レベル上げをしよう(10)
もやし男さんを倒した後、一人戦うニアの元へと駆けつける私――。
「前衛っ!!」ゆまりんさんの怒号が飛ぶ。
「早く参戦しろっ!!壁役だろ!!」
「……お、おう!」「ああ!」
背後をちらりと見ると……クロードさん以外の3人が、武器を抜き放ち駆けてきている。
私の目の前では、ニアの攻撃を立て続けに受け、あっという間にそのHPを2割程にまで減らしたコンソメさんが叫んでいる。
「ちょ、待ってよ……! 私はやれって言われたからやっただけで……――嫌ああ!!」
やたらめたらに杖を振り回した後で――わあああっ!……と悲鳴を上げ、背中を向けて走り出すコンソメさん。
ちょっと可哀想だけど……相手パーティの中では一番レベルが低く、かと言って防御力の低く攻撃力の高い魔法職なので――この場合、狙われるのは仕方がないとしか言いようがない。
逃げていくコンソメさんを見送った後、すぐさまターゲットをでろでろ麺さんへと切り替え攻撃を始めるニア。
……けれど、その時。
『エンハンスド・ファイアボール!』
魔法の詠唱を終えたゆまりんさんの手のひらから――最初にも見たあの強力な火球が迸り、ニアの元へと飛びかかるように飛来する。
同時――でろでろ麺さんの衣服を掴んだニアが、その火球の射線へと目掛けでろでろ麺さんの身体を強引に放る。すると――……
ずどーん――!!
……その強烈な火球の魔法が――なんと、でろでろ麺さんへと直撃。
「やだっ――……?!」小さく悲鳴を上げ、気まずそうにその左手を口元へ当てるゆまりんさん。
チャンス――……!
ニアの元へと辿り着いた私が、まっ黒焦げのまま意識を失っているでろでろ麺さんへと斧を振りかざす。
ごっすーーん――。
立ち尽くしていたでろでろ麺さんへと私の斧がクリティカル・ヒットと共に直撃。……ばたり、とその場へと倒れ込むと、そのネームプレートに《戦闘不能》の文字が現れる。
それとほぼ同時――あらぬ方向へと走っていったコンソメさんが、私達からは大分離れた場所でばたり、と倒れる。
……ニアの継続ダメージを受け続けて、そのHPが0になってしまったみたい。
『経験値を獲得。』
『あなたのカルマが90減少しました。』
『経験値を獲得。』
『2金貨、24銀貨と15銅貨の分け前を獲得しました。』
『あなたのカルマが60減少しました。』
『ジニアのレベルが12へと上がった。』
『ジニアは〈ノクターナル・マントル〉を入手。』
『〈銀のバングル〉を入手しました。』
『37銀貨と12銅貨の分け前を獲得しました。』
『ジニアは〈簡素なレザーサンダル〉を入手。』
遠くから、しゃらーん♪――と、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。私ではなく、ニアのレベルが上がったみたい。
戦闘中というのもあって、一つ一つの通知をじっくりと見る余裕はないけれど……なんとなく、カルマがちょっとずつ減っているのは分かる。
うう……悲しい。ニアを助けたいと思ってしまったばかりに……。
どうなっちゃうの……?
†
――ともあれ。これで、相手パーティの魔法職のうち〈新人類☆もやし男〉さん、〈コンソメ〉さん、〈でろでろ麺〉さんが戦闘不能に。
私達は間髪入れず、その場で一人残されたゆまりんさんへと攻撃を開始したものの――
『〈フレイムブレス〉っ!』
掛け声と共に、構えた杖から炎が吹き上がり――ニアと二人、後ろへと飛んでやり過ごす。
そこへ、ゆまりんさんを守るようにし……、追いついてきたソウタさん、タケルさんが私達の目の前に立ちはだかる。
「……遅い!!」声を張り上げるゆまりんさん。
「悪ぃ!」「すまない!」
「ソウタ先輩は私とジニアを攻撃して! タケルとシャークさんはカナトを倒す!」
「了解!」「おうっ!」
――ほぼ同時。私へと走り寄る人物の気配を察知して、体の軸をずらし攻撃を回避。ぶん――!と、大振りの両手剣の斬撃が私を掠める。
「おらぁ!」続けざまに横薙ぎの斬撃。……それを目で捉え、斧の柄を使ってそれを受けると――そのまま柄を使って、相手の顎を目掛け素早いカウンター攻撃を加える。
――ごんっ、と確かな手応えが響いて、キラーシャークさんのHPがじわりと減る。
「ぐっ――……!!」
同時、私へと飛びかかるもう一つの人影を視界の端で捉える。――きらん、と手にしたその二本の剣が光るのが見え、咄嗟に後ろに飛ぶと――
『〈ワールウィンド〉ッ!!』
二本の剣が振るわれ、つむじ風のような刃が発生。
しゃがみ込んでそれを躱すと――距離を詰め、スキルを発動した直後の彼目掛け、斧を振り上げる。
ばきん――!!
