが長く、その糸口が掴めない。
戦いづらいな……。
足元を狙って放たれる槍の薙ぎ払い。大きく跳ねてそれを避けたものの――着地の際に、ふらりとバランスを崩してしまった所を――
『〈インペール〉――ッ!』
待ってました、とばかりに、槍の穂先に光が集まり――そして、クロードさんが地面を蹴ると、強烈な突きの攻撃が繰り出され――
……どっ、と鈍い音を上げ――その穂先が、私の胸を突いた。
思い切りに突き飛ばされ――転ばないようになんとか体勢を保って、もう一度距離を取り直す。
「へへ――。一矢報いた、ってやつかね」
飄々とした様子で呟くクロードさん。
「悪いが、本気で勝たせてもらう。……悪く思わないでくれよ――こっちだって女の子相手で気が重いんだ」
さっきから、攻撃の一つ一つを避けるのがやっとの私。
私の両手斧は、一撃こそ重いけれど……速度でも、リーチでも、クロードさんの槍には届かない。
今の一撃で、私の残り体力はもはや2から3割程度。――これは、スキル攻撃の直撃であれば――あるいは直撃ではなくても――一撃で倒されてしまう範囲内。それに対して、クロードさんにはまだ7割程度の体力が残っている。
まだ、諦めるつもりはないけれど。とはいえ、彼に一撃を入れることすらも難しい。
さて、どうしたものかな。
そういえば、クロニクルの時も、両手斧は両手槍には不利だって判定だったかも……。
……ニア。早く勝って、私を助けてくれないかな。
ちらり、と横目でニアの様子を眺めると――丁度、HPが減った状態のゆまりんさんが、ポーションを飲み始めているところだった。
スタミナを温存・回復したいのは山々だけど――ここは、妨害しておいたほうが……追々、楽になるかも。
すっとクロークの内側へ腕を潜り込ませ――そして、素早く手斧を掴むとゆまりんさんへと投げつける。
当たったかどうかまでは見ていないけれど。がしゃーん、と瓶の割れる音と、それからゆまりんさんの叫び声が聞こえたので――当たってくれたみたいだね。
その様子を見て、ちっと舌を打ってから――私へと目線を戻したクロードさんがぼそり呟く。
「やられたぜ。……アンタ、マジで上手いな」
「……それは、どうも」
出来る限りの余裕を取り繕って、返事を返す。
「シャークは……まあ、アホだが……あれはあれで弱くはないと思ってた。……だが、アンタは一体何者だよ? 動きが、完全に上位のプレイヤーだ。――不自然なくらいには強すぎるぜ」
「内緒です」と微笑んで返すと……。
「そうかよ。……ま、どうでも良いや」「――俺はクロニクルのPvPが好きで、前作はメッチャクチャにやり込んでたんだ。リバースでもさっさとPvP戦を始めたくて、躍起になってレベルを上げてたんだが――こんなところで、ライバルに巡り会えるとはね」
にっ、と楽しげに笑って――それから再び、休む暇は与えないとばかりに繰り出される槍の攻撃。
突き、突き、振り払って、また突き――後ろに下がりながらも、かろうじてその連撃を躱していく。
咄嗟に、ダメージを与えることを諦め……相手の槍の穂先へと目掛けて斧を振るう。ばきーん、とその槍を弾くことには成功……仰け反ったクロードさんから、なんとか距離を取る。
はあ、はあ、はあ――と、荒い息と共に上下している私の肩。
額から流れる汗を拭うと、武器を構え直す。
ぼっ――。
容赦なく突き出される、胸元を狙った素早い一撃――それを躱して、もう一度、槍の穂先を斧で弾く。煩わしげに、ちっと舌を打ったクロードさんが――ぐっと腰を落とすと、槍を引いて突きの構えを見せる。
槍の穂先が、戦技発動のエフェクトでキラリと光る。
ここだ――! そう思い、地面を蹴る。
この構えは、先程から何度か見ている〈インペール〉の構えだ。当たれば大きなダメージを伴う突進と突きのスキル攻撃だけれど、その『構え』から『発動』までには僅かなラグがあることを、前回の動きを見ていて勘付いていた私は――
その、自分の勘を信じて。瞬時に距離を詰め、クロードさんの懐へと飛び込む。
「……?!」
斧の柄を使って、どっと彼の胴を打つと――そのまま、絡まるようにして背後へ回り込み――身体を捻ると、その脇腹へと目掛けて素早く斧を振り抜く。
どっ――と、重い手応えを伴って斧が直撃。
「ぐ――……っ!」
私を目掛け振り払われた槍の穂先を避けると、そのままお互いに距離を取る。
やっと……、やっと、一撃。
……うん。間合いの広い槍相手には、懐に飛び込むしか無いのかも。それこそ、ニアの――短剣くらいの、立ち位置で――。
2割ほどの体力を削ることに成功したものの――それでも、残りの体力は5割以上。この、半分以上も残ったHPが、今の私には覆しようもない大岩のように感じられる。
――私が負けたって、きっと、ニアがクロードさんを倒してくれるはず。けれど……。
……悔しいな。負けたくないよ。
再び、ぐっとその槍の穂先を落とすと、スキル攻撃の構えを見せる。
――この構えは、〈ラピッド・スラスト〉の筈。
「これで終わりだッ! 〈ラピッド・スラスト〉――!!」
もう一度――私は、クロードさんの槍へと飛び込むように地面を蹴る。
ぼっ――!
