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シングス・チェンジ(1)

 

 ――昨日の、あの(・・)事件の後。


 ショックの余り魂が抜けかけてしまった私はその場でログアウトをし――ゲーム機を机に放ると、倒れるようにし寝てしまった。


 外見を戻そうと操作を始めからやり直したり、思いつく限りで試せることを試したのだけれど、私のキャラクターの外見は『仮設定』ではなく、完全に『確定』されてしまったようで――


 キャラクター作成画面を開いてみても、“外見自体の設定”には一切、触れないようになってしまっていた。


 †


 ――翌日。


 いつも通りに学校へ登校したものの――事あるごとに『ラグヴァルドを無くしてしまったこと』を思い出してしまって……。

 水に沈みゆくようなどんより(・・・・)とした気持ちを抱えながら、ゲームのことを考えないようにしながらなんとか授業をやり過ごした。



 それから、お昼休みになって。


 ちょうど、友達が委員のお仕事で席を外していて――教室で一人、自作のお弁当を食べている時――


「よっ。かーなと。今一人なん?」


 突然に、クラスメイトに話しかけられた。


 友達の友達といった間柄の、時折に(なぜか)私に話しかけてくれるその女の子は――一人食事をしていた私を、一緒に食べようとグループに誘ってくれた。


 ちなみに――かなと、こと『柊ノ木(くのき)奏人』は私の現実の方(・・・・)の名前である。


 その三人の集まりにお邪魔する形で昼食を取っていて――なんだか、話の流れで、放課後に、街に遊びに行こう――と言う話になって。


 ゲームのこと、ラグヴァルドのことを思い出したくもなかった私は――二つ返事でグループに混ぜてもらうことにした。


 †


 HR(ホームルーム)が終わって――放課後。


 いつもとは違う方向の電車に乗って街へと出て、服や小物を見て回った後で、どうということもないファストフードのお店に入って、色んなお話で盛り上がって――。


 この後、カラオケ行かねー?――なんて。他のみんなが盛り上がっているところを、あまり遅くなると、家事もあるから――と席を抜け、他の皆と手を振って別れた。



 楽しくて、思っていたよりも長居をしたせいでかなり遅くなってしまった。

 三人共、普段一緒にいる私の友達とは勢いが違うというか――話の内容が違うのもあって、私はあまり喋らなかったのだけど……。

 それでも、わいわいと他の三人の話を聞いているだけでも気が紛れて――すごく元気が出たのだった。


 私を誘ってくれた子が、そのグループの事情をあまり知らない私に合いの手を入れて情報を補足してくれたりもして……。

 アドリックさんもそうだったけど――みんな優しいな。


 本当に、ありがとう。



 夕方6時を過ぎた空は、うっすらと蒼く――薄暗くなり始めていた。

 あちらこちらの飲食店から漂う、肉や油、調味料の焼ける匂いと共に――様々な色の光がちかちかと瞬き始めた繁華街を抜け、駅へと向かう。

 夜も間際の“人口密度の高い”電車に揺られ、駅の近くのスーパーで食材などの買い物も済ませた後――私が家に戻る頃には、もう、日が暮れかけていた。


 †


「ただいま」


 玄関扉の内鍵を回すと――静かな部屋に、扉の鍵がかかる重い音が響く。

 それから靴を脱いで、居間(リビング)の扉を開けると――部屋が、西日で茜色に染まっていた。


 窓から覗く空がすごく綺麗で。

 部屋の明かりをつけないまま――食品を冷蔵庫に入れるのも忘れて、窓の傍に立ち、景色を眺める。


 水彩画のような薄紫の空。


 燃えるように赤く染まった水平線と、遥か高くまで立ち上る夏の雲。

 空を覆い隠すように立ち並んだ近隣のマンションのその向こう側には、靄がかった遠くのビル群がきらきらと金色に煌めいていた。


 風が鳴る音以外には何も聞こえてこない、しーん……とした静寂。

 遠くの幹線道路にはたくさんのきらきらとした赤と白のライトが川のようにずらりと連なって、渋滞の列を作っている。


 ――空は、それからすぐに濃い水色へと色を変え、やがて真っ暗になった。



 リビングの明かりをつけ、それから炊事と食事をして……お母さんの分の夕食の作り置きと、明日のお弁当の準備をした後で、後片付けをして。

 ――私が自分の部屋へと戻る頃には、九時を回っていた。



 部屋の明かりをつけて、ふと――勉強机の上に放るようにして置かれていた、買ったばかりの新型ゲーム機『VEIL(ベール)』が目に入って――ずきりと、胸が痛くなった。


 白を基調とした、未来のロボットの頭部を思わせるようなそのデザインは、どちらかと言えば男の子が好きになりそうなそれで――あまり可愛げがない。

 質感、手触りや重さ共に高級感が漂っていて――棚の上などにただ置いておいても、大人っぽくて、格好は良いのだけど。


 もう、あまり見たくもなくなって(・・・・・・・・・)いた“それ”を、いっそのこと見えない場所に――クローゼットかどこかに、しまってしまおうかなと考えて。


 ――静まり返っていた部屋に、私のため息が響いた。



 中学の頃から貯金していた――高校生のお小遣いにして二年分(・・・)に近い大金を叩いて、やっとのことで購入したばかりだったのに。


 ……こういうのって、売ったら、幾らになるんだろう。

 でも――きっと私の個人情報が満載になってるんだろうな。……どうすれば良いのかも良くわからないや。



 そんな事を考えていて――……ふと、アドリックさんのことを思い出した。


 アドリックさんは、色々と私の知らないことを知っている。

 私が勝手に諦めているだけで、もしかしたら、なにか他に手立てがあるかも知れない。



 ――いつまでもしょげて(・・・・)いても暗くなるだけだしね。

 今日は、特に他にやりたいことがあるわけでもないし。


 ログインをしてみたらアドリックさんが居るかもしれないし――相談だけでもしてみようかな。



 ……よしっ。


 気合を入れて――気持ちを切り替えてから、『VEIL』を手に取ると――ベッドの上へと転げてそれを被り、そしてそのスイッチを入れた。



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