レベル上げをしよう(9)
どっかーん――!!
激しい音と共に光が弾け、私の放った戦技〈スマッシュ〉がクロードさんへと炸裂。
不意打ち・背後攻撃・チャージストライクからの完璧なスマッシュ。様々なダメージボーナス要素が重なり合った私の渾身の一撃だ。
〈スマッシュ〉の弾き飛ばし効果もあり、その身体がばちーん!と弾かれ――横ばいにもんどり打ちながら飛んで、「へぶーーーーーーっ!!?!」となんだか間抜けな声を上げながら、顔から地面へと叩きつけられる。
そのHPがぐいっと減って、砂煙を上げて地面の上を滑りごろごろと転げると……そのまま立ち上がろうとしてバランスを崩し、べしゃりとその場に倒れ込む。
――うわわわ……。大丈夫かな。やりすぎたかも……
「うおっ?!」「――な、 何が起きたんだ?!」
こちらへと振り返り、辺りを見回す他の三人。地面に倒れ込むクロードさんと、斧を構えた私を行ったり来たりと眺めている。
血は出てないし……うん、大丈夫、大丈夫。
……って、どうあれ血は出ないゲームなんだった……。
三人は、私を攻撃してくる素振りはない。何故クロードさんが倒れているのか、何故そのHPが大きく削られているのか――はっきりと把握できていないみたい。
すぐさまに倒れているクロードさんへと駆け出すと――クロードさんが、私を睨んで声を張り上げる。
「いってえなこのばかやろーっ?! ――……なんで俺を攻撃すんだよ!!」
それは多分、私に意地悪をしたキラーシャークさんではなく『なんで俺を』という意味だろう。
「……ごめんなさいっ!!」
一応謝ってから、とん、と地面を蹴って中空へと飛び上がると……クロードさんへと目掛け、戦技〈ストンプ〉を発動させる。
〈スマッシュ〉のダウン効果が発生した際に〈ストンプ〉で追撃をかけるのは、私のビルドの基本コンボのようなものなので……これを逃す手はないのだ。
クロードさんの真上へと着地をすると同時――どっしーん!と言う衝撃音と、衝撃波を伴った地揺れのような視覚効果が発生――。
「――ふんグエーーッッ!!!……」断末魔のような声を上げ、ぱたり、と再び倒れ伏すクロードさん。
残念ながら……分かってはいたけれど、クロードさんのHPはとっても高く、私の〈チャージストライク〉→〈スマッシュ〉→〈ストンプ〉のコンボだけでは倒しきれず。……けれど、そのHPの3/4以上を削ることには成功し――クロードさんはもはや、瀕死に近い状態である。
――……ちなみに。戦技の視覚効果が派手なのは元からで、誰がやっても同じことなので――私が重いわけでは、決して、無い。
ちなみに、私がクロードさんを先制攻撃したのは、明らかに敵のパーティの中で最もプレイヤースキルが高いと踏んだのがクロードさんだから。
クロードさんからは明らかにPvP熟練者の匂いがする。そして、そのクロードさんに自由に動き回られてしまえば――私達の勝ちの芽は潰えてしまう。
次点で危険なのは……多分、ゆまりんさんだ。――相手パーティの中でも、プレイヤースキル、装備品、習得魔法共々に飛び抜けているように見える。……けれど、ゆまりんさんは特別に前作のPvPをやり込んでいた風には見えなかった。
幸い、戦技のコンボがしっかりと決まったせいもあり、ここからのクロードさんの戦線復帰は非常に高価な上級ポーションを持ち合わせでもしていなければ、しばらくは難しい。
普通に流通している安価な(と言っても、それでも銀貨が数十枚はする)ポーションは、歩いたり行動をしたりすれば効果が落ち込むため、否が応でも安静にし、その場で座り込んでじっくりと回復を待たなければいけなくなる。
回復魔法が飛んでくれば話は別だけれど……彼らの回復役であるもやし男さんは、今、ニアによって激しい攻撃を受けている状態だ、と思う。
――クロードさんから飛び降りると、ニアの元へと全速で駆けていく。
砂煙が上がっているせいでニアとその周囲の動向はよく見渡すことが出来ないけれど……ニアは今、4人の詠唱者に取り囲まれて独り戦っている筈だ。
……一分一秒の猶予もない。あれだけの火力の魔法攻撃を2撃3撃と受ければ、下手をすれば私が駆けつける間もなくニアがやられてしまう。
――お願い。間に合って……!
追手を確認するために背後をちらりと振り返ると――唖然とした顔を浮かべ、立ち尽くしているキラーシャークさんの姿が見えた。そんな外見の割には……といった間の抜けた反応だけど……。なんだかんだで、本当に戦闘が起きるとまでは考えていなかったのだろう。
ソウタさんとタケルさんも、わたわたとした――何をどうしていいか分からないと言ったような反応だ。……この二人は、PvP自体が初めてなのだと思う。
そしてクロードさんは既にポーションを取り出して、それをぐいぐいと飲んでいる最中だ。
――よし。
追手は無し。それはつまり、背後から攻撃される危険性もほぼ無いという事だ。
……と、その時。
ふと、私の足元にクロードさんの手のしていた槍が転がっているのが見えた。
私のスマッシュに弾き飛ばされた衝撃で武器を落としてしまったのだろう。
咄嗟に槍の柄を踏みつけ、それからそれを地面へと擦り付けるようにして跳ね上げさせると、靴の爪先部分へと乗せて蹴り上げる。
「――……ちょ、おい?!」背後からクロードさんの声が響く。
蹴り上げられた槍の柄を横薙ぎに掴むと、その場でくるりとステップを踏んで――それから槍投げの要領で振りかぶると〈スローイング〉のスキルを発動。砂煙の向こう側にちらりと見えていたゆまりんさんへと目掛け、その槍を投げつける。
「俺の槍ぃーー!?!」
ぶぉん、と風切り音を上げ、まるで放たれた矢のように――僅かな弧を描いて飛んでいくクロードさんの槍。
――ばっかーん! と音を上げ、槍はゆまりんさんへと直撃――。
完全によそ見をしていた彼女は、まるでモンスターの突進を受けたみたいに仰け反って、そのままバランスを崩して倒れ込む。
……同時に、ニアへと向けてまさに放とうとしていたその魔法の詠唱を止めることに成功!
