レベル上げをしよう(4)
ぺらぺらと……仲が良いのだか悪いのだかわからないくらいの距離感で、お話を続けるニアとルーシィさん。
「――まあ良いや。……つうかなんでアタシが〈鑑定〉鍛えてること知ってんだよ。ストーカーかよ、お前」
ニアを睨むようにして、ルーシィさんが言う。
「ブログ読んでますよ♪」
「勝手に読むなよ。うぜーわ」
「……というか、まだレベル18なんすねー? もっと上がってるかと思ったんですけど」
ルーシィさんの頭上、その名前の隣には『Lv.18』――と、キャラクターのレベルが表示されている。
「あー……」少し煩わしそうに、頬を掻く。
「ブログ読んでんなら見ただろ。10までは3日で上げたんだが……ま、そこまではチュートリアルみたいな感じなんだろうな。それ以降……特に15辺りからは相当経験値バーの伸びが悪くなってる。この様子だと、ゲームの本番は20から、って言ったところかねー」
「……流石にそろそろペース落とさねーとキツイかも」
「あはは。相変わらずっすねー……そんなに急いでどうするんすかー」
「お前に言われたかねーよ」
もうレベル18、というのもすごいけど……レベル10まで3日、って。……一体どうやったんだろう?
それなりにペースの早いつもりだった私でも、10日はかかってるのに……。
ルーシィさん曰く、モンスターもレベル10~15くらいを境にぐっと強くなっていくらしい。
やっぱり、そろそろ装備も揃えていかないと、だね。
†
「――さて、無駄話も何なので、ちゃんと紹介しておきますね」
ニアが、私を見て……それからルーシィさんへと手を差し出し、「彼女はルーシィ……、あれ、ええと」
言い淀んで、ルーシィさんのネームプレートを見るニア。
「……忘れてんなよ。……ルーシィ=クレア・グレイウィスカー。〈ローグ〉やってます。よろー」
「……あたしはルゥちゃんと呼んでますが、こう見えてギルド《アラネア》の幹部メンバーをやっている方っす。……がちがちの攻略組っすねー」
《アラネア》は……確か、前作『イルファリア・クロニクル』の時代から最先端に立って高難度コンテンツを攻略してきた、有名なギルドだったはず。
プレイしていたサーバーは違ったけれど……それでも、何度かその噂を耳にしたことがある。
その《アラネア》の幹部メンバー、ともなれば。……ルーシィさんはこう見えても、かなりの熟練プレイヤーなのだろう。
「で、こちらにおわすはカナトちゃんと言う……特に何の変哲もない、あたしの友達っすー」
「よろしくお願いします。〈ブリガンド〉のカナトと言います」もう一度、小さく頭を下げる。
「はいはーい。……で?」
で、の部分を強調するみたいに、語尾を上げるルーシィさん。
ニアが、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる。
「アタシは忙しいんだよっ。金曜の夜からほとんど丸2日は寝てねーし……――鑑定が終わったらすぐ寝て、夜からまたレイドすんだよ。どうせ攻略長引いて寝れねえし、そしたら朝からまた仕事だよ」
……うわー……。
この人、いわゆる廃プレイヤーさんだー……。
「で、なにを鑑定すんの? さっきはああ言ったけど無料でいいからさっさと出しな?」――つっても、しょっぼいもん出してきたらブチコロがしだけどな――小さく呟くルーシィさん。
……怖い……。
「――カナカナ?」
「あ、……はいっ」
短く返事をすると、髪に付けていたそれ――〈銀色の髪飾り(未鑑定)〉を外し、ルーシィさんへと手渡す。
「よろしくお願いします」
髪飾りを受け取ったルーシィさんは、それを……なんだか訝しげに、じーっと眺めて……
「――……いや、ミスリルじゃん。マジかよ」ぼそりと呟く。
「やっぱり、ルゥちゃんもそう思います?」
横から覗き込むようにしてそれを見つめるニア。
「思うも何も……これでミスリルじゃなかったら逆に笑うわ」
「――いや、意味わからん。なんでお前らがこんなモノ持ってんの?……くすねたとか?」「つか、……へー。リバースにもあるんだな、ミスリル。……って、そりゃあるか」
矢継ぎ早に言いながら、ポンポンと操作パネルを叩くと……手にしていた髪飾りがふわりと中空に浮かんで、ぼうっと光を放つ。
「静かにしてて」短く言うと――パネルへと視線を戻して、なんだか、別人みたいな真剣な表情を浮かべ……それを素早い手付きで操作し始める。
鑑定や、解錠などの一部のスキルにはちょっとしたミニゲームのようなものがあって……それをクリアしないと失敗判定となってしまう。一日の内にトライできる回数は決まっていて、何度か失敗を重ねると日を改めなければリトライが出来ないようになっている。
スキルを上げていくことで判定がゆるくなってミニゲームが簡単になっていく――という仕組みだ。
それからちょっとの間、しーん、とした静寂が私達を包んだ……かと思うと。
ちっ……と、――ルーシィさんが大きく舌打ちをした。
「……しくったわ。もっかいやらせて」
……それから、ルーシィさんは、失敗を何度か繰り返し……愚痴を呟きつつも試行を続けてくれた。
そして――。
「…………いよっし、来た!」
――大きな声が上がると同時に、浮かんでいた髪飾りがぱっと煌く。
「スキレベ170もアタシにかかればどってことないねー!」
言いながら、それを引っ掴むように手にとって……まじまじと眺める。
……すると、ルーシィさんのその表情から笑みが消え……なんだか、訝しむような目つきで、ステータスが表示されているらしきパネルをじいっと睨んだ後で……
「…………いやいやいや。……なんだこれ、どこで手に入れた?」
「――えー……43……?! …………いや、ヤバすぎだろ、43は……!」
……よんじゅうさん、って何だろう?
