ラグヴァルド、再誕……?(3)
ゲームからログアウトをした後。
家のことや明日の授業のこと……色々と用事を済ませてから、
自分の部屋にある昔のノートを引っ張り出して、IDとパスワードを書き残したページを探したけれど……、それらしいものは見つからなかった。
……うーん。
なにかのノートの片隅にメモを取った記憶は確かにある、んだけどなー……。
なにせ、一年以上も前のことだし、昔のノートを処分してしまった記憶もあるし……。
……あの時、もしかしたら一緒に捨ててしまったのかな。
時間は既に、夜の11時近く。
いつもだったら寝る準備をしている時間なのだけど――ノート探しに熱が入ってしまい、部屋のあちらこちらを探索。
夜も遅いので、あまり大きな音を立てないよう気を付けつつ、目に入ったノートというノートの全ページをチェックしたのだけれど、やっぱり、“それ”は見つからず……。
――捨ててしまったのかもしれないという不安が、現実味を帯びてくる。
それから、小一時間の探索の後。
引っ越しをした後、ダンボールのままにクローゼットに放り込んでいた荷物の中から、昔のノートの束を発見。
おお……これは、もしかしたら……?
一冊一冊、中身をチェックしていると……。
中学の頃の数学のノートのページの隅に――『イルファリア・クロニクル』という書きなぐりと共に、IDとパスワードらしき文字列が記されているのが目に入った。
……あったーー……!
やったね……!
良くぞ書き残しておいてくれたよ、昔の私。
なにか、とてつもない事をやり遂げたかのような達成感が満ち満ちる中、
どうせだから、今、ラグヴァルドの姿が見てみたい……! と思ってしまって――。
ついつい誘惑に負け、ゲームを起動させてしまった。
夜も遅いけれど……ちょっとだけ、ちょっとだけ。
引き継ぎだけしてすぐに寝れば、全然大丈夫……の、はず。
†
それから、10分程ログインの待機列へと待たされた後。
再びイルファリアの世界へと降り立つと、辺りはすっかりと日が暮れ、真っ暗になっていた。
トレイアの街広場のお祭り騒ぎは続いていて――異様な賑やかさと喧騒に満ちている。
無数の街灯やお店の灯りが煌めいて、椰子の木や砂色の建物達がその明かりに照らされて。
なんだか、夜の街へと飲み込まれてしまいそうな怪しげな雰囲気だ。
……よしっ。
さて……、出来れば何処かに座ってじっくりと操作したいけど。
うーん。とにかく人だらけで、ベンチや手すりなどの座れる場所は完全に埋まっている状態。
あちらこちらから前作の思い出話が聞こえてきて、思わず、会話に混ざりたくなってしまいそうになる。
広場の周囲にある、酒場や宿屋、あるいは値の張りそうなレストランといったお店も完全に満員、満席。
ほとんどのお客さんが初期装備のプレイヤーなのもあって――なんだか、異様な集団が街を乗っ取ってしまったようにすら見える。
ひとまず、わあわあ、とけたたましい広場から離れ、静かな場所を探して歩く。
広場から伸びるメイン通りをしばらく下って行って、通りの隅の壁に背を預け、一息をついた。
……ふう。
少しは静かになった、かな。
――空には、不思議な模様の銀河と、無数の星々、そして二つの月がぽかりと浮かんでいる。
手前にある小さな月と重なるようにして、奥側にある一際に巨大な月がぼうっ……と怪しく輝いていて――
その様子がどことなく不気味で。見つめていると、なんだか……吸い込まれてしまいそう。
遠くから響いてくる喧騒と一緒に、夜の風が頬を撫でて――
ほのかな、潮の匂いが漂う。
このまま、夜の街を探索してみたくもなるのだけど。
……とにかく、まずは『外見の引き継ぎ』だね。
操作画面から〈外見設定〉を開いて――
〈旧キャラクターの外見を引き継ぐ〉のボタンを押すと、見覚えのあるメッセージが表示されて、IDとパスワードを入力する枠が現れる。
枠を選択して、発掘したばかりのIDとパスワードを打ち込んで――〈続行〉のボタンをタップ。
それからしばらくの間、くるくると通信中やロード中を示す矢印のアイコンが回転した後……、
ぽん! と、メッセージが現れる。
**
アカウントの照合に成功しました。
おかえりなさい、ラグヴァルド様!