……やったぁ!
思った以上に上手く行ったね。
クロードさんの槍は、そもそも投げ槍ではないので大分長いし重かったけれど……それを扱えたのは、異様に高くなった筋力のおかげかも。
「……ったいわね、このブスっ!!」
起き上がり、ぎろり、と私を睨みつけると――その外見には似つかわしくない怒声を上げるゆまりんさん。
……こ、怖……っ!
と、その時。薄くなりつつある砂煙のスクリーンのその向こう側で、
「――わあーーッ!!わああああぁあぁー!!!」
ニアの攻撃を受けていた『新人類☆もやし男』さんが……なんだか、この世の終わりのような叫び声を上げ、その場に杖を放り捨ててこちらへと駆け出してきた。
――……こちらへというよりは、私の背後に居る前衛組に助けを求めて、なんだろうけれど。その体力は既に1/4を切っていて……もはや瀕死の状態だ。
その背中をちらりと見て追うのを諦めたニアは、すぐさまに他のプレイヤー――コンソメさんへと攻撃を開始する。
……見れば、ニアの体力は未だに100%の状態。
力を余す程度で攻撃をしながら、地点指定の魔法攻撃と、方向指定の放出系魔法攻撃、それから弾を撃ち出すタイプの投射系魔法攻撃を、四方に注意を配りながら上手く躱している。
……さすがに、上手い。
とん、とん、とん――と軽やかなフットワークで魔法を躱し続けるニアは……、なんだかちょっと、空を舞っている蝶のようにも見えてしまう程だ。
しかも、相手のコンソメさんのHPも既に半減している状態。ニアは、もやし男さんを攻撃しながら予めコンソメさんに継続ダメージのスキル攻撃を重ねておいたのだろう。
……うーん。
心配しすぎた、かな?
「おい、ふざけんな!! 戻って戦えよっ、このバカっ!!」
ゆまりんさんが、走り去っていくもやし男さんへと怒声を上げる。けれど……
「わ、ッ……わああああぁあーーッ!!!」
もやし男さんは、なんだか半狂乱、と言うか……。金髪に青い目の、どことなく物語の主人公風だったそのアバターが、涙と鼻水がだらだらと垂れて、酷い形相になってしまっている。
……良いのかな。
瀕死の――その上、特別に防御力が低い魔法職が私の近くを一瞬でも通り過ぎるということは、それはつまり……。
……そのまま、ニアへと向けて駆け寄りながら――もやし男さんとすれ違うタイミングで斧を振るう私。
――ぶおん。
ごっすーん――。
斧から伝わる、いやーな響きを伴った生々しい手応えとともに、私の一撃がもやし男さんの胸部へと命中。
ぐらり、と――……白目を剥いて、その場へ倒れ込むもやし男さん。
どしゃり、と派手に地面へと転げると――ぐぐっと減ったHPバーが0%を示し、そのネームプレートには《戦闘不能》の文字がぱっと躍る。
――……どうしよう。
やっちゃった――。
「よっしゃーー!!! ナイスカナカナぁ!」ニアの元気な声が響き渡る。
――よっしゃ、じゃないんだよ。ばか。
…………ばか、ばかばか、ばかばかばか。
「…………ニアのばかーーーっ!!」
思わず叫ぶと……ショックを滲ませたような――『がーん……。』という効果音が響いてきそうな――悲しげな表情を浮かべるニア。
――続けて、ピコン♪と言う音とともに、なにやら通知ログにつらつらとメッセージが表示される。
『おめでとうございます! 【ファースト・マーダー♪】の実績を解除しました!』
その隣には、目が『×』の形になったうさぎが倒れているアイコンが表示されている。
……何、これ……。
『〈新人類☆もやし男〉は〈カナト〉によって倒された……。』
『経験値を獲得。』
『あなたのカルマが130減少しました。』
『あなたのアラインメントが〈中庸〉から〈やや悪〉へと変化しました。』
『81銀貨と37銅貨の分け前を獲得しました。』
『〈ディサイプルズ・ローブ・オブ・プロテクション〉を入手しました。』
…………って、ちょっと……。
ねえ……ちょっと待って。
私の(ついさっきまでの)カルマ値はゲーム開始時の『1000』のまま、だったのだけど……。
一人で130減少して……このまま他の7人も倒したら……――それは、つまり。
さあーっ、と背筋に悪寒が走る。
……あーっ……!
もういい。知らないっ……!
とにかく考えていても仕方がない。
こうなってしまった以上は、勝つしか無いもの……!
4000pvを達成いたしました。コメントにも全て目を通させていただいております。ありがとうございます……!
まったり進行ですが、これからもよろしくお願いいたします。




