キャラクターを作ろう(2)
――ひっ……、わああ……ッ!!
目を瞑り、体にぎゅうと力を込めたところで……落下は止まらない。
――空に見えていたそれは、広大な海の上に浮かんだいくつもの雲で……鏡のように輝く水面に、連なる島々に、黒い影を落としている。
真っ青に輝く目の前の景色に対して、背後には吸い込まれてしまいそうな深い暗黒――宇宙空間が広がっている。
横を見れば、宇宙と大気の層の境目がまるで水平線のように真っ二つに世界を両断している。
『ごごごご……!』、と――地鳴りのような音は次第に激しさを増していき……、
その、巨大な大気の壁を掠めるように――斜めにその中へと突入していく。
……ひいい……!!
げ、っ、ゲーム、ゲーム! ……これはゲームだから大丈夫うううう!!
――まるで空を切り裂く流れ星のように、私の身体がごうと青白い光に包まれて……、それからばたばたと音を上げて私の服が翻り始める。
あぶあぶあぶあ……!
その時、ぱっと――……私の目の前にゲームのロード中に出てくるような横長の進行バーが表示されたかと思うと、風の轟音が少し静かになって……
1%、2%、と、ゆっくりとそれが伸びてゆく。
『データのダウンロード中……』という文字と――その下にはなにやら無数のデータを読み込んでいるらしい英語の文字列が、目には見えないほどの速度でぱたぱたと表示されていく。
空が次第にその青さを増していき――いくつもの雲が現れ、私へと迫り、すごい速度で通り過ぎてゆく。
やがて、その雲の内へと叩きつけられるように突入。暗く、灰色の雲の中――大粒の雨の束を突き抜けるようにし、それからいくつもの雲の層を落ちた先に、いきなり真っ青な空が広がって……ひたすらに私の身体は落ちていく。
†
やがて進行バーが100%へと至ると、ぱっとその表示が消え……それからふわりとした上昇気流に乗るかのようにし、私の身体がゆっくりと中空に留まる。
――……未明の朝焼けのような、透き通るような薄く青い空。
びゅう、と吹き荒ぶ、頬を切るような冷たい風。
私の視界に、飛行機の窓から覗くような――遥か高い場所から見える壮大な景色が、一面に広がる。
遥か足元の、その雲の下にはまるでミニチュアのような中世の街がひろがって、ぽつぽつとオレンジ色の灯りが寂しげに輝いている。
――弧を描くような地平線と、いくつもの山々。
日の昇りつつあるその空を背にして、数体のドラゴンらしきシルエットが遠くへと飛び去っていく。
それから、私にとっては酷く懐かしい『イルファリア・クロニクル』のテーマが流れ出したかと思うと――、その景色の上に、どーん、とゲームのタイトルが浮かび上がる。
『イルファリア・リバース』――という大きな飾り文字と一緒に『地平線の果ての聖歌』と、ゲームのサブタイトルが躍っている。
それから最後に、私の手元へとメニュー画面が表示されて――……ふーっ、と長い息を吐く。
…………と、とうとう来たね、イルファリア・リバース(の、メニュー画面)に……!
……よーし……。
……。
――……やっぱり、ちょっと待って……。
私の心臓が、未だにばくばくと大きな音を上げている。
ううっ、ひどい目にあった……。
――ぜえぜえ……。うぷ。
多分、色々とゲームのデータをダウンロードしていた、みたいなんだけど……落ちていくそれがやたらと迫力があったせいで、無駄に体力を持っていかれてしまった。
……って、まだゲームを始めてもないのにこんなに疲れてて、どうするの、私……。
シミュレーションの強度は、ゲームごとに何段階かに調節できる――と、どこかで読んだ気がするし……この様子だと、少し強度を弱めたほうが良いのかも。
†
それから、ゆっくりと深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けて……よし、と気合を入れ直してから、目の前に表示されている〈新規キャラクター作成〉という文字をタップする。
――すると、ぱっと枠の中の画面が切り替わりキャラクター作成の為の画面が表示されて……中には名前を入力する空欄や、種族を選択するためのリストなどが並んでいる。
さて、肝心の『キャラクター作成』、なんだけど……。
作成する予定のキャラクターは既に決まっていて、名前も見た目も職業もなにもかも……私が前作『イルファリア・クロニクル』にてプレイしていたキャラクター、『ラグヴァルド』と全く同じにするつもりだったりする。
――ラグヴァルドは各地を放浪し日銭を稼いでいる歴戦の傭兵で、クラスは〈バーサーカー〉。
顔に大きな傷痕の残る雄々しい雰囲気の男性で……戦場では巨大な斧を振り回し、嵐の如く暴れまわる。……のだけど、その内面は心優しく、弱き者の味方である――……と言う設定。
どうしてそんな風にしたのかと言うと……、実は、当時ハマっていたアニメのキャラクターに影響を受けたからだったりして。
と、言うことで……キャラクターの名前欄に『ラグヴァルド』と入力し……
次に、種族は〈ノルン〉を選択。
――すると、ぱっと場面が移り変わって、私の周囲の景色が北方の村のような場所へと変更され――、
それから、どーん、と。私の目の前にどっしりとした体格の、金髪の男性が現れる。
……おおー……。
〈ノルン〉とは……――人間種『ヒューマン』のサブ種族で、イルファリアの世界における、遠い北の大地に住んでいる部族の集団のこと。
私達の世界で言うところの、いわゆる『ヴァイキング』――西暦800年から1100年頃、北欧から発しヨーロッパの各地を荒らし回った民族――、をもじったような感じかな?
