レベル上げをしよう(6の2)
――それから私達は、池のアワアワクラブを一匹ずつ慎重に倒していった。
カニ達との戦闘を繰り返してわかったのは、カニ相手のダメージは殆どニア頼りになっているなー、ということ。
特に、ニアがレベル10で習得したばかりの〈スペクトラルエッジ〉という戦技が非常に強力で――これは短剣で切りつけた後、その対象にしばらくの間闇ダメージを与え続ける継続ダメージの攻撃で、物理防御力の高いアワアワクラブ相手には明らかに効果大。
これと、ニアがレベル1から使っていた〈ブリーディングエッジ〉という――出血ダメージを伴うまた別の継続ダメージスキルと組み合わせると、カニのHPがぐいぐいと減っていく。
ニアは、前作イルファリア・クロニクルでは『アドリック』という名前のアサシンだったのだけれど……『ジニア』となった今作では、アサシン以外の上位クラスを目指す予定らしく、〈バックスタブ〉などの定番スキルを捨てて、全くの逆方向の――闇属性特化の方向へとスキルツリーを伸ばしているんだって。
補足をすると、〈バックスタブ〉は『背後から特大ダメージを与える』、ローグ、及びその上位クラスであるアサシンの目玉とも呼べるような攻撃スキル。
“特大ダメージ”との表記からも分かる通りにその一撃のダメージは非常に大きく、殆どの〈ローグ〉のプレイヤーさんはこの〈バックスタブ〉を一目散に目指してスキルツリーを伸ばしていくらしい。
そんな理由もあって、〈ローグ〉のプレイヤーの中でも〈シャドウダッシュ〉や〈スペクトラルエッジ〉を習得しているプレイヤーは結構に稀で……、少なくとも私は――それほど沢山のプレイヤーとパーティを組んだわけではないけれど――今のところニア以外でこのスキルを使用している人は一人も知らない、かな。
ちなみにローグには、〈暗殺〉系統や〈闇属性〉系統の他にも、毒物、幻覚、弱体、盗みや潜伏、クロスボウやレイピア、あるいは罠操作などの様々なスキル群が存在するみたい。
それと、すごく助かるのはニアの〈アーマーブレイク〉という戦技で……これは、しばらくの間相手の物理防御力をダウンさせるデバフを伴う攻撃。
ニアがアーマーブレイクを使用した後だと、私も良い感じのダメージが叩き出せて、より楽にカニを討伐できる感じだね。
そして、私の攻撃スキルはというと――……結局、〈クリーヴ〉というレベル1の時に習得した戦技を未だに使い続けていたりする。
クリーヴの効果は、『単体に中ダメージを与える』――という地味なものなのだけど。
使用から発動までの準備時間の短さや、使用スタミナのコストが安いこと、クールダウンの短さなど、すべての要素を加味してみると非常に使いやすいオールラウンダーなスキルになっている。
――それから、レベル9で獲得したばかりの戦技である〈スマッシュ〉は、『高確率で対象をダウンさせる、大ダメージを伴う弾き飛ばし攻撃』なのだけど……
ダメージは大きく使っていて気持ちが良いのだけど、良くも悪くも敵を弾き飛ばしてしまうので……場合によってはニアとの位置取りもめちゃくちゃになってしまうし、使い所に悩むところだ。
――それと、さっきも使ったばかりの〈スローイング〉かな。
これは、武器を投げることが出来るスキルなのだけど……私はお店で〈ブロンズ・ハチェット〉という武器をいくつか買い込んで、それを投擲して敵への初撃などに使っている。
〈ブロンズ・ハチェット〉は武器を扱っているお店であれば大抵どこでも買うことが出来、片手武器としても使える小型の(ひじから手首くらいまでの長さの)投擲用の手斧。
値段は一本で『6銀貨と銅貨がちょっと』とそれなりだけど、(あらぬ方向へ外したりでもしなければ)敵を倒した後に高確率で回収ができる。
ダメージは投げる武器によって変わるのだけど――私が使っている〈ブロンズ・ハチェット〉だと、通常攻撃の1/3ほどのそれなりのダメージを叩き出すことが出来る。
――ちなみに、私がそれ以外に獲得した他の新スキルは、と言うと……例えば、〈キック〉とか。
キックは……そのー、単に蹴り攻撃である。
一応、戦技なので、小ダメージと一緒に小さな弾き飛ばし効果を伴う。
私の使用している【両手斧】という武器種は重くて振りが遅く、攻撃と攻撃の間に大きな間があるので、その間に織り交ぜて使用していく事が多い、かな。
ちなみに、キックにはそれ以外の使い方もあって……『イルファリア・リバース』では基本的に、攻撃に慣性などの様々なボーナスが乗る。
これを簡単に説明すると、助走をつけてから敵を攻撃した場合と、その場に静止したまま攻撃した場合とでは、助走を付けたほうがダメージが上がる、ということ。
……そのため、(私とニアがカニを前後から挟んだ状態で)ニアが次の攻撃を構えているようなタイミングで〈キック〉を使用すると――弾き飛ばされてきたカニの背中を突く形で繰り出されるニアの攻撃には、背後から攻撃のボーナスの上に慣性のボーナスが重なるため、より大きなダメージ増加が見込める。
――あとは、〈ストンプ〉という『大ダメージを伴う踏みつけ攻撃』とか、かな。
ストンプは、『クリーヴ以上、スマッシュ未満』のダメージが期待できる非常に良い攻撃スキル、なのだけど。残念ながら相手がダウンしていることが発動条件になるので、ただ普通に歩いているカニの上に飛び乗ったところで、スキルは発動しない。
