旅立ちと、怪しい雲行き(4)
「いや、名前は覚えられんが、……こう、イメージとしては忘れてはないわけだ。分かるだろ?」
「はいはい」
と、そんなやり取りをするアレンさん達を前に、眉根を寄せて呟くヘーゼルさん。
「らぼ…………、なんだって?」
「〈ラヴォニアン・ケイヴ・ミノタウロス〉。ラヴォニア高地の洞窟に棲むミノタウロス、みたいな意味だろう。単にモブの名前だよ」
「……ほー。聞いたことはないな。確かに名前は強そうだが」
「見た目も相当だったぜ。ズーン!とこう、図体がどでかくてだな」
アレンさんが言うと、ヘーゼルさんは何かに引っかかったみたいに、少し考えるように間をおいて、
「……いや、ちょっと待った。なんでそんなヤツを相手に逃げなかったんだ? そもそも、馬に乗ってたんじゃないのか?」
アレンさんは少し苦い表情を浮かべてから、
「……あー、ううむ。入り組んだ岩場で道がよく分からなかったんだ。んで……、まあ、俺が道を間違っちまったらしく、妙な場所に迷い込んじまった。一度馬から降りて、腰を下ろして地図を開いてああだこうだと言っていたらその時、道端にぽっかり空いていた洞窟からどーん、とソイツが出てきたってわけだ」
「あらら。そりゃあなんつうか……運が悪いな」
「そうだな。運も悪かった。すぐに、逃げろ!と号令は出したさ。すぐ傍らには馬も居たしな。ところが……」
言葉を選ぶようにしてアレンさんが口ごもると、いざよいさんが代わりに口を開く。
「……馬は怯んでしまっていて、使い物にならなかった。乗れる馬もいれば、勝手に逃げて行ってしまったのも、しゃがみこんでしまってその場から動こうともしないのも居た。――恐らく、乗り物にはそれぞれ見えないステータス値のようなものが設定されているのだと思う。例えば『スピード』だとか『スタミナ』だとか。そしてその中に『勇気』のような値もあるんじゃないかな、と、僕は予測している」
「……ふうん、なるほどな」
「俺達もちょっとしたパニックに陥っていた。まず、どこに逃げるのかすら分からなかった。そして俺は他のメンバーが取り残されている限り、その場から動けんだろ。メインタンクとしてな。……なんで、馬に乗って駆け出したにも関わらずわざわざ戻ってきた奴までいた。こりゃあ逃げれん、無理だ、と判断を覆して、イチかバチか全員でぶつかることにしたわけだ。……正直、このぶつかり方からして、俺等はもはやボロボロだった。戦線を築こうと右往左往をしている間に、後衛やDPSが範囲攻撃を受けて瀕死になったりと、とにかく散々だった」
……なんだか、思い描いただけでも絶望的な戦いだね。
私も思わず手に力が入ってしまって、アレンさんの話に引き込まれる。
「……それでも俺等は決死に戦って、奴の猛攻になんとか耐えた。そして、一度はパーティを立て直すところまでは成功したんだ……が、まあ色々とあってそこは端折るがな――とにかく戦いの最中、パーティのDPSの主柱だった〈ローグ〉が先に倒れちまった」
「…………ん? ローグってのは、……ジニアちゃんの事か?」
ちらり、とニアに目をやってヘーゼルさんが呟く。
「いんや、違う。えーっとだな……」
アレンさんが言葉に詰まると、いざよいさんが口を開く。
「僕等はその時、計6人のパーティだった。この4人とは別に、ここには居ない〈ローグ〉と〈ハンター〉が別に居たんだ」
「ふーん、そういうことか。……つっても、まだ〈ハンター〉は残ってたんだろ? どういうビルドかまでは知らんけど、ハンターはDPS寄りの職業じゃなかったっけ?」
ヘーゼルさんが言うと、いざよいさんは、うーん、と難しい顔を浮かべて唸った後で、
「……いや、その時点で、もはや色々と絶望的だった。レベル的に蘇生の魔法も習得していなかったし――……仮に僕等が勝てたとしたって、遥か遠いホームポイントへと戻されたローグと再会する必要があった。……し、その上で、その時点でリアル時間は真夜中24時を回っていた。ああ、それから補足をするけど、これは大凡二週間も前の話で、その時、僕等のレベルはまだ12かそこいらだった。今では僕が――ハル君はまだだけれど――蘇生魔法を購入し習得済だから、万が一の場合でも多少は安心してもらっていい」
