レベル上げをしよう(3)
――翌日の中央広場。
ニアと、狩りに行く約束をしていた日の、約束の時間。
狩り場というのは……ニアに言わせると、隠れた穴場的な場所で――経験値もドロップ品もかなり美味しいらしい。
……そんな場所、本当にあるのかな?
それから、なんとなく……昨日のことをちらちらと思い出したりしてしまいながら、ぼうっとニアを待っていると……
「カナカナー♪ ういーっす」
ふと声が響いて……顔をあげると。片手を上げにこにこと微笑んで、こちらへ歩み寄ってくるニアが居た。
その姿は……昨日ちらりと見かけた時のそれと同じ。
ぶかぶかでダメージ感のある――なんだか、古着屋さんで売っていそうな黒のプリントTシャツ。細い肩からだらーん、と垂れた袖部分からは細い腕が伸びていて……その上には、墨色のフード付きのクロークを羽織っている。
Tシャツの裾からはちらりと短めのショートパンツが覗いていて――そこからすっと伸びる脚と、その足元には、ぼってりとした大きめサイズのうさぎのルームスリッパ。
――ピンク色のそのうさぎは、らび丸と言うキャラクターらしい。
ここのところ毎日のように顔を合わせている……何の変化もないいつものニア、といった感じ。
髪型も――昨日は三つ編みだったそれが、いわゆるハーフツインテール――髪の一部をツインテールの位置へと括っている――へと戻っている。
「――……、うん。やっほー」
精一杯の笑みを浮かべて手を振り返したのだけど……
「……どしたんすかー? カナカナ、元気ない?」
首を傾げてニアが言う。
なっ……。なんでそんなに鋭いの。
「ち、違う違う。……すごーく元気、です」
両手を振って答える。
「??……なら、良いっすけど。――……おっ、いるいる」
ニアは、なにやらたかたかと操作パネルを叩いて、
「……と、いちおー確認っす。鑑定、出来ました?」――顔をあげると、私の髪に付けられている髪飾りをじーっと眺める。
「あ、ううん。……昨日、鑑定士さんを回ってみたんだけど……やっぱり、駄目だったよ」
「ですよねー。了解っす」そう言って操作パネルを叩くと……「ごめんっす。ちっと通話しますね♪」
私へと背中を向けて、誰かとゲーム内通話を始めた。
「……ルゥちゃん。お久しぶりっすー。」
「アドリックっす。――……この間、名前変えたんすよ。……今ちょっと良いっすか?」
「そうっすよー。……うるさいな笑」
…………誰と話しているんだろう?
私の知らない人、みたいだけど……――。
話を続けるニアの姿をぼうっと眺めながら、その通話が終わるのを待つ。
「…………まあまあ。そう言わずー。昔の馴染みじゃないっすかー♪」
「ちょっと鑑定をお願いしたくー……」
「まあまあまあまあ。そこをなんとか! 代金は必ず出世払いしますのでー」
「……いやー、今、本当に一銭もないんですよう。空オブ空。すっからかんっすー」
「……中央広場っすー。でっかい噴水があるところ。」
「あざっすー。恩に着るっす♪」
……そうして、手元のパネルをぽんと叩いて……通話を終えた。
「……ふー。相変わらずノリが疲れるー」
なんだか、薄ら笑いで目を伏せて言う。
「カナカナー。今からちょっとキャラが濃い感じのお姉さんが来ますけど、嫌わないであげてくださいね♪」そう言ってから――……なんだか、首を傾げて。
ずいっと――突然に顔を近づけてきたかと思うと……。私のすぐ目の前で、その手をぶんぶんと左右に何度か振って……
「本当に、どしたんすかー? さっきからなんだか……、ぼうっとしてるみたいですけど」
風邪……?と呟く。
「――……あ、ごめん。……なんだか、…………なんだろう?」
あはは、と――繕うように笑って言う。「……うん。ちょっと、寝冷えしたのかも」
「……エアコンのつけっぱとかー?」
そう言うと、私のおでこに手のひらを乗せて、それからニア自身のおでこにも手のひらを乗せて……熱を測るみたいにした後で
「――……って、分かるわけ無いっすねー」と笑う。
「あんまり、無理をしないでくださいね? ……なんなら、日を改めますー?」
「あ、ううん……大丈夫、大丈夫。――……えっと、鑑定を頼んでくれたんだよね? ――ありがとう」
「それはそうなんですけど。……まあ、若干に疲れる方なんで……あんまり構わないほうが良いと思うっす笑」
「好かれないようにうまく立ち回ってくださいね♪」にこりと笑って言う。
……え?
