マーケットに行こう(1)
私、ラグヴァルドが『カナト』に。そしてアドリックさんが『ジニア』になって――――あれから、一週間が経過。
野良パーティーに混ざったり、ニアと二人で街の周辺でちまちまと狩りをしたりしつつゆったりとレベルを上げて、私のレベルは9に、ニアのレベルは10に達していた。
いわゆるガチ勢だとか、攻略組と言われるような人達からはだいぶ離されてしまったけれど――それでも一般的なプレイヤーよりはだいぶ早い、位の速度で、私達はプレイを続けていた。
扱えるスキルも増えて、戦術にも深みが増してきて――街から離れたところの太刀打ち出来なかったモンスター達にも勝てるようになってきて。
冒険も、戦闘も、ぐっと楽しくなってきたところ。
――あとは……、そうそう。
ゲームにパッチが当たって、『各町に設定されていた“新規プレイヤーが生まれてくるポイント”を、それぞれの街のプレイヤー人口に合わせ、5倍から20倍にまで引き上げた』――と運営側からの発表があった。
それによって、プレイヤーの拠点がより広く街の中に広がって――それ以降は、街の中で発生する混雑は大分良くなった感じかな。
元々、街自体はかなり広くて――以前から、あまり人が集まらない場所の広場や一角は、実はかなり閑散としていたみたい。
それでも、プレイヤーは毎日毎日、かなりの勢いで増え続けているとかで――先日、『〈イルファリア・リバース〉にて“作成されたキャラクター数”が50万を突破した』らしい。
キャラクターは、一人のプレイヤーが複数作ることが可能なのだけど、作成をするにも削除をするにもむやみやたらと繰り返すことが出来ないように長い時間制限がかかるようになっているので――、それを考慮しても、総プレイヤー人口は25万か、あるいはそれ以上には増えているんじゃないか――なんていう話が、プレイヤー間ではされている。
それと、“現実の服を元にして初期装備アイテムの見た目を生成する機能”にも変更があった。
『リアル服装がバレた!』とか、『せっかくのゲームの雰囲気が壊れる!』だったり――あるいは機能自体を悪用するような人が散見された、等々の理由でユーザーからの苦情が殺到したらしく――、あの後すぐに機能自体が修正され、それ以降は『ゲームの世界観を大きく逸脱しない衣服』のみが生成されるようになったみたい。
――と言っても、既に作ってしまった人達の服はそのままなので――私は結局学生風のままだし、なんだか変な服を着ているなあ、といった感じの人も相変わらず居る。
そういったパッチのせいもあり、はたまたみんなが慣れてきたのもあり。――イルファリアの雰囲気はだいぶ落ち着いてきた感じだね。
†
ざざん、ざざん、と――
――ただ繰り返す柔らかな波の音が、波止場に響いている。
遥か遠くまで続いているきらきらと輝く紺碧の海に、真っ青な雲のない空。
……うとうと、うとうと。
目の前に広がる、ひたすらの青い景色を前に――私は寝落ちしかけていた。
ここ、アヴァリア王国の首都である〈トレイア〉は、湾状になっている海の奥部に位置していて――――遠くまで弧を描くように続いている陸地に挟まれたその海には、小さな島々やたくさんの帆船が浮かんでいるのが見えている。
漁船らしき手漕ぎの小舟もちらほら。釣りをしていたり、網を仕掛けていたりと、皆それぞれの生活を営んでいる。
近くには桟橋があり、小舟が何隻か係留されていて、ちゃぽん、ちゃぽんと波がぶつかってその木が軋むような――独特な音を上げている。
周囲には猫が数匹と、餌を狙うかもめ達。それと、散歩やお話を楽しんでいる人達もちらほら。
私はこんなふうに、時々に空き時間を見つけては――ただ街を散歩したり、お店を眺めたりと、戦闘でも冒険でもない気ままな日々を楽しんでいる。
――現実であれば気になる日焼けも、ゲームだから関係がないしね。
それに、この街にもだいぶ慣れてきて――大通りから離れない範囲であれば、あんまり迷わなくなった、……かな?
