レベル上げをしよう(2)
「あの子もめちゃくちゃ可愛くなかった?」
「……カスタムじゃね?」
……なんだかすっかりとテンションが上っている様子でお話を続ける、女の子の二人組。
「えーっ。……でもさ、男の人は――絶対にオートだったよ? ――っていうか、ふたりとも私服だったじゃん」
ポニーテールの女の子は、心なしかその瞳がキラキラと輝いて見える。
『カスタム』から外見を作成したキャラクターと、『オート』で外見を自動生成したキャラクターとではどことなく外見の雰囲気が違うらしく……その違いが分かる人に言わせれば、仮に服装を見なくても一目で分かるくらいには違う――……らしい。
ちなみに私は……誰を見てみても、わかるような、わからないような……? といった感じ。
「リアルでもスミ君に似てるのかなー。それとも芸能人に似せる裏技みたいなのがあるん?」
「わかんないけど……」そう言うと、はあー、と深ーいため息を吐いて……
「……あーっ……羨ましい……あんな風になりたいー」
もう一度、なんだか後ろ髪を引かれているといった様子で後ろを振り返る。
……なんだか私も気になってしまって、ちらりとその二人を眺めてみると……。
男性は、かなり背が高くて……いかにも女の子の目を引きそうな雰囲気。……それから女の子の方は、男性よりも一回り二回りは背が低く、線が細く可愛らしい感じの――確かに、現実の街を歩いていても注目を集めそうな二人組みだ。
女の子はエルフ系の種族みたいで、耳が尖っていて……銀色の髪を、耳の下で二つに括っておさげにしていて……――
……って、あれ?
その、妙な既視感のある後ろ姿に……思わず目を見張る。
……あれって、ニアじゃない……?
――……って、まさかね。
『銀髪のエルフ』は、イルファリア世界における〈グレイエルフ〉というエルフ系のサブ種族で……遠い遠い昔にこちら側の大陸へと移住してきたエルフの集団の末裔らしい。彼らは王や故郷を持たず、各地で〈ハーフエルフ〉等の種族と少数のコミュニティを作って都市部へと馴染んで暮らしている――と言う伝承を持つ。
髪の色は、種族ごとにある程度決まっていて、指定されたトーンの間から好きに選ぶ事はできるのだけど……グレイエルフの場合は、基本的に暗めから明るめの灰色、銀色からしか選ぶことは出来ないみたい。
そのため、『銀髪のエルフ』――つまりグレイエルフ自体は、トレイアでも時折に見かける見た目で……別に、ニアだけのものではない。
もし、ニアだったら……その髪色が毛先に向かってピンク色のグラデーションになっているので、毛先を見ることができれば間違いないのだけど。――その女の子は、髪を耳の下で括って、肩から前へと垂らしていて……後ろからは確認することが出来なかった。
……うーん。
……気になって、その場で〈フレンドリスト〉を開いてみると……さっきまでは居なかったはずのニアが『オンライン』になっている。
ついでに、昨日までは10だった筈のレベルが……もう11になっているみたい。
また抜かれてるし。……もう、いつの間に上げたのやら。
…………。
顔をあげて、もう一度例の二人を眺めていると……ちょうど、大きな十字路を右側へと曲がって行ってしまい、その姿が見えなくなった。
その時、ほんの一瞬覗いた女の子の横顔が、ニアに見えて……。
思わず、中央広場へと帰ろうと思っていたその踵を咄嗟に返し、二人を追いかけていく。
――……というか。あの子は、ニアに似ているだけでニアじゃないと思うし……。
前からちらりとその姿を窺って……やっぱり違う人だね!――と確認をして。それからログアウトをして寝たほうが、なんとなくさっぱりするでしょ?
†
二人の先回りをするために細い路地へと入って――それから、すぐに左へと曲がり――……見えてきた大通りを前に、一度深呼吸をしクロークのフードを目深に被ると。
それからばったりと鉢合わせたりしないようにと建物の影へと隠れて、例の二人を待つ。
ちなみに『イルファリア・クロニクル』でも、『イルファリア・リバース』でも……キャラクターが、フードを被ったりなどをすることで、ネームプレートを隠すことが出来る。
つまり……今、他の人の視界からは私の頭上に私の名前は表示されていない状態。
仮にあの女の子がニアだったとしても、相当に近づかれでもしない限りは私だとバレない……はずである。
……むむむ。
あれー。
歩いてこないなぁ……?
…………しばらく待ったのに、なかなか、姿の見えてこない例の二人。
だんだんもどかしくなってきて……思わず、路地からちらりと顔を覗かせ、通りを伺うと――。
……お、いたいた。
例の二人は……なにやら路地の手前で足を止め、お店の中を眺めて……なんだか楽しげに会話をしているみたい。
背の高い男性の影に隠れるようにして覗く女の子の姿。その見知った横顔に――……思わず、どきりと胸が跳ねる。
――ぶかぶかの黒いTシャツ。その裾からすらりと伸びた脚に、ぼってりとしたピンク色のうさぎのルームスリッパ。
女の子の見紛いようもないその姿は……間違いなく、私の友達――
『ジニア・ソーンブレード』こと、ニアのものだ。
銀髪の長い髪を、二つのおさげに束ねて胸の前へと垂らしていて――……私が、一番最初にニアを見たときの髪型に戻しているみたい。
……そしてその銀色の髪は毛先へと向かって、ピンク色のグラデーションになっている。
男性の方は……大学生……、か、それよりも少し上くらいの、落ち着いた顔立ちの……格好良いお兄さん。
髪色は眩しい金髪で、耳を覆うくらいの……少し長めのパーマ風。ライトグリーンの春夏らしいカーディガンにゆるりとしたベージュのズボンを穿いていて……どことなく、部屋着のまま外に出てきた、と言った雰囲気。
――あれ? ……この人、どこかで見たことがある気がする……ような。
二人は、すごく仲が良さそうで……何を話しているのかは知らないけれど。
楽しそうに笑うニアを見ていて……――なぜか、チクリと胸が痛んだ。
……あれ。
…………なんで……?
路地へと戻って……気持ちを落ち着かせるために、深呼吸をする。
別に……ニアが、格好良い人と歩いているから――だとか、そういうのじゃなくて。
悔しいだとか面白くないとか……そういう気持ちでは、決してなくて。
ただ――なんとなく…………モヤモヤする、というか……。
突然に湧いてきた、なんだか……気持ちの悪い、嫌な気持ちに――シャツの胸元を握りしめたまま、路地の石畳の継ぎ目をじいっと睨んで…………それから、ふと我に返る。
…………何してるんだろ、私。
ニアが誰と居たって――そんなのはニアの自由なのに……コソコソと隠れて追いかけるような真似までして。
……なんだか、馬鹿みたい。
ふぅ、と小さくため息を吐いて……それから通りへと背を向けて、来た道をとぼとぼと辿っていく。
ニアはニアだし、私は私。
知り合ったばかりで、何処に住んでいるかも、本当の名前も知らないし。逆に言えば……私だって、あまり知られたくないことを話さなくちゃいけないわけじゃないんだし。――……別に、それでいいと思う。
……普通に、お兄さんかも知れないし。……お付き合いをしているのなら――それは、素敵なことだと思うし……。
こんなことになるんだったら……最初から堂々と本人に聞いていれば良かったな。
……淀んでいる気持ちにフタをして、気持ちを切り替えて。
それから中央広場へと戻ると、そのままゲームからログアウトをし、すぐに寝る準備をしてベッドに入ったものの……その日はなんだか蒸し暑くて目が冴えてしまって。
結局、長い間寝付けなかった。