聞いていたハルタさんが頷くと、すずさんが補足をする。
「ミノのレベルは16だった。そこそこのレベル差だけど、私とアレンさんでスイッチしながらタンクは出来たし、回復だって十分間に合ってた。普通に、勝てない敵じゃなかった」
「なら、なんで全滅したんだ?」
ヘーゼルさんの疑問に、4人はそれぞれ顔を見合わせるようにした後で、いざよいさんが口を開く。
「一言で言えば、ダメージが足らなかった」
「ああ。序盤で四苦八苦してボロボロにされたってのもあるが……ハルタといざよいが頑張って支えてくれて、そこから一度は持ち直したんだぜ。……だが、とにかくダメージが出なかった。〈ローグ〉が落ちてからも戦いは長引くに長引いて――そして、ヒーラー2人のMPが先に切れちまった」
「あらま」
「俺もすずさんも必死に戦った。が、MPが切れた以上、もはやどうしようもないだろ。俺がやられて、すずさんがやられたあとは…………」
……苦い表情でアレンさんが呟く。
と、そこで、今まで(あまり興味もなさそうに)黙って話を聞いていたゴマシオさんがぼそりと言った。
「その〈ローグ〉と〈ハンター〉ってのはどこに行ったんだ? そこの頼りない2人にDPSを任せるより、目的が同じだってなら同行させればいいだろうが」
…………むっ。いちいち一言多いなー。
「ん、っと……、全滅した後にちょっと言い合いになっちゃって、その内の一人は抜けちゃった。もう一人も、しばらくはレベル上げに専念する、ってさ」
すずさんが答える。
「そりゃあ、なんっとも、残念だな」
おどけた様子で言うゴマシオさん。その言い方からは、この2人じゃあどのみち無理だ、とでも言いたそうな……そんな含みを感じる。
「で。これじゃ無理だね、って話になって……それで更にメンバーを募ることに決めたってわけ。それが先々週のことね」
「そっかー。ノリでなんとなくだったんだけど……結構大変なんだな、移住」
「……ま、本当に大変だったのはその後だけどねー」
すずさんが呟くと、頷いたアレンさんが
「メンバーの何人かが装備を落としちまって、急いで銀行で金をおろして、それから馬を借り直して〈ラヴォニア高地〉にまで戻って、ハラハラしながら墓を探して、経験値と装備を取り返して、命からがら逃げ帰ってきたんだ。本当に、色々と散々だったぜ」
「ま、そーなるよな」
「俺もいざよいもすずさんも、それまではノーデスだったんだぜ。むしろ、アイツをもう一度見かけたらこっちからリベンジマッチを仕掛けたいくらいだ」
うんうん、と頷くすずさん。
「レベルもだいぶ上がったしね」
それから最後に、ふーっ、と大きく息を吐いたアレンさんは、
「……と、まあそんなわけで。ジニア、カナト――このパーティの命運はDPSである2人にかかってる、と言っても過言じゃないわけだ。大いに期待してるぜ?」
にっ、と笑って私達を見る。
…………うっ。
そんな唐突に、責任が重くなることを言われても。
「はーい。是非っ、任せてください。しましょう、リベンジマッチ♪」
ニアが言うと、おおー、と歓声が上がって小さな拍手が起こる。
……。
どうしよう。ますます言い出しづらくなったんだけど……。
さっと私を振り返ると、ぱぱっ、と指先でパネルを叩くニア。すると、私の目の前にニアからのメッセージが表示される。
『これ。もはや、言わないほうが良いやつだと思うっす(笑)』
……確かに。
ええ、でも……、ええぇ……。
『どうにかなるなる♪ 今は忘れて遊びましょ? このパーティについていけば、どうあれある程度近くまでは運んでくれそうですしー』
メッセージをにっこり顔の楽しげなスタンプで締めくくると、その場で大きく伸びをするニア。
そんなニアに対して、未だに縮こまりたくなってしまうような感覚に襲われている私……。
するとその時。アレンさんがぽんぽん、と手を叩いて注目を促した後、声を上げた。
「よし。長々と脱線しちまったが、今度こそ色々と今回の旅の説明をさせてもらう。――出来れば2度は言いたくないからしっかりと聞いておいてくれ」