知らない場所へ入っていくとやっぱり迷ってしまうのだけど――最悪、帰還のクリスタルを使えばいいしね。
ホテル代として泡のように消えた私の軍資金も少しずつ取り戻してきて――生活必需品以外には何も買い物をせず、ずっと貯めていたのもあって。
今の私の所持金は銀貨が68枚と、まあまあくらいの小金持ちになっていた。
それで……、先日ニアと一緒にお邪魔した野良のパーティにて――未だに全身初期装備なのはどうなの?――と、他のプレイヤーさんに遠回しに突っ込まれてしまい。そろそろ装備でも整えようか、と言う話になったのは、つい昨日のこと。
そんなわけで――今日はニアと二人で、一旦レベル上げを休んで買い物をしに行こう、という話になっていた。
†
「……んー……っ」
大きく伸びをして……それから、ゆっくりと立ち上がる。
ぽんぽん、とスカートの砂埃を払うと――ふう、と息を吐いて、気合を入れ直す。
……よーし。
そんなわけで――、それじゃあそろそろ行きますか。
†
ニアとの待ち合わせの時間までは、まだ、だいぶ余裕があるのだけど。
実は私の所持品には何日か分の戦利品であるモンスターの素材などがたんまりと溜まったままになっていたので――約束の時間までにはそれらを売り払っておこうと思っていたのだった。
港沿いの――椰子の木の並んだトレイアの通りは、現実時間では金曜日の夜なのもあって、賑やかで――かなりの人の波が出来ていた。
その流れに乗って、のたのたと目的地を目指し歩いていると――。
『……うおっ!』
前を歩いていた男性が、何やら驚いたように声を上げ――その場に立ち止まった。
急だったこともあって、どんと、私の身体がその背中にぶつかってしまう。
「――あ……と、ごめんなさい」
「……や、大丈夫――」
小さく手を上げるその男性。私も会釈を返し、再び歩き始める。
「……っぶね、蹴るとこだったわ」
男性が、ぼそりと――その視線を足元へと落とし呟いた。
「うわっ……何?」
その隣を歩いていた女性も同じように下を見て――驚いたみたいに言う。
「知らね。まあいいや――……で、他のスタッフも完全にパニクっちゃってて」
「はいはい」
「俺、報告しなきゃいけないじゃん。今日中にはどうやっても終わりませんーって」
「それなー……」
「……」
――話を続けながら、歩き去って行く二人組。
……ふと気になって――振り返り、その辺りへと目をやると、
そこにはなぜか――白い鳩が蹲っていた。
大量の人に囲まれながらに、動こうともせず――そのくちばしは開いたままで、どことなく、その小さな目には恐怖が浮かんで見えた。
――……それで、とっさに踵を返すと――
人を掻き分けながら、その流れに逆らって――それから、素早く屈んでその体を持ち上げると――人の波を縫うようにし、通りの端の方へと鳩を運んでいく。
†
通りの端。人の波から離れて、それから鳩を手のひらの上に乗せて、頭の上に掲げてみたけど――鳩は、暴れる様子もなければ、飛んでいく様子もなく。
羽を持ち上げてみたりとしてみたけれど、特にその体に傷などはなくて。――……けれど、よく見ると鳩の頭上にも小さくHPバーが表示されていて、そのHPの残量が、2/3程度にまで削れているのがわかった。
うーん……。
地面へと下ろしたのだけど……やっぱり、鳩は動かない。
少なくとも、ここなら踏まれる心配はない、と思うけど……。
――困ったな。なんだか、心配になってきちゃった。
とはいえ、最初から持っていた〈低級ポーション〉はとっくに使い切ってしまったし(しかも、使い切った後で知ったのだけど――〈低級ポーション〉自体、一本40銀貨ほどの値段のする結構な代物だったみたい)、
鳩は……言ってしまえば、ただのNPC(しかも鳥)だし……。
時間を見ると――まだまだ、余裕はあるのだけど……。
――……さて、どうしよう。
その体を撫でながら、ため息をつく。
……なんだか、余計なことしてるよね、私。
鳩の体は真っ白で――けれど、首のあたりにはちらっと茶色からグレーの色味のスポットがある。
君は、どことなく男の子っぽいし――鳩の男の子で、〈ハトタ〉かなー……?
……って、もし名前をつけるとしたら、だけど。
「――大丈夫ですか?」
と、その時。声が響いて――……ふと見れば、私の隣。男の子の顔がハトタを覗き込んでいた。
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします




