レベル上げをしよう(11)
キラーシャークさん、タケルさんの両名と戦う私。2人のHPは残り僅かで――。
目の前の二人へと視線を戻すと、もう一度斧を構え――だっ、と地面を蹴って一歩を踏み出す。
「ひっ……ひいいーーーーッ――!!!!」
おかしな声を上げて、尻餅をついて倒れてしまったキラーシャークさん。
――の、その手前で武器を振るわず立ち止まると――。……真横から私へと飛びかかろうとしているタケルさんを睨む。
……そう。タケルさんだ。
最初に見た時から、妙な既視感がずっとあったのだけど……さっき、彼が『悪い』と言った時に強い違和感がよぎって……その理由を考えていて、ふと気付いてしまった。
彼のシルエットといい、髪色といい、声といい……間違いない。
彼こそが、あの時、あの夜――……私から『ラグヴァルド』を奪っていった男の子――トレイアの夜の路地でぶつかってきて、私にこのアバターを『確定』させてしまったその張本人が、このタケルさんだったのだ。
私を見下ろすほどに高く飛び上がった彼は――もはや飽きるほどに見た〈ワールウィンド〉のスタンスを懲りずに構えている。
――別に、彼に悪気があったわけではなかったのだと解ってはいる、けれど……。
それでもふと、中学の数年間、ラグヴァルドとしてイルファリアを駆けた日々が走馬灯のように蘇って。
それから、戦技を構えているタケルさんを睨むと、ぼそり呟く。
「――ラグヴァルドの、敵――」
『ワ……ッ、ワー…………』「う、…………うわあああぁ――――ッ!!」
斧の切っ先で地面を擦り上げながらそれを振り上げ――チャージストライクが乗った戦技〈スマッシュ〉を発動。
――ばっきーん!!
激しい金属同士の衝突音が響いて――彼の手にしていた二本の剣と、その身体が高く宙へと舞う。
残念ながら、私の〈スマッシュ〉は彼の二本の剣によってガードされてしまい、大したダメージを与えることは出来ず――。
けれど、私の攻撃をまともに受けた彼の身体は高く宙へと舞ってしまっており――……具体的に言うと、大体4~5階建てのちょっとした雑居ビルを飛び越えてしまいそうな程の高さである。
はるか高く――点になってしまいそうな程に――中空へと打ち上げられたタケルさんは、真っ青な顔を浮かべ眼下の私達を眺めている。……やがてその孤の頂点へと達した彼の身体は、次第に地面へと引かれて落ちてゆき――……思わず、目を背けると。
べしーん――!!
『経験値を獲得。』
『あなたのカルマが260減少しました。』
『109銀貨と6銅貨の分け前を獲得しました。』
『〈フォージド・スチール・ショートソード〉を入手しました。』
……ちらり、と目を開けると――そこには《戦闘不能》となったタケルさんが横たわっていた。
†
――それから、キラーシャークさんへと視線を戻すと。
「ちょ、ま――ッ、まってくれ!!」尻餅をついたままの姿勢で、片手を突き出し叫ぶ。
「……俺はここまでノーデスで来たんだ――わ、分かるだろ。……レベル13まで一度も死んでないんだぞっ!!」顔を真っ青にしながら矢継ぎ早に言うと……じりじりと後退りをしていく。
「頼む! 殺さないでくれ……ッ!!」
……ええと……。
そこまでの事……?
「――ッ、ま、まさか、こんなことになるとは思わなかったんだ……銀行に金も預けてないんだッ!!」「見逃してくれ!!」
このゲームは、プレイヤー同士の戦闘(PvP)か、モンスターとの戦闘(PvE)かに関わらず、戦闘不能になった際に所持金の全額をその場へと落としてしまうシステムである。
倒したのがプレイヤーであれば、全額がそのプレイヤーの懐に。モンスターであれば、倒されたその場にお金を落とし――(例えば賊などの)人間タイプのNPCであれば、NPCがお金を持って行ってしまう事もある。
それ自体は、予め銀行にお金を預けておけば回避できることなのだけど……。
……どうしようか?
なんだか、可哀想になってしまって……つい、思い止まってしまったところを――
『〈インペール〉――ッ!』
突然、まるで嵐のような強烈な槍の一撃が私の目の前を掠める。
ぼっ――! と風の唸る音が響き――既のところで、その一撃を身を捩って避けたものの……。
……危な――っ……
今のをまともに受けていたら、やばかったかも……。
「シャークさん!スイッチしてポーション飲めっ!」
「――あ、ああっ…………た、助かるぜ」
「――チッ……、今のを避けるかよ」
私とキラーシャークさんとの間へと立ちはだかると――槍を手にしたクロードさんがぼそり呟く。
戦場のどこかに転がっていた槍も、いつの間にやら拾われてしまったみたいで……一時は瀕死の状態だったその残りHPも、7割程にまで回復をされてしまっている。
……うーん。厄介な人が戻ってきちゃったね……。
†
――槍を構えたクロードさんと相対しながら、もう一度、辺りを見渡してみる。
相手パーティの残り人数は、クロードさん、ソウタさん、キラーシャークさん、そしてゆまりんさんの4人。
私とニアのHPは未だに100%の状態。
クロードさんのHPは、残り70%とちょっと。――けれど、そのレベルは14とこの場で最も高く、未だに危険な存在である。
ソウタさんのHPは残り60%程度だけど――既にポーションの回復効果が発動してしまっていて、ゆっくりとそのHPが上昇している状態。
ゆまりんさんのHPは100%――なのだけど、そのMPは大分減ってきているはずで、むやみやたらに魔法を連発できる状態ではない、かな。
そして、キラーシャークさんの残りHPは現在30%程。――けれど、クロードさんの後ろでポーションを取り出して、ごくごく……と喉を鳴らしてそれを飲み始めている。
……一応、邪魔しておこうか?
