シングス・チェンジ(3)
なにやら辺りを見渡しながら、何かを探すようにして――私を引き摺っていくアドリックさん。
相変わらず――広場の周囲の、酒場も、宿屋も、座席があるようなお店はすべて、プレイヤーらしき集団で満席の状態。
イルリバというゲームを、『単にRPGとして』だけではなく、旧知の友達と異世界の雰囲気を楽しみながら、お茶や食事をしながらお話を楽しめる場所、として利用している人がかなりの人数居るみたい。
魔物と戦うゲーム、というよりは、架空の生活を楽しむゲーム、のようなプレイスタイル。
ちなみに、ゲーム内で食事をしても実際にお腹が膨れるわけではないけれど――ゲーム内のキャラクターにはちょっとしたステータス上昇効果が得られる。
効果は数時間から、高級素材等の場合は数日間まで持続するため、経済的な余裕のあるプレイヤーは高価な食事を食べている事が多い。
逆に、食事を取らずにキャラクターを放置していると、飢えや乾きなどのステータスダウンが付いてしまい、それでも放置し続けていると継続ダメージを受け続けて、やがて死んでしまう。
前作の時は、VIT《生命力》を大きく上昇させる〈ワイバーンのステーキ〉だったり、MPの最大量を大きく増やす〈コカトリスの卵のプリン〉は特に人気で、高値で取引されていた。
「はぁー、どこもかしこも……」
満席のお店や、地面に座り込んで話をしているプレイヤー達を眺めつつ、呆れた様子でぼそりと呟くアドリックさん。
その横顔からも、口調からも、あまり怒っている様子はなく――単に、ゆっくりと話せる場所を探しているだけ、といった雰囲気だ。
……私の考えすぎだったかな?
私の手を引いて、広場から続く通りを下っていくアドリックさんは――なにやら突然に、ふらふらと――通り沿いの立派な建物に近寄っていくと、そのドアをこんこん、とノックした。
お店――というよりは単なる“民家”に見える、三階建て、三角屋根のお家。
すこし遅れて、ガチャリと解錠をする音とともに――ぎい、とその重そうな扉が開くと――恰幅の良い、お手伝いさんらしい格好のおばさんが顔を出した。
それから、アドリックさんと私を――いかにも怪しげな物体を訝しむかのような目つきでじろーりと眺めてから……、不機嫌そうにぼそりと言った。
「――どちら様」
「こんちわーっす。ちょっと椅子とか部屋とか間借りさせてもらっても良いっすか?」
――ばたん!
ほぼノータイムで、叩きつけるようにドアを閉められてしまった。
「めんどくさー……ベータの時は、建物なんて大概すっからかんだったのに……。」
「こういうNPC――全員ガチで『日常生活』してるんすかね? いっそのこと、この家とか乗っ取ったらどうなるんだろう」
発想が怖いよ。
ちなみに、おばさんのレベルは18だったので――レベル2とレベル4の私達が襲いかかった所で、おばさん一人に返り討ちに合う可能性は大である。
その上、街中で戦闘行為を仕掛けているところを衛兵に見られれば、当然捕らえられるか――あるいはそのまま攻撃を受け、最悪、倒されてしまう。
NPCにはきちんと家や土地の概念があるみたいだし――押し入った所で、やっぱり衛兵を呼ばれてしまうだろう。
その民家のちょうど斜め前の辺りに、通りが広くなっている一角があり――真ん中には大きな石像が立っている。
その土台にあたるちょっとした段差にまで、プレイヤーが10人近く座っている有様。
石像に座っているプレイヤーの一人が、いたずらに鳥に餌を投げていて――その周囲には大量のカモメやら鳩やらが集まっている。
この小さな“石像広場”にもかなりの数のプレイヤーが集まっていて、立ち話をしているパーティやら、地面に座り込んでいる集団もちらほら。
辺りからはわいわいとした賑やかな喧騒が漏れてくる。
広場に椅子とテーブルをいくつか並べているお店は、やっぱり満席だった。
†
「お、見てくださいっすー。あそこ、休めそうじゃないっすか?」
ふと、アドリックさんがその石像の反対側辺りに位置する大きな家を指さすと……それから、すたすたと私の手を引いて歩いていく。
通りと石像広場を見渡すような位置にある――屋根部分に突き出ているフロアも数えれば5階建てはありそうな、“どーん”とした立派な建物で、等間隔に窓が並んでいる。
外観はどことなくおしゃれで、窓の間を這うようにして蔦が屋根の手前まで伸びている。
その入口には立派な両開きのドアと、その左右には様々な植物の植えられたプランターが並んでいて、二階には立派なバルコニーが添えつけられている。ドアの隣にはランタンのような形をしたランプが下がっていて、その下には大きな『ホテル・デュカ』と書かれた木製の看板が掲げられている。
隣には乾燥した果物やジャムを並べているお店があり、そちらにも人が並んでいるのに対し――このホテルの周囲にはなぜか、人影が少ない。
アドリックさんはその両開きの重そうなドアをぎぎぎと軋ませ押し開くと、中を覗き込み――
「――お、開いてるっすよ! ……ラグさん、さあ早く……!」
声量を落とし囁くと、ちょいちょいと私を手招きした。
