レベル上げをしよう(7)
カニこと〈アワアワクラブ〉と戦っている最中の私達。そんな時に突如現れた大所帯のパーティと、その先頭に立って魔法を詠唱し始めた女の子――。
両手持ちの大きな杖を左手に、その右手は私達へと向けて差し出されていて――その指先に浮かんでいる大きな魔法陣が彼女の唇の動きに連動するようにし一文字ずつ光を放ち始めて……風が巻き上がり、そのスカートやクロークが翻る。
そしてその後を追うように、その後ろの何人かが彼女に続いて、なにやら魔法の詠唱を始める。
――まさか、とは思うけれど……。
ニアの立ち位置からはほぼ真後ろで、ニアは彼らが目に入っていないみたいで黙々と戦闘を続けている。
「――ねえ、ニア。後ろ……」私が言うと、
「あー……大丈夫っす。気付いてるんでー」ニアは、あっけらかんとした声でぼそりと返事をする。
やがて、女の子の掲げられた腕の先の大きな魔法陣が、かっと赤い光を放つと――同時、その手から巨大な火球が放たれる。
「……ニア――!」
ごう――……! と、激しい音を上げ火球が私達へと向けて飛来する。
ニアは、まるで火球を引き付けるみたいにわざとギリギリのタイミングでステップを踏んでさっとそれを避け――……火球はそのまま弧を描いて、私達が戦っていたアワアワクラブへと直撃した。
ずどん――!! 爆音を上げて火球が弾け、地面を揺るがす衝撃と共に激しい炎が巻き上がる。
カニの攻撃を受けていた私は、その寸前で後ろへと飛んだものの――爆風で身体が弾き飛ばされ、転んでしまいそうになるのを、無理矢理にステップを踏んでバランスを保ち堪える。
初弾の火球からやや間をおいて、続けざまにいくつかの魔法が砂煙の中――カニがいた場所へと連続で着弾。パネル内に表示されていた〈アワアワクラブ〉のその残りHPが一瞬で0になる。
……通知ログを見ても、カニの経験値は入っておらず……アイテム入手もなし。
私達が二人で与えた総ダメージ量が向こうのパーティよりも下回ってしまったため、報酬を取られてしまったのだ。
……それにしても、すごい魔法。
〈メイジ〉や〈ソーサラー〉といった純魔法職のプレイヤーさんと組んだことはあるけれど、あの火球ほどの強力な魔法を習得している人は――私は今まで、見たことがなかった。
立ち尽くす私達と……それから、もうもうと上がる砂煙の向こう側。小高い丘になった岩場から、その大所帯パーティが私達の方へと降りてくるのが見えた。
すとん、と2本の短剣を鞘へとしまうと……大きくため息を付いてニアが言う。
「あーあ。……折角、楽しかったのになぁ」「カナカナー。どうします?」
――その、上から見下すような敵意の混じった視線に……ほんの一瞬、退院した直後――前の中学にいた頃のことがフラッシュバックする。
……怖い。
…………この場から逃げ出したい。
そう感じてしまって……その気持ちを止められなくて。
手をぎゅうと握りしめ――すぅ、と、大きく息を吸って……それからゆっくりと吐き出す。私の視界には……地面の砂と、砂利と、草と。そして、かたかたと小さく震えている私の膝が映っている。
「……カナカナ?」……心配そうにして、私の顔を覗き込んでくるニア。「大丈夫です?――ここ、『フロンティア』じゃないんで……攻撃はされないっすよ?」そう言いながら、私の肩を擦ってくれる。
「うん」顔を上げて、精一杯に笑みを作る。「ちょっと、緊張しただけだから」
……格好悪いな。
クロニクルのときだって、こんな事は何度もあったはずなのに……。
こういった、狩り場争い自体、前作『イルファリア・クロニクル』の名物のようなものだったし……私自身、何度も経験したことがある。
それに……あのときの私は、PvPエリアである『フロンティア』にて連勝のあまり大量のポイントを保有していたから、ポイント狙いで他のグループから待ち伏せされるなんていうこともままあった。
それなのに、どうして今はこんなに怖いのだろう。
一年以上のブランク、かな。それとも、リアル過ぎるヴァーチャル・リアリティの空気感?