……キックとかストンプとか、なんだか地味で荒々しい攻撃が多いように感じるかも知れないけれど…………残念ながら〈ブリガンド〉はそういうクラスで、そして私が目指しているのは飽くまで〈バーサーカー〉なので……さもありなん、といった感じ。
大体、私は最初からそれを見越して、荒々しい外見の男性キャラクターでプレイをするつもりだったのに。
ずるずると……私の意図に反してこうなってしまって――……むしろ私がどうしたら良いかを聞きたいくらいだよ。
野良でパーティを組むと、見た目とのギャップが面白いー!と笑ってくれる人もいるので……まあいっか、と最近は半ば諦めています。
†
それから、戦闘を繰り返し、池のカニを全て倒しきった私達は――
「お掃除完了っ、お疲れ様っすー♪」
「うん。ニアも、お疲れ様」
ニアと二人でハイファイブを交わして、それから〈ヘルベスの秘密の泉〉と名付けられたその池のほとりへと近づいていく。
辺りを見渡しても、砂と岩場だらけのこの〈ルディア丘陵〉で――キラキラと、宝石のように太陽の光を受けて煌めいているその水面。湧き水のように澄み渡ったその水はほとんど透明で、見ているだけで涼やかな気持ちになってくる。
周囲には自然な感じに生い茂る椰子の木と、それから、近づいてみると思っていたよりも迫力のある――どーん、と立ちはだかるような赤と砂色の岩で出来た崖。そこからは、ざざざ……と盛大な音を上げて、立派な滝が流れ落ちている。
弾け飛ぶ水の飛沫が熱を奪うのか、近寄っただけで少しだけ気温が下がったような感じがする。
「――よっ、と……」
……なにやら突然に、短剣が二本ぶら下がった革のベルトと墨色のクロークを岩場の上にぽいちょと放ると――うさぎのルームスリッパを脱いで素足になるニア。
それから、その足先を水面にちょい、と浸けて――「ひゃーっ……♪ 結構冷たいっすー」楽しげに声を上げる。
……あ、ずるい。
それじゃあ、私も――
「……って。いきなりカニに襲われたりしないよね……?」
「カニはパッシブっすよ、カナカナ♪ ほーら」
水を掬って、ばしゃり、と私に飛ばすニア。きらきら、と虹色に光る水玉が弾けるように飛び散って、ぽつぽつと私のシャツに水滴の跡をつくる。
「わっ……! やめてったら――……」
『イルファリア・リバース』で服を濡らしてしまうと……服は本当にしばらく濡れたままになってしまって、乾かすのにも時間がかかる。靴ごと水に入ってしまえば、ぐちょぐちょ……と気持ちの悪い感触にしばらくの間悩まされることになるし、衣服に泥が撥ねれば、しばらくの間は泥はねのあとが残り続けてしまう徹底っぷりだ。
……とはいえ、放っておけばそのうちに元に戻るので、本当に汚れたりはしないのだけど。
斧とクロークを置き、ローファーと靴下を脱いで、それから池の足の指先を池に浸けると――きーん、とするような冷たい感触が走って……思わず、うわー……! ――と小さく声を上げる。
池の外周部分は、ちょうど膝が浸かるくらいの程よい深さだけど……、滝の根本へと向かうに連れて段々と深くなっていて、本格的に濡れてしまう覚悟がなければ滝に近寄ることは出来なそう。
そして、その滝の真下へと当たる付近だけは、妙に深く――水の色が濃く変わっていて、その底を窺うことは出来なくなっている。付近の崖は大きく抉れていて、なんだか……その水面の下で、奥へと洞穴が続いているようにも見えている。
……ちょっと怪しい、ような。……それとも、私の考えすぎかな?
“ヘルベスの”――なんて、ちょっと意味深な名前がわざわざついていることだし……この池は、何かのクエストと関係がありそうなんだけど。
……なんて、私が考え込んでいると。
「ふーむ……失敗したっす。こんなことなら、トレイアで二人分の水着を買ってくるんでしたねー……」と、真剣な顔で独りごちるニア。「そうすれば、如何にもさりげのない自然な感じで……カナカナの水着姿とボディラインを合法的に堪能できたのにー」
――……何言ってるの。
買ってきて無くて良かった。危うく騙されるところだったよ。
……と、まあ、ニアの軽口は置いておいて。――ゲームの中とはいえ、本当に泳いで遊ぶのも楽しいかもだね。
†
それからしばらくの間、ニアと二人で遊んでいると……あっという間に時間が過ぎて、カニの湧き直しが始まってしまった。
二人で急いで足を乾かして、靴下と、靴を履いて――それから戦闘の準備を整えて、湧き直したカニと戦っている最中……
突然、元々私達が陣取っていた――岩場になった丘の向こう側から、なにやらぞろぞろと……結構な大規模パーティが現れた。
逆光になってしまって良くわからないけれど、その人数はなんと6人、7人……いや、8人は居るかも?
そんないくつもの人のシルエットが、私達の方を指さしながら、何かを話し合っているのが分かる。
……あらら。狩り場がかち合っちゃったかなー。
そう思いながらも、目の前のカニと戦闘を続けていると――。
そのうちの一人、両手持ちの大きな杖を携えた魔法職らしき女の子が、まるで私達を標的と定めるかのようにこちらへと手を差し出すと……――なにやら魔法の詠唱をし始めた。




