ラグヴァルド、再誕……?(2)
「まあ、それはそれとしても。イルクロのキャラクターの外見を手っ取り早くイルリバに持ってきたいなら、もっと簡単な手があるっすよ」
「……――あ、ただし。旧アカウントのIDとパスワードを覚えていることが条件になるんすけど」
ふむ……。
IDとパスワードかぁ……。流石に覚えてないかも。
「……ちなみに、どうやって操作をすればいいの?」
「えーと。まず、メニューの〈キャラクター〉から、〈外見設定〉の画面を出して……、」
言いながら、手元の画面をなにやら操作するアドリックさん。
「画面左に、〈旧キャラクターの外見を引き継ぐ〉、というボタンがそのままあるっす」
「そちらをタップして、IDとパスワードを入力してから、キャラクターを選択すれば――旧作のキャラクターをベースに外見を自動設定することが出来るっす♪」
ええと、外見設定……、と。
――言われたようにキャラクター作成の画面を開いてみる。
……あ、あった。
〈旧キャラクターの外見を引き継ぐ〉。これだね。
パネル上部の、見逃してしまいそうな小さなボタンをタップ。
すると……。
**
現在、あなたが外見を引き継ぎ出来るキャラクターは存在しません。
あなたが保有していた旧『イルファリア・クロニクル』上のキャラクターからの外見の引き継ぎ操作を行うためには、旧『イルファリア・クロニクル』上で使用していたアカウントを、現在ご使用している〈ブルームネット〉上のアカウントへ統合する必要があります。
※ ゲーム内通貨の第三者への譲渡は規約違反となります。
※ アカウントの統合は一度きりの操作となり、やり直すことは出来ません。
**
――と、メッセージが表示され、
IDとパスワードを入力する為の枠が二つ現れる。
その下にも、小さな文字で注意事項が並んでいる。
……なんだか頭がこんがらがりそう。
「あ……ちなみに、僕からはラグヴァルドさんの手元の操作画面は一切見えないので」
「覗き見、のようなことは心配せずとも大丈夫です。……逆に、他人の操作画面も見ることは出来ないっす」
ふむふむ。
……うーん。
頭を捻ってみたけど……IDとパスワードは思い出せそうにないね。
IDは、なんだかめちゃくちゃな文字列だった気がするし。
……ということで、ひとまず今は諦めることにした。
「……だめだ。思い出せないや。また後で試してみるね。――教えてくれてありがとう」
「了解っす♪」
さて。
それはそれとしても――とりあえず、外見だけは簡単に変えておこうかな?
この、リアル丸出しみたいなキャラクターで歩き回りたくないし。
開いていたキャラクター作成画面から、そのまま〈カスタム〉をタップ。
すると、ゲーム開始時に見ていた――初期設定らしいノルンの男性キャラクターが再び表示される。
――無精髭で、身体に傷跡があって、胸板の厚い――“のしーん”とした感じの男性である。
特に設定を弄らずに、そのまま〈決定〉ボタンをタップ。
『外見を設定しています……。』とのメッセージと共に、ロード中のアイコンがくるくると回る。
それから数秒の後に画面が消え――ぶわりと、私の周囲を光のカーテンが包んだ。
……おお。なんとなく、昔見たアニメの変身シーンみたいだね。
くるくる回ってみたくなる。
しゃらーん。
すると――突然、どーん、と私の視界が持ち上がって。
「うわっ」
うわ?!
――私の声が、野太い男性の声に置き換わった。
視線を落とし、自分の手や腕を確認してみると……
そこにあるのは、まるで木こりのようなごつごつとした手指。ぐっと盛り上がった腕の筋肉、身体に残る戦いの傷跡……。
外見とセットで、着ていた服も、古びた感じのチュニックへと置き換わったみたい。
「……おおお……。」
性別の変更がこんなに簡単だなんて。
……なんだか、こう、複雑な気持ち。
試しに、今まで使っていた斧を素振りしてみる。
ぶんぶん。
……別に、軽くなったりはしてないね。単にSTR値で判断されているみたい。
アドリックさんが腕を組んだまま……なにやら複雑な面持ちで私のことを見つめている。
「…………なにか?」
「あー、いえ。人の好みは人それぞれなので、特には……」
何、その言い方。含みを感じるね。
そのまま、歩いたり、跳ねたり、回ったりをして、操作性を確かめてみる。
……ふむ。
巨大な斧が、大柄な体格に馴染んでいる感じもする……のだけど、プレイしづらくなった気もする。
現実の私と身長やリーチが違いすぎるせいかな。動いたり歩いたりすると、なんとも言えない違和感が走る。
……これは、長時間やると気持ち悪くなってしまうかも。
…………うーん。
続けていれば慣れるかな……?
けれど。自分の体が“ぶ厚く”なったような感覚……。
やっぱりこの感じ、ロールプレイにはぴったりだね。
声といい、体の傷跡といい、痛みを知ってしまった歴戦の傭兵――みたいな雰囲気が最高に良いよね。
これで、雄叫びを上げながら、大斧をぶんぶんと振り回して戦ったら――もう、絶対に! 格好良いよ。
欲を言えば、鎖で出来た鎧とか、鉄の兜とか、熊の毛皮のマントとかも欲しいな。
……あとは、前作のラグヴァルドの外見を持ってこれれば完璧、だね。
…………ぐふふ。
――おっと。つい、妄想に浸ってしまった。
†
「よーし。」
「……よし、なんすか?」
「ごめんね、アドリックさん。今日はそろそろログアウトしないと」
「あら。……了解っす♪」
「今日は、色々と教えてくれてありがとう」
私が言うと、引きつったような笑みを浮かべるアドリックさん。
「……なに?」
「いえ、そのー。見た目と口調が……噛み合ってないと言うかー……」
そう言えばそうだったね。
……まあ、アドリックさんには色々とバレてしまったし、もう諦めよう。
「――いえいえ。こちらこそ、初日に遊んでもらえて嬉しい限りっす♪」
『アドリック(ID: fleurfleur_819)からフレンド申請が届きました。』
ぽん、とメッセージが現れて、承諾のボタンを押す。
「登録出来た?」
「ばっちりっすー♪」
「またなにかあれば、何でも聞いてくださいね。〈ソーシャル〉の〈フレンドリスト〉から僕にメッセージを投げてくれれば、直ぐに返事をしますので。」
……ふむ。フレンドリストからメッセージを送れるのか。覚えておこう。
ログアウトしたら、今日覚えたことを忘れないようにメモしておいたほうが良いね。
「メッセージするよ。また組もうね――今日はありがとう」
「こちらこそっす♪」
アドリックさんへと手を振って――街へと戻ることが出来るアイテム――〈クリスタル・オブ・リコール〉を使用。
数十秒の発動待機時間の後。クリスタルが一際強く光を放ち――そして視界が暗転。
エリアが切り替わった途端――、またもや、大量の人の波の中へと投げ出される。
ぎゅう、ぎゅう、ぎゅう……。
あああ……、もう、痛い、痛い。地味に痛い。
数分をかけて……やっとのことで、人だかりから抜け出した。
――日本時間で夜の8時。
トレイアの広場には、昼の2倍から4倍は居そうな……大量のプレイヤーが集まっていて、半ばお祭りのような雰囲気と化していた。
お遊びで決闘をしている人や、なぜか衛兵に追い回されている人、はたまたなぜかぽつぽつと倒れている人々。
せっかくゲームを購入したのにまともにログイン出来ない、と騒いでいる人も居て……結構な混乱が起きているみたい。
しばらくしたら、この混雑も解消されると良いんだけど。




