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シングス・チェンジ(2)

 

 イルリバのロビーには――なんと数万人のログイン待機の列が並んでいた。


 と、いっても――実際に列に並ぶわけではなく、放っておけば勝手にカウントダウンをした後にログインしてくれるのだけど。



 一度VEIL(・・・・)()とのリンクを切断――退席モードに設定してから、雑誌を読みつつ“順番待ち”が終わるのを待つ。


 それからしばらくの後、ログイン完了の通知音が鳴って――再びVEILを装着し、退席モードを解除。


 私の意識と世界が“イルファリア”へと切り替わって、目を開けると――……視界には中世の町並みが広がり、辺りから響く楽しげなざわめきに包まれる。


 †


 空は真っ青な快晴で、じりじりと照りつける太陽が暑苦しい。

 白いミルカの引く馬車がごとごと(・・・・)と車輪を鳴らしながら、私の目の前を横切っていく。


 トレイアの通りはかなりの人通りで賑わっていて、休日の繁華街のような雰囲気。


 今、日本時間では夜の九時三十分とちょっとだから……、仕事を終えた人達が、一斉にログインを終えた時間帯、かな。


 通りを行き交う人々は、チュニックやローブ、クロークやガウン(・・・)などの――中世ヨーロッパの平民のそれを思わせるような――自然な色合い(アースカラー)の擦り切れた服を、いろいろな形で着こなしている。


 それと、革鎧を装備している人がちらほら。大概の人が武器を携帯していて、腰のベルトからぶら下げた鞘にそれを収めている。

 赤や紫などのきらびやかな――きめの細かい生地の衣服を着ている人は稀で、いかにもお金持ちらしいオーラを放っている。


(なんとなくの)私の見立てだと――行き交う人の8割くらいがプレイヤー(PC)で、残りはNPC……といった感じかな?



 それから、うっすらとした期待を込めて、私の両手に視線を落として――……小さくため息をつく。


 そこに映るのはやっぱり、何の変哲もない()の両手だった。


 †


 ……アドリックさんは、ログインしてるかな?


 聞いた通りに、〈ソーシャル〉から〈フレンド〉の画面を開くと――ぽつりと、アドリックさんの名前が現れる。

 アドリック。ローグ。レベル4。……ステータスが『オンライン』となっているから、ゲームをプレイしているみたい。


 ちなみに私のレベルは2のままなので――もう、二つもレベルを置いていかれてる。……早いなー。



 声での通話もできるみたいだけど……パーティの最中とかだったら失礼だし、メッセージでいいかな?


 フレンドリストからアドリックさんの名前を選択して、〈メッセージ〉をタップ。すると、画面内にメッセージをやり取りするための枠が表示される。



<ラグヴァルド> こんばんは、アドリックさん


 私が打ち込んだメッセージが画面に表示され――それから数秒の後に、アドリックさんからの返事が送られてくる。


<アドリック> ラグさん!……今日は来ないかと思ったっすよー♪

<アドリック> 今、野良(・・)パーティに入ってるんすけど。良かったらラグさんも来ますかー?


 ――と、メッセージの後で――『どう?』と書かれた、気だるい顔をしたはりねずみ(・・・・・)がこちらの様子を伺っているかのような……ゆるーいスタンプが送付されてくる。


<ラグヴァルド> あ、ええと。今日は少し、相談したいことがあって

<アドリック> なんすかー? 何でも聞いてくださいっす

<ラグヴァルド> あの。少し、困ったことがあって、

<アドリック> ? もし、重要なことであれば、今からそっちに戻りますが

<ラグヴァルド> ええと、外見が変えられなくなってしまったんです。戻す方法を知りませんか。


 それからちょっとの間を置いて――クエスチョンマークをいくつか浮かべ、首を傾げ、口に手(くちばしに羽?)を添え考え込んでいるミルカのスタンプが届く。


<アドリック> じゃあ、一度街まで戻るっす。 今、どこに居るかわかるっすか?

<ラグヴァルド> ごめんね。ありがとう。広場の近くの大通りにいるので、今から広場に戻ります。

<アドリック> うーい。了解っす♪



 メッセージの画面を閉じて、ふう、と一息をつく。


 それから――襟元のネクタイを緩め、シャツのボタンを一つ外して。

 頭の後ろで括っていた髪を解くと、墨色の外套(クローク)制服丸出し(・・・・・)の格好を覆って――砂色の街の通りを、広場を目指し歩いていく。


 †


 もしかしたら迷ってしまうのではないか……なんていう不安もあったのだけど――記憶していた道順を遡っていくと、無事に見覚えのある大広場へと辿り着くことができた。


 ……良かったぁ。

 これで迷ったら、目も当てられないところだったよ。



 広場は相変わらず――メンバー募集や取引相手を探すプレイヤー達で溢れかえり、異様な活気に満ち溢れている。


 ゲームが発売されてまだたった一日なのに――プレイヤーの装備が随分と良くなっているみたい。

 明らかにレアドロップ品らしいうねった(・・・・)刃の両手剣だったり、値の張りそうな杖に模様の縁取られた白いローブを着込んでいる人など――いち早く珍しい品を獲得し装備したプレイヤーが、周囲の視線を集めている。


