マーケットに行こう(5)
私は手持ちの素材を全てカウンターの上へと取り出し、広げると――それからガサルさんが品質の査定などをしている間、店内を見せてもらうことにした。
棚の中には、私の見たことのない不思議な品がたくさん並べられていて――棚の中に入らないものは、壁から大量にぶら下げられていたりと……なんだか大分、ごちゃごちゃとしている。
金属製のポットや香炉、それと、絹らしい織物に、ラグやカーペットなんかも丸まったままに置かれている。
ふと、その中の一つの品が目にとまって――じいっと眺めてみる。
……これは、なんだろう?
瓶の中に割れた石のような物体が、あたかも貴重な品であるかのように収められている。
「……この、石みたいな物体はなんですか?」
「んん?……――ああ、そりゃあ、香木の樹脂だよ。乳香や没薬なんかだな」
「――炊いて香にしたり、薬学や錬金術関連の素材にも使う事がある」
…………ふーん。もし、必要になったら覚えておこう。
「……この店は、名前の通り――こっちの方じゃ手に入りにくい東方の交易品なんぞを扱ってるんだが、素材の買い取りもやっている。口コミで冒険者が押し寄せてくるようになって、今じゃこっちのほうがメインになりそうな勢いだがな」
「……まあ、表通りの店なんかじゃあ煙たがらちまうような客ばかりさ。――いや、お嬢さん達のことを言ってるわけじゃあ無いがな」
「私、〈ノルン〉だから……。結構大変です」
「――あたしも〈ローグ〉なんで、正直、あんまり良い顔はされてないっすねー」
「ははは――よし、終わったぞ」
紙に何やら書き込むような音と、それからぱちぱちとそろばんを弾く音が響いて――ガサルさんが言う。
「すべてまとめて銀貨73枚で買い取らせてもらおう――……と言いたいところだが、更にユリの友人だからということで色も付けて、80枚でどうだね」
「ええっ…………本当に、良いんですか?」
思わず、声を上げる。
普段、私が利用しているお店だったら――これくらいの量の素材を集めても、行って50枚が良いところなのに……。
「ああ、勿論」
にっ、と笑うガサルさん。
それから、何やらじゃらじゃら――と貨幣のこすれる音が響いて――銀貨の入った、ずっしりとした重みのある袋を受け取る。
「まいど。――――紹介が遅れたが、俺は店主のガサルと言う。これからもご愛顧のほど、よろしく頼む」
小さく頭を下げるガサルさん。
「私は、……ええと、冒険者のカナトです。その、今日はありがとうございます。――絶対にまた売りに来ますっ」
「そりゃあ、嬉しい限りだ」
ははは、と笑うガサルさん。
それから、銀貨を所持品内へとしまうと――私の所持金が銀貨で148枚にまで増える。
なんだか、一気にお金持ちになった気分だね。
「あのー、ついでにあたしはジニアと言います。――あたしも次からはここに売りに来るかもなんで、よろしくっす♪」
「おう。是非ともよろしく頼むぜ」
「――……ところで、このお店には武器や防具なんかはないんです?」
「あるにはある――というより、あったんだが……すまないが、この数日で飛ぶように売れちまった」
「あちゃー。そうでしたか……」
どうやら噂は本当みたいっすねー、と呟く。
「……噂って?」
「武器や防具がやたらと売れていて、品薄になっている――っていう噂っすね。…………中でも革鎧が異様に高騰しているらしく、『高騰している』という噂がプレイヤー間に広まって、なおさらにプレイヤーが革鎧を買い漁って、更に高騰するという悪循環が起きているとか」
……そういえば、先日パーティを組んでいたときに、そんなことを話しているプレイヤーさんが居たような。
「……噂も何も、そりゃあ単なる事実だな」
と、ガサルさん。
「ちなみに、革鎧の今の値段はわかりますー?」
「……ううむ――いや、値段までは。ただ、革製品全般はこの一週間で二倍近くにまで跳ね上がってる。鎧だけじゃなく、馬の鐙やら、ベルトだのバッグだの、何から何までだ」
「……あらまー」
「――そうなんですね。私、革鎧が欲しかったのに……」
「今、買うのか?――……俺なら買わないがな」
何やら考えるようにして言う。
「こういった素材――――例えば、お嬢さんが売った素材の中に狼の毛皮やらイノシシの皮なんかがあったが、これらもゆくゆくは衣類や防具に加工される。――皮をなめすのに少々時間は掛かるがな。……そんなわけで、焦らず待てば必ずそのうち下がるんじゃないか、と俺は踏んでるぜ」
……なるほど。それなら、革鎧に関してはしばらく様子を見てみたほうが良さそうだね。
