街の外へ(5)
……ということで、休憩も挟んでHPは全快。
準備万端の私達は、丘の裾で伏せている狼へと近づいていく。
名前は〈グレイウルフ〉――レベルは3。
その体は犬とは比べ物にならないくらいに大きく……近くで見るとかなりの迫力だ。
……ふむ。
さっきの毛玉がレベル1だったことを考えると、ずっと手強そうだね。
「……さて、やりますかー」
ぼそりと呟いて、不敵に笑うアドリックさん。
鞘から短剣を引き抜くと、狼目掛け、一気に駆け出す。
舞うようにし距離を詰めると、身をひねりその短剣を一閃。
狼はステップを踏むようにその一撃を躱すも、すかさず二撃、三撃と追撃を加えて、そのどちらもがヒット。
その毛皮に、斬撃のエフェクトのような光が走る。
……さすがは短剣。攻撃速度がずば抜けて早い。
私の両手持ちの斧とは段違いだね。
私もアドリックさんの後を追い、狼へと肉薄する。
……大きな牙に、鋭い爪。
写実的ではなく、どことなくアニメ風にアレンジされているけれど、いかにも手強そう。
既に二回の攻撃を受けているはずなのに、そのHPはほとんど減っているように見えない。
……ごくり。
勝てるのかな、これ。
そのまま、アドリックさんと向かい合うように狼の背後へと回り込むと、
斧を構え、その背中を見据えて振り下ろす。
――べしっ。
……あれ……。
一応ダメージは出たものの――タオルを叩いたような、残念な音と手応え。
うう。思わず躊躇したせいか、手応えが得られなかった。
狼は身を翻し私を睨むも……そのまま、アドリックさんへと向き直る。
……うーん、というか……。
この狼。顔は怒ってる風なんだけど、どことなくコミカルで可愛いんだよね。
毛玉の時は、街に戻されたくなかったから必死に戦ったけど……。
……この子、野原で寝てただけじゃない?
「……ラグさんってば、優しいっすねぇ♪」
アドリックさんが、にたにたと笑って言う。
「な、なんだ。唐突に」
気色悪いな。
「もしかしてー、狼が可哀想で叩けないとかー?」
「そんな訳はない!――操作に慣れんだけだ」
アドリックさんは喋りながらも余裕綽々、といった様子で、
飛びかかる狼を躱し斬りつける。
ぼしゅっ……!
赤黒い斬撃エフェクトが空を切り、ちりちりと火の粉を上げる。
ブリーディング・エッジ。――アドリックさんの戦技だ。
切られた狼には、水滴のようなアイコンが現れ、ちかちかと点滅している。
「なら、良いですけどー。 ……あんまりふざけてると街からここまで歩き直しっすよー?」
……うう、それは嫌だな……。
アイコンが点滅をしている間、じわじわと、敵のHPが減っているのがわかる。
スリップダメージとか、ダメージオーバータイムと呼ばれる、一定時間に渡って継続ダメージを与え続ける特殊な攻撃だ。
カウンターの要領で、確実に当てれるタイミングでスキル攻撃を発動させたみたい。
流石にベータ経験者……手慣れてるなぁ。
狼は、唸りながらアドリックさんを睨みつけると……溜め攻撃らしき構えを見せる。
獲物に飛びかかるかのような低い姿勢を取ると、その大きな爪に赤い光が集まり、明滅を始める。
咄嗟に駆け寄り、その背中目掛け斧を振り下ろす。
――敵の戦技は、その準備段階に攻撃を当てることで、発動を妨害出来る事があるのだ。
……けれど。
――すかっ。
あらら……、避けられた。
流石に、身のこなしが素早いね。
……振りかぶりすぎたかも。
そして、今の攻撃で、その注意が私に向いてしまったみたい……。
狼がこちらを向いたのを見て、
私も、武器に意識を集中させてみる。
聞いた通りに……力を流し込むようなイメージ。
――すると、光の粒が集まるように踊り……私の斧が鈍い光を放ち始める。
お。出来た、かな?
――がううっ !!
……と、その時。唸り声とともに狼の大きな後ろ足が地を蹴って……その体が爆発的な速度で加速した。
――巨大な爪が振りかざされ、私へと迫る。
背後へと倒れ込むように地を蹴り、かろうじてその攻撃を躱そうと飛ぶも――
その爪が私の眼前を掠め、肩を裂き――クロークの引きちぎれる音が響く。
バランスを崩し、ぐらりと身体がよろける。
――けれど、まだ。
未だ鈍く光りを放つ斧を一瞥し、強く握りしめる。
――このまま、当てる……!