それとも――私がもう、ラグヴァルドではなくなってしまったから、かな。
†
――すぐに、ざつざつと砂利を鳴らしながら彼らが歩み寄ってきた。
「あれーっ……なんだよ。女が二人だぜ」突然、男性の大声が辺りに響く。「『カナト』だから男かと思ったわ。紛らわしーっつの」
恐る恐る顔を上げると――……目の前には、ずらりと並んだ、総勢8人の見知らぬパーティ。
その間に、ニアが私をかばうみたいにして、私の前に立ちはだかってくれている。
先程……開口一番に大声を出したのは『キラーシャーク』という名前の男性だ。
クラッシュ感のある穴の空いたグレーのデニムに、紫色のブロックチェックのシャツ。背中には両手持ちの剣を背負っていて――その佇まいからは、なんだかがらの悪そうな雰囲気が漂っている。
「ねえ――邪魔なんで、退いてくれません?」けだるげな口調で続けて言うのは、『ゆまりん』さん。
薄桃色の、ふわりとウェーブがかったロングヘアの女の子で……どことなく、アイドルやモデルさんを思わせるような整った顔立ちをしている。値の張りそうな金糸の刺繍がされた白いローブと、大きな――背の高さほどもある細かな装飾の付いた黒い杖を携えていて――そのどちらも派手で周囲の目を引く、レアドロップらしき一品だ。
装備、外見共にすごく華やかな女の子だけど。そのすらりとした見紛いようのないシルエットは、最初にニアを狙って火球の魔法を放った人のそれである。
――ゆまりんさんは《ヴァリアント・ローズ》というギルドに、キラーシャークさんは《ディストピア》というギルドに所属しているプレイヤーさんのようだ。
「退いて、って」ふん――と鼻で笑うようにして、ニアが言う。「明らかに、先にあたし達がここで狩ってたんですけど」
8人の――その殆どがニアよりも年上なのに――全く臆さずに、はっきりと相手を睨みつけて言うニア。
「――ねえ、『ジニア』さんさぁ、……年下だよね?」「先輩の言うことは黙って聞いときなって」そんなニアを、見下ろすようにして言うゆまりんさん。
その背はニアよりも私よりも高く――大人っぽい顔立ちに、すらりとした目鼻立ち。並んだニアが子供っぽく見えてしまうような年上のオーラを放っていて、その姿はまるで猫と虎の睨み合いのようにも見えてしまうのだけど……。
「ゲームに年齢が関係あるんですかー?」「大体、いきなり背後から攻撃をしてくるなんて……お姉さん、ちょっと陰険すぎません?」ニアは意も介さぬとばかりに、ゆまりんさんを睨んで声を上げる。
「――あなたじゃなくて、クラブを狙ったんだけど。そういう意味でも邪魔なんだよね」
「――ねえねえ。カナトちゃんって……制服みたいだけど、もしかしてリアル女子高生?」二人の言い合いを横目に、私へと歩み寄ってきたキラーシャークさんが言う。「さっきから震えてんじゃん。かわいー♪」
その彼と私との間に、ずい、と割って入ってくれるニア。
「…………なんだよ。別に何もしないって」ニアに睨まれると、両手を上げて後退りながら、へらへらと笑う。
「ってか、俺等も高校生だけどなー。――ゆまりんと、ソウタ先輩も」
『タケル』さんという明るい赤髪の男性が口を開くと――ぎろり、とゆまりんさんが彼を睨む。余計な個人情報を喋るな――とでも言いたげな面持ちだけど……タケルさんはそれに気付いていないみたい。
一歩引いた位置で、あまり興味もなさそうにポケットに手を突っ込んでいるタケルさんは片手剣を二本携えた戦士風の男性で、年齢は私よりも一つ二つ上くらい。
――……この人、どこかで見たことがある気がするような。
「えっ、マジ?!……ゆまちゃんは大学生かと思ってたわ!大人っぽすぎー」
「……でさ、カナトちゃんって〈ウォリアー〉?それとも〈ブリガンド〉?」「ちなみに俺はブリガンドなんだけど――」言いながら、ニアを無理矢理に押しのけて、私の前に立つキラーシャークさん。すると――
「……おい。やめないか」
『ソウタ』さんという、盾と剣を携えたナイトらしき佇まいのプレイヤーが一歩前に躍り出ると、見かねた様子でキラーシャークさんの肩に手をやり彼を諫める。
