旅立ちと、怪しい雲行き(6)
(あらすじ)やっと、旅が始まった?
武器や防具で身を固めた冒険者達で賑わう北門周りを通り抜けた抜けた私達は、晴れ渡った青空と視界に広がる郊外の景色を眺めて、誰ともなく足を止めた。
質素な石造りの建物がぽつぽつと並ぶその向こう側には、砂色の岩肌や野生のヤシの木が立ち並ぶ〈ルディア丘陵〉と呼ばれるエリアが続いている。
……と、そこまでは良いのだけど、問題は、その向こう側。
郊外へと伸びている道のその更に先。岩山に掛かるようにして、鉛色の厚い雲が、青空に境界線を引いたみたいにしてもうもうと立ち上っている。
「何、あれ」
ぼそりとすずさんが呟く。
まるで、青空へと境界線を引いたみたいに、波打つような黒い雲が水平線を隠していて、その下はまるで黒いスプレーが吹き付けられているみたいに霧で濃く煙っている。
うーん、これは明らかに……。
「雨雲、だな」
アレンさんが呟くと、うわー。と、声が上がる。
「このゲームにも雨、降るんだねぇ。……って、そりゃそっか」
「僕も見るのは初めてだ」
「オレもだ」
「私もです」
「俺は、だいぶ前にお天気雨に振られたことが一回だけあるな」
他の街からプレイを開始した人たちにとっては雨なんてよくあること、なのだろうけど……。私達、つまりトレイアでゲームをスタートしたプレイヤーにとっては、その気候的な特色もあって、本当に雨という雨をただの一度も見たことがなかったのだ。
「……ん、ちょっと待って。私達ってもしかして、あの中に突っ込んでいくことになるんじゃない?」
「そうなるな」
はるか遠い、とはいえ、盛大な雨雲を前に、足を止めたまま立ち尽くす私達。
「……今日はやめね?」
ヘーゼルさんがぼそりと呟く。
「いや、あのなあ?! 日曜の夜だぞ。何のために早めに集合したと思ってんだ」
「そうは言うけどさあ。リアルでも、あんなのは見たこと無いぜ」
「あたしもカナカナも装備を新調したばかりなのにー」
「あ、気付いた気付いたっ! 一瞬誰かと思っちゃった。めっちゃ可愛いねっ、二人ともー」
「へへー。あざーっす♪」
「ありがとうございます」
「……まあまあ。服が汚れるわけじゃないし、風邪を引くわけでもなし。ログアウトすればさらさらのベッドで寝られるんだから、いいじゃないか」
いざよいさんが私達を振り返ると言う。アレンさんも同意をするように頷くと、
「行ってみりゃあ、ぱあっと散ってるかもしれんだろ。さ、行くぞ」
言って歩き始めると、他のメンバーが――それから、うえー。と呟いたヘーゼルさんと、そして私達も、その後を追って歩き始める。
「カナカナは濡れても大丈夫そう?」
傍らでニアが呟く。
「うん。リアルでずぶ濡れになるわけじゃないし」
「そうだけど、服が肌に張り付いたりするじゃないですか。……服が一瞬で乾いたりする裏技とかあればいいのに」
「あっはは。ほんとにそれ」
近くで話を聞いていたすずさんがからからと笑う。
「案外、装備を付け直したりしたら乾いたりしない?」
それは――と、私が言いかけたところで、ニアも口を開く。
「それは、……以前にあたし達も試したんですけど。ね?」
「うん。ダメでした」
「しかも逆に乾きが悪くなるんで、なにかに引っ掛けて干すなりしたほうが良いっす」
そっか、と呟くすずさん。
「どうでもいいところばっかり妙に凝ってるよねー、このゲーム」
……と、その時。先頭を歩いていたアレンさんがはたと足を止めると、こちらを振り返る。
「ってなわけで、ここからは馬で移動をする。全員、馬を借りてくれ」
傍らには街の外壁を沿うようにして建てられた厩舎があり、馬の姿がちらほらと見える。
「……おっ。乗るのは初めてだわっ、馬」
「私もです。大丈夫かな?」
「乗れないってことはないと思うぜ。それなりの乗馬スキルを最初から持っているし、最低限の動作であれば問題なくこなせるはずだ」
