シングス・チェンジ(5)
アドリックさんのことは――今でも忘れていない。……忘れる筈もない。
そう、あれは、ずっと昔のこと――。
私は前作『イルファリア・クロニクル』にて、ランキング一位にもなったこともある――いわゆるかなりの『廃プレイヤー』だった。
……と、そのお話を続ける前に――……ちょっとだけ、『イルクロの基本システム』を補足しておこうかな。
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まず、大前提として――、
『イルファリア・クロニクル』にて、プレイヤーが他のプレイヤーを襲ったり、殺したり――あるいは盗みを働いたり等の悪事を行った際には、〈カルマ〉という値が大きく減少する。
〈カルマ〉は全てのプレイヤーが“1000ポイント”持った状態から始まり、悪事を行うことで減少していく。
そして、悪事を繰り返し〈カルマ〉が0を割ってマイナス値になった瞬間――プレイヤーは『クリミナル』――プレイヤー間では『赤ネーム』と呼ばれる状態になる。
クリミナルとなったプレイヤーは――『赤ネーム』というその名前の通り、プレイヤーの頭上に浮かんでいるネームタグの文字色が“赤く”なるので、他人からは一見するだけでそうだとバレてしまう。
そして当然、赤ネームは他のまっとうなプレイヤーからは酷く嫌われる。信用できない相手として扱われ、場合によっては悪人としてプレイヤー集団から討伐されてしまうこともある。
それだけではなく――その他にも、赤ネームには様々なペナルティが課されてしまう。
例えば、NPCへと話しかけても取り合ってもらえなかったり、場合によっては衛兵から攻撃をされてしまい街へ入れなくなる――等々。
そして、カルマには下限がないため、悪事を繰り返していると-1万でも-10万でも――とにかく際限なく下がっていく。一度こうなってしまうと、赤ネーム状態から抜け出すことは難しい。けして不可能ではないけれど――それには、膨大な時間と労力が必要になる。
とはいえ、赤ネーム状態にも抜け道はあり――、
例えば、〈透明化〉や〈幻覚〉の魔法を使ったり、仮面やフードなどの被り物をして顔を覆えば、名前の表示自体を隠すことが出来る。
また、どんな街にもアンダーグラウンドな地区は存在し、そこには闇取引を行う商人や後ろめたいところのある他プレイヤーが潜んでいる。当然、大手を振ってそういった行為を行っている危険なプレイヤーギルドも、イルファリアには少なからず存在する。
あるいは、『善行クエスト』と呼ばれている長い道のりのクエストを繰り返し行い、カルマを稼いで0以上にまで戻せば、赤ネーム状態を直すことも出来るので――すなわちすぐさまプレイ続行不可に陥る、という訳ではない。
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そんな理由で、基本的に、一般的なプレイヤーは他のプレイヤーを攻撃しないのだけれど――――その例外となるのが『フロンティア』と呼ばれる、ゲーム終盤の高レベルエリアである。
フロンティアには危険な高レベルモンスターが数多く棲息し、性能の良い、ゲームの『最終装備』と言われるようなアイテムのほぼ全てがこのフロンティアにて獲得できるものだ。
また、手堅く稼げる安全エリアとは違って高いリスクがある代わりに、数倍に近い経験値ボーナスが設定されている。
――そのため、最終的にほぼ全てのプレイヤーがフロンティアにて狩りや稼ぎを行うことになる。
ただし、フロンティアには超高難度のレイドモンスター――例えば巨人族やドラゴンなど――も棲息しており、その凶悪さは、たった一体で24人、はたまた48人といった大型パーティすらをも壊滅せしめるほどである。
そして、最後に重要なルールがひとつあって――
フロンティアに於いてはどのような状況であれ、一切の例外なく、カルマのペナルティが課されない。
――これは例えば、魔物と戦っている最中の他プレイヤーを、背後から矢を射かけて倒し――その上で魔物とプレイヤーのドロップした装備品をせしめてしまったとしても、である。
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前作『イルファリア・クロニクル』では年に二回、このフロンティアにて獲得したPvPの合計スコアを競うランキングが行われていて、その上位者には様々な商品が与えられる――という催しがあった。
――通称、『PvPランキング』。
PvPとはプレイヤー対プレイヤーの意味で――例えば決闘などのプレイヤー同士の戦闘行為を指す。
この『PvPランキングへの入賞』は、トーナメント優勝やレイドモンスターの討伐に並んで、全イルクロプレイヤーの掲げるゲームの最終目標の一つであった。
そして――それは私が中学二年生の時の、秋冬にかけてのPvPランキングの際のお話――。
その時点で、私のプレイ期間は既に二年を越えており、レベルも最大に達していたから、あまりやることもなくなっていた。
そして、それ以前から『ランキングの300位圏内に入った事はある』程度には腕に覚えがあった私は、学校生活の鬱憤を晴らすため、それからちょっとした景品欲しさもあり――暇つぶし程度の気持ちでPvPランキングへと参加していた。
