マーケットに行こう(4)
「えーっと。……ここがここで……こっちに曲がって――こうっすかねー」
地図を前になにやら一人納得した後で――それからすたすたと歩いていくニア。
ハトタを手に乗せたまま、その後を追う。
それからすぐに……なんだか、通りの雰囲気が怪しくなってきた。
薄暗いというか、せせこましいというか……。いわゆるスラムと呼ばれる一角のようなそれを思い起こさせる感じ。
「……ねえ、本当に合ってるの……?」
思わず聞いてみると……そのはずっすー、と、ニアが言う。
確かに、ユリさん――私に、お店の情報を教えてくれたプレイヤーさんからは、『港エリアの裏路地にぽつんとある怪しいお店』と聞いていたけど……。
「……ねえ。なんかさ……ここらへん、怖くない?」
「普通に、大通りの方のお店で売ったら良いのではー?」
「そっちのほうが全然楽なんだけど……――良い値段で買い取ってくれるって言うから……」
「ふーん? ……だったら、折角なんで行ってみましょうよ。歩いたことのない場所を探検するのも楽しいじゃないですか♪」
ニアは楽しげに笑っているけど……私は、なんだか不安で――。きょろきょろと辺りを見回しつつ、一歩遅れてニアの後を付いていく。
――メイン通りの方では見かけないような、いびつで古びた家々がぎっしりと詰め込まれた一角。
どの建物も三階建てから四階建てで、下の階は石で――そこから上は後から建て増したかのように木造で作られた建物がちらほら。……そんな建物が狭い場所へと詰め込まれているせいで、辺りは妙に薄暗くなってしまっている。
どの家にも『窓ガラス』というものは見当たらず、小さい窓枠にはその代わりに分厚い木製のカバーが嵌っていて、なんだか、それぞれに人が住んでいるのかどうかも疑わしい。
私の目の前。やたらと薄汚れた家のその壁際には、ぼろぼろのカーペットやら壊れた桶、空の木箱が、ゴミだか荷物だかもわからない状態で放置されていて――……その対面には、今にもめきめきと音を上げ崩れ落ちてきそうな木製の家。通りには壊れた手引きの荷車が捨て置かれている。
ニアは、特に気にもしていない様子で、そんな怪しげな通りの奥へ奥へと歩みを進めていく。
その先の路地の端へと座り込んでいた、薄汚れた衣服を着た男性の二人組が顔をあげ――なんだかにやにやとした笑みを浮かべて、私達を見つめてくる。
なんだか怖くなってきて、思わず立ち止まると……そのまますたすたと歩いて行ってしまったニアが――くるり、とその手前の路地を右へと折れて、その姿が見えなくなって……
小走りでニアへと追いつくと、付かず離れずに歩いていく。
「――あんまりおどおどとしてると襲われますよー?」
「……襲われるの……?!」
声を落とし囁く。
「あたし達のほうがレベルが低いっすからねー」
「今の二人は、名前が『ならず者』でしたし。――レベルが13と15で……逆に、倒せば良い稼ぎになるかもしれないっすけど」
そう言うと、にやりと笑う。
ひー……。
――……などと、わたしたちが話していると。対面から、黒い革製のクロークを纏い、そのフードを目深に被った男性が歩いてきたかと思うと――私達をじろりと睨んで通り過ぎていく。
「今のはレベル28でしたねー」
ぼそりとニアが言う。
……レベル28が相手だったら絶対に勝てないじゃん……。
†
……そんな、薄暗い一角。
ニアがふと立ち止まると――
「ん……っ、……あったあった。ここっすね♪」
楽しげに声を弾ませる。
見れば――……いかにも胡散臭い、古びて黒ずんだ砂色の建物。
その軒下には木製の看板が張り出しており、なんだか怪しげな――煙を放つ水たばこの絵と共に、『ガサル東方雑貨店』との文字が書かれている。
その下には大きめの木製のドアが一つ。
分厚い木の板を黒い鉄製の金具で補強してあるそれは、なんだか酷く重々しい雰囲気で……、扉の右端には大仰な鍵と一緒に、ノッカー――ドアをノックするための輪状の金具――が添えつけられている。
壁には、鉄格子の付いた小さな窓がぽつんと1つ。私の背よりも高い位置にあって、中の様子を伺うことはできない。
……ええー……。ここに入るの……?
「――ハトタを持ちますよー。……それとも、あたしが開けましょうか?」
私がドアの前で躊躇っていると、ニアが言う。
「…………あ、ううん。大丈夫――」
見れば、ハトタは(大人しすぎて、その存在を忘れかけていたけど)……なんだか、完全に寝入っているみたい。
ハトタを片手で抱えるようにして持ち直すと――それから、ふう、と息を吐いて――ノッカーをコンコンと二回叩いて、ドアを押し込んでみる。
……けれど、ドアは開かない。
ドアに寄りかかるようにして体重をかけてみても、重そうなドアは全くと言っていいほど動く気配がなく――……思わず、助けを求めてニアを振り返る。
「引くんじゃないっすかね」
にこりと笑って首を傾げるニア。
言われたとおりに、扉の――ノッカーの輪を掴んで引っ張ってみると――
ぎいいい………、と鈍い音を上げ、その扉が開いた。
…………うう。
なんで押すんだと思ったんだろう。……恥ずかしいなー、もう。
†
「……ええと、お邪魔しまーす……」
――何やら、様々な品々がぎっしりと詰った薄暗い店内。
その中へと足を踏み入れ――それから、きょろきょろと周囲を見渡す。
「おーっ……これはこれは。雰囲気ありますねぇ♪」
後から入ってきたニアは――なんだか楽しげにくるりと回ると、棚の一つ一つを眺め始めた。
長方形型の、奥へと続いている店内には――白檀か何かのお香の匂いがぷーん、と漂っている。
左右の壁には天井にまで届くような高い棚が並べられていて――その中には、なんだか怪しげな風貌の品々がずらりと並べられている。
売り物は、ぱっと見た限りだと……シナモンなどのスパイスが詰められた瓶が、棚の一角をすべて使って大量に並べられている。――後は……アンティーク調の繊細な模様の彫られた卓上のランプや、水たばこらしき器具。同じく模様の入った磁器製のお皿なども見えていて――…………なんだかあまり、素材を買い取ってくれそうな雰囲気はない。
天井には、やっぱりアンティーク調の――草花を並べたような模様のガラスのランプが三つぶら下がっていて、店の奥には小さな窓が二つ。窓から漏れる光が薄暗い店内を照らしている。
その手前には、赤い、幾何学的な模様が織られた絨毯。左奥にはカウンターがあって――男性がその上へと手をついて、私達の様子をうかがっている。
男性は、黄土色の――タイルの模様のような刺繍が一面にされたローブを肩から羽織っており、頭にはスカーフのような大きな布を巻いている。
……怪しい、としか言いようのないその風貌を眺めていると……目と目があって、思わず視線をそらしたのだけど……。
男性はなにやら、未だにあわあわとしている私をじろーーりと訝しげに見やって――……、それからカウンターを離れ、ゆっくりとこちらに歩いてくると――
どーん、と私の目の前に立ちふさがる。
…………ひー……!
な、なんだかすごく睨まれてるけど……?!
……私と並ぶと、頭一つか二つ分の差はありそうなその背丈。体格も、私よりは一回りは幅がありそう。
肌の色は浅黒く、真っ黒い髭が顔を大きく覆っている。鼻はやたらと高くて、その頬には三本線の大きな傷跡が斜めに走っている。
「なにか用かね、お嬢さん」
ぼそりと言うと……その黒い目が、ぎろりと私を睨む。
「…………え、あ、……あのあのあの……」
「――…………ま、間違えました。――あははー……」
私が思わず、くるりと回れ右をすると……
「こらこら」
傍らのニアが、呆れたように笑って――私の肩を掴む。
「おっちゃん、お邪魔するっすー。良かったら、この子の――ドロップ品の素材を買い取ってもらえませんか?」
「……新顔だな。誰からここを聞いた」
掠れた、低い声が響く。
「……誰っすか、カナカナ?」
「――……え、あっ、……ええと……ユリさんという、〈ノルン〉のプレイヤーさんです……〈戦士〉の……」
ぎろーり、と――その大きな目が、私を見定めるかのように見下ろしてくる。私が思わず身を竦ませると――……
「……はっはっは! ――なんだ、ユリの知り合いだったのか。なぜ先にそう言わん」
なんだか、朗らかな笑い声が響いた。
「おっちゃんの顔がいちいち怖いんじゃないっすかねー」
と、ニア。
本人の前でそれを言うか……。
「…………ああ、いや、すまんすまん。――なんで鳩を抱えてるんだと思ったら、なんだか気になってな……別に、お嬢さんを脅そうと睨んでいたわけじゃあないんだ」
「こんな区画だから、客を装った盗人もそれなりにいるしな――……。まあ、あんまり気にしないでくれ。それと、もちろん素材類は喜んで買い取らせてもらおう」
にっ、と笑うガサルさん。
そういえば、すっかりと忘れていたけど――……言われてみたら、鳩を持ってお店に入っていくのは変だったね……。




