キャラクターを作ろう(1)
「ただいまー」
しんと静まり返った玄関に、私の声が短く響く。
靴を脱いで、ぱたぱたとルームスリッパを鳴らして通学バッグを自分の部屋に放ると――
ちらりと――腰の高さ程の本棚の上、観葉植物の隣の専用スタンドへと立て掛けられたその物体が目に入って……気持ちが昂ぶり、胸が鳴る。
……ふふふ。もうちょっと待っててね。
――白を基調とした、すらりとしたロボットの頭部を彷彿とさせるような……近未来的なデザインのその物体は『VEIL』と言う、去年にリリースされたばかりの最先端ゲーム機だ。
フルダイブ型のVRに対応した――……つまり、架空世界の中に入り込めてしまうゲーム機で、その中でも〈第3世代型FuNVID〉と呼ばれる最新の形式のシミュレーションが可能である……らしい。
その大本は……『神経伝達の微弱な信号を読み取り、二足歩行型ドローンを感覚的に遠隔操作するための技術』の応用である――……とか、なんとか?
……なんて。私も読みかじっただけだから、殆どなんにも知らないんだけどね。
ちなみに、フルダイブ型VR用のゲーム機は他にもあって、国内外のいくつかの会社から多種多様な製品が発売されているみたい。そして、中でも私の選んだ〈VEIL〉は非常に高性能で、自宅にいながらにして本格ゲームセンター並みのリアルな体験が出来ると、プロのゲーマーさんも一押しの品である……とか。
私の学校でも、クラスメイトの男の子がVRゲームの話をしていたけど……〈VEIL〉はすごーく人気のマシンで、世界各地でリリース直後に飛ぶように完売してしまってしばらくは入手すらもままならなかったんだって。
†
――それから、ふんふんと鼻歌交じりにシャワーを浴びて、部屋着に着替えて、少し雑ーに髪を乾かして。
……本当は、しっかりと明日の準備などを終わらせてからゲームを始めよう、と思っていたのだけど……なんだか、わくわくとした気持ちが抑えられなくなってしまって。
ふらふらと吸い寄せられるようにし〈VEIL〉を手に取ると、ベッドへと寝転がって頭部へと装着。
目を瞑ると――……そのスイッチを入れる。
コーン――。という甲高い音の後に、ヴン――と重く鈍い音が響いて……同時にふわりと意識が揺らいで、私の身体から感覚が消失する。
〈VEIL〉のロゴと開発企業のロゴが流れるように現れ、やがてそれが消えると――、
私の身体が宇宙空間へと放り出されて……視界のすべてがきらきらと輝く無数の星々に包まれる。
それから、ゆっくりと身体の感覚が戻ってきて、最後に私の手元に操作用のメニューが現れる。
……ふぅ。
この感じ、相変わらずちょっと慣れないなー。
瞬時に効く強烈な麻酔、とでも言うのかな。
魂がぬいぐるみへと移し替えられて、ぽん、と、何もない空間に放り出される……みたいな、そんな感じ。
――辺りは数え切れないほどの星々で、視界は少し眩しいくらい。
銀河の渦の端っこをぷかぷかと揺蕩っているような、そんな感覚。
この空間は、〈VEIL〉のいわゆるロビーのような場所、らしい。
ゲーム機を起動すると必ずここへ飛ばされてきて――そして、ここからプレイするゲームを選択したり、映像を見たり音楽を聞いたり雑誌を読んだり……――とにかく色々なことが出来るんだって。
近くには、どことなくアーチェリー用の弓を彷彿とさせるような、未来の宇宙ステーションらしき巨大な物体が浮かんでいて――その周りをいくつもの小さな宇宙船の光が飛び交っている。
その奥には木星のような、巨大な渦と縞模様の天体がぼうっと輝いていて……そのさらに向こうには、エメラルドとルビーを混ぜたオーロラのように輝く星雲と、いくつもの銀河と星々が広がっている。
この、独特の宇宙に放り出されるような感覚がゾッとするくらいリアルで――最初は怖くなってしまって、すぐにシミュレーションを終了してしまったくらい。
ちなみに、ここからあの宇宙ステーションの内部へひゅんと飛んでいって、部屋の中でくつろぐ――といったことも出来るようになっている。
†
そして、学校の制服姿のままそんな宇宙空間へと浮かんでいる私は……当然、VRの中の私であって。言ってしまえばこの身体はにせものである。
例えば、私は今さっき部屋着へと着替えたはずなのに、この私は学校の制服を着ているし――自分の手を見つめてみても、細かい指紋や血管だったり、などは見えない。
私という存在が、私に似た何か……ちょっとだけデフォルメされた、非現実的な存在に書き換えられている。
この、私の代理とでも言うべきこの体のことを、『アバター』と呼ぶんだって。
そして、私がこの世界で水に触れれば冷たさを、布を撫でればさらさらとした手触りを感じることが出来るのだけど……指から零れる水滴も水面に広がる波紋も、布に走る皺も――その何もかもが、機械によってシミュレートされたものだ。
この空間における五感――視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。それら全ては、機械が直接神経伝達信号に介入し、そのまま私達の脳へと擬似的に感じさせているもの、らしい。
最初の頃こそ、もし、この世界に閉じ込められてしまったら――……なんて考えて、怖くなったりもしたのだけど。
一応、何か合った時の為の『強制ログアウト機能』もきちんと把握してあるので、ゲームの世界から抜け出たくなったらすぐに現実へと戻ることが出来る。
……と、そんなわけで……。
そろそろ、待ちに待ったゲームを始めちゃおうかな?
†
手元のメニューから『イルファリア・リバース』を選択してみると……昨日までは薄暗く――選択出来なくなっていた〈プレイ〉というボタンが、今でははっきりと表示されていて、選択可能になっているのがわかる。
……ふふふー。
この日のために準備をした甲斐があったね。
思わず、その場で意味もなくくるくると回って――……それから、えーい、と指先を伸ばし、〈プレイ〉をタップ。
すると『ゲームを起動しています……』という文字とともに、宇宙空間がゆっくりと暗転。視界が真っ暗になり、いくつかの企業のロゴが表示された後……。
――……なにやらゆっくりと、青い空が見えてきて――。
それから次第にごごご……、と。なんだか地鳴りのような音が響いてきたかと思うと――その空が、少しずつ私へと迫ってくる。
音はやがて激しい轟音へ変わり――……ふと、私がそれへと目掛けてとてつもない速度で落下していることに気付く――。