マーケットに行こう(6)
「ニアは……やっぱり、武器狙い?」
「んー……」
聞いてみると――なんだか渋い顔を浮かべるニア。
「というか……あたしは、価格が落ち着くのを待って……今はドロップを狙ったほうが良い気がするっすー」
「人形のMOB(モンスターなどの敵のことだね)――賊やゴブリン、スケルトンなんかは、武器や鎧などを稀に落とすみたいですし。そいつらを狙ったほうが手っ取り早くないですか?」
「……うーん。確かに……」
でも、それを言うと、ここに来た意味が無くなっちゃうけど。
「……あはは。――まあ、せっかくなんで掘り出し物狙いで短剣でも探してみますかねー。あたしは革鎧に関しては割とどうでもいい……と言うか、今のらび丸のルームスリッパがかなり見られるんで気に入ってるっす♪」
確かに、私とニアが一緒にパーティに入ると――ニアのスリッパ(らび丸というキャラらしい)の話題が得てして必ず一回は上がっている気がする。
そしてニアは、そういった子たちとすぐに友だちになって――フレンドリストを日々膨らませているみたい。
……ちなみに、ニアのフレンドリストは『そろそろ40人に届きそう』らしい。――私のフレンドリストはと言うと――まだ、たったの数人なのだけど……。
「――……大体……あのめんどくせー女がねちねちと……あたし達の装備が初期装備だーのなんだのと言い出さなければ、別に昨日のパーティだって揉めなかったんすよ。……それを……――」
「あ」
通りすがった露店に、革鎧の全身セットを着たマネキンが立っていて……、ふと足を止める。
「――お。革鎧じゃないですかー」
「うん」
……値段は……書いてないね。
お店には、なんだか……少しがらの悪そうな男性が、退屈そうに座っている。
「こんにちは。その、……この革鎧のセットはいくらですか?」
一応、聞いてみると……。
「キャップ、グローブからブーツまで……全部まとめて金貨10枚だ」
男性は、私を値踏みするように眺めてから……あまり興味も持てなさそうにぼそりと言う。
「……今すぐ買わないと無くなっちまうぜ。仕入れていた分は午前のうちにぜーんぶ売れちまった。下手すりゃ、マーケット中でこれが最後の一品かもしれねえな」
……え?
金貨10枚? ……銀貨じゃなくて?
――……このゲームでは、銀貨が100枚で金貨1枚なので……、つまりは銀貨が1000枚ってこと…………?
「……うっわー。すっげーボッタク」
『うわーーっ…………!』
傍らに立つニアに肩をぶつけると――その悪口が聞こえないように声を被せる。
「――び、びっくりしたー。……どうも、ありがとうございました。あははー」
露店の男性は――私への興味が失せたみたいにして、何の反応も返さなかった。
……うーん。こんなに高いとは思わなかった。
「ばっかじゃないっすかー、アイツ。胴鎧でも80前後の筈っすよ、本来なら」
「……うーん……」
「マジックアイテムでもなんでも無いただの鎧が……――さすがにありえねーっす」
……実は、私が前作――初代『イルファリア・クロニクル』を始めたときには――もう既にゲームの末期で、多数の拡張パックがリリースされていて……レベル30くらいまでは簡単に上げることが出来たんだよね。ギルドに入ったときにも、余っているからと色々な装備品を譲ってもらったりもしたし……。
当時の最高レベルは90で……、レベル80から90くらいまでは流石に大変だったけれど。
――こうして『イルファリア・リバース』をプレイしていると……みんな、消耗品の資金繰りにも四苦八苦していて――なんだか、別のゲームって感じだね。
†
……それから私達は、しばらくの間マーケットを見て回ってみた。
鎧は、売ってないわけではないけれど、どれも高くて――結局諦めることにしたのだけど……、
ただ、武器はちょっと良い感じのものを2本、見繕う事ができた。
まず、一つめは〈スチール・グレートアックス〉という両手持ちの斧。
こちらは、攻撃力が22の、攻撃速度は『とても遅い』。
推奨レベルは13で、そのお値段は銀貨で95枚。
私が今使っている〈古びた大斧〉は、同じく攻撃速度は『とても遅い』の、攻撃力が12なので――戦力的にはかなりの補強にはなる、……と思う。
武器は本来、銀貨で110枚のところを――私に斧が似合っているからと95枚に負けてくれるという。
いわゆる売り文句?なのかもしれないけど……――でも、斧が似合う女の子ってどうなんだろう?