「ちなみに、武器の方の値上がりは――剣や杖が特に酷いみたいだな。それ以外はそれほどでもない、と言った様子らしい」
……ふむー。
剣技のアクションが格好良い〈ナイト〉や〈戦士〉などのクラスや、女の子でもプレイしやすくて見た目もかわいい〈メイジ〉系の魔法使い職は、プレイヤー間でも特別に人気だからね……。
「……まあ、どうあれ――ウチには、作ったばかりの革鎧だったり、打ったばかりの剣、なんてのはどのみち入ってこない。が、その代わり――――時折にだが、かなりの掘り出し物が入ってくる。……年代物の魔法の杖やら、大戦時代の武器防具やらだな。……当然、どれも強力なマジックアイテムだから、アンデッドやエレメンタルなんぞともぐっと戦いやすくなるぜ」
そう言うと、にっと笑う。
「おおー。……いかにも良さげな響きっすねー。あたしも今は短剣が欲しくて探してるので、絶対にまた見に来るっす♪」
「おうよ。――……まあ、そういった品は希少なんであまり安くもしてないがな。良ければこれからもちょくちょく遊びに来てくれ。カナトやニアちゃんなら多少の値下げはするし――その友人らもまとめて歓迎するぜ」
「ああ、それと――装備品が目当てなら、マーケットに行ってみるといい。ちょうど今日は日曜日だからな」
――それから私達はお礼を言うと、ガサルさんのお店を出た。
ガサルさんは、顔は怖いけどすごく良い人だったし……、ここまで売りに来た甲斐があったね。
自分一人でプレイをしていたら、ガサルさんのお店は絶対に発見できなかっただろうし……ユリさんには、後でお礼を言っておかなくちゃ。
†
――さて。
ここトレイアには、〈ティグリア要塞〉と言う――海へと突き出した巨大な砦があって、本日(と言ってもゲーム内時間の)日曜日には、その入口の一つに当たる城門前の広場――そしてその周囲の一角が、全てマーケットとして開放されている。
私達はお店を出た後、ニアに案内を任せて……そのティグリア要塞前の広場へとやってきていた。
広場とその周辺の通りには、木の骨組みに大きな布を被せてひさしにした露店がずらり!と並んでいて――近隣の各地から特産品や工芸品を持ち寄った人々が、思い思いに品を並べて、商売をしている。
お店には……武器や鎧はもちろん、魔法の触媒や道具類、ポーションやハーブなどの薬品から――、
さらには豆や果物、香辛料、加工された魚やお肉などの食品。新品あるいは古着となった衣服に、生地やなめした革、家具や工具、食器類……とにかくあれやこれやと、様々なものが並んでいる。
少しだけ見て回ってみた感じだと……やっぱり店構えのしっかりとしたお店よりも、全般的に価格は控えめみたい。
マーケットにはかなりの数の人が集まっていて――プレイヤーはもちろんのこと、生活に必要な品を買って回っている、 といった様子のNPCもちらほらと見受けられる。
「……さって。どうしますー?」
頭の後ろで腕を組んで、んー、と伸びをしてから、ニアが言う。
「どうしよっか。……私は、冒険者っぽい革鎧が欲しかったんだけど……」
「――ガサルのおっちゃんの話を聞いた限りじゃ、……って感じっすね」
「うん――」
〈ブリガンド〉は、〈戦士〉と〈ローグ〉の中間、といった立ち位置のクラスなので――、私は、ニアよりもややHPが高い。そのため、防御力を上げられればもっと安定しやすくなるかな――と思っていたのだけど……。
「――けど、カナカナの制服、すごーく可愛いっすよ? ――いっそのことアップグレードさせてみては?」
全てのキャラクターが最初から持っている初期装備の〈クローク〉・〈トップス〉・〈ボトムス〉、そして〈靴〉の合計4点は、全て3段階の成長――アップグレードが可能になっている。
噂では、成長をさせることでその見た目も変わって行くみたい?
「そうかな? ありがとう。――でも、私はもう少しファンタジーの住人風になりたいなー」
制服風の格好は――最初の頃は、恥ずかしくて嫌だったんだけど……
野良でパーティを組むようになってからは、他のプレイヤーも皆、適当な服装で楽しんでいることを知って――部屋着の人もいれば、パジャマの人も居るし、スーツを着こなしている男性も、はたまたセーラー服でプレイしている可愛い女の子も見かけたし――
……数日もしたら、どうでも良くなっちゃった。
逆に――アバターを〈カスタム〉で作成した人は、似たようなデザインの“麻のチュニック”しか選べないので、それはそれで……ちょっと退屈に見える。
と言っても装備は、もう少しプレイしていればすぐに整うだろうけど。