もちろん、“豪華な賞品”が貰えるのはあくまで上位の数名のみなのだけど――上位100位~500位程度でもそれなりの粗品を貰うことが出来るのだった。
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PvPの獲得スコアは相手プレイヤーの実力と戦績に応じて設定されているので、例えば初心者プレイヤーを狙って倒した所で貰えるポイントは0に等しい。
逆に、連戦連勝の上級者プレイヤーの連勝記録を止めることさえできれば――ごっそりと大量のポイントを奪うことが出来るため、スコア稼ぎには基本的に“大物プレイヤー”を狙っていくのが基本になる。
そのため、PvPが目当てのプレイヤーは自ずと高難度エリアへと集まって、目立った行動をせず、じっくりと他のプレイヤーの動向に目を配りながら、音を殺してチャンスを待つ――といった、“獲物を狩る狼のようなプレイスタイル”になるのだった。
――人類の北の最前線とされる”灰の城塞グリ・サレン”。
そこから更に歩みを進め――壁のように立ちはだかる大山脈や死の氷河を越えたその先にある、北の最果ての地にして世界の終わりとの異名を持つエリア、『未踏の大氷原ヴァルファラン』。
ドラゴンがその地を飛び回り、竜族の生き残りが地底に築いた大迷宮などが残る、数あるフロンティアの中でも最大の難エリアと名高いその地にて――パーティーを組める時はパーティーを組んで、組めない時はソロで奇襲戦を仕掛けて――。私はひたすらにPvPスコアを稼いでいた。
このときの私は――苦手だったPvPにも慣れてきて、戦闘やスコア稼ぎが単純に楽しくて――なんだか妙に、ゲームに集中していた。
どういった部分のプレイングが下手だったか――とか、どういった考え方が私の勝率を下げているのか――とか。
毎日、学校でも通学路でもそんなことばかりを考えていて――、
そのせいで前の学校では、『暗いやつ』とか、『気味が悪い』とか……はたまた『何を考えてるか分からなくて、怖い』なんて言われたりもしたのだけど。
それでも、私は――ラグヴァルドとしてなら、知らない人が相手でも自然に話すことが出来たし、友だちも作れたし――そして、ゲームの中では相当な勝率を誇っていた。
なにかに酔うように(と言っても、お酒に酔ったことはないけれど)無心でPvPのみをプレイし続けていて――90位、80位、70位、と――。ゆっくりと、けれど着実に私の順位は上がっていった。
私が頭を巡らせて、実戦と練習を繰り返すことで順位という結果が出て、成長が実感できることが嬉しくて――それで、尚更に、ゲームへとのめり込んで……。
そんな事を繰り返している内――ふと気付くと、ランキングの一桁代に届いていた。
12位、11位、10位。
9位、8位、7位――。
……少しずつ、少しずつ、『頂点』が見えてくる。
もしかしたら、いけるかも知れない――そう思ってからは、本気で一位を狙い始めた。
――けれど。
その時、ひたすらに私を追い上げ順位を抜き返してくる――ある煩わしいプレイヤーが居た。
それが、最高レベルのアサシン、『アドリック・ソーンブレード』だった。
やっと抜いた!――そう思っても、翌日にはまた抜かれている。それが何度も続けば、否が応でもライバル視をせざるを得なくなる。
離しても離しても、いつまでも食らいついてくる『アドリック』に勝てないのが悔しくて……学業を、学校生活を棒に振る勢いで、ギルドメンバーの人にも呆れられるほどにひたすらにPvPをやり込んで――。
それでも私は、『アドリック』を捲る事ができず――殆どの間、彼に負けていた。
……やっぱり、私には一位なんて無理なのかも。――そう思いながら……それでも、プレイを続け――。
ランキング最終日、最後の最後の瞬間。
集計が終わるぎりぎりのタイミングで――私は奇跡的に『アドリック』を追い抜いて、一位を奪取することに成功した。
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集計の終わったランキングボードに私の名前『ラグヴァルド』が、その一位に躍っていた時――真夜中だったのに枕に顔を押し付けて喚いて……ばかみたいに、大騒ぎをして喜んだのを今でも覚えている。
そして、その時の私達の叩き出した最終スコアは、前回・前々回の一位のスコアと比べても頭一つ抜けており――三位のプレイヤーとも大きな差がついていた。
――今思い出しても、どうしてあそこまでゲームに必死になったのか、自分でもわからないくらい。
私は元々そういうタイプではないし、なにかが憑いていたのではないかと自分でも思うし、今、同じことをやろうとしても絶対にできない自信がある。
しまいには――基本的には放任主義の私のお母さんも流石に私を心配し、カウンセリングへと連れて行かれてしまったほどだった。
ちなみに――上手い人の全てがPvPをやり込んでいたわけではないから、一位だから私が一番上手い――というわけでは、決して、無い。
私がその時所属していたギルドのリーダーさんも(ちなみにその“リーダーさん”が私にPvPの戦い方や考え方を叩き込んでくれたのだけれど)、私よりはよっぽど古参でゲームが上手かったけれど、PvPはやり込んでいなかったしね。