さりげなく、クロークの内側――ベルトへと下げられた〈ブロンズ・ハチェット〉へと手をかけると――……そのまま彼を目掛け、出来るだけ素早く投げつける。
どすっ――。
「が……ッ?!」私の投げ斧が右肩へと命中――ポーションの瓶が手から滑り落ち……がしゃりと音を上げて地面へと叩きつけられ、割れてしまう。
「――クソ……っ、汚えぞ!!」
えへへ、と思わず笑ってごまかす。
この機会を見逃す手はないからね。
「――ぐ、クソ、クソ……ッ!」「クロード、余ったポーションをくれっ!」
クロードさんは面倒臭そうな表情を浮かべた後で、それから渋々ポーションの瓶を取り出すと、背後のキラーシャークさんへと投げる。
「それがラス1なんだが……ちゃんと戦力になってくれるんだろうな」
「……馬鹿にするんじゃねえっ!! 俺は元ランカーだぞ!」
「――……で、なんでこいつらのHPがミリも減ってねえんだ――元ランカーさんよ」
「うるせえッ! こっちは攻撃してんのにどうやっても攻撃が当たらねえんだ……!」「間違いねえ――チーターだぜ、コイツら……ッ!」
「……あんた、熱くなりすぎなんだよ。そんなだから手玉に取られるんだろうが……」ため息をつくと、呆れ顔で言う。
――と、その時。
ゆまりんさんの手が赤く光った、かと思うと……
『〈ファイアボルト〉ッ!』
ぼっ――!
とっさに身を捩った私のそのすぐ脇を、まるでピッチングマシーンから放たれたかのような……高速の、小型の火の玉が掠める。
お――……っと、危なかった。
今のは多分……〈クイックキャスト〉――高速詠唱のスキルだね。
……けれど、スキルの待機時間がある以上、しばらくは同じ高速詠唱の魔法は放てないということにもなる。逆に言えば、形勢逆転のチャンスを今の一撃でのがしてしまったようにも考えられるのだけど。
「なんで当たんないのよ……っ!!」「ムカつく――!!ジニアも、このカナトってやつもなんか変なんだけど?!」
「ねえ、どうすんの?!……このままじゃ負けちゃうじゃん!!」ゆまりんさんが声を張り上げる。
苦々しい顔で黙り込んでいるソウタさんとキラーシャークさん。……クロードさんは、やっぱり面倒くさそうな表情を浮かべている。
「クロードさん! あなたリーダーでしょ?! なんとかしてよ……ッ!!」
「うるっせえな……。いちいち喚くなよ」
「……大体、私達が襲われてる間、何してたんですか?! こっちはずっとコイツらと戦ってたのに……!」涙声で訴えるゆまりんさん。「後衛が襲われているのに、加勢もしないで見てるだけって……最低じゃないですか!」
何かを言い返そうと息を吸い込んだ後で、その言葉を飲むこんで――……それから、はぁー、と大きなため息を吐くと、ちらりと私達を見て言う。
「アホらし。……バカどもなんざ放って最初からお前らの方に付けば良かったぜ」
「あーあ。欲をかくもんじゃねえなー」
それから、一拍を置くと――……大きく声を張り上げるクロードさん。
「…………よし! 俺が一人で『カナト』をやる」「お前らは3人で『ジニア』を抑えておけ。それくらいは出来んだろうな?!」
「――あ、ああ!」ソウタさんが剣と盾を構え直すと、返事の声を上げる。
「ゆまりんは詠唱の長く一撃の重い呪文――〈エンハンスド・ファイアボール〉は封印しろ。攻撃は今の〈ファイアボルト〉で構わん。詠唱が短く弾速の早い呪文で確実にジニアのHPを削っていくんだ」
「……了解……」杖を構え直すゆまりんさん。
「シャークさん、あんた――クロニクルのPvPランカーだったってのは本当なんだろうな?」
「たりめーだッ! 300位圏内まで行ったことがある常連ランカーだぞ、俺は! ……ヘタクソ共の邪魔がなけりゃこんな奴らには遅れを取らねえよ!」
「――そうかよ。俺は最高で全サーバーの74位まで行ったことがある。――これで、このまま女子高生に負けたら本気で恥だぞ。解ってんだろうな?」
「うるせえ……っ!! ――そこの『カナト』とは偶然相性が悪かっただけだ!!」
「だったらいいがな。――……スタミナを無下に減らすなよ。動きが鈍ってくるからな」「なんでもいいから一撃を当てることを優先しろ。チマチマと削って3人でジニアの体力を出来るだけこそぎ落とせ」
「クソッ――……んなこたわあってるよ!」
クロードさんの74位は本当だと思うけど。――シャークさんが300位、というのはちょっと嘘っぽいかも。動きを見てても、そこまでやり込んでいた印象は受けないかな……。
――さて、どうしよう。
出来ればこのタイミングで停戦交渉をして、このままお互いに身を引きたかった、のだけど。……なんだか、相手はやる気満々みたいだし。
ニアは……武器を仕舞ったまま、あまり興味もなさそうに頭の後ろで手を組んで――目の前のやり取りを眺めている。
どうやって、話を切り出そうかな……? と、私が機会を伺っていたその時。
「……くくく……っ」
「くふっ――あーーーははははッ!!」
突然に、悪人じみた高笑いが響いて……その場の誰もが硬直し、その声の主を見る。
……その声の主は相手方の――プレイヤー…………ではなく……、私の隣のニアである。
びっくりした……。
どうやったらそんな悪そうな笑い方が出来るの……?