みぞおち目掛けて突き出されたその一撃を――体を捻って、左肩の付け根で受ける。
……私の残り体力であれば……このラピッドスラストの一撃では死なないはず。
どっ――、と鈍い音が響いて、鋭い痛みが走る。そのまま、身を捻ると――
〈スマッシュ〉――!
ぶん、と旋風のように斧の刃が弧を描き――そして、クロードさんの胴体へと直撃……!
「ごふ――ッ?!」
その体が弾き飛ばされ、宙に躍り――そして受け身を取れずに地面へと叩きつけられて転がる。その彼を目掛け、地面を蹴って跳ねると――
今だ――〈ストンプ〉っ!
どん――! と地面へ投げ出されたクロードさんへ着地――そのまま、転びそうになりながらもステップを踏んで、彼から距離を取る。
「ぐ――、畜生ッ――!」
殆ど、0に見える程にまでに削られているそのHPバー。けれど、ネームプレートに〈戦闘不能〉の文字はなく。……クロードさんはよろけながらも立ち上がると、私を睨み、汗を拭う。
――だめだ。届かなかった……!
「――へへ。残念だったな」
私を睨んで、口角を上げたクロードさんがぼそり呟くと――再び槍を構え、地面を蹴ると突きを繰り出す。
背後へと下がりながらもその攻撃を避け続けるも……私の残りスタミナは――もはや危険域。とはいえ、それは相手も同じらしく、攻撃の動きが大分鈍くなっている。……はずなのだけど。
クロードさんは、ここで決めるとばかりにその槍の穂先を落とし、〈ラピッド・スラスト〉の構えを見せる。
まだ、使えるの……?!
「悪いが――同じ手は食わん。〈ラピッド・スラスト〉――ッ!」
きらりと光る槍の先端……鋭利に光るその刃が光を集め、そして空気を震わせ突き出される必殺の戦技。
バランスを崩しかけながら、その一撃目を辛うじて避けると――身を捻りながら飛んで、腰のベルトに下がっていた手斧を取り出し投げつける。
一瞬、クロードさんの表情に『しまった』という焦りが現れる。――けれど、時は既に遅く。
どっ――。戦技を振るう最中のクロードさんへと手斧が直撃。
ぐらり、とその体が揺らいで……倒れ伏したその頭上に――
今度こそ〈戦闘不能〉の文字が浮かぶ。
『経験値を獲得。』
『おめでとうございます! レベル11へと到達しました!』
『あなたのカルマが280減少しました。』
『あなたのカルマが著しく低下したため、〈クリミナル〉の状態になりました。』
『あなたのアラインメントが〈やや悪〉から〈悪〉へと変化しました。』
『27銀貨と23銅貨の分け前を獲得しました。』
勝った……ぁ!
