旅立ちと、怪しい雲行き(2)
頭が痛い、とばかりにため息を吐いたアレンさんがニアに声をかける。
「おおい、ジニア。大丈夫か?」
のっそりと立ち上がったニアが、頬を膨らましつつもこくりと頷く。……と、私にだけ聞こえるくらいの小さな声でぼそり。
「あいつ、かなり上手いっすー。普通に反応できなかった」
……うーん、やっぱり。
大体、あの猫の種族でプレイしている人を、他に、ただの一人も見たことが無いんだよね。
選ぶことができないレアな種族、というのが存在するとも思えないし。多分……ずっと、遥か遠くの地域・街でゲームを開始して、それからかなりの距離を旅して、やっとこのトレイアまでやってきている、のではないだろうか。
その風貌からどことなく漂う旅慣れた雰囲気も、実際に何日もの間旅を続けているから、なのかも。
「ゴマシオさん。いきなりで驚いたのかもしれんが、やりすぎだぜ。もう少し……その、マイルドに。な?」
アレンさんが言うと、ゴマシオさん、と呼ばれた猫のプレイヤーさんはそっぽを向いたままに、ふんと鼻を鳴らした。
「そうかもな」
いけ好かぬ――、とでも言いたげに眉根を寄せ、遠くを睨むその表情を見た限りでは、あまりそうは思っていなそうだけれど。
アレンさんは、よし、と小さく言ったあとで、手元のパネルを操作する。と、私達の目の前にパーティ参加の誘いが表示され、ニアと、それから少し遅れて私がそれを承諾。
視界の端にぱっとパーティメンバーの名前一覧とそれぞれのHPバーがずらりと並んで現れる。
「この二人が、先日参加を決めてくれたジニアにカナトだ。俺といざよい、すずさんは以前に顔を合わせているが、二人共DPSで、前作のプレイヤーでもあったそうだ」
「よろしくお願いします。〈ブリガンド〉をしています、カナトです」
「……〈ローグ〉のジニアっす。レベルは14」
小さく頭を下げる私と、まだどこか不機嫌そうに呟くニア。
「オレは〈ソーサラー〉をしてるヘーゼルだ。レベルは15――しばらくの間、よろしく」
先程はゴマシオさんを相手に声を荒らげていた金髪の男性ヘーゼルさんが、一転してにこやかな笑顔で言う。……思ったより怖そうな雰囲気はない、し、あんまり怒ってもいない、みたい。
その外見は……明るい金髪に浅黒い肌、切れ長の目。コートのようにも見える丈の長い黒のローブに、だらりと垂れた使い古された風のシャツ。細身のズボンにブーツ――と言った風貌。腰にはちらりと短剣の柄が覗いている。
「……なんだか自己紹介の流れになっちまったな。このルセキア行きパーティのリーダーをやらせてもらってるアレンだ。職業は〈ファイター〉でレベルは16――スキルはややタンク寄りに取ってるが、ダメージも出せないことはない。前作もプレイしてたんで、それなりに知識はあると思う。よろしく頼む」
「〈プリースト〉のいざよいだ。同じく前作をプレイしていたから、何かわからないことがあったら気軽に質問してくれ。よろしく」
「〈ウォリアー〉のすずです、よろしくっ。……アレンさんに同じくスキル振りは耐久寄りです。……なので、ダメージは期待しないで。でも、アレンさんと二人、どんな敵が相手でもタンクは任せてね♪」
まず、アレンさん。その隣に立っていたいざよいさん、そしてその隣に立っていたすずさん――という順番で自己紹介がされていく。
そして必然と、その隣へと立っていた黒縁の眼鏡の男性へと注目が移る……のだけど。
……男性は、どこか怪訝そうな表情を浮かべたままに、自己紹介を始めようとはせず。
この人も私達にとっては初対面のプレイヤーさんで、頭上へと表示されたネームプレート上の名前は〈ハルタ〉さん。見た限りでは高校生――3年生くらいの先輩に見える。
キリッとした顔立ちで、腰が隠れるくらいの長さのチュニックに膝に届くくらいの長めの外套。大きなベルトからは、武器(?)であるらしい分厚い本が下がっている。
……そして、何を思ったのか。じいっと私達――つまり、ニアと私を順番に睨むと、何を思ったのか傍らに立っていたすずさんに何かを耳打ちした。
「えっ。…………いや、考えすぎでしょ」
耳打ちを受けたすずさんが呟く。……と、ハルタさんは再びちらりと私達を横目で睨みながら、さらに耳打ちを続ける。
「……あのさ。そうやって、何でもかんでも噂に振り回されるの良くないよ? 私はちゃんと話もしてみたけど、悪いことなんてしそうのない雰囲気の良い子達だったし」
……うっ。もしかして、怪しまれてる……?!
