街の外へ(2)
「で、ラグさん。……あ、ラグさんと呼んじゃっていいっすかねー?」
「ああ、構わないが」
「どうも。……で、まだ、武器を装備してないようですけど」
……ぎく。
……確かに……、言われてみれば、何もしてない。
あれ……武器、持ってなかったらどうしよう……。
と言うか、操作がわからないんだよ……。
「すまんが……、武器を装備するにはどうすれば良いんだ?」
「ん?……えーと、メニューの、〈インベントリ〉から〈装備〉っすね」
「あー、その、だな。……俺の視界にはメニューとかボタンの類が一切見当たらないんだが」
「……え?」
そこから? と呟いて、からから笑うアドリックさん。
ぐう……、傷つく。
「はぁ。いやいや、失礼」
「初期設定から変えてなければ、手で、……こう、……やると、出ますよ」
そう言いながら、何やら、布巾でテーブルを拭く時のような仕草をする。
こういう感じにー、と言って、しゅっしゅっ、と、左右にそれを繰り返す。
……なにそれ?
言われた通りに、手のひらを動かしてみると。
うわ。……本当だ。なにか出てきた。
しゅわん、という効果音とともに――何もない場所に、スマホの画面がぱっと現れた、……ような感じ。
サイズはもう少し大きいね。一般的なノートくらい。
おー、すごい……。
現れた画面の中にはいくつかのボタンが並んでいて、当たり判定があり、触れることが出来る。
えーと、……〈インベントリ〉、〈キャラクター〉、〈パーティ〉、〈地図とジャーナル〉、〈ソーシャル〉、それに、〈システム〉。
……あ、良かったー。なんだか、すごく安心したよ。
ゲームの世界なんだな、と再認識出来た気分。
他のプレイヤーさんが、手元に視線を落として、何かを叩いているような仕草をしていたのはこれだったんだね。
「ちなみに、逆方向へのジェスチャーで閉じることが出来ますよ」
「……なるほどな。助かったよ」
「いえいえ。」
「しかし……不親切すぎやしないか? こんなもの……言われなきゃわからんだろう」
「ん? ……こういった説明は最初に出てくるはずっすけど」
「間違って閉じちゃった、とかじゃないですかねー。ログインし直せばまた出てくるかと」
……ええー……? こんな画面、閉じた覚えないけど。
……って、あ、そうかー。
おしくらまんじゅうしてた時だ……。
†
……ちなみに、これでちゃんとログアウト出来るのかな?
試しにメニューの〈システム〉をタップしてみると……、
その中にもずらーーーっと、メニューのメニューが現れる。
……ぐえ。
なに、これ。
〈システム設定〉、〈キャラクター設定〉、〈レイアウト設定〉、〈通知設定〉、〈チュートリアル〉、〈ヘルプとサポート〉、〈補償とプレゼント〉、〈退席〉、〈ログアウト〉、〈終了〉。
あ、だめだ。
これを全部理解しようとしたら、私、死にかねない……。
後回し、後回し。
……けれどとりあえず、ログアウトの仕方はわかったので、よしとしよう。
――で、ええと、何だっけ。
武器、武器。
インベントリ、……の、装備……、と。
慣れない手付きでメニューを操作していくと、
自分の装備と、所持品の一覧らしき画面が現れた。
人物の形に装備品の枠が並んでいて、その中のほとんどが開いている状態。
うん。ここらへんの感じは、前作に似ている、ように見える。……ので、私でもわかるはず。
それで、ええとー……、私の持ち物は、と。
パンと、水に、ポーション、斧、クローク、小物入れ、謎の石、銀貨。……これで全部かな。
とりあえず、その中から斧を選択。装備をしてみると。
――がきん、と言う金属音とともに、どっしりとした重みが背中に乗っかるのを感じた。
〈古びた大斧〉
攻撃力:12 攻撃速度:とても遅い
耐久:170/170 推奨レベル:1
『長い間に渡って酷使された戦闘用の斧。刃はところどころ欠け、木製のハンドルはすり減って黒ずんでいる。』
……ふむふむ。
その他にも、重さや品質など、雑多なステータスがつらつらと並んでいる。
あとは、クロークも装備できるのかな。
〈旅人のクローク〉
防御力:3 耐久:70/70 推奨レベル:1
アップグレード可能:□□□
『長い旅路を経てぼろぼろになった麻の外套。』
こっちは強化ができるみたい。
これも装備、と。
ばさり、と、私の肩周りに灰色の外套が現れる。
「これでいいか?」
「ばっちりっす♪」
よーし。
試しに、装備したばかりの斧を取り出し、素振りしてみる。
ぶんぶん。
ふむ、なるほど。これは…………斧だね。
フレーバーテキスト通りの、ぼろい斧。
両刃で、見た目より軽い、かな……。
で、この、謎の石は?
