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マーケットに行こう(3)

 

「んー。治ったのなら、どうして飛んでかないんですかねぇ?」

 ハトタを撫でながら、呟くニア。


「わかんない……。――それが、なんだか心配でさ」



 ハトタのHPはどう見ても100%――全快している。

 治っている筈なのだけど、飛び立っていく気配はない。


 うーん、と考え込むようにしてから、なにやらごそごそと水を取り出すニア。

「……よーし。お姉さんが水をあげよう♪」


「よかったね、ハトタ」

 私が呟くと、ニアが――なんだか突然、ぷすー、と鼻で笑う。


「――……ハトタ(・・・)って笑」


「…………なんだよ。」


 なんか文句でもあるのか。


 可愛いじゃん、ハトタ。



 私達は、しばらくの間傍らで様子を見ていたのだけど――結局、ハトタは飛び立っていく様子はなく。

 心配なので、このままハトタを連れて行くことにした。


 †


 さて。今、ニアとパーティを組んで向かっているのは――実は、一度も行ったことのないお店で……。


 以前、別の〈ノルン〉のプレイヤーさんとパーティを組んだ時に、話が合って、仲良くなったのだけど――その時に、他よりも良い値段で素材を買い取ってくれるお店が港の裏通りにあるのだと聞いて。……それ以来、行ってみたいと思っていたのだった。


 以前からもしや、と思っては居たけれど……やっぱり、私達〈ノルン〉は、ここトレイアを始めとした〈アヴァリア王国〉の周辺では煙たがられている種族らしく。


 ――というのも、昔々に〈ノルン〉がこの辺りにまで遠征・進出してきて、沿岸の街などを度々襲撃していたというゲーム内の歴史設定があるとのことで、それが理由みたい。


 そのため、私達ノルンはこの一帯ではよそ者・蛮族扱いされてしまい、どこでも渋い顔で対応されるし、物を売り買いするにも随分と悪い値段を提示されてしまうらしい。


 その代わり、というわけではないのだけど――トレイアで開始したノルンのプレイヤーには〈南洋の冒険者〉という永続のアビリティ――ちょっとしたステータスボーナスが付くみたいで、効果は筋力(STR)生命力(VIT)の上昇という、いわゆる盾役(タンク)や私のような近接攻撃職(DPS)にはありがたい効果となっている。


 ……とはいえ、どの街で開始をしてもまた別の(・・・・)――様々なボーナスを得られるので、トレイア生まれのみが特別に、というわけではないのだけど。



 ――と、いうわけで。


 私は今、地図を開いてその場所(・・・・)へと向かっている、のだけど……。


 地図上では十字路があるはずの道が、なぜかT字路に。

 ちょっと前までは合っていたはずの周囲の景色が、全く地図と合致しなくなっていて――。



「……カナカナー。そっちへ行くと、もと来た道に戻っちゃいますよー?」

 呆れた風に言われて、思わず振り返り、ニアを見る。


「――……そんな、助けを乞う子犬(・・・・・・・)のような目であたしを見られても。……一体、どこに向かっているんです?」

 そう言うと、しょうがないなあ、といった風に苦笑をする。


「というか、カナカナって――もしかしてすっごく方向音痴だったりしますー? ……前々から怪しいなーとは思っていたんですが……」


「…………ソンナコトナイヨ……」


「なぜ、ロボ声?」



「ええと……」


「――……ここに向かいたいんだけど……、ニアは分かる?」


 手にしていた地図を、ニアの目の前へ広げると、ピン(・・)が立っている場所――隣には『ガサルおじさんの店』と書かれている――を指し示す。



 ――――〈イルファリア・リバース〉の地図は、メニュー内の〈地図とジャーナル〉、〈マップ〉から開くことが出来て――開くと、まさしく紙で出来た地図がぽんと手元に現れる。


 地図はどこで開いても真っ白な状態で始まって、それから自分が歩いた場所や見たものが自動的に書き込まれていく。――そのため、一度も行ったことのない場所でマップを開いたところで、出てくるのは()だけが描きこまれたまっさらな白い紙である。


 ――あるいは、お店で別途地図の情報(・・・・・)を買うことで、エリアの全てを見える状態に明かす(・・・)事ができるし、他のプレイヤーと明けた(・・・)部分を交換することも可能なのだけど……。


 問題は――――この地図にはスマートフォンにあるようなナビの機能は一切無く(ゲーム内に存在しないわけではなく、一部のクラスのスキルでしか使用できない)、意地悪なことに、“自分の現在位置”や“向いている方角”などは一切、判らないようになっている、ということ。


 私達の社会が自律型の無人ドローンや各種の無人車両、二足歩行(バイペダル)型ロボット等によってこの数十年で圧倒的に便利になった代わりに、なぜか人間は不便なものを趣味として尊ぶようになった風潮があり――この『イルファリア・リバース』もその例に漏れず、前作では使えた(・・・・・・・)はずの便利機能などがごっそりと削ぎ落とされていたりする。


 そして、悲しいことに……私はこの地図(・・)を使って目的地へ辿り着く――ということが、どうやらとても苦手らしく。


 目印になるものを見つけるまでがまず大変で――そして、見つけたところで、歩いていると何故か意図していない方向へと進んでいるのだから、困ったものである。



「ふむふむ。……この地点をあたしの地図にもシェアしてくださいっすー」

 ――地図上の、私が指し示したその地点を見たニアが言う。


 …………??



