旅立ちと、怪しい雲行き(3)
気まずい空気と、沈黙。
すると、ため息を一つ付いた後で、ゴマシオさんが静寂を破った。
「顔を晒すのは構わんが、そうしなきゃならない理由も見当たらんな。匿名状態を維持するしないは俺の自由だ。違うのか」
落ち着いた様子で意見を述べるゴマシオさん。低い声のトーンも相まって、なんだかすごく大人っぽい。
「それくらいはするのが礼儀じゃないか? ジニア、カナト、ゴマシオ――あんたらのその名前が本名かどうかすらも僕らは分からないんだぞ?」
「だったら何だ。仮に俺が偽名の表示を設定していたとして、そうしたらいけない理由がどこにある。そんな事項がパーティ募集の文面のどこに書いてあったんだ」
ゴマシオさん、見た目はすごく可愛いのに……その反面、どことなく攻撃的なような。
もうちょっと柔らかい言い方があるのでは……と思う反面、なにがなんでもフードを外したくない私達としては、そうだそうだ。と口に出して意見に乗っかりたくもあったりする。
むっ、とした表情を浮かべたハルタさんが、反論のために口を開こうとした、その時。
「いや、待ってくれ、待ってくれ。確かに、ハルタの意見にも一理ある。が、」
……割って入るようにして、アレンさんが声を上げる。
「確かにゴマシオさんの言う通り、俺達のパーティ募集の要項に、例えば『匿名状態を禁止する』といった一文はない。……パーティメンバーとは言えプライバシーはあるし、このゲームではいわゆるリアルバレを嫌ってフードを被りっぱなしにしているプレイヤーもそれなりに居る。それも、端末のスキャン機能を用いて現実の自分の容姿をベースにキャラクター作成をした女性には特に多いはずだ」
ぽん、とハルタさんの肩を叩くと、
「まあまあ、良いじゃないか。ジニアとカナトの2人にはそれ以外の募集要項にはきちんと了承してもらっている。そしてゴマシオさんもここに来たからには、募集要項をきちんと読んで、その内容自体には賛同してもらえた――、そう言うことで間違いないな?」
「ああ、そうだ」
短く答えるゴマシオさん。
「……ようしっ。ジニアとカナトも、間違いないな!?」
――……ぴくっ。
まるで、時間が凍ったかのように静止をする私達。
言うべきことがあったけれど、ついうっかり忘れていたそれを思い出してしまった――とでも言うように、私も、ニアも、かちーんと固まったまま、動かない、喋らない。
……そう。私達には大前提として、他のメンバーに了解を取らなければいけない重大事項が一点、あった。
突然に発生したEXクエストによって、旅の行き先を変えなければならなくなったこと。そしてそれは、パーティメンバー募集の要項――『目的地〈ルセキア〉以外への相乗りや、勝手な離脱を禁ずる』――に、完全に反してしまうということ。
……し、しまったー!!
新しい装備に浮かれていたり、海に遊びに行ったりと色々とあって、その事自体を完全に忘れてた!
アレンさんとそれからその他の面々も、それぞれ顔を見合わせた後で、何故固まる?、とでも言いたげな怪訝な視線で私達を見つめてくる。
にこやかに微笑んでいたアレンさんの表情が次第に曇っていく。
……とは言え。
呪われている上に、命も握られているわけで。私達は最悪、旅のルート次第ではそもそも同行すらできないし、断られればパーティを離脱せざるを得ない、のである。
……そして欲を言えば、
〈ルセキア〉へは出来るだけ北から大きく回り道をして欲しいな……、と思っていたり、
出来れば〈メルブレヴィア公国〉の領内、〈聖都ルツァ〉の出来るだけ近くまで送って欲しいかな……、と思うのだけど。
…………いやいやいや。
無理があるよ?!
あまりにも二日前とはパーティの空気が違いすぎて、とてもじゃないけれど言い出せる気がしない……。
ちらり、と視線を上げると、パーティ全員の視線が完全に私へと集まっている。それも、全員が全員、あからさまに怪訝な表情を浮かべている始末……。
……や、やばい。何か、言わないと……。
私の背中につうと冷や汗が流れたその時。……くい、とニアが私の服の裾を引っ張る。
――お前が言え、という合図、だろうか。
えええええええっ?!
た、確かに呪われたのは私だけど……!
もう一度、ちらりと視線を上げて、全身へと突き刺さるような視線を浴びる私。
……ちょ、ちょ、ちょっと、これは無理……!
くいくい、とニアの服の裾を引っ張り返す。……と、
くいくいくい。と再び引かれる私の服。
くいくいくいくい。
くいくいくいくいくい。
くいくいくいくいくいくい。
……私達が互いに服の裾を摘んだままに、激しい心理戦を繰り広げていると――。
「…………おい!」
しびれを切らしたとばかりにアレンさんが声を荒げた。
「ジニア、カナト――二人共、起きてるのか?! パーティ募集の要項に目を通した上で、それに了承し参加する――そういうことで間違いないだろうな?!」
「あっ、はい! もちろんっすー♪」
……即答をするニア。
ちょっとーっ?!
「…………おいおい、まだ寝ないでくれよ?」
「えっへへー♪ いやあ、昨日は少し夜遅くまで遊びすぎてしまいましてー」
……いえ、あの。実はですね。
アレンさん。他の皆さんも、ごめんなさい。少しだけ、言いたいことがあるんですが……。
「まあいい。――ほら、ハルタ。そう言うことだ、納得できるか?」
ハルタさんは少し渋い表情を浮かべながらも、
「わかった。突っかかって悪かったよ。――ルセキアまでよろしく頼む」
言って、中世の会釈を思わせるような仕草で片足を引いて、小さく頭を下げた。
「……よっ……、よろしくお願いします」
私が言うのと同じタイミングで、他のメンバーからも一斉に挨拶が飛び交う。
……ハルタさんの一言のお陰で、一気にパーティの空気は和らいだ――にも関わらず、私の背中に伝う嫌な汗。
私達は未だにくいくい、とお互いの服を引っ張り合っている。
と、その時。
「良かった。ま、これで今度こそ抜けられるでしょ」
すずさんが、ぼそりと独り言のように呟く。それは、私達全員に、というよりは、近くにいる3人――アレンさん、いざよいさん、ハルタさんのみへと向けられているみたい。
一体、何の話だろう? ……少し気になって、耳をそばだてる私達。
「そうだな。まあ、行ってみたら合わない可能性も十分にあるけどな」
アレンさんが言うと、いざよいさんも小さく頷く。
「だと良いんだけどね」
「……なにそれー。何の話っスか?」
ヘーゼルさんが会話に混ざると、4人はそれぞれ顔を見合わせるようにして……、それから少しの間をおいて、アレンさんが口を開いた。
「いや、実は、俺達――つまり俺といざよい、すずさん、ハルタは、一度全滅を食らってるんだ」
その場の注目がアレンさんへと集まる。
「……えっ、マジで?」
眉根を寄せたヘーゼルさんが呟く。
「ああ。……と言っても、もう2週間近く前だけどな。ある地域を抜けようとした時に、唐突にどでかいボスモンスターが出てきたんだ。ミノタウロスの……なんつったっけ?」
「エリアは〈ラヴォニア高地〉。敵の名前はラヴォニアン・ケイヴ・ミノタウロス」
いざよいさんが補足する。
「――そいつだ。忘れもしない」
「忘れてるじゃん」




