マーケットに行こう(8)
「……はい、それじゃあ、付けてみるっすよー?」
――ぱちん、と音を立て――〈銀色の髪飾り(未鑑定)〉が私の髪へと付けられる。
付けられてみても……特には何も起きず。
……なんだか店主さんの口ぶりが怪しかったので、呪われたりしないかと少し怖かったんだけど……取り越し苦労だったみたい。
「――いやー……さっすがカナカナ♪ 何を付けてもよく似合う」
「――……そうかな? 自分じゃわからないけど……」
私を眺めて、うんうん、と頷くニア。
……なんだか妙に持ち上げるね?
「…………いや――確かに、似合うなぁ。斧のお嬢さんは面構えが端正だから、こういったシンプルなものがよく映える」
同じくうんうん、と頷いて、にっこりと笑う店主さん。…………この人、初めて笑ったな。
「なんすかー、おっちゃん。あたしには似合わないみたいな言い草っすね」
「いやいや。そういう意味じゃあ無いが――グレイエルフのお嬢さんは――……雰囲気が華やかだからな。もう少し派手なもののほうが映えるだろうよ。この髪飾りに関して言うなら――そちらの、大人しそうなお嬢さんだろうな」
「あっはっは♪ わかってるっすねえ。……いやー、なんだか欲しくなってきちゃいましたねー」
「これだけ似合うんだったら…………俺なら、買うがね」
そう言うと、にっ、と歯を見せて笑う。
「よーし、買った! ……ね? 買いましょう、カナカナ♪」
「えっ」
なんだか……すっかりノリノリになっているニアが、私の手を取り言う。
――えーと……。
買うも何も、無い袖は振れないよ……?
「やあ、そりゃあ何よりだ。……やはり一際に見目麗しいお嬢さんが一品物を買ってくれるっていうのは嬉しいもんだ。……あるべき場所に収まった、というところか。その髪飾りも喜ぶだろうよ」
笑顔を浮かべ、ニアの手を取る店主さん。
「ただ――……おっちゃん。残念ながら、あたしたちには金貨4枚までしか払えそうにないので、そこまで値段を下げてはもらえませんか?」
――そう、ニアが言うと…………。
店主さんのにっこり笑顔が、一気にげんなり渋い顔へと急降下する。
「――……いやあ、いくらなんでもそこまでは負からんよ、お嬢さん。……俺もそれなりの目利きだから、未鑑定だろうが品を見りゃあどの程度のモノかってのはわかるんだぜ。……この髪飾りは、しっかりとした店なら、下手すりゃ金貨が15枚、あるいは20枚……そんな値段で売られているような品だ。そりゃあ、間違いないんだ」
「――銀の純度も高そうだし……結構な年代物のはずなのに、手入れもきちんとされていた。その上、この素晴らしい細工だ」
「せめて、銀貨で480枚。――それ以下に引くつもりはない」
「いやいや、おっちゃんのことは信頼してますし、500の価値はあると思ってはいるんすよ。……ただ、残念ながら無いものは無い、としか。この子の手持ちとあたしの手持ちの全額を合わせて、えーと……」言いながら、ちらり、とこちらを見るニア。「カナカナの、確か――今の所持金は、銀貨が140と――」
「148枚だよ」
「……となると――合わせて、銀貨が412枚。これ以上はどうやっても出ないっす」
「…………」
顎を擦りながら――不満そうな表情を浮かべている店主さん。
――と、言うことは……ニアの所持金は……ええと、264枚あるのかな。
…………あれ。なんでそんなに持ってるんだろう。
ちなみに。『イルファリア・クロニクル』では、モンスターのドロップしたアイテムは、偏りがないようにロット(さいころを振って抽選することだね)され、自動的に同じパーティー内のそれぞれのプレイヤーへと振り分けられるようになっている。各々のプレイヤーが出来ることといえば、ロットインをするかパスをするかを手動で選ぶことくらい。
独自の分配方法を採用している固定パーティであったり……、あるいはパーティのリーダーさんが設定を変えている場合は、その限りではないのだけど。
その為、私よりもニアに多くのドロップ品が行く、ということはありえない。――……ということは、ニアは単純に私のニ倍近くゲームをプレイをしている、ということになるのだけど……。
私だって、結構遅くまで起きてプレイしているつもりなのに。ニアはいつ寝てるんだろう。
「――というか、今、銀貨を500枚持っている冒険者は存在しないと思うっす。――……それと確かに、この商品だけで見れば損になるかもしれませんが……まあ、考えてみてほしいっす。あたし達には冒険者の繋がりってやつがあるわけですよ」
「…………で?」
訝しげにニアを睨む店主さん。
「あたし達は、この一週間で100人近い他の冒険者とパーティを組んでます。当然、その半分は女の子なわけですよ?」
「フレンドリスト――ええと、友達の数は40人を越えました。中には可愛い装飾品を探しているって子もいっぱい居ましたしー、今、冒険者の大抵があたしたちくらいの貯金を貯めていて――みんな、武器も防具も品薄で困っている状態なんですよ」
「……そして女の子というものは、他の可愛い女の子の着ている服やアクセサリーをつい欲しくなってしまうものっ。――……よっく考えても見てくださいっす。こんなに素敵な子が、こんなに素敵な髪飾りを装備していたら――それはそれは注目を集めるとは思いませんか?」