それから、ルーシィさんがのっそりと顔を上げたか、と思うと……
「…………なー、売ってくれね?」にっこりと笑って言う。
「いえ、それはちょっとー……。――というか鑑定結果は?」
そう言うニアを無視して言葉を続けるルーシィさん。「お前らどうせエンジョイ勢じゃんよ?! 宝の持ち腐れで豚に真珠だろーが! 今夜にもギルメンから徴収かけて……そうだな、40でどうだ?」「明日の夜には払えると思うんだが」
「えーと……すみませんが、ちょっとー。…………で、結果は?」
…………。
………………。
何も言わずに、じい、と睨み合う二人。
……ニアは作り笑いだけど。
「…………くそー、いっそ持ち逃げしてぇー」
やるせない、といった風に呟くルーシィさん。
「こらこら」
「これ、普通にメインタンク行きだろ。ブリガンドに使わせるのは勿体ねーって」
「――持ち逃げしたらやっぱりBAN食らうかなー。でもなー……このゲームの運営、クソ緩いしなぁ……」なにやらぼそぼそと呟いて、真剣な顔で考え込んでいる。
「おーい笑」
「ちっ……あーったよ」
「ほれ、カナトちゃん。……おめでとう――鑑定費は無料でいいよ」
ひょい、と差し出される髪飾り。
「あ、……ありがとうございますっ」
私が両手を差し出すと――手のひらの上に、ぽとりとそれが落とされる。
髪飾りをじっと眺めると、その上にぱっと……今までは見えなかった、アイテムの名前とステータスが表示される。
おお……、ちゃんと鑑定されてる。
……どれどれ?
〈亡きエレオノーレのミスリルバレッタ〉
防御:12 火耐性+8 風耐性+8 水耐性+8 土耐性+8
筋力に43のボーナス
クリティカルヒット発生時に10の物理ダメージを追加で与える
スタミナの消費をわずかに軽減する
推奨レベル:10
成長可能
『ある、悲運な最後を遂げた女性が身に付けていた髪留め。元は、数百年も前にとある貴族の女騎士が著名な細工師に特別に誂えさせ、家宝として代々受け継がれてきた一品であるのだが、その持ち主に不幸が相次いだため薄気味が悪いと売り払われてしまった。』
……ええ……?!
――ちなみに、私の現在の筋力値は78。これでもそれなりに高いはず、なのだけど……ここから43も上がるのなら、この髪飾り一つで1.5倍以上になってしまうことになる。
エレオノーレ、って誰だろう。思いきりアイテム名に亡きって書いてあるし……。
フレーバーテキストも……なんだか、意味深だね。
不幸が相次いだ……とかって。……なんだか、怖いけど……。
呪われているのなら、ステータスの場所へ呪われていると記されるはずだし。大丈夫、だとは思うのだけど……。
「うっわ……。なんすかー、これ」
私の隣で、髪飾りを覗き込んでいるニアが呟く。
「んなもんこっちが聞きたいわ。アクセで防御12ってのもかなりのもんだし……その上、若干のエレメンタル系耐性のおまけ付きと来てる」「何より筋力+43はヤバすぎるだろ。うちのリーダーが手に入れたばかりのボスドロップの両手剣でも+25とかだぞ」
「……出処くらいは教えてくれんだろーな、リック?」
「…………えーっ……困ったな。知りたいんすかー? ……どうしよっかなー笑」
なんだか、わざとらしく首を傾げるニア。
「おい」
ルーシィさんが苛立ちを滲ませた声で言うと……ニアは、あはは、と笑って。
「これはルゥちゃんと、ルゥちゃんのギルド内だけの秘密ってことで、と・く・べ・つ・に教えますけれど――……」
「……早く言えよ」
「…………実は、マーケットで見つけたんすよ」口元に手を当てて、わざとらしく声を落として言う。
「……えーっ……マジかよ。嘘くせーー!」「こんなアイテムが普通に店売りしててたまるかよ」
「失礼な。本当っすよ――ええと、アルドヴィンというおっちゃんがやってる店で…………なんだっけ?」ちらり、と私を見る。
「……カナトちゃーん。……こいつ嘘ついてない?」
訝しげな表情を浮かべているルーシィさん。
「本当です。ええと……『アルドヴィンの輝きの装飾品店』というお店でした。先週の――ゲーム内の日曜日の、〈ティグリア要塞〉前の広場のマーケットです」
「――そうそう、それっすー。……ちなみに、他にも結構な性能のマジックアイテムが並んでましたねー……」
「えーっ……」ルーシィさんは、なんだか不満げにしながらもうーん、と考え込んで……「うへー、マジか。……流石にマーケットはチェック外だったわ。サンキュー」
「次のゲーム内日曜っていつだっけ? 時間が合えば他のメンバーも連れて行ってみるわ」