アドリックさんの後を追い、そそくさ、と建物の中へと入っていくと――その中には、広場や通りの喧騒に疲れていた私達にとっては、楽園のような空間が広がっていた。
ホテルのロビーらしき、ゆったりとした空間――奥には飴色の木製のカウンターがあり、そこに受付らしき人影は見えない。
つやつやになるまで磨き上げられた砂色の石のフロア。壁には絵画がいくつか飾られていて、高い天井はアーチ状になった石の柱で支えられている。
建物の殆どが石で出来ているせいか――その内部はひんやりと涼しくて、じりじりとした太陽に灼かれていた私達にはまるでオアシスのよう。
入り口の近く――窓の並んでいる辺りには、蔦を編んだような木製の椅子とテーブルが4組あって――そのうちのテーブルの一つに、旅行中、といった雰囲気の品の良い老夫婦が一組――ゆったりと、コーヒーのような飲み物を口にしている。
その片方――白髪のおばあさんが、こちらを訝しげに睨んで――それから私と目が合うと、ふいと目をそらした。
その奥、受付カウンターの前には、どっしりとした値の張りそうな革製のソファが並べられていて、その中央には背の低い横長のテーブルが置かれている。
その隣には二階部分へと上っていくための階段が見えている。
「……くふふー。思わぬ所で穴場発見っすね♪」
アドリックさんが、入口のドアをそっと閉める。
怒られるよ――と言おうとして、その言葉をぐっと飲み込む。
一息つきたい、と言う欲望に負けました。
アドリックさんはロビーの奥へとさささ……と入り込んでいって、立派なソファの一つにどかーん、と腰を下ろした。
素敵な空間に対して、私達には明らかな場違い感が漂っている。
私は学校の制服風なのでまだ良いけど――ゲームの初期装備丸出しのアドリックさんはどこからどう見ても、文無し冒険者にしか見えない。
背負っていた両手斧をソファの背に立てかけて――それから羽織っていたクロークを脱いで簡単に折りたたむと、アドリックさんの対面へと座り込んだ。
「ふーっ、疲れたーっ。なんか飲みたいっすね」
「クリームの乗ったやつー。 アイスのフラペチーノみたいなー♪」
屋内には、うっすらと――コーヒーの香ばしい香りが漂っている。
「私、アイスティーがいいなー……――じゃなくて」
「ねえ、アドリックさん。ここ、大丈夫なの……?」
確かに、喉は渇いたけど。
「……さあー。」
唇の片方をくいと上げて、視線をそらす。
――内心ではだめだって分かってる顔だった。
アドリックさんはそれから、ずずず、と――ソファに、殆ど横になるくらいにまで深く腰掛けて目を瞑ると、ぼそりと言った。
「いやー。楽園って、探せばあるもんすねー……」
「だねー……」
思わず、私も目を瞑る。
この空間に、現実の雑誌やコミックなんかを持ち込んで、ぼうっと寝転がって読んでいたい気分。
†
「……――さて、ラグさん。忘れかけていた本題っす」
心なしか、その声は眠そうだ。
「うん」
「まず、第一の選択肢として――単に、作り直しじゃだめなんすか?」
のそのそ、と姿勢を正して――ソファに座り直すと、アドリックさんが言う。
「――このゲーム、アカウント一つに付き何キャラクターかは作れるはずですし、引き継ぎが終わっている以上はラグさんの元キャラクターの外見も選択できると思うんすけど」
「うん。……それは、私も考えたんだ。でも――……『以前使っていた装備品が入っている』みたいなニュアンスの宝箱を受け取っちゃって」
なんだったっけ。……〈秘密のトレジャーボックス〉、だったかな?
――それには、トレード不可の表記があって――つまり、他のキャラクターへの受け渡しができないことを意味している。
「あー……」
やっぱりね、とでも言いたそうな表情を浮かべるアドリックさん。
「やっぱり、受け取っちゃってましたか。――ま、そうだとは思ったんすけど」
「……知ってるの?」
「〈秘密のトレジャーボックス〉――通称『引き継ぎ箱』っすね。……聞いた話じゃ、イルクロ時代の上位ランカーのなどの猛者にしか配ってない代物らしく」
「掲示板やSNSでも、相当に良いものが入ってるんじゃね?――みたいな噂になってるっす」
「……そうなんだ」
それを聞いたら、なおさらに新規キャラクターという気分ではなくなってしまうな……。
「――ま、それはあくまで噂っす。旧作の装備品引換券のような代物なのではないか? みたいな推測をしてる人が多いみたいっすけど――実際は、イケてる星型のサングラスがぽつんと出てくる可能性もあるわけで。こればっかりはなんとも、っすね」
――なにそれ。要らなすぎる。
「ちなみに――僕もこのキャラで受け取っちゃってるんで、今更キャラ変はしたくないっす」
「……うーん……」
――やっぱり、〈秘密のトレジャーボックス〉を捨てて新キャラを作るのは、すごく意欲が削がれる、というか。
後々、宝箱から凄いアイテムが出てきたら……すごく後悔しそう。
マントの上に両手剣を背中にしょっている、みたいなのの構造がふと気になりました。どうなってるんだろう?