…………どういうこと?!
†
それから、ニアと他愛も無いお話をしながら……しばらくその相手――……ルゥちゃんさん?と呼んでいたっけ?――……を待っていると。
「……お、きたきた」ニアがぼそりと呟いて、広場へと向けてその手を大きく振る。
その方向を見てみると……なんだか、すごく可愛らしい感じの女の子がきょろきょろと辺りを見回していた。
――その背は、私よりもだいぶ低くて……ちょうど、小学校高学年の女の子くらいに見える。
南国風の……小麦色の肌色に、髪は明るいオレンジ色。頭の上にはいわゆるアホ毛が飛び出ていて、その頭には猫の耳がちょこん、と二つ。
トップスにはチュニック――と言っても、ぼろぼろの初期装備のそれではなく、ちょっとパリッとした感じの綺麗な品――の上に、身軽な雰囲気の革の胸当てを付けている。ボトムスはハーフパンツに、おしり部分からは猫のしっぽが飛び出ていて……それがふりふりと、左右に揺れている。
その頭上のネームプレートには、『ルーシィ』――と女の子の名前が浮かんでいる。
わ……、可愛い!
――……なんだ。どんな怖い人が来るのかと思って、身構えちゃったよ。
もう、ニアは……変な脅し方をして。
†
――女の子……ルーシィさんは、ニアが見つからないみたいで……――手を振っているニアをじっと見て、……それからもう一度、辺りをきょろきょろと見回して。それからまた、ニアを見ると……今度は、なんだか訝しげに――視力が悪い人みたいに目を細めて、じいー……、とニアを睨んで。
――その後でやっと、それがニアだと気付いたみたいで――私達の方へととことこと近づいてきた。
私達へと近づくに連れ、その顔には――なんだか、にんまりとしたような笑みが浮かんで……そして。
「……ちょお、お前。なにそれっ…………マジで誰だよっ?!」ニアへ向けて大きな声で言うと……ぎゃはは、と笑い声が響く。
えっ……、え……?!
その外見とは全く似合わない、ルーシィさんの喋り方に――……思わず、ぽかーん、と立ち尽くす。
「……見たまんまっすけどー。アドリックっす」
「ええーっ……。明らかに生成アバじゃんー…………。ありえねー」言いながら、じいーっとニアを睨むと――ぼそりと言う。
「……あ、わかった。買ったんだ」
「…………某オークションサイトで、ちょいちょいっとー」
首を傾げて、にっこりと微笑むニア。
「うへー……マジでアバター売買やるやついるんだなーっ。……呆れたわー。言っとくけど、誰かにリポートされて足ついたら普通に永BANだぞ?」
――……ニアは多分、説明するのが面倒で適当に流してるんだと思うけど。
アバターの売買なんて、本当に出来るのかな?
キャラクターのアカウント間の移動は出来ないはずだけど……。
「……って、よく見りゃ、この子もじゃん。――……てか、あんた誰?」
ルーシィさんが、じろりと私を見て言う。
「あ、と…………ニアの――ジニアの友達で、カナトって言います。よろしくお願いします」
失礼のないように、と頭を下げると……ルーシィさんは、何やら私をじいと睨んで……それから、頭の上に『?』マークを沢山浮かべている様子でちょっと考え込んでから……
「…………お前、友達居たんだ…………?!!」
信じられないものでも見た、といった様子でニアを見ると……目を丸くして言う。
笑みを浮かべたまま――その目元をぴくりと引きつらせるニア。
「……あっ、わかった。架空の友達用に端末用意して自動化アプリに仮想人格のMOD突っ込んで動かしてんだ。…………焦ったー」
ニアと私をきょろきょろと交互に見やった後でそう言うと……ははは、と笑って言う。
「――マジで失礼っすよー、ルゥちゃん。叩いてもいいっすか?」
微笑みの中に、どことなく苛立ちが浮かんでいる気がする。
「悪い悪い。ジョーーダン。……半分マジメだけど」
ルーシィさんは言いながら、じいっと私を見て……にっこりと笑って。
それから、一歩、二歩と歩み寄ってきたかと思うと。――すぅー、と自然な感じに、私のスカートの裾へと手を伸ばされて――…………思わず、咄嗟に身を引く。
「――あれ。逃げられちゃった笑」
「――……あのー……。あたしの友達をいじめないでくれます?」
「えーっ……、お触りくらいいいじゃんっ」
なんだか、ごねる時のような……わざとらしい口調で言う。
……どうしよう。
ルーシィさんは、名前も外見も、すごーく可愛いのに……
…………確かに、ちょっとだけ、苦手かも…………。