そのまま身をひねり、強引に斧を振り回すと――狼の胴体へと目掛けて思い切り振り抜く。
どすん!――激しい音と共に光が弾け、私の戦技が直撃する。
悲鳴を上げ、大きく飛び退く狼。
……遅れて、そのHPバーが大きく削り取られていく。
……ふふふ、見たか。
覚えたばかりの戦技、クリーヴだ。
コストが重く、避けられてしまえば手痛いけれど……その分そのダメージは重く、アドリックさんの通常攻撃の概ね三倍近い数値が出ている。
見様見真似だったけれど、思いの外うまく行ったね。
――けれど、狼の爪で薙ぐようなスキル攻撃も、相当な威力だったみたい。
直撃は避けたはずの私のHPが、それでも大きく削られている。
見れば、左肩には爪の形らしき光の残痕が刻まれていて……思わず、鈍い痛みが走る。
……いや、大して痛くはないのだけど……なんとなく痛い気はしてしまう。気分的に。
……ふむ。
あの攻撃は、まともに食らったらやばいね。
HPの60%か、下手をすれば80%は持っていかれるかも。
……ぐるるるるぅ……っ!
憎々しげに私を睨みつけ、地を響かせるような声で唸る狼。
その迫力に、思わず背筋が寒くなる。……けれど、肝心のそのHPは既に残り6割を切っている。
……うん。これなら、いけるかな。
この狼、一人だったら勝てなかったと思うけれど……、二人だったら。
†
それから私達はスキル攻撃を重ね、狼を討伐することに成功。
「さすがっすー♪」
顔を綻ばせたアドリックさんと、手を叩き合う。
「レベル2上の強敵もラグさんとだったら余裕っすねー♪」
「いや、相当に手応えはあったがな……」
「まあ……あの狼、本来はヒーラーやタンクなんかも入れて4人で倒す敵だと思うっすよ」
それって、めちゃくちゃにごり押しで倒したってことじゃない……?
……少し戦闘をこなして思ったのは、このゲームは様々な年齢の人がプレイしやすいようにアレンジされているな、ということ。
例えば、短剣の刺突攻撃でも、武器が刺さったりはしないし、血が出たりもしない。
リアルに描けば怖くなってしまうモンスター達も、コミカルな風貌で馴染みやすい。
とはいえ、武器の重みはなんとも現実的だし、手応えに応じて相手は弾き飛ばされる。
攻撃が直撃したときには、視覚的なエフェクトとともに、派手な音がする。
――そのため、戦闘の臨場感はすごいし、同時に若干の罪悪感も、あると言えばある。
敵の見た目がいちいち可愛いのがなー……。
やってるうちに慣れるかな、とは思うけど。
†
それから私達は、草原を歩き回って狩りを続けた。
獲物は主に狼を狙って倒して回った。
消耗も激しいけれど、他の弱々しい敵とは違って、一体の経験値はかなりのもの。
私達は(というより、主に私が、だけど)すぐに戦闘やチームワークに慣れて、どんどんと狩りの効率が向上。
時間を忘れて狼との戦闘にのめり込んでいたら――。
じゃかーん♪ とファンファーレが響き、
LEVEL UP!の文字が躍った。
全く同じ効果がアドリックさんにも浮かんでいたので、同時にレベルが上がったみたい。
慣れてきてからはあっという間だったね。
「おめーっす、ラグさん」
「ありがとうな、アドリックさん。あんたも、おめでとう」
「どうも♪ ……いやいやー。僕ら、良いデュオになるんじゃないっすかねー? 息もばっちりですし。」
「……そうかも知れんな」
ふんと鼻を鳴らして答える。
アドリックさんは、率直に言って、“かなり”上手いプレイヤー、……だと思う。
前作をやり込んでいた私から見ても、すごーく上手い。
それに、イルクロ以外にも、かなりのゲームをやり込んでそうな雰囲気。
知らないことを色々と教えてくれるし、ゲームを始めてすぐに良いプレイヤーに出会えたのは運が良かったな。
……さて、どうしよう。
薄々気付いてはいたのだけど、そろそろ時間がやばい。
メニュー画面の現実時間を示す時計が7時30分を回っている。
いつもだったら、とっくに食事の準備を始めている時間だ。
……なんだか、一瞬だったな。
もうちょっとプレイしたいのは山々だけど、あんまりゲームにのめり込み過ぎないように心がけたい気持ちもあるし。
初日のプレイはこれくらいにして、今日はログアウトしようかな。
私が、それを伝えようと口を開くのと同じタイミングで……、
アドリックさんが――何やらどことなく躊躇を覗かせつつ、ぼそりと言った。
「えーと。レベルが上がったついでに一つ、いいっすか?」
「ん?」
「ラグさん、自分のキャラクターが女の子になってるの、気付いてます?」
え?
ここまで読んでくださってありがとうございます。
無事に10話まで続けられました。当初はここまで3話くらいで終わらせる予定でしたが……。いざ書き出してみたら文字数が増えてしまって驚いてます。
これからもこのくらいの雰囲気で続けていければと思っています、よろしければよろしくお願いします。