 皆、ちゃんと冒険者っぽくなってきていて、個性が出てきて――行き交う人達の服装や着こなしを眺めているだけでも、ちょっと楽しい。


 ……あ、そう言えば。


 昨日アドリックさんと集めた素材やらが私の所持品(インベントリ)に入ったままだ。

 獲得品は主に、〈グレイ・ウルフの傷んだ毛皮〉とか、〈グレイ・ウルフの折れた牙〉とか。

 売れば少しのお金にはなるだろうけれど――明らかに売値の付かなそうなアイテム名だよね。



「ラーグさん♪」


 背後から突然――ぽん、と肩を叩かれ、思わず、びくー! と身体が跳ねる。


 ……びっくりした。


「うっすー。 イメチェンっすか? 髪、解いてるから、一瞬誰かと思ったっすー」

 振り向くと、片手を上げ、楽しげに笑うアドリックさんが立っていた。


「アドリックさん。こんばんは」

 あれ? ゲーム内は昼だし、こんにちは、かな。……まあいいか。


 アドリックさんは――特には、昨日と変わらないままだ。

 銀髪、痩身。整った――けれど、どことなく悪人じみた、その顔立ち。エルフらしい尖った耳にはいくつかのピアスが光っている。

 今の私(・・・)よりはちょうど頭一つ分ほどは背が高く、私と並ぶとさながらでこぼこ(・・・・)コンビである。


「……――なんだか、もしかして元気ないです?」


 落ち込んでいることをあっさりと見抜かれてしまい――言葉に詰まる。

「えっと……、いきなりごめんね。パーティは良かったんですか?」


「用事が出来たーと言って抜けてきたので……。 そんなことより、一体どうしたんです?」

「……というか、あれー? 外見、戻したんすか? ……外見が変えられない、って具体的にはどんな症状なんです?」

 首を傾げる。



 ――それから私は、アドリックさんに昨日のこと――外見を引き継いだことと、見知らぬプレイヤーにぶつかられて、その時に外見が確定されてしまったらしいことを、かいつまんで説明した。



「――押されて?……うえー、マジっすか」

 それから、うーん、と考え込んで。


「……と、いうか。そのー、これを言ったら本末転倒なんですけど……普通にそのまま(・・・・)プレイしたら駄目なんすか?」


「僕、そうそう他人なんて褒めないですけど。ラグさんのアバターはかなりカッケーと思うっす」

「あの子かわいい、羨ましい! なーんて人も少なくないんじゃないっすかね」


 他人事、といった口調で呟くアドリックさん。

 遠回しに(?)外見を褒められていることに気付いて、ちょっとだけ、顔が熱くなる。


「……えっと、そのう。……ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しいけど……」

「……――ただ、ラグヴァルドは、私にとっても大事な分身だった、というか。ゲームだと、別の自分になりたい、というか――……」

「とにかく、出来れば外見をもう一回、変更したいんだ」



 元より、私がこのゲーム(イルリバ)をプレイしようと思った理由は――フルダイブ型VRヴァーチャルリアリティという世界で、大好きだった思い出のキャラクターになって、再びゲームをしたくなったから、であって……。

 そして、自分ではない誰かの視点で、空想の世界に入り込んだり、迷い込んだりしたい、のであって……。


 ゲームの中でまで自分になることには、あまり興味が持てないのだ。



 ――ふう、と小さくため息を吐いて、アドリックさんが言う。


「……――ま、その気持はわかるっす。僕もその類(・・・)なんで。……ただ」

 それから、言葉を濁すように言い淀んで――その表情が曇る。


「……ただ?」

「…………正直、一度確定させたものを戻すのは、難しい、というか……。」


「……やっぱり、そうだよね」



 ――いっそのこと、もうやめようかな――、と。


 つい、ぼそりと――私がそれを口にしてしまったタイミングで。



 わーっ……! と、その呟きをかき消すように――私達の近くで話し込んでいたプレイヤーの集団から一際に大きな歓声が上がった。


 狩りを終えてきたばかり――といった雰囲気の彼らは、先程から『このメンバーでプレイヤーギルドを立ち上げよう!』……という話で大いに盛り上がっている。



 彼らからアドリックさんへと視線を戻すと――アドリックさんが、私を睨んでいた。

 それは――明らかにむっ(・・)として、私に不満を抱いているかのような――そんな眼差しだった。


 もしかして、聞かれてしまったのかも。

 何か口にしなければと言葉を探していると――アドリックさんが、ぼそりと呟いた。


「ちょっと、場所変えましょ。 ……ここ、うるさいっす」


 そう言って、私の手首を掴むと――きょろきょろと辺りを見渡した後で――広場を横切るようにして、私の身体を引っ張っていく。


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