街の外へ(3)
……ということで、今度こそ戦闘の準備はばっちり。
私達は敵を探すため、街道を外れて草原の中へと入っていく。
†
「あれなんか、どうだ?」
遠くの丘の裾を横切るように歩いている狼を指して言う。
「んー。狼はちょっとレベルが高いんで……最初はあいつにしましょう」
「……あいつ?」
きょろきょろ、と見回してみても、特に敵の影は見当たらない。
「えーと……、あの辺りへ歩いていけばわかるっすよ」
あの辺りーっす、と何の変哲もない草原を指して言うアドリックさん。
「ん?……何も見えないが……」
「ゴーゴー、ラグさん。ほらほらどうぞ。」
意味ありげな笑みを浮かべて、私を追いやるような仕草をする。
……いや、一緒に行こうよ。
†
言われた通りに、指された場所へと歩いていくと。
がさっ……!
突然、枯れ草のように見えていた塊が、もさりと動いた。
ひえ……?!
びっくりした……。なに、こいつ。
よく見れば、周囲の草とは違う色。
掃除機よりも一回り大きいくらいの、グレー味のかかった白い毛玉…………、のような物体。
全身が毛でもふもふなせいか、手足は殆ど見えない。
毛玉の中央には、ちょこんとした顔と口に、うさぎのような長いひげと、つぶらな瞳が二つ。
頭らしい部位からは、ヒツジのような捻じくれた角が二本。
遅れてその頭上に〈モヘア・バニー〉、と、その名前が浮かびあがった。
……え? バニー、って、敵なの?
気のせいか、鼻息が荒い、ような。
もしかして怒ってる?
かと思うと……
その毛玉が、ぴょん、ぴょん、と跳ねて、近寄ってきた。
……あ、可愛いー。
思わず撫でようとしゃがみこんだ、その私のおなか目掛け、
――奴は突然、突撃してきた。
あ痛ーー!?!
ごっすう! と嫌ーな音が響いて、私の体力が削られる。
「……ぐえ……」
思わず、両手をつく。……完全なクリーンヒットだった。
突然私を攻撃してきたそいつは……崩れ落ちた私を嘲笑うかのように、左右にぴょん、ぴょん、と跳ねている。
…………可愛い。
ごっすーー!
あ痛ーーーー!!?
ちょ、ちょ……これを食らい続けたら、死んでしまう……!
こんな可愛い子を攻撃するなんて。と言いたいところだけど……そうも言ってられない。
二発の(それも、スキル攻撃の)直撃を食らったせいで、既に私の体力は1/3を切っている。
つまり、もう一度あの突撃を食らったら、私は死ぬ。
そして、こんなところで死んだら――多分、街の噴水に戻される。
……やらねば食われる。
て、あれ?
というか、アドリックさん?
……あれ? アドリックさんは……?
なぜか姿の見えない、私の頼もしい仲間を探すと――
「ラグさーん!……何してるんすか! 斧で反撃っすー!」
後ろで私を応援していた。
「おい……」
いや、助けてよ……。
立ち上がり、斧を構え、こんどこそ、毛玉の突撃に備える。
一つ、わかったことがある。
毛玉は、ステップを踏むかのように小さなジャンプを何度か繰り返した後、
その捻じくれた角を構えるみたいに首を下げ、足に力を溜めるようにして、僅かなポーズを挟んだ後、突撃を放ってくるみたい。
ホップ・ステップ・ジャンプ、的な。
奴は今、つぶらな瞳に確かな殺意(?)を滾らせ――
私の出方を見るかのように小さく跳ねている。
1、2、3。……くる!
すかさず斧を構え――その柄を使って、毛玉の突撃を斜めにそらす。
がきん! 、という鈍い音とともに、その体が中空に投げ出される。
……今だ!
その隙を狙い、斧を振りかぶり――そして、振り下ろす。
ぶん、という風切り音が唸り、私の一撃が毛玉へと直撃。
体が弾かれ、斬撃エフェクトのような光の跡が発生。
――決まった。……はずなのだけど。
厚い毛に弾かれたのか、あまり手応えがない。
ダメージは入っているものの……無意識で加減をしてしまったのかも。
着地をすると、再び、左右に跳ねた後で、もう一度攻撃の構えを見せる毛玉。
……よく見ると、頬やおなかがもちもちとしていて、跳ねるたびにぽよんぽよんと弾んでいる。
……。
…………か、可愛くなんてない。
全然可愛くない。
こいつは可愛くない、可愛くない、可愛くない……。
目を開けていると容姿に惑わされてしまうなら、目を閉じてしまえば良い。
光が集まるようなエフェクトと共に、しゅううう、という小さな音が鳴るので、気をつけていれば目を閉じていたって避けられるはずだ。
その後で、スキル使用後の硬直したタイミングで攻撃をすれば良い。
……ふぅ。
――よし、もう一度。
こい、毛玉。
君の攻撃はもう、見きった――。
†
それから、三度ほど攻撃を加え、
なんとか、最初の戦闘に初勝利をした。
ぱち、ぱち、ぱち。
「いやー。初勝利、おめでとうっすー♪」
拍手を響かせ、顔を綻ばせたアドリックさんが歩み寄ってくる。
じい、とその彼を睨む。
「…………あ。いやいや。怒らないでくださいよう。……良い準備運動になったでしょ?」
「なんで加勢してくれなかったんだ。……死ぬかと思ったぞ」
イケメンかと思っていたけど、その評価は取り消しとする。
「大袈裟なー。明らかにわざとダメージを食らって遊んたじゃないっすか」
「……」
わざとじゃないし……。
「まあまあ。よーし。てわけで、次はあいつとやりましょう」
そう言って、丘のあたりで寝転がっている狼を指差す。
「今度は僕もちゃんと戦うので。ね?」
本当だな……。
また全部私にやらせたら、怒るからな。
「……よし、いいだろう」
「――あ、と。ちょーっと待った」
狼目掛け、歩き出そうとした私の腕を、がっしと掴む。
「んん?」
……今度は何?