アレンさんは私をちらりと見やってから、
「リアルじゃ無理でも、ゲーム内なら出来る。スキルの発動だとか、武器を振り回して敵を叩く動作なんかと同じで、ゲーム内でスキル値やステータス値に応じた動作の補正が入るようになっている。不安なら、しばらくはゆっくり進んでも構わないぜ」
「そうなんですね。だったら、大丈夫そうです」
戦闘もすぐに慣れたしね。
「乗馬が初めてなのはカナトちゃんとヘーゼル君の二人だけかな? ジニアちゃんは?」
「何度か乗ってみたことがあるっす」
「簡単だったでしょ?」
「ですね。自然と体が動くというか、すぐに慣れました♪」
「だろ。ま、少し値は張るが……今日は、さっきも言ったように危険な場所を一気に駆け抜けたいんだ。その代わり、二日目からは出来る限りで徒歩で移動していくから、安心してくれ」
……と、私達が話をしているうちに、すでに何人かのメンバーは馬を借り終わって、手綱を握ったり、その背に跨って動きを確かめていたりとしている。
私達も馬を借りようと厩舎へ近づいていくと……既に厩舎のおじさんと話をしていたヘーゼルさんが、はあ?!、と突然に大声を上げ、こちらを振り返ると、
「……ちょお、なあ。馬ってこんなに高いの?! 銀貨30枚……って……このおっさん、ぼったくってねえ?!」
「悪いが、そんなもんだ」
「……マジ? ……え、これってレンタルで? 一日分?」
「ゲーム内の一日分。翌日にログインをしても居なくなってるよー」
「はあ~~~~……??」
不満げに声を上げるヘーゼルさんを、アレンさんがじいっと横目で睨む。
「おい。ヘーゼル、お前……」
「……いや、金はあるよ?! ただ……その、なんだ。なあ、今日は誰かがニケツしてくんね?」
呆れた風にアレンさんが呟く。
「ニケツって……、お前なぁ」
「いや、食事代、宿代、装備だの魔法だのでガチで金が無いんだって?!」
「それは僕等だって同じことだ。旅費はそれぞれが自分で持つ、と書いてあった筈ですよ」
すこし不機嫌そうにハルタさんが言う。
「え。ヘーゼル君……、わざわざ宿に泊まってんの?」
「……泊まるでしょ普通?! 宿でログアウトして、リアル世界に帰ってきてぐっすり眠る。別の世界で別の自分が暮らしてるっ! って感じが良いんじゃん」
「あ、それ。わかるっすー!」
「だろ?」
それ見たことか、と言った様子のヘーゼルさん。ハルタさんが呆れたみたいに頭を振る。
「ま、わからなくもないけど……」
(ねえ、ニケツって何?)
ちょんと袖を引いてからニアに耳打ちをすると、ニアからも耳打ちが返ってくる。
(二人乗りのことでは?)
なるほど。後ろに乗せてってことね。
「わからんよ――ただでさえ金がないレベル10代でその生活を送りたがる理由がな。……だいたい、二人乗りって誰とだ。俺は嫌だぞ」
「つれないね。いっすよー別に」
言って、候補を探すように別の面々を見渡したヘーゼルさんとゴマシオさんの目が合う。……すぐに、けっ、と目を逸らす両者。
お前に用はない、とばかりに私達の方へと振り返ったヘーゼルさんは、
「すずちゃん、カナトちゃん、ジニアちゃん。よかったら一緒にどう?」
キラリ。と白い歯を見せる。
……ええ……。
「ノー!! っす♪」
手でバツ印を作るニアと、無言のままにっこりと微笑むすずさん。その笑顔からはなんだか妙な圧が迸っている。
「……えーっ!! 半分はオレも払うのよ?! ウインウインじゃんっ」
「お前、それ目当てじゃないだろうな……」
「チガウチガウ……タブン」
「おい」
「カナトちゃん――ちょっと悩む素振りしたでしょ?! どう?」
「……えっ。ええと」
「こらこら。くだらないこと言ってないで自分で払いなよ」
答えに詰まる私に、助け舟を出してくれるすずさん。そうだそうだ、と私の腕を取ったニアが声を上げる。