この操作を続行すると、あなたが現在のブルームネットで使用しているアカウント『kusukana0113』へ、あなたが旧『イルファリア・クロニクル』上で使用していた ユーザーID:『gXBv75fb』及びそのキャラクター『ラグヴァルド』の情報、保有していたゲーム内通貨の残高が統合されます。
※ 住所、氏名など、全ての個人情報は現在のものが優先され、旧アカウント上の情報は破棄されます。
※ 以降、ユーザーID『gXBv75fb』のアカウントは使用できなくなります。
……
**
……出来たー!
やったね。
ちなみに、その下にも注意事項がずらずらと並んでいる。……まあいいや。
〈続行〉のボタンをタップすると、
『アカウントの統合が完了しました!』――との通知の後で、続けて別のメッセージが現れる。
**
ラグヴァルド様。
『イルファリア・クロニクル』への長い間のご愛顧、ありがとうございました。
輝かしい功績・戦績を上げたラグヴァルド様へ、本ゲーム内のアイテム〈秘密のトレジャーボックス〉をプレゼントいたします。
このアイテムを同アカウント内の他のキャラクターで獲得したい場合、必ず『後で』をタップし、プレゼントを獲得したいキャラクターでログインをし直した後、〈システム〉サブメニュー内、〈補償とプレゼント〉の画面よりお受け取りください。
※ トレジャーボックスは『トレード不可』となります。一度受け取ってしまうと、他のキャラクターに譲渡することは出来ません。
※ 獲得期限は本日より7日以内となっております。期限を過ぎたアイテムは破棄されますので、忘れずにお受け取りください。
**
……おおおー……。
輝かしい功績、だって。
読み進めていって、つい、嬉しくなってしまったよ。
……もしかして、私のやりこみを買ってくれたってこと、かな?
それとも、単純に、初代イルクロをプレイしていた全員が貰えるのかな。
宝箱のアイコンを選択してみると。
〈秘密のトレジャーボックス〉
伝承に名高いバーサーカー、ラグヴァルドにゆかりのあるアイテムが収められている、豪奢な装飾の施された宝箱。
複雑な魔術により施錠されており、常人には開けることは叶わない。
明くる日、あなたが誠に相応しい成長を遂げた時、鍵はひとりでに開くという。
解錠レベル:不明
トレード不可
……ふむ。
鍵が掛かっている、みたいなニュアンスだし……今、開けれるわけでは無いみたいだね。
――ちなみに、今作であるイルリバは、前作イルクロの世界から200年が経過した未来――という設定になっているので、
厳密に言えば昔のラグヴァルドとこのラグヴァルドは別人、と考えるのが妥当、かな。
……孫の孫の孫……くらいの遠い血縁が、おじいちゃんの遺産を受け取る、みたいなイメージになるのかも?
そのまま、メッセージ内の〈獲得する〉ボタンをタップ。すると、
『〈秘密のトレジャーボックス〉が所持品に追加されました』――とのメッセージが表示される。
やったね。
IDとパスワードを発掘したことで、思いもよらないおまけをゲットできたよ。
宝箱……何が入っているんだろう?
私、イルクロでは――結構な値打ちのある最終装備のアイテムや、伝説級の武器を持っていたんだよね。
どれも、一つ一つに思い出の詰まった宝物だから……それも一緒に引き継げたりしたら、嬉しいなー。
メッセージの画面が閉じられて、それから再び、アイコンが回転。操作をせずにしばらく待つと――
数分の待機時間の後に、ぱっと、新しいキャラクターの姿が現れる。
――『キャラクター:ラグヴァルドから、外見を自動生成しました。』