「――んだよ。リーダーはアンタじゃねえだろが」
「怯えてるじゃないか」
「別に脅してねえだろ。指図してくるんじゃねえよ」
「ソウタ先輩、放っておきましょ。言葉で言っても素直に聞かないこの子たちにも原因はあるじゃないですか」髪の毛をいじりながら、ゆまりんさんが言う。
「……それは、そうかも知れないが……」困った風にそう言って、首の後ろを掻くと……「なあ、今日のところは帰ってくれないか。――この場合は君たちが退くのが常識だろ」
「……いや、マジで意味わかんねーっす」小さく笑って、ニアが言う。「この場合はあんたらが帰るのが常識っすよ――普通に」
「……なあなあ。だったらさ――こうしようぜ。パーティの枠が空いたら君らに声をかけてやるよ」にんまり――と、あまり良い印象を受けない笑みを浮かべたキラーシャークさんが言う。「それなら良いだろ?」
イルファリア・リバースの1パーティの最大人数は8人が限度だけれど……とっても強い大ボスを倒すときなどは、複数のパーティをくっつけて『レイド』と呼ばれるパーティの集合体を構成することも出来る。
「二人共めちゃくちゃ可愛いから、特別な。――ってわけで、とりあえずフレンドになろうぜ♪」
ぱっと、私の目の前にフレンド申請のパネルが開いて……。
どうしよう……?、と恐る恐るニアを伺うと――悩む素振りも見せずに、パネルを閉じたみたい。
……だったら、と、私も〈拒否〉のボタンを押すと……
「あっそ。――……気が変わったわ。なあ、痛い目見せてやろうぜ」くるりと後ろを振り返ると、他のメンバーへと両手を広げて言う。
その誰もが、彼に賛同するでもなく――かと言って反対するでもなく。しーん、とした沈黙が漂う。
他の相手メンバーは、と辺りを見回してみると……
詠唱者らしき杖を持った、『コンソメ』さんという女の子。レベルは8で、この中では一番低い。背はニアと同じくらいで、年齢は私達と同じか……あるいは一つ二つ学年下、かも。
相手パーティの中でも一番後ろに控えていて、心なしか居心地も悪そうだ。
その隣には、回復役らしき白いローブに杖を携えた、『新人類☆もやし男』さん、というハーフエルフの男性。
……ネームプレートにはそのまますべての文字が表示されているから、“新人類☆もやし男”が全て、彼の名前らしい。年齢は高校生くらいで、金髪に青い目、外国人のような顔立ちをしている。
魔導書らしき厚い本を携え、グレーのローブの上に黒いクロークを羽織った『でろでろ麺』さんはグレイエルフの詠唱者らしきプレイヤーさんで、長い銀髪の男性。その肌の色は真っ白で、真っ黒なその服装も相まって、怪しげな雰囲気が漂っている。
最後に、ゆまりんさんの後ろで面倒くさそうな面持ちのまま私達のやりとりを聞き流している『クロード』さん。大きな槍を携え、少し長めの赤い髪を頭の後ろで縛っている背の高い男性で、どことなく実力者らしき雰囲気を漂わせている。……そのレベルは14で、この中では最も高い。
それと、キラーシャークさん、でろでろ麺さんとこのクロードさんの3名は、《ディストピア》というギルドへと所属している同じギルドメンバー同士のようだ。
――以上の4人に、キラーシャークさん、ゆまりんさん、ソウタさん、タケルさんを加えた、総勢8人のパーティ。その平均レベルは……大体、11くらい。
……当然、もし戦いになったとしたら私達に勝ち目はない。
「ニア。――しょうがないから、今日は他のところに行こう?」
「えーっ……。カナカナはそれでいいんです?」
良くはないけれど……張り合ったってしょうがないもの。
現実世界でも――人の多い街に出れば、どうしたってこういう嫌な出来事の一つや二つと、何日かに一度は出くわすことがある。その度に真に受けて事を荒立てるよりは……ただ受け流して忘れてしまえば、もう二度と関わることはないのだから。
「……そうだ。ここに来るまでの間、いくつか洞窟の入口のような場所を見つけたでしょ?」「あそこを探検しに行こうよ――折角、まだ時間もあるしさ」
「…………」
ニアは納得がいかない、といった様子で、その場に視線を落としている。