もう一つの候補は、〈シルバーエッジ・ラブリュス〉という名前の――こちらも両手斧。
こちらは、攻撃力が17――攻撃速度はやっぱり『とても遅い』の、推奨レベルは9。……ダメージは結構落ちてしまうのだけど、なんとマジックアイテムで、筋力が6、敏捷が6、それから対闇耐性が20上がると言うおまけ付きだ。
効果自体は地味だけど……――『魔法武器』は、一部の――例えばゴースト系などの敵にダメージが通りやすくなるので、そっちはとても重宝しそう。
――ただし、こちらは銀貨160枚とちょっとお高くて、やや予算オーバーである。
店主さんは頑固そうな人で、一品物だからと値下げ交渉にも応じてくれそうにはなかった。
ちなみに、武器の『攻撃速度』は、とても遅い・遅い・普通・早い・とても早い――の、5段階表記なのだけど――
表示自体は同じ『とても遅い』の武器でも、使ってみると体感できる程度のずれがあったりして――あまりアテにはならなかったりする。
この『イルファリア・リバース』には武器が数え切れないほど存在している上に、それぞれのプレイヤーによって扱い方は変わるし……、自分の使用感以外では、一概にどちらが強いとは言い切れないのだ。
しかも、聞いた話では――まったく同じ名前、同じ見た目の武器でも、品質の差などから性能が若干変わってきたりもするみたい。
そして当然、2本の武器を実戦で試させてもらうわけにはいかないので、ある程度は直感で選ばないといけない。
――……ということで私は、どちらを買うかかなり悩んで――ニアとも相談した結果、ひとまず今日のところは〈シルバーエッジ・ラブリュス〉の方を購入しておこうか、と言う話になりつつあった。
ちなみに予算オーバー分はニアが払ってくれるというので……ここはひとまずニアから貸りておいて、そのうちに返せばいいかな。
「――よし。それじゃあ、私は『ラブリュス』の方を買っていくことにするね。……ニアはどうするの?」
ゲーム内時間は午後の5時30分。そろそろ買うものを決めておかないと、日が沈んでマーケットが終わってしまう。
「うーん。……やっぱり、あたしは貯金してもいいっすかねー……? 面倒くさい奴に嫌味を言われてもあたしは別に気にならないですしー……」
……と、ニアは言うけれど。
実は、結構気にしていたみたいで……昨日のそのパーティ(軽い言い合いみたいになって、空気が悪くなって解散になってしまったんだけど)の後も、しばらく愚痴っていた。
「うん。わかった」
くすりと笑って、返事を返す。
「――……カナカナは、あたしの武器が弱いとやっぱり嫌っすか?」
「?……それは、強いほうが良いに決まってるけど。別に、そのままで良いよ?」
私が言うと――……ニアはなにやら、私の顔をじーっと見て……それから、口ごもりつつ言う。
「…………あのー。……時々思うんすけどー……、カナカナって、本当にあの『ラグヴァルド』なんすか?」
「そうだけど……、どうしたの?」
私が知る限り、他にラグヴァルドは居ないと思うけど……藪から棒だな?
「…………そのー、掲示板とかの評判を見る限りは、鬼のようなやりこみプレイヤー、っていう印象でしたし……」
「カナカナって、あたしの知ってるランカーとか上位ギルドの連中って、……ちょっと違うというか。あたしの周りには……もっと、ガツガツしてて面倒臭いやつが多かったので……」
「――……あははっ。そうかも」
なんだか、面白くて……つい、笑ってしまった。
――確かに、そう言われてみると……私が所属してたギルドの人たちは、みんな、ちょっと変わってたなー。
メンバーは上手い人ばかりだったけれど――なんていうか、気軽にゲームを楽しんでいる人が多かった。
『イルファリア・クロニクル』のコツは、結果を急がずに今を楽しむことだよ――とか、アイテムよりもプレイヤーを大事にするんだよ――とか。……なんだか、そんなことをたくさん教えてもらった。
ギルドの空気は朗らかだったし、一緒にプレイしていて楽しい気持ちになる人たちばかりだった。
私は、ギルド内では年齢も性別も隠してプレイしてたんだけど。……今から考えてみると、その事もバレていたのかも――なんて思ったりもする。
「あの一位は……まぐれみたいなものだと思ってるんだー」
私が言うと……ニアが、なんだか私をじーーっと見て…………それから、にいと笑う。
「――それじゃあ、買い物は見送ることにするっす。あたしはなんていうか……良いもの一品だけをどーんと買いたいたちなので」
「……あ、うん。――……それじゃあ、今日は私の斧を買って終わりにしようか」
「はい♪」
――と、その時。
なんだか、大人しくしていたハトタが途端に目覚めて……私の手の中、きょろきょろと辺りを見回し始めた。
あ、起きた。
――と思ったら、……私の肩の上へと飛び乗って――なんだか、くるくると鳴きながら、私の髪を引っ張りはじめる。
「あいたた。……どうしたの?」
……今までずっと大人しくしてたのに。
「やっぱり、今は買うなってことなんじゃないっすかねー。ねえ、ハトタ?」
すると……とん、と私の肩を蹴って飛び立つと――すぐに近くの露店の上へと降り立って、それからこちらを見て、ばさばさ、と羽を動かしている。
……あれ、飛べるんじゃん。
「…………なんだろう?」
「……こっちへ来い、って言ってるんでは?」