ばっ、と……私の方へ向き直って、大仰に手を広げるニアと――そして、私をじいっと見て、むう、と唸る店主さん。
……やめて。なんだか顔が熱くなってきた……
「…………そしてそして。冒険者っていうのはっすねー、目を惹くものを装備して、ちょっと広場を歩いただけで――かなりの数のメッセージが飛んでくるんすよ。それ、どこで買ったの?どこでドロップしたの?ステータスを教えてくれ!、と言う具合にですねー……」
「パーティを組めば当然、装備の話題になります。この髪飾りだったら、間違いなく話題の種になるはずっす」
「その時、あたしもこの子も、おっちゃんの名前とこのお店の……、ええと……『アルドヴィンの輝きの装飾品店』の情報を宣伝すると約束しますよ。他にもすごく可愛い掘り出し物がたくさんあった――しかも、値段も負けてくれた――と付け加えておくっす」
「単に先行投資だと思って欲しいっす。追々に金貨数枚分は軽く回収できるはずですよ♪」
ぱちん、と片目をつぶるニア。
店主さんは……渋い顔を浮かべたまま黙り込んでしまう。
……それから、長いため息を吐いて――じろりとニアを睨むと。
「……良いだろう――持ってきな。……ちゃんと宣伝してくれよ?」
「やったーっ! あざーすっ♪ いやいやー、見た通りのイケメンっすねー、おっちゃん!」
「ったく、上手いこと言いやがって……」
私の目の前で握手を交わすニアと店主さん。
――おおー……、なんだか私を置いて話が流れていく。
「――支払いは銀貨400枚、ぴったりで構わないっすか?」
「それで構わんよ。……ああ、それと」
「――――取引の前に、一つだけ確認しておく。わかってるとは思うが……後から気に食わなかったからと言って返品しに来るなよ?」
「元より俺はその品を陳列していたわけじゃあないし、その鑑定結果までは推し量れん。どんな物が出たって、それはお前さんらの追ったリスクだ。――……鑑定出来なかったからやっぱり返す、なんてのも無しだ。――それで構わんだろうな?」
「うーっす。了解っす♪」
そう言って、敬礼をするニア。
それから……私が銀貨を140枚。ニアが260枚。合わせて400枚の銀貨を支払って……
私達は本当に〈銀色の髪飾り(未鑑定)〉を購入してしまったのだった。
†
店主さん――店名の通りアルドヴィンさんという名前らしい――は、普段は〈エトネア湖〉の湖畔にある〈エゼルニ〉という街(ここトレイアからは北東の位置にあるみたい)で小さなアクセサリー屋さんを営みながら、時折に買い付けを兼ね、結構な遠い旅路を経てトレイアへと出てくるらしい。
そして、他の商人さんと情報交換や取引などをし、マーケットへと出品をしたり、はたまた観光を楽しんだりもしつつ……しばらくの滞在の後、またエゼルニへ帰っていくのだと言う。
アルドヴィンさんにお礼を言って、それからマーケットを後にした私達は――今日はこのあたりでお開きにしようと話し合って、ログアウトをするために街の中央広場へ向かっていた。
ゲーム内時間は夕方の6時過ぎ。街はすっかりと夕日に包まれて、トレイアの砂色の家々は眩しいオレンジ色に染まっていた。
今日は(現実時間で)金曜日の夜だということもあり――テラス席などで軽食を楽しむ人達や、はたまた酒屋でわいわいと騒ぎ立てている人達やらでお店は賑わい、街には心なしか浮かれた空気が漂っている。
「買っちゃったね」
「あははー。……なんだか、相談もなしに決めちゃって、ごめんっす」
「ううん。それは良いけど。……どうする?」
「え?」
「この髪飾り。……ニアが使う?」
ニアは私を見て、驚いたみたいにぱちくりと瞬きをした後で――……それから、なんだか照れくさそうに言う。
「……あ、いえいえ。――筋力が上がるのであれば、是非、カナカナに使ってほしいっす。本当に似合ってるって思ったから、というのもあるので……」
「……?? だって、ニアが欲しかったから買うことにしたんでしょ? ――お金だって、ほとんどはニアが払ったんだし……」
……使いたいなら、遠慮をしなくてもいいのに。
私がそう言うと……ニアはなんだか、妙に勿体ぶったふうにして言う。
「……わかってないっすねー、カナカナ」
「特別にプレイヤースキルの高いエースプレイヤーに、メンバー同士の所持金を集めて装備を整え……そしてそのプレイヤーにゲームを運んでもらうなんていうのは――競技性の高いゲームでは普通によくある戦法っすよ?」
「――…………えーと、私、別に、……そんなにゲームは上手くないんだけど……」
……まあ、下手でもないけどさ。……ランキングだって、まぐれだって言ってるのに。
「ご謙遜っすねーっ♪ まあまあ……とにかくっ、その髪飾りはカナカナが使ってくださいっすー」
「……うーん。それは、嬉しいけど……でも、本当に良いの?」
ステータスがどうあれ――髪飾りは、見た目がとても可愛いし。なんだかプレゼントを貰ったみたいで……本当に、すごく嬉しいけど……。
「はいっ♪ ――……でも、もし技量が上がるなら……その時は、あたしが使ってもいいですか……?」
……そう言うニアの頬が、なんだか少しだけ赤いような?
