マーケットに行こう(7)
突然飛んでいってしまったハトタを追いかけていく私達。
ハトタはかといって、飛び去っていくわけでもなく――私達の気を引きたい、とばかりに羽を使って――露店の木組みの上に乗ったまま、何やらジェスチャーを繰り返している。
そして、追いかける私達を弄ぶようにいくつかの露店から露店の間を飛び回って――それを何度か繰り返した後に、最後に私の肩の上へと戻ってきた。
……んん……?
何がしたかったんだい、君は。
私達の傍らには、……アクセサリー屋さんらしきお店があり、小さな木の看板が下がっていて――『アルドヴィンの輝きの装飾品店』とその店名が記されている。
ハトタは――なんだか、このお店になにかがある――とでも、言いたそうな雰囲気だったけれど……。
その中には、なんだかキラキラとした店名とは裏腹に……レンガ色のチュニックを着た栗色の髪の男性が、カウンターの上へと肘をついて退屈そうな表情を浮かべている。
その姿からは、売れ行きが良くなかったのかなぁ……、と勘繰ってしまうような空気が放たれている。
「こんちわっすー。おっちゃん、武器や防具はないんです?」
「…………見りゃわかるだろ。ここはアクセサリーが専門だ」
だらけた姿勢を崩さないままに、横目でニアを流し見る店主さん。
「やっぱ、鳥だから光り物が好きなんですかねー。もしかして自分が欲しいだけとか?」
ニアがハトタへと話しかけると……遅れてその存在に気付いた店主さんが、私の肩の上のハトタをじい――と訝しげに眺める。
「……なんだ?お嬢さん、テイマーかなんかか?」
「あ、いえ……そういうわけではないですが……」
「……なら、良いがな。最近は、ペットを使っていたずらをする輩なんかも居るらしいんでね」
全く、たちの悪いことを考えるもんだよ――と、店主さん。
店頭には指輪やイヤリングなどのアクセサリーがずらりとあり……カウンターの手前側には比較的安価そうな品々が少し雑に――そして奥側には目玉商品らしき品々が丁寧に、並べられている。
「……例えば、これなんかはいくらなんです?」
ニアが、カウンターの奥にある、宝石の嵌った小さな指輪を指さして言う。
「そいつはマジックアイテムの指輪で……値段は金貨6枚だ。グレイエルフのお嬢さんにぴったりだぜ」
覗き込んでみると……
――アイテム名は『琥珀の指輪』。防御力は無いけど、技量が9、HPが30上がるみたい。
「んー。悪くはないっすけど……」
悪くはないけれど……高いね。
これって、既に武器防具を揃え終わった人がそれでもまだお財布に余裕がある場合に、ステータスを突き詰めるために買う装備、だよね。
その隣りにある、大理石……?のような素材が金具でつなぎ合わされている……ブレスレットらしき一品。……これも素敵だけど……。
「お目が高いね、お嬢さん。……それは東国で買い付けられた象牙のブレスレットだ」
私がそれを眺めていると、店主さんが注釈を入れてくれる。
「魔力が上昇するマジックアイテムでもある。――今並べてる商品の中でも目玉の一品で、値段は――金貨が14枚と、ちょいと張るがね」
金貨が14枚……!
――と思ったけれど、このブレスレットは……なんと、MPが150も上昇するみたい。
とはいえ、私のMPは0――というかMPを使わないので、付けたところで意味がない。
……うーん。それにしても、高い。
良い品だとは思うけれど、完全に予算外。
カウンターの手前の、比較的お手頃な指輪やイヤリングなどは……その代わりに、上昇するステータスは地味である。
「……んー。これを買っても意味がないかもっすねー」
「武器や鎧なんかは飛ぶように売れてるんだがなあ……」
「まあ、買っていくのは冒険者っすからねー。……カナカナー、そろそろ斧を買いに行かないとお店が閉まってしまうかもっす」
「うん――」
私が返事をすると同時に……ハトタが、とんと私の肩を蹴って――ぴょん、とジャンプをし、カウンターの上へと着地。
そして、てけてけと商品が並べられているその上を歩き回り……店主さんの側にまで寄っていくと、なにやらその奥に置かれていた品を啄んで、ぽい、と放り投げる。
「あ……」
「ああっ、こら……!」
からからと音を上げ、銀色に輝く何かが転げてきて……身を乗り出し、それを覗き込む私達。
……なにこれ?
……名称は、『銀色の髪飾り(未鑑定)』。
(未鑑定)の部分までをも含めて、それがそのままアイテムの名称になっている。
ステータスや品質などが表示されるはずの部分にも、同じように『未鑑定』と記されているだけで、その効果の一切は隠されたまま表示されていない。
「…………いや、こいつは売り物じゃあないんだ」
私達が眺めているその品をさっとつまみ上げた店主さんが言う。
「――ふむ。まあ、“未鑑定”ですもんねぇ」
……未鑑定のアイテムかぁ。
そういえば、今作で見るのは初めてだな。
未鑑定の品はダンジョンの宝箱やネームドモンスター(名前持ちのレアな敵のことだね)からドロップする事があり、鑑定を終えるまではその効果が発揮されることはない。
「――そういうことだ。……なぜか知らんが、トレイアの腕利きの鑑定士にも鑑定出来ないと言われてしまってな……」
そう言うと、なんだか煩わしそうに頭を掻く。
ハトタが、してやったり――と言ったような表情を浮かべて、私の傍に戻ってくる。
……こらこら。いたずらは駄目だよ。
それから、その髪飾りを仕舞おうとする店主さん。それでもまだ、じー……、とその品へと集中する私達の視線に――……店主さんが言う。
「…………なんだ。興味があるのか?」
「見せてもらってもー?」
「……まあ、構わんが……。未鑑定だぞ」
ぽんとそれをニアの手のひらの上へと乗せる店主さん。
「……ふーむ。…………いやー、この細工がなかなかに素敵ですねー♪」
「――……そう。そうなんだよっ!」
どん、とカウンターを叩く。
……びっくりした。
「……いやー、それをわかってくれるとは、嬉しいねぇ。……モノ自体は、100年以上前のアンティークだとは思うんだが……これだけ状態が良いものはそうそうないぜ。明らかに名だたる職人の技に違いないと俺は踏んでるんだが――…………銘も印も、一切無しだ」
私も、隣からそれを覗き込む。
…………ん。
……あれー……?
