シングス・チェンジ(6)
ランキングで一位を取った後――私は憑き物が取れたかのように、イルクロ離れを起こした。
飽きた――というわけではなく、単純にゲームをやめたほうが良いと――もちろん、受験が近かったのもあるし――なにより、これ以上お母さんを心配させるべきではないと思ってしまったからだ。
その後に参加したPvPの勝ち抜きのトーナメントでも中盤ほどであっさりと敗退してしまった。
――とは言え、私を倒した“その人”は明らかに私を対策していたし――そして、その人に勝って一位を勝ち取ったのは、何を隠そう『アドリック・ソーンブレード』だったのだけれど。
そうして、私は二年生の学年末に――知人や友人、ギルドの仲間にお別れを言って、『イルファリア・クロニクル』を引退――アンインストールし……、それからすぐに、お母さんの仕事の都合で引っ越しをして、それから高校受験を経て――……といった感じで、今に至るのでした。
†
私と『アドリック』が直に相まみえることは、結局、最後までなかった。
彼とは拠点としていたワールドサーバーが違ったため――トーナメントの際にたった一度、遠目にその姿を見たのみで、話をしたことすらもなかった。
それに……――『アドリック』は悪い意味でイルファリア・クロニクル内のちょっとした有名人の一人で――暗い噂が多く付きまとっていた。
例えば、ハラスメント行為の常習犯、だとか――その実は悪質な“赤ネーム”プレイヤーだとか――どんな手を使ってでも勝ちに行く汚いやつ、所属していたギルドを崩壊させた“ギルドクラッシャー”、だとか。
はたまた、ハッカーであるとか、チートツールの使用者である、とか。
と言っても――私自身も、掲示板やSNSなどにあること無いことを書かれていたらしく(特に、ランキング上位に入ってからはかなり心無い事を書かれていたみたい)――それによって嫌な思いもしていたので、すべてを鵜呑みに信じていたわけではないのだけど……。
――そんなこんなで私は、会ったことも話したことも無い彼を『映画に出てくるラスボスのような大悪人』だと勝手にイメージし、思い描いていたりした。
具体的には――蛇のような見た目で、頬は痩せこけていて、目には深ーいくまがあり――『キシシ……。』と笑いながら二つに割れたその舌先で、短剣の切っ先をちろちろと舐めている――といったような。
――もちろん、アドリックさんと実際に話をした今となれば――根も葉もない噂に振り回されて、話をしたこともない人を勝手に疑って、悪人だと決めつけていたのは他ならぬ私だったんだって、わかってしまったけど……。
……とにかく、私に残されていたのは、そんな曖昧な記憶のみ。
そんなだったから、その悪名高きアサシンにして蛇男――『アドリック・ソーンブレード』と、偶然トレイアにて出会ったローグの『アドリックさん』が、まさか同一人物であるなんて――とてもではないけれど、思い至らなかったのだった。
†
……そして、なんの因果なのだろう?
私とその『アドリック・ソーンブレード』は――なぜか今、ホテルの一室にて二人きりの状態にあった。
……。
……おかしいな。
一体、何がどうなって、こんな事になったんだっけ……。
……というか、私。あんまり男の子と話をしたことがない割には、アドリックさんとは普通に話してるな……。
……、……。
うう。
なんだか緊張してきた。
……いや、それとも。
私があの時、一位を取った腹いせに――ここまでの流れが、すべて仕組まれていたのだとしたら。
……――こ、殺される……?
なんてね。そんな事、あるわけないけど。
……ないよね?