通知メッセージの中に、クリミナルという文字がちらりと見えて……それから、ファンファーレが鳴り響いたので、レベルが上ったのだけはわかったけれど。それ以外のメッセージを一つ一つ確認する余裕もなく――その場に武器を放って立ち尽くす。
……疲労感の余り、うっかりと、この場に倒れてしまいそう。けれど、倒れると、倒れたダメージで私まで戦闘不能になってしまいそうだった。
ふう、と大きなため息を一つ。
池の――〈ヘルベスの秘密の泉〉の周りには静けさが戻って、のんびりと日向ぼっこをしているアワアワクラブ達と、それから8個のプレイヤーのお墓が散乱している。
……なんで、こんな事になったんだっけ。
これから、どうしよう……。
と、その時。
『カーナカナーッ!』
ネームプレートがすっかりと赤くなったニアが、両手を広げて、嬉々と駆け寄ってきて――
「さっすが、あたしの嫁~~ッ!」
がばり、と抱きつかれる。
――……ああああぁ~~……暑苦しい~~…………。
「ちょ――……、ねえ……」
押し返しても、ぎゅう、と引っ付いてくるニア。
「……くっつかないで!」思わず、声を上げてニアを押し飛ばすと。
一歩、二歩と後ずさったニアは――……なんだか、この世の終わりのような表情を浮かべている。
……いや。そこまでの事……?
それから、じい、と地面を見つめた後で、メニューを開いて、……何をするのかと思ったら。
ぴこん、と通知音が鳴って、『がーん!!』と書かれた、スタンプが送信されてくる。
『がーん!!』
『がーん!!』
『がーん!!』
『がーん!!』
……ぽちぽちぽち、と無心にそれを連打してくるニア。
……うざ……っ?!
「違くて――……もう。汗とか、例えゲームでも、なんだか嫌じゃない……?」
シャツはびっしょりだし、息も荒いし、はっきり言って暑苦しいし。
「……じゃあ、汗をかいてなければ良いんです?」むくれ面で私を睨む。
「…………そういう問題じゃなくて…………。大体、嫁って何?」そう言うと、ニアを睨む私。
「えっ……。婿のが、良かったです……?」首を傾げる。
「そうじゃなくて――どっちでも良いけど…………って、そうじゃなくて!」
しーん、と静まり返る。
……なんだか、ニアには言いたいことが山ほどある気がする、のだけど。
胸の中が不満でいっぱい、な気がする、のだけど……。
例えば――赤ネームになったのは、ニアのせい……?
……うーん。そういうわけでもない、んだよね……。
…………うん。私自身、何が言いたいのか、よく解ってない。
クリミナル化してしまったショックで、八つ当たりをしているだけ、なのかも。
「――大体さ。……私、ニアの名前も知らないのに」
私が思わず言うと――きょとん、とした表情を浮かべるニア。
「…………え。……あははー。なんだー……やだなー、もう。聞いてくれればいつだって言いましたのにっ」なんだか妙な上目遣いで、ちらりちらりと私を見る。
「あたしは、そのー。……リアルでは、『花倉いちげ』と言います。これからもよろしくね、カナカナ♪ ……って、ネットで名乗ったのは多分、これが初ですね。恥ずかちー♪」
ほんのりと赤らんだ顔をぱたぱた、と両手で扇ぐニア。
……うーん。
………………まあ、いっか。
「……よろしくね」
小さく言って、ため息をつく。
時間はかかるけれど……クエストなどで、カルマをちょっとずつ上げていくことは出来るし。そして、カルマが0以上にまで持ち直せば、赤ネームは直すことが出来る、はず。
なんとかなるよね? …………多分。
ここまで読んでくださってありがとうございます。汐入いすと申します。
二人にとっては始めての対人戦。レベルを一つ上げるのに随分と苦労したみたいですが……ちゃんとレベルも上がって良かったね!
これにて、ずるずると長引いたレベル上げも一段落です。一応、終始コメディとして楽しめるくらいで書けた筈――だと思うのですが、いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたなら何よりです。
期せずして赤ネームになってしまった二人はどうなってしまうのか……? 相変わらず書いている本人もあんまり分かっていませんが、これからも追いかけて読んでいただけたら嬉しい限りです。
リアクション・コメントなどなど、執筆の励みになっています。ありがとうございます。
また、面白いと感じていただけたらSNSなどでご紹介をして頂けるともれなく作者が喜びます。
ちょっとずつ読んでくださる方が増えてきていてとても嬉しいです。
よろしければ、これからもよろしくお願いいたします。