一見すると銀色のその金属。間近でよく見ると……少し、他の銀製品とは色のトーンが違う。
……そして、その色味は……気のせいでなければ、私が前作『イルファリア・クロニクル』にて見知っていた魔法金属、『ミスリル』のそれと酷似している――…………ような気がする。
前作『イルファリア・クロニクル』のミスリルは――ゲーム中盤から後半にかけて登場するレア素材で、『ミスリル』とつく武器防具はどれもかなりの性能を誇る。……それらの鉱石や装備品は、一見をすると『銀』なのだけど……じっくりと見ると、薄っすらと色や輝きが違うのだ。
そのためプレイヤー間でも、素材アイテムである銀鉱石とミスリル鉱石を遠目で見間違える、なんて言うことはよくあった、のだけど……。
「――……ただ、何故か鑑定ができん。おかげでとんだ大損だよ」
「欲しいんだったら、安くしとくぜ。……なにやら、力が強くなる髪飾り、らしいんだが――……」
店主さんの表情が曇って、なにやらもごもごと言い淀む。
――力が強くなる……と、いうことは筋力が上がるのかな?
アイテムの説明文には『未鑑定』とだけ書かれていて……筋力が上がる、とは書かれていない。
……仕入れた人だけが知る情報、というやつなのかな?
アイテムのステータス欄には何も表示されてなく……その最後には『必要鑑定レベル:170』との記述がぽつりとある。
……え?
…………ひゃくななじゅう……!?
――その要求スキル値の高さに、思わず目を丸くする。
私達が普段集めているような素材は、(クラフト系の、だけれど)必要スキル値が5~30程度が良いところで――必要スキル値が100超えと言うもの自体、初めて見た。
それと、現時点の『イルファリア・リバース』にて何らかのスキル値が170に到達しているプレイヤーさんは……多分、居ない。
〈鑑定〉はクラフト系のスキルではないので…………武器を一本製造するのにも多数の工程を必要とする〈鍛冶〉などのスキルと比べたら、少しは上げやすいかも知れないけれど……。
スキルの系統としては、〈解錠〉とか〈罠解除〉……そういうものに近い、かな。
「……『髪飾りらしいんだが――』の続きはー?」
「――ん……、ああ、いや。…………肝心の鑑定が出来ないんではな」
店主さんは……なんだか、的を得ない返答だ。
明らかにミスリルらしい輝き。しかも力?が上がって、見た目も可愛い…………けれど未鑑定、かぁ。
鑑定の必要スキルレベルが170という時点で……どことなく、すごい掘り出し物なのでは? ――という気もするし……逆に言えば、必要スキル値が高すぎてしばらくの間は鑑定をする目処も立たないわけで……。
そして、未鑑定の品は身につけたところで何の効果も発揮しないので…………なんというか、オシャレアイテムとしての価値しか無い、ということになる。
「ちなみに、売値をつけるとしたらー?」
なんとなくニアが食いついているので、ニアもその素材がミスリルであるかも知れないことに感づいているのかも。
外行きのスマイルを浮かべたニアを前に、店主さんは少し悩むようにして、ううむ――と唸る。
「――……そうだな。金貨5枚、といったところでどうだ」
金貨5枚……つまりは銀貨500枚。
……うーん、残念。……ちょっと、手が出せそうにないね。
というより、今その額を個人で持っているプレイヤーさんはほぼ居ないと思う。
はあ、とため息をつくニア。
「たっかいっすねぇ」
「これでも高いのか? ……未鑑定っていうのもあって、これでも安くしてるんだぜ。マジックアイテムなのは間違いないし……細工を見りゃあ明らかに、金貨10枚はくだらない品の筈だ」
「――……まあ、折角だから試着くらい良いっすよね?」
「……ふむ。構わないが――……」
「カナカナー。動かないでくださいね♪」
「――…………ああ、まてっ!」
ニアが、私の髪に髪飾りを添え当てようとした時……それを見ていた店主さんが、何やら突然、大きな声を上げる。
……びっくりして、ぽかんと店主さんを見つめる私とニア。
「――……あー、そのー……、なんだ……――お嬢さんらも冒険者だからわかっているだろうが……未鑑定だからな。何があっても自己責任で頼むぞ。――なにせその品は……――」
そこまで言って、――一瞬、しまった、といったような表情を浮かべた後――口を噤んだ。
「――……その品はー?」
にこりと笑ってニアが突っ込むも……
「…………いや……、こちらの話だ」
知らぬふりを決め込むつもりらしく、教えてはくれない。なにやら言い淀むように視線を逸しているその顔色が、少し翳っているような…………気もする。
……なんだか、意味深だな……?!