「――ねえねえ。今、どんな気分っすかー。元々の2対8からここまでひっくり返されちゃって――……あれあれー、おっかしいなー? ……あたし達のHPはまだ全快なんですけどー?」
「……うるさいっ!!」ゆまりんさんの金切り声が響く。
「やーい、こんのヘッタクソー」べえ、と舌を出すニア。
「ヌーーーーブ。ゲームや・め・ろっ♪」
……もう……。
なんでいちいち他のプレイヤーを煽るの? 放っておけばいいのに……。
「……君たちがやっているのは、立派なPK行為だぞ。解っているんだろうな」こちらを見据え、口を開いたのはソウタさんだ。
「あらー。自分が被害者側に回った途端にルールを説き始めるんすねー……、クソナイト先輩は?」
「……今回のことはしっかりと運営側へとリポートさせてもらう。……プレイ動画付きでだ。――一部始終、君の汚らしい暴言も含めて、全て記録されているからな」
「……無駄だ。イルファリアシリーズにPKだの何だのってルールはねえんだよ」
クロードさんが横から口を挟む。
「その代わりにあるのがカルマシステムだ。……平たくいやあ、赤ネームというレッテル貼りの代わりに、PKだのってのは運営側が容認してやがんだ」
「あからさまな差別発言や度が過ぎたハラスメント行為は運営が出張ってきてBANなりで対応することがあるが、基本運営はプレイヤー間のいざこざには完全ノータッチだ。〈ピックポケット〉(スリを行うスキルのこと)なんかもそうだが、アイテムの盗難なんかも含めて、全て想定されてゲームが作られてんだよ」
「運営側の声明は一貫して、『プレイヤー間の揉め事はプレイヤー間で解決しろ』――だ。それは、つまりは話し合いであるし、騙し合いでもあるし、実力行使でもある」
「だから、クロニクルの時には――その対策として大規模なプレイヤーギルドの連合――『アライアンス』を作って迷惑プレイヤーや悪質ギルドを一つ一つ炙り出し潰してきた」
「可愛らしいのは見た目だけで、中身は結構エゲツのないゲームなんだよ、イルファリア・リバースは」
「――良いから黙って戦いに集中しろ! 後衛を狙い撃ちにされりゃどんなパーティだって崩れる。だが、俺等は持ち直した!」「ここから勝てて当たり前なんだ。むしろ負けるわけがねえ!」
「――つーわけで、カナト。お前は俺と1on1だ」
「俺はクロード――前作のクロニクルでは『パレスティアス』サーバーでプレイしていた――まあ、自分で言うのも何だが、そこそこに名の知れたプレイヤーだ」自信を滲ませ……私を見下ろすようにして言うクロードさん。
「サーバー内のトーナメントで一位になった事もある。……俺を倒さずに残しちまったのがお前の運の尽きだったな」
「言っとくが――レベルでも装備でもプレイスキルでも、何一つお前に負ける気はない」
…………むっ。失礼な。
「ソウタ、お前はパーティのメインタンクだ。ジニアを相手に、他の2人を盾になって守りきれ」「それさえ出来れば絶対に勝てる。――良いな?」
「――……ああ! 任せてくれ!」
「よし――……行くぞ、お前らっ!」ばっ、と槍を構え……私を睨むクロードさん。
「そうだ……まだ諦める訳にはいかない。――こんなやり方が……許されてなるものかッ!!」
「ジニア、そしてカナト! ――仲間の敵、討たせてもらう――!」ソウタさんが剣を掲げ、声を張り上げる。
「……ゆまちゃん、シャークさん……二人とも、行くぞッ!」
「――はいっ!」「……クソ……、やってやろうじゃねえかッ!!」
……あ、ちょ……ちょっと待って。
停戦。停戦しませんかー……。
……だめだー。……なんか、そんな空気じゃなくなってる……。