「うん、それはもちろんだよ」
「――えへへー。……ありがとうっす♪」
言いながら――何故か、私の肩にどんとぶつかってくるニア。
……落ちそうになったハトタがびっくりしている。
ニアを見ると……なんだか、ニコニコとしていてすごく機嫌が良さそうだ。
……ちなみに、〈戦士〉や、私のクラスである〈ブリガンド〉のダメージは筋力に影響されるのだけど……ニアのクラス、〈ローグ〉のダメージは技量によって左右される。
ニアが、技量が上がるなら……と言ったのは、それが理由だね。
「……でもさ。肝心の鑑定はどうするの?」
「一応、アテはあるんすよー。……なんで、カナカナの方でNPCに鑑定を依頼してみて……それでダメそうなら、ちっとこっちでも頼み込んでみるっすー」
「えっ……スキル値170だよ? ……今、スキル値170を越えている人なんて、居るの?」
「昨日、150を突破したと本人がスクリーンショットと共にブログに書いていたんで。明日明後日には170も突破してるんじゃないかな、と。――……いや、承諾してもらえるかどうかはまた別の話なんですけど……」
……ニアってもしかして、顔が広いのかな。
その人……これだけ短い期間でスキル値を150も上げていることが驚きだけど……。そんな人と知り合いのニアもまた、すごい。
「……あ、そうそう。それと――完全にお財布が空になったところで。ちょうどよいことに、知り合いにめちゃくちゃ良い狩り場――というのを教えてもらったんすよねー♪」
「せっかくなんで、明日にでも、…………あ。」
「そうだ――明日は、ちょっとうちのママと買い物に行くのでー……明後日の日曜にでもどうですか?」
「うん、オッケー。行こう行こう」
「へへー。……さて、どう転がるやら」
楽しげに笑うニア。
鑑定結果は楽しみだけど……――でも、いざ鑑定してみてあんまり良くないアイテムだったら、流石にちょっと悲しいかも。
……なんて考えていた、その時。
びゅう、と強い海風が吹いた――かと思うと……突然、ハトタが私の肩を蹴って――ぱたぱたぱた、と翼をはためかせ、空へと上っていった。
そして、風に乗って建物の影に入ってその姿が見えなくなると…………それからもう、戻ってこなかった。
「…………行っちゃった」
「……何だったんすかねぇ」
髪を押さえて、ニアが言う。
……なんだかちょっとだけ、不思議な体験をした、気がする。
ハトタが居なければ、私はニアとは出会わずに一人でガサルさんのお店へと赴いて――多分、迷った挙げ句に辿り着けず、帰ってきていた。
そして――それから私達は、市場で斧を購入していた筈だった。
ハトタはまるで意思を持っているかのように、私達の運命を小さく書き換えた、のだけど……。
この一連の流れがクエストであったのなら、クエストとして〈ジャーナル〉に表示されるはずだけど、〈ジャーナル〉には一切の表示はなく――そしてそれ以前に、ゲーム的に意味を持つNPCは必ず『名前持ち』であるはずなのに、ハトタには――意味のないNPCがそうであるかのように、一切の名前がなかった。
そして……そのハトタが無理矢理に私と引き合わせたかのような――この不思議な髪飾りは、一体何なのだろう?
〈イルファリア〉では時々に……こんな、不思議なことが起こったりする。
これにてマーケット編も終了です。
ここまで読んでくださってありがとうございます、楽しんでいただけていたら嬉しいです。
次からは狩りの様子でも書いてみようかな……と思っています。
先行きは……書いている本人にもあまり見えていなかったりするのですが、どうなっていくのやら?
初期のお話のいくつかも全面的に書き直したいと思っているので……そのうちにでも更新できればと思います。
実はタイトルも改名しようかと思ってはいたりするのですが、こちらの方は特に良い案も浮かばず。
筆も、もっと早くなれたら良いのですが。
ともあれ。……そんなこんなですが、よろしければ、これからもよろしくお願いいたします。
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