ごくり。
一応、強制ログアウトの準備をしておこう。
考え過ぎと緊張のあまり、身体がこちこちに固まってくる私に対して――当のアドリックさんは、私のことなどかけらも気にしていない様子で、部屋の中を見回していた。
……うん。やっぱり、考え過ぎだね。
深呼吸をして、まず落ち着こう。
すー、はー。
――と、私が懸命に呼吸を整えていると。
アドリックさんが私を振り返って……なにやらじとー、とした流し目で私を睨む。
「……ねー、ラグさん」
「ひゃい……?!」
……、う、思わず変な声が出てしまった……。
「その唐突にそわつき始めるの、やめてもらえます?」
ぎくう。
「――……ええー。別に、そんなこと、ない、けど?」
視線をそらし呟くも……なんだか訝しげな表情のままに、じーっと私の顔を睨んでくる。
――……うう。なんだか理不尽だぁ。
アドリックさんはそれから、ふう、と息を吐いて――部屋の奥へと歩いていくと、窓を覗き込んで、ぼそりと呟く。
「――しかし、あのおっさん。言うだけあって、なかなかに悪くないっすね」
「……うん。きれいな部屋だよね」
ちょっと高かったけど。
――落ち着いた雰囲気の、こじんまりとした室内。
その壁は、外側と同じ砂色の石材がそのままの状態でむき出しになっていて――部屋の奥には小さな格子状の窓が一つあって、窓際には小さなデスクと、椅子が二脚。
部屋の真ん中には、白いシーツの掛けられたシンプルな木製のダブルベッドがどーん、と置いてあり、枕が二つ並べられたそのヘッドボード側の壁には、小さな風景画が額縁に収まって掛けられている。
なんだか、ええと――なんちゃら伯?――も泊まった高級ホテル、と繰り返していた店主さんの自信を裏打ちするかのような。
清潔感があって、居心地がよく――そして、
「――女の子を押し倒すのにはもってこいの、良い部屋っすねぇ」
……?!
アドリックさんがなにやらぼそりと言うと――にやりと邪悪な笑みを浮かべる。
――思わず、ぴきーん、と硬直して……一歩、二歩、と入り口の方へ後じさる。
……そんな私の反応を見て、ぷすー、と鼻から息を出して笑うと――
「嘘っすよ」
べ、と舌を出す。
ぐっ……。
――……なんか、手玉に取られているみたいでむかつく……。
それからアドリックさんは――あちー、と呟いて、羽織っていた墨色のクロークをベッドの上へと放り投げ――チュニックの胸元をばたばたと叩きながら窓際へと歩いていくと、その内鍵を上げた。
ぎい――と音を上げ、窓が左右へ開かれると、――カーテンがたなびいて、外の風がふわりと舞い込んでくる。
――静かな部屋に、広場の賑やかな話し声が響いてくる。
窓際へと寄って行ってその景色を眺めると――小さい窓からは額縁の絵のような、砂色の街の景色が広がっていた。
2階の部屋と言っても、1階部分の天井が高いせいで結構な高さがあり――先程の“石像広場”と、そして、トレイアの大通りの先――別の区画へと通じる城門まで、広く見渡すことが出来た。
広場も、通りも、相変わらずかなりの人でごった返している。
……その沢山の人に気付かれもせず、上からその姿を眺めているのは――……ちょっと楽しい。
「……んー。まあ、部屋は悪くはないですが――完全に文無しっすー。装備、整えたくて溜めてたのに」
「……私はちゃんと止めたのに……」
「ま、この際仕方ないっす。――あんまり人に見られたいものでもないですし」
……人に見られたくない、ってなんのことだろう?
――私がその言葉の意味を巡らせていると。
「――じゃ、そんなわけで。そろそろ、やってみますか」
何やら呟いて、窓際から離れ部屋の真ん中へと立つアドリックさん。
……それから、メニューを開いたかと思うと――ふんふん、と鼻歌を歌いつつも、ぽんぽんぽん、と。電卓でも操作するかのような手慣れた手付きで、その手元の操作画面を何度か叩く。
「何が出るやら。乞うご期待ー」
すると、一瞬遅れて――ぶわり、と例の光のカーテン――もはや見慣れた変身エフェクト――がアドリックさんを包んだ。
そして、それからしばらくの間、その光のカーテンがふわふわと漂っていたかと思うと――一分か二分の後にそれがばさり、と解けて、私の目の前に現れたのは。
……なんだか妖精と見紛ってしまいそうな――線の細い、銀髪の女の子だった。
今年もお疲れ様でした。よろしければまた来年もよろしくお願いします。
良いお年をお迎えください。