「……シェア、ってなに……?」


「――…………えーと、〈ポイント・オブ・インタレストのシェア〉、っすー。……わかります?」



 ……。


 ――私が、なにかの操作をするのを待っているらしきニアを前にし――……思わず、かちーん、と固まる。


 ……どうしよう、ニアが何を言ってるか分からない。


「――……カナカナ?……だから、そんな子犬のような目で見られても。笑」

「――はいはい。じゃあ――あたしが代わりに操作するんで。地図はそのまま持っていてくださいねー」


 ニアの指先が、私の地図へと伸び――そしてピン(・・)の上へと指先を置くと、メニューが出てきて――その中に表示されている、〈ポイント・オブ・インタレストのシェア〉を指し示す。


長押し(・・・)でメニューが出るので……――これっす」



 ――――ゲーム内の〈地図〉は、素材的には()なのだけど……とはいえ、破けたりはしないし、回したり、拡げたり縮めたり。はたまた自由に文字や図形を書き込んだり消したりと、やっぱりスマートフォンの画面に似たような操作ができるようになっている。


 また、この地図は他のプレイヤーが触れたり、書いたり、操作したり――はたまたパーティメンバー同士でマッピング(・・・・・)した部分を交換・共有したり、などが可能である。



「――……で、この画面から〈パーティメンバー〉を選択して――まあ、フレンドなので〈フレンドリスト〉でも良いんですけど。で、相手の名前――この場合はあたしなので〈ジニア〉をタップするっす。他にもシェアしたい人がいれば付け足していくことも出来ますよ。それから〈続行〉をタップして――」


 ぽん、とその指先が〈続行〉のボタンを叩くと――


『ジニア(ID: fleurfleur_0819)へと、このポイント・オブ・インタレストをシェアしますか?』

 ……続けて、メッセージが表示される。


「――――わかりました? ……後はカナカナが〈はい〉をタップしてくれれば完了っす。……この最終確認のボタンだけは、カナカナの指じゃないと反応しなくなってますのでー」

 私を見上げ、にこりと笑うニア。


「――わかった……と思う。ありがとう」

 言われたとおりに、〈はい〉のボタンを押す。


「いえいえ。――これで、あたしの地図でも同じ場所に同じピンが見えるようになりました」


 ――……なるほど。


 ……とはいえ、次にやるときにも覚えてるかどうかは怪しいけどね……。

 だいたい、ポイント・オブ・インタレストってなんだよ…………。なぜ、横文字を使う?



 それにしても……ニアは、ゲームも上手いし、機械にも詳しい。

 〈イルファリア・クロニクル〉以外にも……――エス・ピー・エフ、……だっけ?――そんな名前のアクションゲームをプレイしているらしく、運動神経も良さそう。


 頭も良くて、色々なことを知っているし――わからないことを聞いてみると優しく教えてくれる。


 普段はこんなだけど――困った時には助けてくれて、そんなときはちょっと格好いい。


 基本的には(・・・・・)すごく頼りになるのだ。


 ……基本的には。



「はーい。それじゃあハトタを代わりに持っていてくださいねー」


 私が地図をしまって、両手を差し出すと――


ママ(・・)と交換ですよー。良かったっすねー、ハトタ」

 そう言って、私のその手の上へぽってりとハトタを乗せる。


 ……ハトタはなんだか幸せそうに、すっかりとリラックスしていて――その体はニアの手のひらですっかりと温まってじっとり(・・・・)ぽかぽか(・・・・)になっている。


 ……うわ。


 なんか、暑苦しいな……。



 ニアはそれから、地図を開くと――


「……って、あたしもカナカナの後をぼーっとついてきただけで、今、どこにいるのかすらも良く分かってないんですけどー」

「……ま、なんとかなるかなー。港沿いのピレ通り(・・・・)からこうきて、こうきてるからー……今は大体ここらへん(・・・・・)っすね」


 私に説明するように、地図の上を指先でなぞってから――なにやらある一点(・・・・)を指し示す。



「――う、うん……」


 と、言われても……私には、ここらへん(・・・・・)どこらへん(・・・・・)なのか、全くわからないのだけど……。このことは、言わないでおこう。


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