〈クリスタル・オブ・リコール〉
詠唱時間:30秒 残り回数:10
現在のホームポイント:トレイア中央区
『不思議な力が満ちた晶石のかけら。使用するとホームポイントに戻ることが出来る。』
……お、なるほど。便利だね。
そう言えば、前作にもあったかも、これ。
「ついでに、ポーチにポーションを入れておくと良いっすよ」
腰のベルトに下げたポーチをぽんぽん、と叩くアドリックさん。
「ほう?」
「装備品の画面にポーチの枠があるので」
ポーションは、……これだね。
〈低級ポーション〉
品質:普通 残り回数:3
『HPを僅かに回復することが出来るポーション。』
と、あと……ポーチ、ポーチ。
あった。革のポーチと書かれている枠が一つあって、そこが開いている。
「ここに入れたものは、実際にここからさっと取り出すことが出来るっす」
「なるほどな。……了解だ」
戦闘中でも素早く取り出せるわけだね。
「ただ、このポーションに即効性はないのでご注意を」
「継続回復と言うやつだな」
「そうそう。さすがっすね♪」
このゲーム――〈イルファリア・クロニクル〉の回復ポーションは、
使用した後、数十秒から数分の間に渡って効果が持続。その間、ゆっくりと体力が回復していく。
そのため、致命打を受ける直前にポーションを飲んだところで意味はなく……危険な状況に陥る前に、予めポーションを飲んでおく必要がある。
逆に、瞬間的に体力を回復するタイプのポーションは、存在こそすれ非常に高価である。
お店で買うことは出来ず、高レベルのプレイヤーがレア素材を用い、錬金術などの生産スキルで作成する。
その上、当然、使用すれば無くなるのだけど……その割には、値段を聞いたら目が丸くなってしまいそうな異様な高値で取引される。
――というのは、飽くまで前作の話なので、今作が全く同じかどうかまでは知らないけれど。
「しかし、アドリックさん。あんたは色々と詳しいな」
「前作のイルクロからやってますしねー。イルリバのクローズドベータにもちょいっと参加してましたし」
クローズドベータテストとは、招待や募集でテストプレイヤーを募って、開発途中のゲームがきちんと動くかなどを確認すること。
つまり、他のプレイヤーよりもいち早くゲームのさわりをプレイ出来るというわけだ。
アドリックさんからどことなく余裕を感じるのは、そのせいかな。
……ちなみに、私にも招待メールは来ていたのだけど、当時は受験勉強でそれどころではなかったりした。
「なるほど。色々と教えてもらえて助かるよ」
「いえいえ♪ 他にも気になったことがあれば、なんなりと」
「……とはいえ、だいぶ別物っすけどねー。肝心な所はベータでは一切実装されてなかったみたいで」
「そうなのか?」
「さっきの厩のNPCもそうっすけど……ベータじゃ、あんな流暢に会話なんて出来なかったんすよ」
「……ほう」
「表情にもなんの違和感もないですし……正直、人間みたいでちょっと怖いっすねー」
なるほどだね。
リアルなのは良いけど怒らないでほしいなー。