私の攻撃がタケルさんの手にしていた片手剣へと直撃――あらぬ方向へと飛んでいく。
「――痛ってぇ……!」呟いて、後退りながら……剣を手にしていたその手のひらをぶんぶんと振るうタケルさん。
剣を拾われる前に追撃をしたいところだけど――……それを許さぬとばかりに、キラーシャークさんの再びの剣撃が私を襲う。
『フロスト――……』
剣を構えるその両手から、冷気を纏うようなエフェクトがちらりと見えて――咄嗟に受けの姿勢を崩すと相手の懐に飛び込み、その胴に斧の柄を用いた一撃を加える。
「ぐあっ――、クソ……――ッ!」
スキルの発動がキャンセルされて、剣を纏いかけた冷気がかき消える。
……今のは多分、ブリガンドの戦技である〈フロストストライク〉かな。
私は習得していないけれど……確か、物理と水属性の混合ダメージの上に、しばらくの行動速度減少までをも伴う厄介なスキル、だったはず。
まともに受けないように気をつけないとね。
†
それからしばらくの間、受け流しからのカウンター攻撃に専念をしていると……。
いつの間にやら、目の前の二人は息も絶え絶え――そのHPは残り半分近くにまで減ってきている。
「クッソ……、ありえねえ!!」息を切らしながらも、キラーシャークさんが声を張り上げる。「ありえねえ、ありえねえ、ありえねえ!!!」
「チーターだろ……っ、てめー…………カナトっ!」
返事は返さずに、小さく首を傾げる私。
――『チーター』というのは、不正なプログラムを使用し、例えば攻撃に対し無敵になったりと、ゲームの動作そのものを書き換えてしまうようなプレイヤーを指す言葉であるらしい、のだけど……。
……そんなものが、本当に存在するのかな?
「こっちは2人で攻撃してんのに……こんなに当たらないわけがねえ!」
……えへへー。それは当たらないんじゃなくて――攻撃が、私の体に届いてないんだよね。
武器を構えた状態で、相手の攻撃を武器で受けると『受け流し』の判定になる。その直後に短いモーションの攻撃を用いて攻撃を当てていけば『カウンター』の扱いになってややダメージが割り増しになる。
そのため、攻撃を繰り返すプレイヤーを相手に、着実に攻撃を受け流しながらチャンスを見計らってカウンターを当てていくと、有利に戦いを進められるのだけど……。
実はこれは、前作『イルファリア・クロニクル』のPvP戦に於いて、近接クラスにとって基本戦法となるような戦い方で――『フロンティア』のPvPランキングであるラインよりも上に行きたければ必須となる技術のようなもの。
今作のリバースでも、操作自体が非常にリアルになってはいるのだけど――やっている事自体は同じだったりする。
……もちろん、それは『イルファリア・クロニクル』の時代に100時間、1000時間というような時間を費やして、実戦やトレーニングモードでの反復練習をひたすらに繰り返した結果に会得した、私なりの努力の成果でもある。
その為、ある程度PvPに慣れているプレイヤー同士の戦いではお互いに大振りの攻撃をしなくなる、のだけど……。さっきから、タケルさんはエフェクトが派手な範囲攻撃を連発、キラーシャークさんは読みやすい大振りの攻撃を繰り返しているので、この単純な戦法が非常に効果的になってしまっている。
率直に言ってしまえば……二人共、PvPの経験がちょっと浅いかな。
――視界の端。きらん、と再びその片手剣が光るのが見えて――
『おりゃあッ!――〈ワールウィンド〉ッ!!』
私の目の前を風の刃が掠める。そこを、再びシャークさんの両手剣の大振りの一撃が襲い――、
……えいっ。
タケルさんの背後へと回り込むと、そのがら空き状態の背中へと〈キック〉を発動――。
「うわあッ!!」「ぐあ――ッ?!」弾き飛ばされたタケルさんと、バランスを崩したキラーシャークさんの二人の身体がぶつかり合い、その場に二人重なって崩れ落ちる。
……これは、思いもよらないチャンス到来……!
その場で小さく助走をつけ飛び上がると――そのまま、戦技<ストンプ>を発動。
どっしーん! とストンプのエフェクトが発生し、重なり合った二人に大きなダメージが入る。
……やったね!
まさに一石二鳥、と言う感じ?
「ぐ――畜生……!」「くそ、くそ、くそッ!!」拳を握ると、地面へと叩きつけるキラーシャークさん。「邪魔だっ!!さっさと退きやがれっ!!!」
「わ、悪ぃ!」
「つ、強すぎる……」「何なんだよ、この子……。勝てる気がしねーよ……!」
「クソ……ッ!!」
のそのそ、と起き上がると、肩で大きく息をしている二人。その残りのHPは……大体、3割くらい。全身は汗だくになってしまっていて……この様子だと、スタミナもほとんど底をついている感じだね。
二人が起き上がって武器を構え直す頃には、予め発動していた〈チャージストライク〉の準備が完了。
これで、あとは上手く〈スマッシュ〉を当てれば、二人のどちらかを一撃で討ち取ることが出来る……はず。
出来れば、今までみたいに積極的に攻めて来てくれるとありがたいのだけど……残り体力の少なくなった二人は、武器を構えたままにじりじりと距離を測るだけになってしまいつつある。
狙うとすれば、やっぱりキラーシャークさんかな。……意地悪もされたしね。
手にした斧をゆらりと動かすと――次の攻撃を繰り出そうとしたその時。
『グワアーーーッッ!!!』
――突然、ニアの戦っている辺りから、激しい爆音と共に大きな悲鳴があがる。
驚いてニアの方を見ると――ソウタさんが、なにやら片膝をついて苦悶の表情を浮かべている。
……その背中は黒焦げになってしまって、煙がしゅうしゅうと立ち上っていて――……その後ろでは、ゆまりんさんが気まずそうな表情を浮かべ、口を手のひらで覆っている。
「ぷ――、あはーははははっ……!!!」
「ぐわあーって……あはははははは…………っ」
相手を指差してけたけたと笑うニア。馬鹿にしている……というより、単にツボに入ってしまった……といった様子だ。――心なしか、ソウタさんのその顔も赤くなっている。
「あーー……、もうだめ……っ――――」「ぐわあーって。……あはははは……っ」
地面へと転げてしまいそうな勢いで笑い続けているニアのHPは――……やっぱり、減ってない。なんと、100%のままである。……って、私もそうなのだけど。
…………あれ。
相手のパーティ、もしかして弱い……?