ハルタさんが更に内緒話を続けようとすると、
「あーもう、良いから。ハルも早く挨拶しなさいっ!」
すずさんに、ばしっ、と背中を叩かれ、その勢いでよたよたと前へ躍り出る。その後バランスを取り直すと、どこか嫌々と言った風に口を開く。
「ハルタだ。〈プリースト〉をしている」
短く言って、それからもう一度私達を訝しげに睨むと、元に立っていた場所へ帰っていく。
「なんだよ、コイツ」
その様子を見ていたヘーゼルさんが小さく漏らす。と、再びどことなく不穏な空気が漂って、しん、と静まり返る私達。
……、い、居心地が悪い……。
さて、順番的に、必然と小さな猫のプレイヤー――ゴマシオさんに注目が集まる。
他人に一切の興味も無し――と言った風に、なにやら操作パネルを弄っていたゴマシオさんは、自分に注目が集まっていることに遅れて気付いた後、ちっ、とあからさまに舌を打って、
「……さっきも言ったんだがな。遅刻をしてきた約2名の為にもう一度言うが――名はゴマシオ。クラスは〈ローニン〉、レベルは17。以上」
……ちくちく、と栗のとげのように刺さる言葉。
〈ローニン〉、というのはいわゆる日本語の浪人で、例えば〈サムライ〉の上級職へとランクアップすることが出来る、あの浪人である。
どういう職業なのかは……実は、私もよく知らない。
というのも、他に〈ローニン〉でプレイしている人を、このトレイア近辺ではただの一人も見たことがないからである。
……とりあえず、これで全員の自己紹介が無事終了。
ここで一度メンバー全員の職業と、それからパーティ画面へと表示されているレベルをまとめ直すと……、
まず、以前にも顔を合わせている3人――、
アレン〈ファイター〉レベル16、すず〈ウォリアー〉レベル16、いざよい〈プリースト〉レベル15。
それから、今日初めて顔を合わせた3人はそれぞれ――、
ハルタ〈プリースト〉レベル16、ヘーゼル〈ソーサラー〉レベル15、ゴマシオ〈ローニン〉レベル17。
最後に、私カナトは〈ブリガンド〉レベル14。そしてジニア〈ローグ〉レベル14。
敬称略――以上、職業的にもレベル的にもバランスの取れた、計8人の頼もしい(?)フルパーティである。
の、だけど……。
それとは裏腹に、なんとも言えない淀んだ空気に包まれている私達……。アレンさんはそんな場の空気を切り替えるように、ぽんぽん、と手を叩くと、
「あー、さて。皆も集まってくれた所で、色々と今回の旅の説明をしたいんだが」
――と、言った所で。それを遮るように片手を上げたハルタさんが口を開いた。
「悪い、ちょっと待って。――なあ、そこの二人、それからゴマシオさん。……一応、初顔合わせの時くらいはフードを外してくれないか?」
……ぎくり、と固まる私達。
しん、と静まり返るその他の面々……。
私達は当然として、ゴマシオさんもまた、そのフードを脱ぎ去ろうとはしない。
ハルタさんは、それ見たことか、と言った風に他のメンバーを見渡すと、
「これから何日間にも渡って背中を預け合わないといけない仲間だってのに、顔と名札も晒せないのか? ……そんな奴らを信用しろって?」
…………うーん、やばい。
これはもしや、始まる前から既にパーティ解散の危機、なのでは。