男性はその左手に木製の盾と、右手には大きな戦鎚を手にし――なんだか戦闘態勢のようなポーズを取っている。
息はしているけれど、その状態から動かないので……、なんだか動くオブジェのようにも見える。
キャラクターはデフォルメがかかっていて、写実的ではないのだけど……。それでも、目の前に等身大の(しかも、私よりも一回り二回りは身体の大きい)男性が突然現れると、迫力がある――……というか、ちょっと怖い。
「……えっと、こんにちは?」
一応、声をかけてみるけれど――……当然ながら、なんの返事もない。
「失礼しまーす……」
その、構えられた盾へと腕を伸ばしてみると――私の指先が、ぺたりとそれに触れた。
……ほわー。
ちゃんと触れるんだね。
金属で縁取られた盾の縁部分はきんと冷たく――そして、その木製の表面には木のざらざらとした手触りがしっかりとある。
――ふむ、ふむ。
――……うわー。腕、太いなぁ……。
その男性の周囲を歩き回って――じっくりとそのキャラクターを眺める。
――髪型はいわゆるツーブロック――側頭部を刈り上げているようなスタイルで、無精髭が顎からもみあげのあたりを覆っている。
年齢は20代後半くらい、かな。顔立ちはなんだかごつごつとしていて……その目は、闘争心に輝いている。筋肉の鎧で覆われたようなその体――腕には大きく、ヴァイキングの文化を彷彿とさせる、紐を編んだような模様のタトゥーが入っている。
服装は、いかにもRPGの初期装備、といった感じの――麻っぽい生成りのチュニック(シャツのような、昔の服だね)に、擦り切れたズボン。
服はあちらこちらリペアの痕でぼろぼろ。チュニックの腰のあたりを使用感のある革のベルトで巻いていて、そこから革の小物入れを下げている。
……うーん?
格好良いけど、私のラグヴァルドはもっと渋くて、年上で、黒髪で――……歴戦の傭兵っぽい感じなんだよね。
ちなみに、人間『ヒューマン』は、もっと文明的な雰囲気で、線が細い感じ。
……ノルン、ヒューマンの他にも、サランという砂漠の民族だったり、はたまたエルフやドワーフなどの定番から、亜人種や獣人種などなど。……多様な種族の中から、キャラクターを作成することが出来る。
……そういえば、今作のエルフはどんな風になっているんだろう?
ふと気になって、〈エルフ〉を選択してみると――、
ぱっ、と――私の周囲の景色が、白い建物の並ぶ壮麗な都市の中へと書き換わり――それから、金髪に三つ編みの、なんとも美人な女性が現れる。
陶器のような白い肌。耳は尖っていて、木製のうねった杖を構え……なんだか物憂げに視線を逸らしている。
革製の鎧の上には白いローブを羽織っていて、その隙間からちらりと素敵な太ももを覗かせている。
おおー……。これはこれで可愛いね。
思わず、ぺたぺたと彼女に触れてみる。
ふふふ。
……いきなり怒り出したら嫌だなー。
……。
ぺたぺた。
………………。
…………うーん、これは、エルフで魔法使いプレイも面白いかも知れないね……!
――……って、危ない危ない。
つい、脱線しかけてしまった。